Apres la pluie, le beau temps.

 

   9月の雨

 

雨が続きます。

お昼にようやくあがった雨がまた降り始めました。

道行く人の傘を見下ろして、またため息

「もう、降らないで」

 

私は一度も両手を広げて

あなたのことを好きだと言わなかった。

それはあなたも同じ

確かなものは何もなかった。

 

今日も朝日の見えない朝でした。

窓の外から雨音が聞こえます。

青白い空の下にマンション群の廊下の電灯が続きます。

 

あの頃、あの日も

私の中で雨が降っていたことを

あなたはいつまでも気付かないふり

私の方が先に気付いてしまった。

 

私の白い画用紙を見て

雨に色をつけなさいと言われて・・・・・

大きな家の鼠色の壁

傘をささない私

 

あなたが守るものは他にあると信じているから

「もう、降らないで」

 

 

 

   猫の背

 

真向かいのたこ焼き屋のおばちゃんがそろそろお店を出す頃

縁側で愛する人を描きます。

 

背中を見ているとほっとするね。

そのままじっとしていて

動かないで、

振り向いちゃダメ。

今ようやく背中の線を描いたところ

ダメよ、まだ寝そべっちゃ。

これからしっぽを描くんだから

暖かそうね

そのまぁるい背中

笑っているのが分かる。

私も今笑ってる。

じっとしていて、背伸びをしないで

そのままにしていたら、

きっと、ゆっくりと時が流れてくれる。

Bの鉛筆で人差し指が真っ黒になったら

背中の横縞模様ができあがって、

二人して欠伸をひとつ

 

 

 

   てのひら

 

瞼を閉じた君の顔を見ることが出来ないから

今、僕は

親指を包み込んだ君の4本の指を開いて

君の手に僕の指を絡める。

手を繋いで歩いた道の数

夕日の映えた川辺

昼下がりのバラ園

早朝の蓮池

ロードスターのシートから見上げた蠍座

夏祭りの夜店の並ぶ道

 

人盛りの中で君はいつも僕の体を半歩後ろにいて

僕の陰に隠れているようだった。

僕が君の手を引いた。

そんな時きまって、ぎゅって握りしめたよね。

なのに、二人きりの時は君が僕の手を引いた。

 

君と手をつないで

君の心の温かさが伝わらない人はいない。

転んだ女の子

階段を降りるおばあちゃん

君のてのひらはたくさん、たくさんの人の

てのひらのあたたかさ

柔和な心のさえずりが聞こえるようだった。

 

その君のてのひらを

最後に僕が握っているよ。

君の小さなてのひらが固くならないうちに

君の手を握っていたいから

 

君のてのひらは

君の苦手だった鉄棒も

ハーモニカも

漢字の書き取りテストの時の鉛筆も

握ってきたんだよね。

みんなよりもたくさん、たくさん握っていた。

 

君が神様に僕らの愛を誓ったとき

僕は君のエンジンブレーキになると誓ったんだよ。

でも、本当はアクセルになっていたんだね。

もっともっと君の手を握っていたかった。

 

この両手で君の手を包み込んで

君の手のぬくもりが僕に伝わり終わるまで。

 

 

  あしたのわたし

 

23時

シャワーの仕上げに

背中に熱いお湯を3分間あてる。

バスタオルでサッと肩までの髪を拭いて

それから、冷蔵庫から250mlの缶ビール

鏡に向かって大きな瞳を開いてみせる。

顔の下にティッシュを広げて

オレンジ色のハサミで

ジョキッジョキッ

邪魔な分だけの前髪を切った。

 

口元にえくぼを作ってみる

ピカピカの鼻筋

明日のわたしは

ボーヴォワールのように冷めている私じゃなくて

ジャニス・チョップリンのように叫んでいたいから

 

 

   初雪

 

ほら

水色の空から

雲の赤ちゃんが降りてくるよ。

ふわふわって

今年初めての赤ちゃん

あっパラシュートを開いた

まっ白い雲の赤ちゃんが舞い降りてくるよ。

 

 

   らぶらぶコール

 

今度逢う日はもう決まっている。

約束の日にはどんな服を着ていくかも決めてある。

きっときっと

必ず どんなことがあっても

二人は逢えるはず

たとえば、わたしの飛行機が落っこちても

待ち合わせ場所であなたはずっと待っていてくれる。

 

深夜の 日曜日の昼下がりの

たわいのない会話

何の話をしているのか途切れることがない。

時々、口にしてくれる私の名前

少し言いにくそう

今度逢ったときから

短く呼んで

もう少し 近づきたいのよね。

 

もう、その夜につけるイヤリングも決めてあるのに

もっともっと 声が聞きたい

疑いを知らない愛なのに

電話を待っているのね。

 

 

 

   微熱の森

 

私は今夜

微熱の森の住人になった。

ひとり ゆらゆらと揺られている。

枯れ葉が水たまりに音をたてずに眠るように

ひっそりと

誰もいない微熱の森の中にいる。

 

そして、イソップ物語「すっぱい葡萄」の狐になって

私を慰める。

なのに 何故

枯れ葉は枝から落ちてしまうのか

枕が濡れてしまうのか

 

微熱の森は広い

シダの葉を踏んで歩く

蜘蛛の巣にかがみ

頭の上を手で覆う

立ち上がって手の指の間から

ブナの枝のその先を見上げる。

 

一夜の微熱の森

 

 

 

   小石を一つみつけました

 

河原で小さな小石を一つみつけました。

緑色の石、水色の石、茶色の石、

とがった石、楕円形の石、丸い石、

ざらざらした石、つるつるした石、

その中で一つだけ、小石を拾いました。

 

河原で小さな小石を一つみつけました。

川の流れの中にある石、

流れをせき止めている石、

田螺をのせた石、

お日様から熱をもらった石、

鮒にこづかれている石、

その中で一つだけ、小石を拾いました。

 

故郷の河原とよく似た河原でした。

その小石を両手でそっと包みました。

胸のポケットに入れます。

ずっと、胸のポケットに入れると、

河原に誓いました。

 

 

 

   レンゲ草

 

このレンゲ草のように

素直に「逢いたい」と言える人と恋をするの。