光害談義 On Light Pollution

 

Earth at Night
Astronomy Picture of the Day Archives (2000.Nov.27)

■今日も光害の空の下で■光害の正体■光害に克つ■倍率を上げる■口径を大きくする
■フィルターを使う■視野を狭める■暗順応を促進する■目の働きを高める
■見えるものしか見ない■空はどれだけ明るいか■光害防止の取り組み

(注)このページには、一見もっともらしいことが、さも自信ありげに書かれていますが、実際はかなり怪しげです。誤りについてはご容赦・ご教示ください。

 

■今日も光害の空の下で

光害(こうがい、ひかりがい)は都市の観望家にとっては昔からの仇敵です。どれだけ多くの観望家がそれを呪い、憎み、逃れようと努力してきたことでしょう。何の広告か忘れましたが、子どもの頃に見た『天文ガイド』誌に「公害、光害で、郊外へ」というキャッチコピーが載っていたのを今でも不思議と覚えています。

英語ではlight pollutionすなわち「光汚染」。しかし、同じ汚染でも大気汚染なんかとは違って人体には直接危険のない汚染です(だから対策も遅々としているのでしょう)。所詮、都市の観望家は光害から逃れられない運命なのですから、精神衛生のためにはもう少し光害に親しむこと、少なくとも光害と共存の道を探ることが必要となってきます。このページでは光害を馴致(じゅんち)せんがため、その性質について改めて考えてみました。

 

■光害の正体

さて、光害といえばふつうは「街灯やネオンなど人工の光で星がかき消されてしまうこと」といった意味ですが、実際に街の明かりで星の光が消え去ることはありません。著しく常識に反しますが、都会では深山よりも本来はるかに星は明るく輝いているのです。つまり星の部分だけ取り出せば、その輝度は《背景光+星自身の光》になるので、背景光(正しくは前景ですが)が明るければ明るいほどその分輝度は高いわけです。都会だろうが砂漠の真ん中だろうが、星は誰に対しても平等に光子photonを降り注いでいます。星は決して私たちを見捨てていない、という事実は私たちにとって大きな慰めです。

にもかかわらず星が見えないのは、背景自体がそれに負けず劣らず明るいので、その差が見分けられない(いわゆるS/N比が極端に悪い)からです。したがって光害とは一面では確かに環境の問題ではありますが、同時に私たち自身の問題、受容器の限界の問題でもあるわけです。

事態を説明するには感覚心理学の知見が役に立つでしょう。

問題は「輝度Lの白い背景面にテスト光を照射し、テスト光がぎりぎり知覚できる明るさ(増分閾)をdLとしたとき、Lの変化に応じてdLはどう変化するか」と定式化することができます。(なんだかすごく偉そうですね。一応心理学専攻だから…というのは眉唾で、この項は全て池田光男(著)『眼はなにを見ているか』、平凡社、1988 の受け売りです。)

これは古典的な視覚実験の一つで、結論ははっきりしています。すなわち閾値dLは背景光Lに比例する、言い換えれば  dL/L=一定  という関係式が成り立ちます(ウィ−バー・フェヒナーの法則)。ただし、この法則が成り立つのはある程度の明るさまでで、非常に暗い場所ではdL=一定となります。つまり、どんなに暗い空でもある程度以上の明るさの星でないと見えないということで、これは常識とも一致します。

光害とは、背景光Lが明るいためdLが大きくなっている状態、つまり弁別可能な明るさが上昇している状態だといえます。
星の明るさ1等級の違いは、明るさでいうと
2.5倍の違いに相当するので、背景の明るさが2.5倍アップするたびに、見える星の明るさは1等級ずつダウンしていく計算になります。

ここでdL/Lの値はおおよそ、錐体系で0.015、桿体系で0.3とされます。明るいところでは1.5%の輝度差、暗いところでは30%の輝度差がないと眼では見分けられないことになります。桿体は錐体よりもずっと光に敏感ですが、明るさの違いには逆にずっと鈍感なことに注意してください。

  

■光害に克つ

冒頭、「光害に親しむ」と書きましたが、やっぱり星はよく見えるにこしたことはないですね。観望家なのですから。

都会派の観望スタイルとして今後主流となるのは、やはり冷却CCDカメラでしょう。

この分野のパイオニア・岡野邦彦氏の初期作品集『デジタル・アイ−冷却 CCDでとらえた深宇宙』(地人書館1998)には、東京世田谷区で撮像された美しい星雲星団の姿が満載されています。

「このアルバムは、私が最後まで東京の夜空を見捨てなかったからこそ完成したアルバムである。CCDカメラにより東京にいながらにして田舎の空より良い画像を得るという夢のようなことが今は可能になった。」

この氏の言葉どおり、CCDカメラは光害との長い戦いに終止符をうつ決め手となりうるものです。

しかし、ここでは特に眼視にこだわる観望家のための「光害に克つ技術」を考えてみましょう。目は脳の一部が出っ張ったものといわれるぐらいで、目に光子を注ぎ込むことは、私たちと星が直接触れ合っていることに他なりません。その魅力は何物にも替えがたいものです。

光害に克つにはとにかくコントラストを上げること。そのためには「背景を暗く」and/or「天体を明るく」することです。

 

■倍率を上げる

倍率を上げれば背景は暗くなる(入射光量は変わらないのに面積は拡大されるため、単位面積あたりの輝度は低下する)。背景の輝度が下がれば、弁別閾dLは小さくなる、つまり、よりかすかな光でも弁別できるようになります。

恒星のように点光源の場合には、倍率を上げても点のまま面積は拡大されないので、明るさは変わらず、確実にコントラストは向上します。

しかし星雲のように面積をもった天体の場合には役立ちません(星団は点光源の集合なので効果はある)。倍率を上げると、星雲自体が拡大され、背景光と全く同じ割合で輝度が低下するので、けっきょく拡大前に見えなかったものは拡大後も見えません。

 

■口径を大きくする

ある限度より暗い背景の場合、光覚弁別閾dLは一定値をとります。つまり、ある明るさ以下のものはどんなに背景が暗くても知覚できないということです。口径を大きくすればより多くの光を狭い面積に集めることができるため、このdLの壁を超えて微光星や天体の淡い細部も見えてきます。

では光害の激しいところでも大口径は有効でしょうか?答はイエスです。

一つには大口径は高倍率に耐えるということがあります。対象が点光源であれば倍率を上げれば上げるほどコントラストは向上します。ただし分解能の関係で、小口径では十分な倍率をかけられません(過剰倍率をかけると星像が点状を保てず、ぼやっと広がってしまい逆効果)。大口径はそれを可能にします。ただし、倍率のところで書いたように、星雲状の天体には効果がありません。

もう一つは逆に低倍率で観望する場合のメリットです。低倍率ではコントラストは相対的に低下しますが、十分に明るい像が得られれば(色が感知できるだけの明るさが必要)、錐体が働き出すため視知覚能力は飛躍的に向上します。錐体は桿体よりコントラスト変化に20倍も敏感なので、それまで見えなかったものも見えてくる可能性があります。錐体と桿体の感度差はおよそ1000倍。集光力を1000倍にするには、口径を30倍にすれば良いということで、裸眼との比較ならば20センチ級、60ミリ望遠鏡との比較ならば1.8メートル級の望遠鏡があれば、錐体も桿体なみに働く計算になりますが…。

 

■フィルターを使う

人工光をカットし、天体の光のみを透過するフィルターがあれば理想的ですが、現実には不可能です(照明も星もほとんど同じ波長で輝いているので)。

現在流通しているフィルターは「ブロードバンドフィルター」「ナローバンドフィルター」「ラインフィルター」の3種類に分けられます。名前は透過する波長帯域が広いか狭いかを意味します。

ブロードバンドフィルターは水銀灯やナトリウム灯の明かり(これらは特定の波長のみで輝いている)をカットし、それ以外の波長の光は通すというもの。もちろん蛍光灯や白熱灯など広い波長で輝いている照明には無効です。ただ、水銀灯やナトリウム灯だけでもカットできればそれなりの役には立つので、試してみる価値はあります。

ナローバンドフィルターは「ウルトラハイコントラスト」等の名で売られているものです。ブロードバンドフィルターとは逆に特定波長のみ通し、他はカットするものです(たとえば、482nm〜506nmまでの24nmのみ透過)。蛍光灯や白熱灯などにも有効ですが、同時に多くの天体も極端に暗くなって見えなくなってしまいます。

ラインフィルターは「O−Vフィルター」、「Hβフィルター」などと呼ばれるものです。ナローバンドフィルターの一種ともいえますが、より狭い帯域しか透過しません(たとえば、486nmを中心に9nmのみ透過)。一部の星雲は、その構成物質に応じてO−V線(酸素に由来)やHβ線( 水素に由来)といった特定の波長で輝いているので、そうした星雲の撮像には非常に効果的ですが、元々淡い対象なので、よほどの好条件と好機材でないと視認するのは難しいようです。

光害低減フィルターの効果については、多くの観望家が意見を述べています。光害の微弱な土地ではかなりの効果があり、また写真撮影にも有効とされます。しかし、都会の真ん中で眼視する際の効果については、控えめな意見が多いようです(対象によっては多少効果がある、程度)。

 

 

惑星状星雲・発光星雲

反射星雲

銀河

恒星・星団

ブロードバンド

**/***

*/**

*/**

*

ナローバンド

****/*****

*

*

*

ライン

*****

【参考】 各種フィルターの有用性
−=見えにくくする reduces visibility   *=効果なし poor 
**=やや効果あり moderate improvement   ***=効果あり good 
****=大いに効果あり very good   *****=効果絶大 excellent
(出典:AstroFAQs, Stephen F Tonkin, 2000,Springer-Verlag)

 

■視野を狭める

ちょっと考えると、単に視野を狭めても天体とその周囲のコントラストは不変なので、無益に思えますが、実際には他の星からの光が眼球内で散乱し迷光となるのを防ぎ、また入射光量が減って暗順応が進むため、目にとっては見やすい条件が作られるのです。

条件の良い所では肉眼で6等星まで見えるとされますが、暗室から小さな穴を通して見ると8.5等星まで見えたという研究があるそうです。深い井戸の底から見上げたら昼間でも星が見えた…という話しがありますが、それも同じ理屈です。

光量を確保しながら視野を狭めるにはどうするか。手っ取り早いのはアイピースから目を離すことです(そのさいは外光を遮断するために「接眼フード」が必要)。より現実的には視野の狭いアイピースを使うことでしょう。最近は高価な広視界アイピース流行りで、昔ながらの狭視野アイピースは影が薄いようですが、光害地では安価な狭視野アイピースのほうが対象をよく捉える可能性があります。

 

■暗順応を促進する

網膜にあって光を感知する細胞には、錐体と桿体の2種類があることはよく知られています。錐体は色に敏感で網膜の中心に多く、桿体は光に敏感で錐体を取り巻くように分布している。したがって、暗い星を見るには、視線を対象からちょっとずらして、桿体に光を流し込んでやればよい、というのも天文マニアには周知のことでしょう(そらし目 averted visionのテクニック)。

暗順応は2段階に分けて生じます。第1段階は5分以内に完了する素早い過程。これは錐体の順応によるもので、感度はおよそ100倍になります。第2段階は、10分を経過したあたりから始まり、その後20分ぐらいかけてゆっくり進む過程です。こちらは桿体の順応によるもので、感度はさらに1000倍(当初の10万倍)に上がります。

光害地では、どっちを向いても明るい市街光が絶えず目に入ります。いくら光害地でも、煌々と照らす照明よりは、空も星も暗いのですから、そのレベルに暗順応しないかぎり、対象はよく見えません。問題は、暗から明への順応は一瞬にして可能なのに、その逆は数分〜数十分の時間がかかるということです。照明が目に飛び込むたびに、暗順応がリセットされては、目は本来の性能を発揮できません。「光害の正体」のところでは、このことを考慮せずに論じたのですが、現実には非常に大きな問題です。

解決策は、直接光を目に入れないことに尽きます。とはいえ、素敵な天文ドームがない庶民はどうするか。光をできるだけ無害なものにすることです。例えば、赤いゴーグル。赤い光は目がくらみにくいので、野外観望派は赤色ライトで手元を照らすのがお互いマナーだそうです。光害地では、いっそ目に入る光を全部赤くしてしまえば良い、ということで赤いゴーグルを かぶってはどうかと思案中です。

 

■目の働きを高める

ビタミンAが足りないと「とり目」になるぞ、と子供の頃よく言われたものです。

これは、桿体の中で生じる光化学反応の中心が「ロドプシン←→ビタミンA」のサイクルにあり、ビタミンAが不足すると桿体の働きが衰えるからです。ビタミンAは十分とりましょう。レバー、あなご、卵黄、ほうれん草、かぼちゃ、にんじん、ニラなどが良いそうです。

それから一頃ブルーベリーが目にいいと言われましたね。成分のアントシニアン色素が効くという触れ込みでしたが、アントシニアンは、ブルーベリーに限らず、ブドウ、茄子、紫芋など赤紫の果物や野菜に多く含まれ、ロドプシンの再合成を促進すると言われています。効果のほどは分かりませんが、せっせと茄子を食べるのもよいかもしれませんね。

また、『メシエ天体カタログ』(磯部e三監訳、ニュートンプレス、2000)の中で、著者のステファン・J・オメーラは、観測前に繰り返し、徐々に早いペースで深呼吸して、網膜に十分酸素を与えることを推奨しています。これは変光星観測者のキャロリン・ハーレスや、往時のコメットハンター、レスリー・ペルティエなども使ったテクニックだそうです。

 

…一応理論からはこのように帰結されるのですが、これはまさに「畳の上の水練」。理屈通りうまくいくか?点光源がどうのいっても、大気の状態や機材の性能によって点が点にならないことも多いでしょうし、目の性能も個人差が非常に大きいはずです。高倍率・狭視野がいいといっても、ただでさえ淡い対象をそうした条件で導入するのは至難でしょう。

さて現実はどうか?

 

■見えるものしか見ない

最後に光害に克つ究極の手段を挙げます。それは、見えるものしか見ないと割り切ることです。そして、見えないものは心眼で見ることです。チェット・レイモも『夜の魂』の中で「夜空を観測する技術は、50パーセントが視覚の問題で、50パーセントが想像力の問題である」と力説しています。

 

青いお空のそこふかく、

海の小石のそのように、

夜がくるまでしずんでる、

昼のお星はめにみえぬ。

見えぬけれどもあるんだよ、

見えぬものでもあるんだよ。

(金子みすヾ 「星とたんぽぽ」より)

 

 

空はどれだけ明るいか

光害で夜空がボーっと光るとき、その明るさは何等級といえばいいのでしょうか。空の明るさ(輝度)は、そのとき目で見える最も暗い星と、目では見えない最も明るい星の中間の明るさです。ただ、それを「何等級」と呼ぶかは、星と空では面積がぜんぜん違うのでいちがいには言えません。夜空が明るく感じられるのは、「広い面積が光っている」からでもあるのです。

ここのところは自分でもよく分かってなかったのですが、つまりこういうことだそうです。まず星像の大きさを考えると、本来「点」であるはずの星も、地上から見ると空気の屈折作用で直径0.5秒角程度に広がってしまいます。しかも、0.5秒というのは最高に条件の良い所の話で、日本では2秒以下になることはめったにありません。つまり、星を写真に撮ると小さな円板状に写りますが、星は肉眼で見ても、本来的に円板状で面積を持つということです。ひるがえって、空の明るさを考えるときも、例えば空の1秒角四方(星像と同じ面積)を切り出すと何等級に相当するかを考えればいいわけです。で、実際1秒角四方で考えると、光害のないところでも大気光があるために23等級、関東平野だと18等級、そして18等級の星を空いっぱいに敷き詰めると全天では満月程度の明るさになる…というわけです。これは1983年に出た磯部e三氏の『世界の天文台』に教えてもらったことですが、20年後の今日では、もっと空は明るいかもしれません。

 

光害防止の取り組み

ここまで書いて、ちょっと呑気なことを書きすぎたかな、と気がとがめます。最後になりましたが、光害防止のために多くの人が地道な活動を続けていることも知ってください。

光害とは光がそれだけ無駄に使われていることに他なりません(本来照らす必要のない空を照らすのに電気を使っている)。電気も無駄だし、環境へも大きな負荷をかけています。上方へ向かう光をカットして、地上だけ照らすように照明方法を工夫することは、技術的に何ら難しいことではありません。

一人ひとりの問題として考えていきたいものです。

 


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