colony

「ハッスルそわか」(1999/8/Vol.9) [特集:異邦人/作間敏宏] テクスト/作間敏宏


(抜粋)
3.

質問に答えることにはならないかもしれませんが、日本以外の場所で生活するたびに、その国の言語全体の網の目の分かれ方が日本語は違うということをよく考えます。たとえばwork/jobが、仕事/作業と区分される、され方がよくわからないというようなことですが、そういうことを考えていくと、異なる言語のその全体の体系というのは、その体系を成立させている構造がすでに異なっているのではないかというようなこと、それは両国の人間の認識の構造が根本的に異なるということを意味するのではないかということ、などを考えるようになりました。辞書レベルの翻訳可能性というのは、あくまでも「convenientな」翻訳の一手法としての可能性に過ぎないのであって、それをもって根本的なcommunicationの可能性/不可能性を判断する手がかりにはならないだろうというように考えます。
さらに言えば、同じ言語の使い手どうしでさえ、認識の構造がひとりひとり異なるという前提にたつなら、両者の「辞書なき」翻訳可能性ということについても、同じことが言えるだろうということ、使用言語の同一ということを根拠として、そのcommunication上の隔壁が最小であろうと予見できることにはならないだろうということを考えます。
簡単に言えば、日本語と英語/米語の翻訳可能性には大きな疑いをもつ、しかしその疑いが認識の構造の差異に根ざす疑いだとすれば、日本語どうしの翻訳可能性にも、使用言語を問わない個人と個人の認識の構造の差異に根ざす同様の疑いがあるべきだろうと考えるわけです。
こういう経路を経て、最終的には、国や言語が異なる/異ならないに関わらず、本質的なcommunicationの可能性は、あくまでも個人と個人のcommunicationの問題に還元される、というふうに考えるようになりました。もちろんその言語が理解できる/できないの違いは現実の生活の大きな問題だし、言語の習得とともに生活が便利になっていろいろなことが見えてくることもあると思いますが、例えば幼児が言葉をおぼえながら、この世界を認識し網の目を編んで構造化するというような、根本的な問題としては決して現れえないのだとすれば、そういった「便利さ」は、同一言語のなかで日常的に観察しうる、例えば四文字熟語をひとつ覚える程度のささやかなことがらと、そうたいして変わらない凡庸な変化だろうと考えます。
人との関わりや物との出会いについても、確かに目新しい風習やふるまいかた、ものごとのありようなどが、僕のものの見方を鮮烈に異化してくれるようなことは数多くありますが、それはむしろ認識するこちら側の問題として現れるべきことであって、精神の弛緩した状態で眺める異国よりは、最大に精神の感度を高めて眺める日本での日常の方が刺激に満ちているはずだと考えます。

4.

咋年のニューヨーク滞在の中で制作し発表した「colony」という作品は、日本に居住する人の名前を大量のガーゼに縫い付けそれを棚に並べるインスタレーション作品でした。それらの人名は日本語で表記されますから、展示に関わった学芸員の人たちは、アメリカ人がそれら4〜5文字の漢字の文字列を人名だと理解できないだろうという危惧から、会場の入口に解説のボードを掲示することを提案してきました。僕は最初それを拒みましたが、最終的には解説文を印刷したリーフレットを入口に置くことで合意しました。
実は日本を発つ時にも、何人かの人に、ニューヨークでこの作品を展示することについての、同様の危惧からのネガティヴな予測を聞かされていたのですが、僕がそれらの予測に耳を貸さなかったわけ、学芸員の提案を最初拒んだわけは、どんな作品にも作家の「意図」の届かない領域があるべきだし、受け手にも作家の「意図」とは異なるやり方で作品の意味を組み立てる自由があるべきだと考えるからです。この作品について言えば、人名を使うという僕の「意図」以外にもこの作品にはさまざまな読み取りの可能性があるべきだし、人名ということを軸にその意味を組み立てる受け手のやり方と、それを外して組み立てる受け手のやり方は等価だということです。
結果として、この作品をみたアメリカ人から僕のところに届いたさまざまな感想や批評は、日本で発表した同じ連作の発表の時のそれよりもバラエティーに富むものとなりました。そしてそれは僕にとって刺激的なことでした。というのは、その感想や批評のうちのいくつかが、最初は漢字の文字列が人名だとはわからなかったけれども、棚の配列やガーゼという素材、照明の暗さや消毒液の臭いなどから病院や戦争のことを思い浮かべ、最終的にそれらの文字列が人名なのかもしれないということを想像した、というものだったからです。順番でいえば人名ということがわかっていた場合と逆向きのこの組み立て方は、人名ということがわかっていた場合よりも強烈なイメージを、これら数人のアメリカ人の受け手にもたらしたのではないか?と考えます。 考えてみれば僕たちも、ふるいヨーロッパの絵画などを、アレゴリーやシンボルの知識をもたないまま多くの場合「鑑賞」しているわけですが、その「鑑賞」の方法をそういった知識の欠如によって卑下することは一般的にはないわけです。ガーゼの上の文字列が人名だということをボードやリーフレットで教えてもらってから作品に向かうということは、作品から受け取るべき意味やその手順を前提しているかもしれないわけですから、画集に示されるようなアレゴリーやシンボルの知識によってふるい絵画を「鑑賞」することが受け手自身の受け取りとは無縁なのと同様、この場合でいうと、(漢字を理解する日本人的な)予定調和的な受け取りの意味や手順をトレースすることになるだけで、そこから逃れて意味を組み立てる先ほどの受け手のようなエキサイティングな作業ではなくなる可能性があるだろうと思うわけです。
質問されている「言葉」ということと僕にまつわるこの「人名」についてのできごととがどう関連づけられるかわかりませんが、人名だということの「わかる/わからない」が視覚的な表現の受け手にとって等価だと信じるのと同様に、視覚的な表現の作品制作における言葉の「わかる/わからない」も、やはり等価だと信じます。

5.

ここまで書いたように、他国語のじょうずな使い手ではないものの、僕個人としては、言葉による疎外感を強く感じることがありません。むしろ、話していることが理解されない状態や、相手の言っていることが理解できない状況を楽しんで面白がっているようでもあります。それは日本ではあまり経験できないことですから。もちろん現実の生活では、わからないと困ることがたくさんあるので、もっと語学の力があれぱということは謙虚に考えますが。ただ、異邦人経験ということについて言えば、それは言葉がわかる/わからないということとは関係ないだろうと思うし、風習やふるまいの差異による海外での「異邦人」感よりも、むしろ日本での生活のある種の場所や集まりで感じる「異邦人」感のほうが、言葉が理解できるぶんだけ寂寞としたものがあるように、常々感じています。