薬園寺( やくおんじ)  材木町  所在地

材木町にあり。医王山と号す。真言宗御室派。元和年中(1615-24)高野山より僧了盤が郡山に来て、薬園八幡宮境内に道場を開く。僧甚長のとき、寛永11年(1634)満願寺山安置の薬師如来坐像を申し請けてこの寺に安置、寛永21年本堂を建てた。僧覚現のときに高野末より仁和寺末となる。(「薬園寺旧記」)宝永4年(1707)の冬、地震により本堂が倒壊し、僧覚賢が修復した。棟木に「宝永八年仲夏吉旦、大工植村四郎兵衛等」と記した棟札があり、現本堂は桁行3間、梁間3間、入母屋造、向拝1間、本瓦葺きで、この時の造立と思われる。本尊薬師如来坐像は木造漆箔、像高2尺9寸5分、平安中期の作と思われ、旧記の満願寺山(現西岳院、別項参照)から申し受けた仏像とするにふさわしい。寺蔵の木造不動明王立像は、本体は鎌倉中期の作と思われるが、火焔光背は元禄12年(1699)宝山寺僧湛海の作である。宝暦ごろの住職は槍海であった。(ふるさと歴史事典)

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