ブラジルの憂愁
ヴィラ=ロボスのバッキアーナス・ブラジレイラス第5番


 エイトール・ヴィラ=ロボス(Heitor Villa-Lobos:1887-1957)は、ブラジルを代表する国際的にも名高い作曲家です。しかし、日本ではそれほど有名ではありません。クラシック・ギターをやっていた人であれば、恐らく彼の作品を弾いたことのある人も多いのではないかと思います。「5つの前奏曲」などはソレルやソル、ロドリーゴなどの作曲家の作品と並ぶ名曲ですし、「12のエチュード」も割に有名です。その彼の代表作として知られているのが、9曲から成るバッキアーナス・ブラジレイラス(ブラジル風バッハ)です。一昔ぐらい前でしたか、ベルリン・フィルの12人のチェロ奏者がCDを出してブレイクしたときがありましたが、その時に彼らがレパートリーの1つとして取り上げていたのが、バッキアーナス・ブラジレイラス第1番でした。来日公演もやっていますから、ひょっとしたら、その時にヴィラ=ロボス初体験をされている方もいらっしゃるかもしれませんね。

 このバッキアーナス・ブラジレイラスは、それぞれの曲によって楽器等の編成が異なり、それに応じて曲調も大きく変化しています。この作品は、タイトルが示すように彼が敬愛するJ.S.バッハの作風とブラジル風の曲想をミックスさせた独創的な音楽で、エキゾティックな魅力あふれる作品群です。なお、ヴィラ=ロボス自身もフランス国立放送管弦楽団と共に、モノラルですがEMIに全曲を録音をしています。この他に、エンリケ・バティスが全曲録音を行っています(これもEMI)。

 さて、今回紹介する第5番は、チェロ・アンサンブルとソプラノ独唱による作品で、"Aria"と"Dance"の2曲から成ります。特に1曲目の"Aria"(副題はカンティレーナ)は憂いをたたえたソプラノの美しい歌声に胸を締め付けられるような感傷的な曲で、ヴィラ=ロボスの中で最も好きな作品です。私は、この曲の録音を2種類もっています。

エイトール・ヴィラ=ロボス/フランス国立放送管弦楽団、ヴィクトリア・デ・ロス・アンヘルス(ソプラノ)<EMI>
 バッキアーナス・ブラジレイラス第1・第2・第9番がカップリングされた選曲盤。

エマヌエル・クリヴィーヌ/リヨン国立管弦楽団、マリア・バーヨ(ソプラノ)<ERATO>
 バッキアーナス・ブラジレイラス第2番、ギター協奏曲、交響詩「アマゾン」とのカップリング。

 このうち、私はクリヴィーヌ盤をお勧めしたいと思います。作曲者の自作自演も悪くはないのですが、私としてはどうもしっくりきませんでした。ソロのロス・アンヘルスは絶頂期とあってハリがあり、声もよく通っているのですが、この曲の持つ「憂愁」がいま一つ表現できていないような気がします。録音状態は非常に良いのですが、モノラル録音では微妙な起伏や繊細な表現をうまく伝えられないという技術的な限界も原因の一つといえるかもしれません。

 その点クリヴィーヌ盤は、録音も新しく(1994年録音)、自作自演盤に比べて音色がやわらかなチェロの伴奏も非常に良いのですが、何と言ってもソプラノのマリア・バーヨがすばらしい。可憐で美しく、曲の持つ微妙な感情を的確に表現した歌唱力は、絶賛に値するものと思います。この演奏を初めて聴いたとき、私は感動のあまり不覚にも涙を流してしまいました。

 ブラジルの日々の情景や汽車が走る情景を音によって表現したバッキアーナス・ブラジレイラス第2番や、複雑な対位法を駆使した難曲であるバッキアーナス・ブラジレイラス第9番もヴィラ=ロボスの魅力を充分に伝える名曲ではありますが、まずは第5番の「ブラジルの憂愁」に耳を傾けてみるのも一興ではないかと思います。

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