百万本のバラを
登場人物
マルコ
ピエール
ローラ
ローラのマネージャ
子供1
子供2
新聞記者1
新聞記者2
花屋
主婦
男
街の人々
----第1場----
音楽とともに幕が開く。
深夜、月明かりが洋館のバルコニーを照らしている。
窓から顔を出し、外を見つめるローラ。
ローラ ああ、ロミオ。あなたはどうしてロミオなの。
ロミオ・・・ロミオ・・・
せめてその名前がなかったら・・・
ローラ涙を拭う。
ローラ あなたの名前が憎い。名前なんかに何の意味があるというの。
お願い、ロミオ。名前を捨てて。
いいわ、あなたが駄目だというのなら、私が捨てたってかまわない。
バラの花はたとえその名がなくても、その美しさに変わりはないわ。
そう、私は名もなきバラの花。あなたに、あなたに受け取ってもらえるのを
待っている。
お願い、ロミオ、受け取っておくれ、私の全てを。
ローラゆっくりと泣き崩れおちる。
音楽、盛り上がり、照明が落ちていく。
と、突然音楽カットオフ。普通の明かりにもどる。
下手からマネージャ登場。
うずくまっているローラに近づいて
マネージャ さあ、帰るぞ。
ローラ ああ、神父様。
マネージャ は?誰が?
ローラ ロミオは?私のロミオはどこなの?
マネージャ おいおい、しっかりしてくれよ、ローラ。もうオーディションは終わったんだ。
俺は神父なんかじゃなくて、お前のマネージャだ。
ローラ え
マネージャ さあ、時間がない。とっとと準備しろ。
ローラ 待って、結果は?
マネージャ いつものことだ。
ローラ うそ。
マネージャ うそだと思うなら、自分で聞いてきな。
私のどこが悪かったんでしょうかってな。
ローラ そんな・・・だって、ほかに上手い子なんて一人も。
マネージャ たいした自身だな、ローラ。人のことをつべこべ言う前に自分の反省でもしたらどうだ?
ローラ わたしは
マネージャ (ローラの言葉をさえぎるように)
大体、何だあのセリフは。
わたしは名も無きバラの花って、そんなセリフがどこに書いてある。
(台本を取り出して)
勝手にセリフを作ってどうするだ?オーディションだぞ。わかってんのか。
ローラ だって、ジュリエットならきっとあの場で、あんな気持ちに
マネージャ 御託はいいんだよ。
いくら才能があったって、認められなきゃ何にもならん。
いつもいってるだろ、ここはそういう世界だよ。
さあ、余計な話はいいから、急いでくれ。
今日は隣町の芝居小屋だ。
ローラ ええ、また?また子供相手に見世物?
もうやめましょうよ。ああいう安っぽい仕事。
マネージャ は?お前が仕事選べる立場か?いったい誰のおかげで、オーディションをうけられると思ってんだ、ええ?
ローラ ・・・・
マネージャ 大体、お前が早くオーディションに受かってくれれば、こんな・・・
ローラ ああ、わかったわかった。もうお説教はうんざり。行きましょう。
そう言ってローラはそそくさと去っていく。
マネージャ おい、待てよ。
あとを追ってマネージャも退場
----第2場----
にぎやかに人々が行きかう街角。
道の片隅でマルコとピエールが絵を描いている。
ピエールはせかせかと、手を動かし、立ったり座ったり
自分の絵を眺めては目の前の風景をながめ、首をひねる。
マルコは筆を持ったままじっと目を閉じている
ピエール ああ、いかん。どうも光が足りない。やっぱり、さっきの瞬間だよな。
あの一瞬の色を表現できれば。
とひとりごとを言ってまたキャンバスに向かう。
しばらくして
ピエール ああ、駄目だ。止めだ、止め。
マルコ、休憩にしようぜ。
そうだ、(荷物をさぐりながら)今日はここへ来る途中でな、
うまそうなパンを売ってたから
(マルコが話をきいていないのに気づいて)
おい、マルコ、きこえてるかい。
(マルコの体を揺すって)マルコ大先生!
マルコ (目を開けて)なんだ、突然。せっかくの絵が台無しになるじゃないか。
ピエール (ため息をついて)まったくお前は。
マルコ 何だい?
ピエール いいや、いつものことながら感心するよ。
マルコ だから、何が
ピエール いいかマルコ、お前の周りをよく見てみろよ。
マルコ え
ピエール 何が見える?
マルコ 何がって・・・・いつもの街並みだね。
ピエール かあ、全く、これだからなあ。もっとよく見てみろよ。
どこまでも続く石畳、そこを行きかう人たち、遠くで揺れる木々、さえずる小鳥たち、足元におちているゴミから、きれいなおねえちゃんまで、ありとあらゆるものがこの目に飛び込んでくるだろ。いつもと同じものなんて、ひとつもないぜ。
マルコ ・・・・・
ピエール そのありのままの風景をカンバスに写し取っていく。
それが俺たち絵描きの使命ってもんじゃないか?
マルコ ピエール・・・
ピエール だから俺は、じっと目を見開いて、一瞬の光の揺らめきも見落とさないようにしてるんだ。
それが、なんだよマルコ、お前はじっと目を閉じてさ。それじゃ何も見えないじゃないか。いったいそれで、何を描くっていうんだ?
マルコ ピエール、何度言っても君には理解してもらえないかもしれないけど・・・。
僕の目にはこの世界は、描きたくなるものなんて何も無い、つまらない世界にしか見えないよ。
ピエール ふん。
マルコ 何の色もついていない、白と黒、単なるモノクロームの世界。
だから、僕は目を閉じているんだ。そうすれば、そこには美しいイメージの
世界が広がっているからね。
ピエール イメージねえ・・・。
それで、こんなわけのわからない作品ができるってわけか。
そういって、ピエール、マルコの傍にある絵を何枚か取り上げる。
そこには、丸や三角やドーナツの記号のような絵がかかれている。それらを順に掲げて
ピエール これは?
マルコ 永遠のきらめき
ピエール これは?
マルコ 生きることのはかなさ
ピエール じゃあ、これは?
マルコ それは、君、ドーナツじゃないか、そんなこともわからないのかい?
ピエール、あきれて絵を置く
ピエール やれやれ、俺には永遠のきらめきもドーナツも同じに見えるよ。
マルコ だから君には絵を見る目がないっていうんだよ。
ピエール そういう偉そうなことは、ひとつでも絵が売れてからいってくれ。
マルコ 絵が売れないのは君だって同じだろ。
ピエール 全くだな。
二人、笑いあう。
上手のほうから、ローラとマネージャが言い合いをしながら出てくる。
ローラ もう、いったいどういうことなの!
マネージャ 何が
ローラ きいてなかったわよ、あんなの。
マネージャ 仕方ないだろ。
ローラ あんな汚い衣装じゃ、せっかくの顔が台無しじゃない。
マネージャ 向こうが用意してたんだ、断れるわけないだろ。
ローラ 大体なんでウマなわけ?しかも全身・・
子供たち、上手から登場。
ローラに小さな花束をもっている。
子供1 あの・・・・とってもかわいかったです、おウマさん。
花束を差し出す。
ローラ あら、きれいね。
花束を受け取る。
子供2 明日も見にきます、がんばってください。
ローラ ありがとう。待ってるわね。
子供たち、うれしそうに退場。
マネージャ ほら、人気者じゃないか。
ローラ あのねえ、子供をよろこばせても仕方ないの。
私は女優なのよ。もっと広いホールでオーケストラをバックに
大勢のお客さんの前でスポットライトを浴びるの。はい、これあげる。
もらった花束をマネージャに投げ渡し、マルコとピエールの前をとおって退場。
マネージャ おい、ローラ
マネージャも退場。
ピエール 売れない女優か・・・どこの世界も大変だな。
マルコ、ローラの去ったほうを見たまま呆然としている。
ピエール マルコ?
マルコ 見えたよ。
ピエール え
マルコ 色だよ、色。
ピエール 色?
マルコ そうだよ、見えなかったのかい、あんなに鮮やかな紅色が。
ピエール マルコ・・・・
マルコ はじめてだよ。
彼女のまわりにだけ、くっきりと色がついて見えたんだ。
すばらしいよ。白黒の世界に咲いた真紅のバラだ。
ああ、信じられない、あんなに美しい色がこの世界にもあるんだな・・・
そうか、ピエール、君が言っていたのはこのことだったんだな。
ピエール え、あ、ああ・・・・
マルコ すごい。すごいぞ。
と言いながら、マルコ退場していく。
ピエール おい、どこ行くんだよ。
照明フェードアウト
----第3場----
音楽
(例えばオーシャンゼリゼのような陽気なもの)
以下は音楽に合わせた無言の演技
人々が行き交う広場。
路上では大道芸人がアコーディオンやパーカッションで演奏をしている。
花売りが屋台をひいて登場。
上手では、ベンチにすわった男の子と女の子が言い争いをしている。
怒ってそっぽを向く女の子に、がっくりして男の子はベンチをたって去ろうとする。
花売りの前をとおった男の子を花売りが呼び止めて、こっそりと花を渡し耳打ち。
一方ベンチでおこっている女の子に、道化がちかずいてマジックを披露。
驚く女の子に、もう一度披露して、今度は女の子の後ろを指し示す。
振り向いた彼女の前で、男の子が花を差し出している。
驚いた女の子、花をゆっくりと受け取る。
まわりの皆が祝福する。
曲にあわせて、皆でダンス。
曲の最後のほうで、下手からマルコ登場。
皆の楽しそうな様子をながめたあと、ゆっくりと花売りの屋台の前に立つ。
照明フェードアウト
----第4場----
暗がりの中、カメラのフラッシュが光る。
新聞記者にかこまれたローラが登場。
記者1 ローラさん、このたび受賞された感想は。
ローラ 信じられない。夢のようだわ。
記者2 このよろこびを誰に。
ローラ 家族と、まわりのスタッフの人たち。そして何よりも応援してくれるファンのみんなに。
記者1 では、もう一度カメラに向かって、その喜びの表情を。
再び、たかれるフラッシュ。
突然激しくドアをノックする音。
記者達、それに気づいて逃げるように去っていく。
ローラ ちょっと、何、まってよ、ねえ!
照明がつくと、そこはアパートの一室。ローラの部屋。
再びドアがノックされる。
マネージャ おい、ローラ。いるんだろ。
ローラ (あたりを見回して)信じられない・・・夢のよう。
マネージャ 何だって?早くしないと、間に合わないぞ。
ローラ (ため息)はいはい、わかりました。今行きますよ。
ドアを開ける
マネージャ 何やってんだ。
ローラ 練習よ、セリフの。
マネージャ ウマにセリフはないだろ。
ローラ そっちじゃないわよ。オーディション、またすぐにあるでしょ。
マネージャ ファンのみんなに!なんてセリフは無いけどな。
ローラ きこえてたの?人が悪い。
マネージャ いいかローラ、夢見るのは勝手だがな
ローラ そう、夢よ、ずっと長いあいだ見てきた夢・・・・
小さいころに一度だけオペラにつれていってもらったことがあるの。
そのときの感動は今でもよーく覚えているわ。本当に夢のような時間だった。
そしてそこで見た女優さんがずっと目に焼き付いて離れなかった。
わたしもあんな風になりたい、そのときから私の夢は始まったの。
マネージャ 難儀な職業を夢見ちまったな。
ローラ だけど、これはかなう夢なの。必ずね。だから、次のオーディションもがんばらなくちゃ。
マネージャ ・・・・ローラ、オーディションはしばらく無しだ。
ローラ え
マネージャ 来月から、別の町へ行くことになった。荷物まとめとけ。
ローラ そんな、なんで突然。
マネージャ 仕方が無い。ここじゃ、もう仕事がないんだ。
ローラ だって、せっかく
マネージャ なんだ
ローラ せっかくのチャンスなのよ。
マネージャ 今まで、そのチャンスをつぶしてきたのは誰だ。
ローラ 今度こそはきっと
マネージャ そのセリフは聞き飽きたよ。まあチャンスはまた、何度でもあるさ。
ローラ だって
マネージャ 文句があるのか。お前一人じゃ仕事ひとつとれないくせに。
ローラ ・・・・・
マネージャ さあ、そんなことよりも今日の仕事だ。しっかり稼ごうぜ。
ローラ ・・・・・どうせ、ウマでしょ。
マネージャ ああ、とびっきりのウマだ。
照明フェードアウト
----第5場----
いつもの街角。
いつものようにマルコとピエールが絵を描いている。
ピエールの前にはバラの花束がおかれている。
ピエール 花は昔から多くの人々の心をとらえてきた。
美しいその花びらは蝶や蜂を引き付けるためにあると言われているが、
本当の理由は誰にもわからない。
いや、そもそも美しさに理由なんていらない。理由がなくても花を前にした人々は感動し、画家はただ筆を動かす。ってな。
マルコ、バラの花束をとりあげて
マルコ さあ、もういいだろ。
ピエール おい。
マルコ べつにこの花は、君の絵のモチーフにするために買ってきたわけじゃないよ。
ピエール なんだよ、いい感じだったのに。
マルコ 大体、君はうんちくが多いんだよ。筆を動かすか、口を動かすかどちらかにしたらどうだい。
ピエール けっ。しかし驚いたね。まさかお前が花束を買ってくるなんて。
マルコ ・・・・うん。なんだか、あの後、いてもたってもいられなくなってね。
たまたま花屋の前をとおりかかったときに、このバラの花が目にはいったんだ。
ピエール 今まで花なんて何の興味もしめさなかったお前が?
マルコ そう、自分でも不思議なんだ。だけど、このバラの花を彼女にあげたいって、そのときは何故だかそう思ったんだ。おかしいだろ?
ピエール いいや。おもしろいよ・・・お、噂をすれば何とやらだ。
上手からローラとマネージャが登場
ローラ もういや、いいかげんにして。
マネージャ まあ、そう怒るなって。
ローラ ニンジンに向かって、愛しのキャロット様って、何なのよ。
マネージャ 向こう様のご希望だ。
ローラ まったく、センスが無いんじゃないの。
マネージャ だけど、お客には好評で、おかげで報酬も上乗せだよ。ひひひ。
ローラ ちょっと、マネージャ。私の体を売り物にしてない?
マネージャ 売れるだけましだと思いな
ローラ そんな・・・
マルコ、花をもってローラに近づく。
マルコ あ、あの・・・
ローラ ともかくねえ、
マルコ あの・・・
ローラ え
マルコ これ・・・
マルコ花束を差し出す。
ローラ あ、ああ、どうも
ローラ不信そうに受け取る。
ローラ ともかく、私はこんな仕事はもううんざりですからね。
そういって、受け取った花束をマネージャにわたす。
マネージャ おい、たまには持って帰ったらどうだ?
ローラ あいにく、今の部屋には飾るとこなんてないの。
いいのよ、今にさ、こんなちっぽけな花束なんかじゃなくて、
百万本のバラの花に囲まれて暮らせるような大女優になってみせるわ
マネージャ それはそれは、楽しみにしてるよ。ひひひ。
マネージャ退場。
ローラ ちょっと、聞いてるの。
ローラもマネージャを追って退場。
ピエール 何だよ、ありゃ。感じ悪いなあ。
あの花も俺の絵のモデルになっていたほうが、いくらか幸せだったろうぜ。
マルコ そうだよな。
ピエール な、お前もそう思うだろ?
マルコ 彼女の言うとおりだ。彼女にあんな小さな花束は似合わない。
百万本のバラの花。それくらいの美しさじゃないと彼女には釣り合わない。
君もそう思わないかい?
ピエール え・・・いや、こればっかりは、君がそう思うなら・・・・
マルコ そうだ。そうだよ。
マルコそう言いながら退場。
ピエール おい、マルコ、今度はどこへいくんだ!
後を追おうとするピエールに、ひとりの男が近づく。
男 あの、君
ピエール え
照明カットアウト
----第6場----
街角の花屋。
主婦が買い物にくる。
主婦 ごめんください。バラとカーネーションをくださいな。
花屋 あーら奥さん。いらっしゃい。バラね、バラッバラ、バラッバラ、バラッバラバッバーって、おほほ、ごめんなさい。あいにくバラが売り切れなのよ。
主婦 あら、売り切れなんて珍しいわね。
花屋 そうなのよ、さっき来たお客さんがさあ、この店のバラを全部くれって
主婦 まあ、素敵。きっとどこかのお金持ちさんねえ。
花屋 それが、そうでもないのよ。身なりは汚らしくてさあ、とてもお金持ちには
見えなかったわ。
主婦 なんだ、そうなの?がっかり。
花屋 バラの花束が似合わないのなんのって。
主婦 いるわよねえ、そういう人。なんだかそんな人にバラ貰ってもねえ。まず、その身なりを整えてきなさいって感じよ。
花屋 あら、そんな経験があるの?
主婦 あるわけないでしょ。うちのバカ亭主がそんなことしてくれるはずもないしさあ。
花屋 ほんとよねえ。っていうか、今更、旦那に花貰ってもねえ。
主婦 そうそう、花をくれるよりも金をくれってねえ。
花屋 あーあ、私たちも年とったわよねえ。
二人で客席のほうをみて
二人 ねえ。
----第7場----
いつもマルコとピエールが絵をかいている街角。
しかしこの日はマルコはおらず、ピエールが一人で絵を描いている。
そこへ子供たちが寄ってくる。
子供1 ねえねえ、いつもいるオジさんは?
ピエール え、あの、変な絵を描いてるオジさんかい。
子供2 変な絵じゃないよ。あたし、あのオジさんの絵、だーいすき。
子供1 あたしもよ。
ピエール おやまあ、マルコにもかわいいファンがいたんだなあ。
残念だけど今日は来てないよ。それよりも君たち、俺の絵はどうだい?
ピエール自分の書いている絵を子供たちに見せる。
ピエール 素敵だろ。
子供1 うーん、いまいち。
子供2 心に響かないわねえ。
子供1 行こ。
子供2 うん。おじさん、がんばってね
子供たち、退場。
ピエール やれやれ、子供には俺の絵の良さはわからんか・・・
ピエール、後ろにおいてある絵のひとつを取り出す。
ピエール しかし、この絵が売れるとはなあ。なんだか、まだ信じられないな。
(うれしそうに自分の絵をながめているが、急に深刻な顔になって)
マルコには何て言えばいいだろうか・・・・
マルコ大きなカゴを抱えて登場。
カゴにはバラの花束が一杯つまっている。
ピエール、マルコに気づいて、見ていた絵を隠す。
ピエール よお、マルコ。しばらく姿を見ないと思ったら、いったい何だよ、そりゃ。
マルコ 見て分からないのかい。バラの花じゃないか。
ピエール わかってるよ、そんなこと。そうじゃなくて、そんなにいっぱいのバラの花、
いったいどうしたんだって言ってんだよ。
マルコ、カゴを置く。
マルコ あれから色々考えてね、百万本には足りないかもしれないけど、
とにかく町中をバラの花を買って、彼女にあげようって思ったんだ。
だけど、僕にはそんなにお金がないだろ。だから、画材道具もアトリエも
全部売り払ってさあ、ようやくこれだけの花を集めたんだ。
ピエール 何だって?
マルコ どうだい、すごいだろ、町中のバラの花だよ。
ピエール マルコ、お前、どうかしてるんじゃないのか。それじゃもう君は絵を描くことができないじゃないか!
マルコ ピエール・・・・だけど・・僕には、こうするしかなかったんだよ。
マネージャ おい、待てよ。お前どうかしてるんじゃないのか!
舞台上の別の空間に照明がかわる。道の真ん中でマネージャがローラの腕をつかんでいる。
マルコとピエールの空間はストップ。
ローラ 離してよ。
マネージャ いいかげんにしろ。仕事を突然休んだと思ったら、今度は逃げ出すのか。
ローラ もういやなの、こんな生活。
マネージャ 何言ってんだ、女優はお前の夢だったんじゃないのか。
ローラ 女優?これが?ちがう、私が夢見てたのはこんなのじゃない。
変な衣装着て、みんなから笑われて、これじゃただの道化じゃない!
なんで・・・なんでこうなっちゃったの!
マネージャ いい加減、目を覚ませ!現場はカンカンに怒ってるぞ。
ローラ もういい、放っておいて。
私、もうこれ以上我慢できない!
ローラ泣きながら、マネージャの腕を振り払って退場
マネージャ おい、ローラ。待てよ。
再び、マルコとピエールのほうへ照明がかわる
ピエール マルコ、いいかげん目を覚ませ!最近の君はちょっとおかしいぞ。
マルコ ピエール、僕はただ彼女に・・あ!
袖からローラ登場。マネージャを振り払ってきた勢いそのままに。
マルコ、いそいでカゴをかかえて、彼女の前に差し出す。
マルコ あ、あの・・・これを、あなたの美しさのそばに。
ローラ、差し出されたカゴ一杯の花束を思いきり払いのける。
激しく飛び散る花びら。
ローラ (泣きながら)あなたも私をバカにするの?
わかってる、わかってるわよ、私に才能がないことくらい。
だからもう、これ以上私を苦しめないで!
ローラはそのまま、袖に飛び出していく。
撒き散らされたバラの花の中で呆然と立ち尽くすマルコ。
驚いたピエールがマルコに近づく。
ピエール おいおい、いったい何だ、ありゃ。マルコ、大丈夫か?
マルコ、足元に落ちているゆっくりとバラの花の一輪をひろいあげる。
マルコ 気持ちってのは・・・・なかなか伝わらないものだね。
ピエール そうだな。
だから俺は絵を描いているのさ。マルコ、お前だってそうだろ。
なれないことをしても、空回りするだけさ。
マルコ (静かにうなずいて)そうかもしれないな・・・・。
マルコ、足元に散らばったバラの花を見回して
マルコ ピエール、僕は今ね、飛び散っていくバラの花をみて、ただ単純に美しいって思ったんだよ。
今まで絵を描くときに考えていた理屈なんて、一切なくてもね。
僕は彼女と出会ってから、自分のまわりにどんどん美しいものを発見しているよ。
彼女が色のない世界に色をつけてくれたんだ。
だから僕は彼女に恩返しがしたい。
ピエール、静かにうなずく。
マルコ 僕はもう何もかも売っちまって、絵を書くこともできない。
だけど、ピエール。僕はなんとか彼女の力になってあげたいんだ。
ピエール マルコ・・・
マルコ お願いだ、ピエール、少しだけでいい、君の画材道具を貸してくれないかい。
やっぱり僕は絵を書くしか能がないんだ。
ピエール ああ、君の頼みだ、いくらでも使ってくれよ。遠慮はいらないぜ。
マルコ ありがとう。
ピエール それで、いったいどうするんだい。
マルコ 彼女に見せてあげるんだよ。百万本のバラの花を。
照明フェードアウト
(次の場面までに、長めの音楽などで間をとる。)
(ピアノの生演奏などあればよいが・・・)
----第8場----
ローラの部屋。一人、ソファにうずくまっているローラ。
袖からマネージャ登場。
静かにドアをノックする。
マネージャ ローラ、いるんだろ?
静かにドアを開ける。
マネージャ やっぱり、戻ってたのか。
ローラ 他に・・・居場所なんてないから・・・
マネージャ ローラ、いったいどうしちまったんだ。
結局あれから、仕事は全部キャンセル。俺が頭を下げて何とか許してもらったけど、もうこの町には居られない。
ローラ ・・・・・
マネージャ 予定より早いが、明日にはここを出て次の町へ行くぞ。
ローラ もう・・・・いいの。
マネージャ まだそんなことを。仕方ないだろ、ああいった仕事はいやかも知れんが
ローラ そうじゃないの。私、ようやくわかったの。
私はやっぱり才能がないんだって。
だからもう・・・・あきらめたほうがいいんだって。
マネージャ ローラ・・・
ローラゆっくりと立ち上がって窓際に近づく
ローラ この部屋の窓から見える広場があるでしょ。毎日、多くの人が行き交っている。
近くで見るとね、この広場の片隅にも色とりどりの小さな花がさいているの。
だけど、ここから見ると、ただの石畳が広がる広場よ。花なんて見えやしないわ。
結局、どんなきれいな花を持っていても、雑草としてうまれたらその運命を
受け入れなきゃいけないのよ。
マネージャ ローラ・・・・・
ローラ 少し、気づくのが遅かったけどね。
マネージャ ローラ・・・俺は今まで、何人もの女優を見てきた。
ローラ え
マネージャ だけど、ろくなやつはいなかった。
才能はねえし、金にもならねえし、おまけに当の女優に金を持ち逃げまでされてなあ、ほんといい加減こんな商売やめちまおうって思ってたんだ。
ローラ ・・・・・
マネージャ だけど、そんな時、お前に出会って、俺の考えが変わっちまった。
お前に人生を賭けてみよう、
これは神がもう一度チャンスを与えてくれたんだって、そう思ったんだ。
ローラ なんで・・・
マネージャ お前ならきっと成功する。そう感じたんだ。
この前の仕事のときだってそうだ。覚えてるだろ、あの子供たちのうれしそうな顔を。お前の演技には心があるんだよ。いくら着ぐるみを着てても、顔が見えなくても、心があれば観客にはちゃんと伝わるんだよ。それは才能だ。望んだって誰もが持てるもんじゃない。
今まで、いろんな女優を見てきた俺がいうんだから間違いない。
ローラ マネージャ・・・
マネージャ だから、才能がないなんて言うな。
ローラ マネージャ・・・やめてよ・・・
聞きながら思わず涙ぐむローラ。
涙を隠そうと、窓をあけて外を見る。
ローラ あ
思わず窓の外を凝視する。
マネージャ ローラ?
マネージャも窓の外をのぞく。
マネージャ わ、すごい、なんだ・・・
ローラ きれい・・・
窓の外には、一面の深紅のバラの花が広がっている。
それは、バラの花を書いた紙を広場に一面敷き詰めたものだった。
陰からそっと様子をうかがうマルコとピエール。
ローラとマネージャはじっとその広場を見入っている。
そんな二人を見て、マルコとピエール、握手をして作戦の成功をたたえあう。
そのとき、一陣の風が吹いて、敷き詰めた絵は次々に風にとばされてしまう。
マルコ わー大変だ
マルコとピエール、あわててとんでいった絵を集めに駆け回る。
絵は次々にとんでいって、広場はもとの石畳にもどる。
マネージャ (がっかりして)なんだ。どこかの道楽者のいたずらか・・・
ローラはそのまま広場をじっと見つめている。そしてゆっくりと目を閉じる。
マネージャ ローラ?
ローラ きれいね
マネージャ え
ローラ とっても綺麗。あなたには見えない?
マネージャ だって、もう絵は一枚も・・・
ローラ 目を閉じるとね、うかんでくるの。一面に広がった深紅のバラの花が。
こんなにきれいなバラ、見たことがないわ。
本物のバラだって、こんなに美しくはないもの。
きっとあのバラの絵を書いた人はとても心が美しい人。
目で見えなくても、今も心にのこっている。だからきっとその人も心で書いたの。
不思議ね・・・こんな気持ちになったのは初めてよ。
マネージャ ローラ・・・。もう一度、がんばってみないか。
今のお前ならきっとやり直せる。
ローラ、いつまでも目をとじている。
広場では、マルコとピエールがあいかわらず絵を拾ってかけまわっている。
照明、フェイドアウト
----第9場----
いつもの街角。
マルコとピエールが向かい合っている。
マルコはずたぼろのバッグを持っている。
ピエール どうしても行くのか?
マルコ ああ、これ以上君に迷惑はかけられない。
ピエール だけど行く当ては・・・
マルコ さあ、気の向くまま。まあ、何とかなるさ。どこへ行ったって絵は描けるし。
それに、僕はこの目でもっともっと世界っていうのを見てみたいんだ。
この世界には美しいものが山ほどあるって、わかったんだからね。
ピエール そうか・・・じゃあ、もう、止めはしないよ。
マルコ そうだ、ピエール、君にうけとってほしいものがあるんだ。
マルコ、バッグの中から一枚の絵をとりだす。
ピエール これは・・・・永遠のきらめき。
マルコ 名前なんてなんだっていいのさ。君が丸だと思うなら、この絵は丸でいい。
ピエール そうか・・・もらってもいいのか?
マルコ ここで君と過ごした記念だ。
ピエール それじゃあ、お返しに俺の絵もうけとってくれ。
そういってピエールも一枚の絵をマルコに差し出す。
お互いにうけとった絵を、しみじみとながめる。
マルコ ピエール、今まで君の絵なんて誉めたことはなかったけど・・・
素敵な絵だと思う。今なら素直にそう思えるよ。
ピエール おいおい、柄にもないことを言うな。
まあ、こいつはいつかお前が有名になるときまで、大切にもっておくよ。
マルコ お互いにね。
笑いあう
マルコ それじゃあ。
ピエール ああ。
マルコ、バッグを下げて退場
ピエール、じっとマルコの後ろ姿を見送っている
その後ろから、男が登場。ピエールに近づく。
男 あの
ピエール え?あ、このあいだの。
男 今日はさっそく絵を受け取りに来たよ、ほら金もちゃんと用意してある。
ピエール あ、ああ、そ、それがですな、その、実はあの絵を無くしてしまいまして・・・
男 無くした?いったいどういうことだ?
ピエール いやー、申し訳ない。まあ、これからいくらでも代わりの絵を描きますから・・
男 もういい、今回の話はなかったことにしてくれ。
ピエール ちょっ、ちょっと待ってくださいよー。
男退場。
ピエールもそれを追って退場。
----第10場----
ロミオとジュリエットの舞台。
物語もクライマックスにさしかかる。
ローラにスポット。
ローラ これを飲めば、次に目覚めたときはロミオと一緒になれるのね。
いいわ。あの人といられるならば、私は何も恐れない。
ロミオ、あなたを・・・あなたのことを信じています。
ローラ、手にもった薬を飲み、ゆっくりとその場にうずくまる。
湧き上がる観客の拍手の中、暗転。
照明がつくとそこは舞台裏。
マネージャが上手から急ぎ足で登場。
マネージャ さあ、時間がないぞ、いそいでくれ。
マネージャにつづいて、ローラ登場。
ローラ 授賞式は5時からよね。
マネージャ ああ。で、そのあとは記者会見で、夜はパーティーだ。
ローラ (フト立ち止まって)・・・マネージャ
マネージャ ん?どうした?
ローラ ・・・ううん、何でもない
下手から、新聞記者たち登場。
ローラを取り囲む。
記者1 ローラさん、このたびは受賞おめでとうございます。
ローラ ありがとう。
記者2 今のご気分は?
ローラ なんだか、まだ実感がないわ。
記者1 このよろこびを誰に?
ローラ 私の家族と、まわりのスタッフ、もちろん応援してくれたファンのみんなに。
それから・・・・
記者2 それから?
ローラ ・・・・・・
記者2 ローラさん?
ローラ ああ、ごめんなさい。ちょっと昔のことを思い出してたの
記者2 昔?
ローラ そう、私がまだ全然売れてなかったころのこと。
私は女優としての自信をなくしていたわ。
その時、ある絵描きさんが書いた絵が、私にがんばる力をくれたの。
記者1 ほう、いったいどんな絵ですか?
ローラ 一面にひろがるバラの花。だけどね、それはただのバラの花じゃないの。
記者達 というと
ローラ ・・・・・・
この世のどこにもない花。だけど見たいと思えば、いつでも見ることができる。
ローラゆっくりと目を閉じる。
ローラ 彼が書いたのは私の心の中の花。
ほら、今もこうして目を閉じると目の前に広がっている。
舞台には一面にバラの花が広がる。
その中を、あのときのようにマルコとピエールが駆け回っている。
終劇