ハンガリー最後のロマン派作曲家
エルンスト・フォン・ドホナーニ


 昨年(1999年)にCDショップで見かけて以来気になっていた作曲家にエルンスト・フォン・ドホナーニ(1877-1960)がいます。彼は、指揮者のクリストフ・フォン・ドホナーニの祖父として知られるハンガリーの作曲家で、後期ロマン派の末裔です。ドホナーニは、オーストリア=ハンガリーが崩壊へ至るらん熟期に作曲家および演奏家としての名声を確立し、第2次世界大戦後は、共産主義による支配を嫌って祖国ハンガリーを出国し、その後フロリダ州立大学の作曲科およびピアノ科の教授として迎えられ、1960年にアメリカで一生を終えました。
 ハンガリーの作曲家というと、リストやバルトーク、コダーイなどが有名ですが、何故かドホナーニの名前はあまり知られていません。リストやバルトークなどは、強烈な個性で聴く人を惹きつけるタイプで、それが彼らをメジャーな作曲家にのし上げた要因ではないかと思います。とはいえ、リストは生前から女性のグルーピーが付いて回るほど大人気でしたが、バルトークの場合は個性的過ぎたことが災いして生前はその才能が認められず、不遇の生涯を送ることになり、ようやく彼の死後に真価が多くの人々に認められるようになりましたが……。
 それに対してドホナーニの作品は、リストやバルトークに比べるとおとなしめで、それほど個性的というわけでもないので、彼らの影に隠れてしまっている感があります(まあ、リストやバルトークはインパクトがありすぎなんでしょうが)。ですが、彼の作品は充分に聴衆を魅了することの出来るものばかりで、19世紀ウィーン風の甘美な曲調ではありますが、しっかりとした構成の優れた曲が多くを占めています。作品の数はそれほど多いとは言えませんが、私が聴いたものはいずれも心に残る名品ばかりです。
 ドホナーニは、忘れられた作曲家といった感じの人ですが、彼の作品を聴けば、後期ロマン派の作品を聴きこんでいる人たちには容易に受け入れられるでしょうし、何といっても一般の人々が聴いても何の抵抗もなくすんなりと入っていける親しみやすいフレーズの曲ばかりですから、演奏される機会が増えればブレイク間違いなしでしょう。2000年はドホナーニの没後40年ということもあり、私としては彼の作品をもっと世に広めるべく積極的にアピールをしていきたいと思っています。

【お勧めのCD】
 お勧めといっても、そんなに沢山の種類が出まわっているわけではないので、おのずと紹介できるものも限られてきます。現在では、CHANDOSやHungaroton、NAXOS、CPOなどからドホナーニの作品集が出ていますが、その中でもCHANDOSから出ているバーメルト/BBCフィルによる録音は、なかなかの名演です。

まずは一聴!

CHANDOS
CHAN 9733
組曲嬰へ短調 Op.19、童謡(きらきら星)の主題による変奏曲 Op.25、「道化師のヴェール」より4曲 Op.18
Suite in F sharp minor Op.19
Variations on a Nursery Theme - for Piano and Orchestra Op.25
from The Veil of Pierrette Op.18

 マティアス・バーメルト/BBCフィルハーモニック、ハワード・シェリー(ピアノ)
 Matthias Bamert/BBC Philharmonic
 Howard Shelley(p)


 蜘蛛の化け物のようなものがプリントされているグロテスクなジャケットですが、中身はジャケットとはまったく関係の無いロマン派的な美的センスあふれる内容。まずもって親しみやすい曲調の作品ばかりで、初めて彼の曲を聴く人にはお勧めの1枚。「組曲」の主題の淡く切ない旋律は、聴くものを惹きつけてやまない美しさを持っています。この曲を聴いただけでもドホナーニがいかにすばらしい作曲家であるかがうかがい知れます。ただ単に美しいだけには止まらない、ツボを押さえたメリハリのある巧みなオーケストレーションが魅力を倍増させています。「きらきら星」変奏曲は、マックス・レーガーの「モーツァルトの主題による変奏曲」のように、淡々と曲が進行して行くのではなく、非常に変化に富んでいます。冒頭の導入部が悲劇的でダイナミックなフレーズで始まるので、いったいどんな「きらきら星」になるやらと思いきや、ピアノによって主題が奏でられると雰囲気が一転して曲調が早変わり。最初に単純な聴きなれた主題が奏されたあと、目くるめくピアノとオーケストラによるロマンティックかつリリカルで、メランコリックな魅力を併せ持った変奏が披露されます。ここでもドホナーニの名人芸といってよいオーケストレーションが光っています。単調にならず、聴衆を飽きさせることがない演出には感心させられます。「道化師のヴェール」は、珠玉の小品集といった感じの曲で、特にウィーン風の華麗なワルツを楽しめるところが良いですね。このCDに収められている「ウェディング・ワルツ」は、ウィーンの社交界で定期的に催される舞踏会の雰囲気にも似た豪華絢爛さを誇る逸品です。

第2段階は
硬派の音楽


CHANDOS
CHAN 9647
交響曲第1番ニ短調 Op.9、アメリカ狂詩曲 Op.47
Symphony No.1 in D minor Op.9
American Rhapsody Op.47

 マティアス・バーメルト/BBCフィルハーモニック
 Matthias Bamert/BBC Philharmonic

 交響曲第1番は、ドホナーニが23歳(1900年)のときにブタペスト・アカデミーの卒業作品として完成させた曲で、彼のシンフォニストとしての実力を目の当たりにさせられる傑作交響曲です。新進気鋭の作曲家の手による作品でありながら、すでに円熟の域に達したかの感がある仕上がりとなっています。マーラーなどの大作曲家でもそうですが、たいていの作曲家が若い頃に作曲した交響曲には、どこかしら未熟さが感じられるものですが、ドホナーニの最初の交響曲は、既に彼の作曲技法や音楽のスタイルが確立していると言いきってよいほどに完成度の高い曲です。第1楽章と第5楽章の重厚で堂々としたドラマティックな曲調は、まさにドイツ・ロマン派を受け継ぐ作曲家にふさわしい作品と言えるでしょう。第2楽章はコールアングレとクラリネット、第4楽章はヴィオラがソロとして活躍する叙情的な調べを聴かせてくれますが、これがこの曲に彩りを与えています。さらに、第3楽章のスケルツォではにぎやかで華々しい演出がみられ、約55分の曲に多様な性格を持たせています。また、ドホナーニは、変奏形式による作曲技法を得意とし、彼の主要な作品のほとんど大半がこの形式によっています。交響曲第1番では、第5楽章が序奏と変奏曲として作曲されており、コーダへ向って幾重にも表情を変えていきます。長めの曲ではありますが、最後まで飽きることなく、過ぎ行く時間を気にすることもなく楽しめ、なおかつ、最後のクライマックスは大いに盛り上がって勇壮に終わるところも一般の聴衆にも充分うける要素を持ち合わせています。
 カップリング曲のアメリカ狂詩曲も、ドホナーニらしいゴージャスなオーケストレーションが駆使された曲です。ただ、ハンガリーやアメリカの様々な民謡や俗謡などの旋律をメインにしているため、ドホナーニらしさは幾分影を潜めているような感じは受けます。曲中に祖国ハンガリーの主題が用いられているところからも、この曲には、彼の祖国への郷愁の思いがこめられているものと見られています。晩年に近い1953年に作曲されたこの曲には、これからも精力的に大作を手がけていこうという意気込みが感じられるのですが、残念ながら彼のダイナミックかつ繊細なオーケストレーションを駆使した管弦楽作品の最後のものとなってしまいました。

第3段階は
深遠を感じる音楽


CHANDOS
CHAN 9455
交響的瞬間 Op.36、交響曲第2番ホ長調 Op.40
Symphonic Minutes Op.36
Symphony No.2 in E major Op.40

 マティアス・バーメルト/BBCフィルハーモニック
 Matthias Bamert/BBC Philharmonic

 交響曲第1番で早くもシンフォニストとしての実力を世に示したドホナーニの最後の交響曲が交響曲第2番です。彼ほどの作曲家がたった2曲だけしか交響曲を残さなかったのは意外であり、また残念でもあります。この作品は、第2次世界大戦末期からソ連が東欧諸国への浸透を図って行った破壊と混乱が支配する時期に書き始められ、アメリカに移住した後に完成されました。度重なる改訂によって最終的に完成したのは、彼の死の直前だったようです。このCDのライナーノーツには、交響曲第2番は「1960年に没する前のドホナーニによる創造的なエネルギーの最後の奔流」と書かれてあります。アメリカ狂詩曲と並ぶ晩年の大作であるこの曲は、情熱的であり、深い叙情性をたたえています。第1楽章は戦時のブダペストにおける日々を描いたとされ、テンポに大きな変化はありませんが、どこか不穏な状況を示すような弦楽によるうねりと金管による咆哮が落ち着かない雰囲気を醸し出しています。第2楽章は、「Adagio Pastorale」との表記があり、前楽章とは対照的で平穏な情景が描かれています。3本のフルートが奏するフレーズが特に印象的で、弦楽による抑揚を持たせた演奏も心に響く美しさです。第3楽章は、さらに一転して第1・第2楽章とはまったく雰囲気の異なる戯画風で素っ頓狂な調子に終始しています。せわしない感じですが楽しめる音楽ではあります。さて、この曲中最も注目すべきなのが第4楽章です。この楽章は、交響曲第1番と同様に彼が得意とする変奏曲の形式によっています。イントロダクションに続いて奏される弦楽合奏による重々しくも叙情的な「主題」(これはJ.S.バッハのコラール「来れ、快い死!来れ、至福の安らぎ!」によっている)が非常にすばらしい。心にぐっと迫ってきます。また、第3変奏で奏でられる「第2主題」も単純ではありますが、後々まで記憶に刻まれる類の旋律です。やがて第5変奏を経て、冒頭の「主題」による「フーガ」が大オーケストラの効果を生かした厚みのある響きをもって奏でられ、堂々とした「コーダ」において第1楽章の「主題」が繰り返されつつ、ちょっと唐突に壮大なドラマが幕を閉じます。
 交響的瞬間は、1933年にブダペスト・フィルハーモニック協会の委嘱によって作曲された作品で、1曲が2〜4分程度の5つの小品からなる組曲です(全曲で15分弱)。この曲は、組曲Op.19のようにドホナーニのロマンティシズムを充分に堪能できる珠玉の名品と言えるでしょう。第1曲目の「カプリツィオ」は「きらびやかに」曲が展開され、第2曲目の「ラプソディア」は木管によるノスタルジックな主題から続いて、美しくも力強い旋律へと発展していきます。第3曲目の「スケルツォ」は6拍子の勝達とした1分半ほどの短い曲で、第4曲の「変奏曲」は、ハンガリーの民謡を主題とした変奏曲のようで、素朴でなつかしい感慨を抱く、これもまた美しい曲です。終曲の「ロンド」は、速いテンポの絢爛優美な舞曲で、ドホナーニ流オーケストレーションの粋がここでも堪能できます。

 上記以外の作品でも、ピアノ協奏曲や室内楽曲(特にセレナーデやピアノ五重奏曲第1番など)でロマンティックな名曲の数々を残しています。とりあえず、M.M所蔵のディスコグラフィをアップしましたので参考にご覧ください(下の「Ernst von Dohnanyi Disk List」をクリックするとディスク一覧へ行けます)。

Ernst von Dohnanyi
Disk List

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