大和郡山歴史年表

HOME  次へ
縄文時代(晩期)
-寛弘7年
延久2年(1070)
-応永6年(1399)
応永13年(1406)
-文明6年(1474)
文明7年(1475)
-永正2年(1505)
永正3年(1506)
-天文18年(1549)
天文19年(1550)
-天正2年(1574)
天正3年(1575)
-天正13年(1585)
天正14年(1586)
-慶長8年(1603)
慶長12年(1607)
-寛永4年(1627)
寛永5年(1628)
-寛文5年(1665)
寛文8年(1668)
-貞享2年(1685)
貞享3年(1686)
-宝永7年(1710)
正徳5年(1715)
-寛保1年(1741)
寛保2年(1742)
-天明7年(1787)
寛政1年(1789)
-天保14年(1843)
嘉永1年(1848)
-明治2年(1869)
明治3年(1870)
-明治13年(1880)
明治14年(1881)
-明治30年(1897)
明治31年(1898)
-大正2年(1913)
大正4年(1915)
-昭和4年(1929)
昭和5年(1930)-昭和24年(1949) 昭和25年(1950)-昭和29年(1954)  引用: 歴史事典
縄文時代(晩期)  下池遺跡
弥生時代  古屋敷遺跡
 西田中遺跡
古墳時代  新木丸山古墳
 小泉大塚古墳 六道山古墳
 割塚古墳
 笹尾古墳
大化1年(645) 高市・葛城・十市・志貴・山辺・曽布(添上、添下郡)の六県設置される
弘文2年(672) 壬申の乱、将軍吹負、稗田に至る
天武2年(673) 智通、観音寺を、また天武天皇のため矢田寺を建立す
和銅3年(710) 平城京遷都
和銅5年(712) 平城京に西市(九条東方)を設置
和銅7年(714) 11 大倭忌寸果安の孝心に鳥見・矢田の百姓ら慕う
12 額田部連比羅夫、新羅使の平城京訪間を三椅(三橋か)に迎える
養老7年(723) 矢田池の名あらわれる
天平7年(735) 行基、矢田岡本村に頭施院・尼院を創建す
天平10(738) 7 観音寺の名あらわれる(正倉院文書)。
天平16(744) 10 道慈(額安寺開基)没
天平勝宝5(753) 5・23 三殖槻寺の名あらわれる(薬師寺三綱牒)
天平宝字1年(757) 4・13 舎人親王、永業と松尾寺を建立す(法隆寺縁起)
天平宝字7年(763) 10 高田寺の名あらわれる
神護景雲3年(769) 櫟庄の名あらわれる
天暦4年 11・20東大寺封戸庄園のうちに清澄庄あらわれる
寛弘7年 8・22東大寺庄園のうちに箕田庄・横田庄・白土庄・中庄・櫟北庄・椙庄・菅田庄の
名あらわれる(湛照僧都分付帳)
HOME  次へ