良玄禅寺( りょうげんぜんじ)  茶町  所在地

茶町にあり、雲幻寺とも言った。臨済宗妙心寺末。本尊は釈迦如来像。寛永16年(1639)4月、本多政勝が姫路から郡山に移封のとき、かつて祖父忠勝、父忠朝が封地の上総国大多喜(現千葉県夷隅郡)に営んだ良玄寺から名跡を郡山に移した。政勝は寛文11年(1671)10月、58歳をもって江戸柳原屋敷で死亡した。遺言によって遺骸を郡山に送るため11月3日江戸を出発したが、途中箱根関で、手形のない遺骸は通さないと阻まれたが、関所を預かる小田原城主稲葉美濃守のはからいで通行を認められ、17日郡山に着き、翌18日良玄寺で火葬された。その跡目相続について家中が二分して互いに争い、延宝7年(1679)忠国のとき、陸奥国福島に移封となり、貞享2年(1685)旧本多氏一族の本多忠平が郡山に入部の際、下野国宇都宮から菩提寺雲幻寺を移し、良玄寺を廃してこれに代えた。昭和39年本堂裏庭から、本多政勝、その母、妻、長男勝行の墓碑が発見されたが、『寛政重修諾家譜』の「郡山の良玄寺において火葬云々」とある記事と符合し、当寺の由来が確認されたので昭和56年6月、雲幻寺から旧の良玄寺に名称を戻し改めた。(ふるさと歴史事典)

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