Antonín Dvorák
アントニーン・ドヴォルジャーク
※(B)番号について
ドヴォルジャークの作品には、すべてに作品番号(Op.)が付されているわけではない。現在では、ヤルミル・ブルクハウザーという作曲家によって付けられた作曲年代順の作品番号(B)が併記されることが通例となっている。
交響曲(Symphony)
ドヴォルジャークの交響曲全集は幾つかのレーベルから発売されているが、ベートーヴェン、ブラームス、シューベルト、チャイコフスキーらの作曲家と肩を並べるほどに有名なのにもかかわらず種類はそれほど多くはない。現在発売されている交響曲全集の内、私が聴いてみてトータルで出来が良くお薦めできるのが、下記の演奏家によるものである。
なお、現在チョン・ミュン・フンがDGで、イルジ・ビエロフラーヴェクがCHANDOSでそれぞれ交響曲録音を進めているようであるが、まだ全集は完成されていない。 実際に聴いたことものは限られており、お勧めのCDとして掲載している録音は種類が少ない。一般に推薦盤とされているものでも聴いてみない事には何とも判断がつかないため、聴いていないものについては挙げていない(コシュラー/スロヴァキア・フィルの演奏は以前ラジオで聞いたことがあるが記憶が曖昧なのでこれも除外している)。また、交響曲第9番などは少なくとも50種類以上の録音があるはずだが、M.M所蔵の録音ないしは聴いたことのある録音は非常に数が少ないため挙げられている数は、実際に出まわっているものの10分の1にも満たないので、あしからずご了承の程を…。 |
交響曲第1番ハ短調 (B9) 「ズロニッツェの鐘」
Synphony No.1 in C Minor (B9)
ズロニッツェとは、ドヴォルジャークが若かりし頃に4年間ほど家業の肉屋を継ぐための修行で滞在した村のことで、この時に教会のオルガニストから音楽の手ほどきを受け、その後の作曲家としての道を開いた土地でもあった。また、家業の修行、音楽への覚醒と同時に恋愛にも熱をあげていた当時への想い出を音として表現したと言われている。作曲後、一度も手をつけられることなく終わってしまった若かりし頃の未熟な作品とみなされているようだが、後年のドヴォルジャークの作品にも見られる活力に満ちた情熱的な作風が如実に現われており、なかなか面白いと思う。
- ヴァーツラヴ・ノイマン/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団<Supraphon>
作曲後およそ95年(1865〜1960)の歳月を経て出版されたクリティカル・エディションによる演奏(一時期紛失していた総譜がライプツィヒで発見され、長い間お蔵入りとなっていたものをチェコスロヴァキア国立音楽出版社が出版)。同じフレーズを反復することが多い曲なので、少々くどく感じるかもしれないが、演奏は若きドヴォルジャークの作品を過度に誇張することなく再現しようとしているように感じられる。
交響曲第2番変ロ長調 Op.4(B12)
Symphony No.2 in B flat major Op.4(B12)
ドヴォルジャークの交響曲のなかでも交響曲第1番と並んで長い50分程度の作品。1863年にリヒャルト・ヴァーグナーがプラハを訪れ、自作のオペラを指揮したときにドヴォルジャークはヴィオラ奏者としてその場に立ち会ったが、その時の経験が創作にかなり影響を与えたようである。もともとヴァグネリアン的傾向は強かった彼は、それから2年後にヴァーグナーへの傾倒を示す交響曲第2番(ほんの少しブルックナーの初期の交響曲に似ているかもしれない)を作曲したが、この曲は単にヴァーグナーの作風をなぞったような作品ではない。確かにヴァーグナー的な旋律がそこかしこに見うけられるが、彼のその後の作品の数々で耳にする独自性はしっかりと響き渡っている。この曲は交響曲第1番の数ヶ月後に作曲されたが、第1番よりもかなりな進歩が見られるところに、作曲家としての非凡さがうかがえる。
- ヴァーツラヴ・ノイマン/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団<Supraphon>
交響曲第1番同様に録音が少ないので選択肢は限られてくる。数少ない中でもノイマン/チェコ・フィルのコンビは安心して聴いていられる。
交響曲第3番変ホ長調 Op.10(B34)
Symphony No.3 in E flat major Op.10(B34)
ドヴォルジャークの交響曲中、唯一例外的な三楽章制の交響曲で、何故かスケルツォ楽章を欠いた構成となっている(スケルツォ楽章は彼の交響曲の目玉とも言えるのだが)。ベートーヴェンやシューベルトなどの古典的構成の交響曲にこだわっていた彼にはめずらしいことだが、これまでとは違ったスタイルの作品として作曲をしようという意図があったのかもしれない(なお、この曲でもヴァーグナーの影響が、特に第2楽章で色濃く見られる)。曲の出来に満足できなかったドヴォルジャークは、スメタナ指揮による1874年の初演直後から数回にわたって改訂を行っている(第2楽章は全面改訂)。第1楽章の冒頭から全体の主題となるフレーズが力強く演奏され、やがて第2楽章で悲劇的な面持ちで引き継がれる。第3楽章は一転して晴れやかな活気のある終曲で、それぞれに表情が違っているところが特徴とも言える。
- ヴァーツラヴ・ノイマン/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団<Supraphon>
なかなか野趣あふれる演奏としてノイマン盤を推薦。この曲は普通に演奏していると少々退屈に聞こえるようで、その点、緊張感を維持しつつ起伏に富んだノイマンの演奏は初めて聴かれる方にもおすすめである。
交響曲第4番ニ短調 Op.13(B41)
Symphony No.4 in D minor Op.13(B41)
交響曲第3番とは一線を画した古典的構成にのっとった作品で、オーストリア政府の芸術家育成のための奨学金の審査会へ交響曲第3番と室内楽曲を併せて提出され、ハンスリックやブラームスといった審査員のメンバーに認められて、年間400グルデンの奨学金を受けることができるようになり、以後、経済的、音楽的な地位を固めていくことになった。ドヴォルジャーク固有の勝達とした明朗なフレーズ、明暗の対比的な扱い、第3楽章及び第4楽章の荒々しくも活力に満ちた盛り上がりはこの交響曲の聴きどころである。初演は、第3楽章のみが1874年にスメタナの指揮によって行なわれ、全曲初演は彼がアメリカへ渡航する直前の1892年の告別演奏会において、作曲後19年を経て作曲者自身の指揮で行なわれた。
- ヴァーツラヴ・ノイマン/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団<Supraphon>
ノイマンによるドヴォルザークの交響曲は総じてメリハリがあり、明朗かつ表情豊かである。この曲でもそれは同じで、ロマンティックでありながらもエネルギッシュな曲の特質捉えた秀演である。
交響曲第5番へ長調 Op.76(B54)
Symphony No.5 in F major Op.76(B54)
木管の牧歌的なフレーズで始まるこの曲は、ドヴォルジャークの「田園交響曲」と呼ばれている。第3・第4交響曲に続いて、オーストリア文化省奨学金の審査会へ提出され、高い評価を得た。全体的に明るく個性的なフレーズが散りばめられており、張りのある音の響きはいかにもドヴォルジャーク的である。中でも4楽章でのドラマティックで力強い盛り上がりはなんともいえず魅力的で、オプティミスト・ドヴォルジャークの真骨頂とも言える作品である。彼が国民音楽への傾倒を明確にした点でも重要な作品となっており、これだけの傑作交響曲が、何故あまり演奏されないのかと首を傾げるばかりである。
- リボル・ペシェク/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団<Virgin>
- ヴァーツラヴ・ノイマン/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団<Supraphon>
ペシェク盤は若々しい活気に溢れ、ノイマン盤は円熟の域にありながらもきびきびとした覇気に満ちた演奏で、共に名演としてお薦めできるが、ノイマン盤では4楽章のコーダでほんの数小節であるが、省略をしてしまっているのがいささか残念である。
交響曲第6番ニ長調 Op.60(B112)
Symphony No.6 in D major Op.60(B112)
交響曲第5番と並ぶ名曲だが、やはり演奏される機会は5番同様に著しく低い。この曲はスラヴ舞曲第1集のヒット以後の円熟期に書かれたもので、しっかりとした構成の充実した内容の交響曲となっている。特に第3楽章での3拍子のテンポにのったチェコ民俗舞踊「フリアント」にならった威勢の良い音楽は圧巻で、中間部の滋味溢れる旋律も非常に魅力的である。恐らくドヴォルジャークの作曲した交響曲のスケルツォ楽章の中でも最高のできの一つであろう。特に彼のスケルツォ楽章は民俗舞踊風の旋律に拠るところが特徴となっており、聴衆からも好評を得ることが多い。これこそがドヴォルジャークの交響曲だと感じさせてくれる逸品である。
- カレル・アンチェル/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団<Supraphon>
- リボル・ペシェク/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団<Virgin>
- ヴァーツラヴ・ノイマン/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団<Supraphon>
いずれも甲乙つけ難い名演である。やはり同郷の指揮者ということもあって、かなり共感を持って演奏していることがうかがえる。この中で1番録音が古いのはアンチェル盤(1966)だが、オーケストラの細部までが把握できるほどに良質な録音で、まさしく楽器を歌わせているという表現が適切な非常に丁寧な演奏である。
交響曲第7番ニ短調 Op.70(B141)
Symphony No.7 in D major Op.70(B141)
1885年にロンドンのフィルハーモニック協会委嘱作品として作曲された。ドヴォルジャーク三大交響曲のうちの1曲として比較的演奏される機会の多い作品だが、あまり正当に評価されているとは言い難い(演奏頻度が第8、第9交響曲に比べて著しく低いことからも明らか)。第5・第6さらに第8と長調の交響曲が続く中で誕生した短調の交響曲は、これらの交響曲よりもロマンティックで悲劇的な要素を含んでいるが、民族的情熱に溢れた力強い曲となっているところは変わりがない。初演は1885年にロンドンで作曲者自身の指揮によって行なわれ、大好評を得た。以後、ハンス・フォン・ビューローやハンス・リヒター、アルトゥール・ニキシュなどの当時の著名な指揮者がとりあげられることにより、ドヴォルジャークの国際的な名声をさらに高めることになった。
- イシュトヴァン・ケルテス/ロンドン交響楽団<Decca=London>
- ロリン・マゼール/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団<DG>
- サー・チャールズ・マッケラス/ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団<EMI>
- ジョージ・セル/クリーヴランド管弦楽団<Sony Classic>
ケルテス/LSOとマゼール/VPOは特におすすめである。マゼールというと意外に思われるかもしれないが、以前彼のライヴ録音を聴いて、その堂々とした演奏に聞き入ってしまった。第4楽章のコーダで大見得を切って終わるところなどは、さすがマゼール巨匠の風格である。イギリスの指揮者の中でチェコ物を得意とするマッケラスも力演を披露している。セルは、少々エレガントな風合の演奏である。
交響曲第8番ト長調 Op.88(B163)
Symphony No.8 in D major Op.88(B163)
ジムロックとの不和によって自作の出版をロンドンのノヴェロ社で行ったところから「イギリス」という妙な副題をつけられていたが、曲の成立の経緯や内容とは全く関係ない(現在でも未だに「イギリス」などというタイトルをつけている国内レーベルがある)。この曲の聴きどころの一つは第1楽章と第4楽章のフルート・ソロで、これがうまくゆかないと曲がぶち壊しとなる。また第4楽章のホルンのトレモロは下手な奏者だと必ず失敗するという難易度の高い曲である。さらに第3楽章の流麗な美しいワルツの旋律も聴きどころである。
- ヴァーツラヴ・ノイマン/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団<Supraphon>
- イシュトヴァン・ケルテス/ロンドン交響楽団<Decca=London>
- ジョージ・セル/クリーヴランド管弦楽団<Sony Classics>
定盤とも言えるノイマンとケルテスを推薦。セル盤は、以前第4楽章のフルートの長いソロのフレーズを息継ぎなく吹ききっているように聞こえるところが1番の聴きどころであろう。木管奏者も名人の域に達すると、鼻から息を吸いながら吹くことができるようである。3楽章では少々流し気味の演奏で、そこが少々不満な点ではある。
交響曲第9番ホ短調 Op.95(B178) 「新世界より」
Symphony No.9 in E minor Op.95(B178) "from the New World"
交響曲第5番〜第8番の傑作交響曲群を差し置いて、なぜこの曲だけがドヴォルジャークの代表作として最も演奏会でも取り上げられ、異常なほどに多くの録音が出ているのか理解に苦しむところである。楽曲の構成から見ても、これまでの交響曲と比較しても決して完成度の高いものではない。また、アメリカの多民族文化が作品を生み出すきっかけを与えたということで、この交響曲の第2楽章の主題(後に「帰郷」という歌曲として編曲)はアメリカの民謡から引用されたという妙な誤解を受けることになってしまった(「ハイアワサの歌」という曲を聴いてインスパイアされたというのが本当のところ)。楽曲の構成では甘さが残るとしても、第2楽章の哀愁と詩情に溢れる旋律(相変わらず日本の小中学校の下校の曲として流されているようである)は魅力的である。
- フリッツ・ライナー/シカゴ交響楽団<BMG>
- イシュトヴァン・ケルテス/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団<Decca=London>
- ヴァーツラヴ・ターリッヒ/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団<Supraphon>
沢山の録音があるため、その分名演も多い曲である。私が聴いた中でまず1番にお薦めしたいのが、ライナー盤である。ステレオ初期の録音だが音質は良好であり、全体的に気迫のこもった力演といえる。特に第2楽章のクラリネットによる渋く感傷的な表現はさすがというほかはない。ケルテス/ウィーン・フィルは確かに名演ではあるが、哀愁漂う第2楽章展開部における表現は、やはりライナーには及ばない。往年のチェコの巨匠ターリッヒによる録音はモノラルだが、音質は良い。あまり強引なところはなく、滋味溢れる演奏は好感が持てる。