| 小泉町にある。日蓮宗妙覚寺派。寺蔵の七面大明神像と毘沙門像の背面の墨書によれぱ、寿量院日耀によって開かれたと思われる。安永6年(1777)本堂庫裡等建物のすべてが焼失した。焼失後直ちに仮堂を建築。大正7年3月に本堂など再興。この寺にある田島担々斎敦信の側室元女(岡村氏)の墓誌銘は、もと石棺の上に納められていた3枚の樽で、その表裏に槽書で整然と刻まれた珍しいもので、文はその子文親の作。幕府高学の士植崎九八郎が、嫌疑をうけ片桐藩に預けられていた。九八郎は碩学で和漢の学に通じ、幽閉中藩公と親しくしていたが、幾年たっても疑いの解けないことを憤慨して自刃した。片桐公は師の礼を以て遺骸を当寺に葬り、菩提のため寺領28石を贈った。境内に碑があって、地元の人々は「さんかつさん」と呼び、この碑を削り取って服用すれぱ神経痛に効能ありといわれ、近郷より参詣するものが多かった。(ふるさと大和郡山歴史事典) | |