| 縄文時代(晩期) |
下池遺跡 |
| 弥生時代 |
古屋敷遺跡
西田中遺跡 |
| 古墳時代 |
新木丸山古墳
小泉大塚古墳 六道山古墳
割塚古墳
笹尾古墳 |
| 大化1年(645) |
高市・葛城・十市・志貴・山辺・曽布(添上、添下郡)の六県設置される |
| 弘文2年(672) |
壬申の乱、将軍吹負、稗田に至る |
| 天武2年(673) |
智通、観音寺を、また天武天皇のため矢田寺を建立す |
| 和銅3年(710) |
平城京遷都 |
| 和銅5年(712) |
平城京に西市(九条東方)を設置 |
| 和銅7年(714) |
11 大倭忌寸果安の孝心に鳥見・矢田の百姓ら慕う
12 額田部連比羅夫、新羅使の平城京訪間を三椅(三橋か)に迎える |
| 養老7年(723) |
矢田池の名あらわれる |
| 天平7年(735) |
行基、矢田岡本村に頭施院・尼院を創建す |
| 天平10(738) |
7 観音寺の名あらわれる(正倉院文書)。 |
| 天平16(744) |
10 道慈(額安寺開基)没 |
| 天平勝宝5(753) |
5・23 三殖槻寺の名あらわれる(薬師寺三綱牒) |
| 天平宝字1年(757) |
4・13 舎人親王、永業と松尾寺を建立す(法隆寺縁起) |
| 天平宝字7年(763) |
10 高田寺の名あらわれる |
| 神護景雲3年(769) |
櫟庄の名あらわれる |
| 天暦4年 |
11・20東大寺封戸庄園のうちに清澄庄あらわれる |
| 寛弘7年 |
8・22東大寺庄園のうちに箕田庄・横田庄・白土庄・中庄・櫟北庄・椙庄・菅田庄の
名あらわれる(湛照僧都分付帳)
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