馨さま
拝 啓 梅便りが聞こえて次は桜前線の北上がもうすぐでしょうか。そろそろ厚手のコートが重く感じられて、
春物の薄手のコートが恋しくなりました。相変わらず忙しく過ごされていることと思いますが、お元気ですか。風邪な
どひいていませんか。馨さんは、花粉症は大丈夫ですか。
ところで、私が馨さんに手紙を送り続けて1年になります。このhpに保存しているだけで26通になります。我なが
ら沢山書いたつもりでいたけれど、上には上がいるもので、今日の夕刊に30年間で4500通以上の手紙を書き
続けたという夫婦の事が載っていました。その夫は遠洋の捕鯨船の船長で、結婚後直ぐに港を出たきりで、妻は
その帰りを待つ間ずっとずうっと手紙やノートを書き続けたのです。それは、ラブレターから育児記録又は、時勢ま
でとジャンルに富んでいたようです。それがNHKで浅丘ルリ子さんのナレーターで放映されました。ほとんど毎日、
30年もメッセージを送り続けたのです。「継続は力なり」とは言いますが、まさに、これぞ
Love has the strongest power.
30年という年月は、私がこの世に生を受けてから今までより後もう少し(いえ、もっともっと)の長い月日です。愛は
育てていくものとも言うけれど、きっと書き続けそして送り続けることで、日に日に強く大きく育ったのでしょう。でも、
私の場合今直ぐどうしても馨さんに会いたくて会いたくて、叶わないなら生きていけないとまで思い詰めたとしても、
絶対にそれが不可能な事ではありませんが、この夫婦の場合、それが遠い海の彼方と陸の上では、その妻がど
んなに泳ぎがうまくても無理なわけで、愛する人に会うことの出来ないその寂しさは、私には想像し得ない程深いも
のだったでしょう。ということで、私はたとえ手紙を一方的にでも書き続ける決心をしました。
遠い海の上というのも浮気の心配がいらないでしょうが、馨さんの場合も、その心配がいらないのは同じね。で
も、時にはそういう心配をして、刺激があった方が愛する人を他の女に取られまいと、美しさに磨きをかける努力を
忘れないのかもしれません。ま、これも私の無い物ねだりなのかもしれません。かと言って、馨さんに会わないから
と、私は綺麗になる努力を惜しんでいるわけではありません。私の肌は、デリケート肌なので専らナチュラルメーク
ですが、眉と目にシャドウは欠かしません。でも、口紅は実は時々忘れます。厚化粧は嫌いだし、流行らないし、私
くらいの年だと何よりも老けて見えます。今度馨さんに会った時に、「綺麗になったね。」と、言ってもらえるように日
々努力を怠ることなく、しっかりと顔と体を磨いているつもりです。もう少し暖かくなって、定職に就く事ができたら、
美容と健康のためにプールにも通おうかと思っています。だから馨さんも私と馨さんのために、男前に磨きをかけ
ておいてください。今度逢えるのをむっちゃ楽しみにしていますから。
帰り道、疲れて駅のホームを歩いて階段を上がった時、時々とても羨ましく思えて仕方のない人たちがいます。
電車の中や街中で仲睦まじいアベックを見かけてもちっとも平気なのに、駅の改札口で彼氏が待っていて愛しの人
を見つけると手を握るわけでもないけれど、寄り添って帰っていく二人の後ろ姿。羨ましくて、羨ましくて。私だっても
しかしたら、あの角を曲がったところに馨さんの車が止まっているかもしれない。ああ、もっとかわいい服を着て出
かければ良かったと後悔をしてみたり。そして、この階段を上ればドアの前で待っていてくれて、走って上がる私と
ぶつかりそうになったりして。と、一人胸をときめかせて、一言目には何を言おうかと思い煩って、そして、まっ白い
ドアの前までとうとうたどり着いてしまって。夕刊をドアポケットから小さな手で抜き取って、自分のバッグから、自分
のこの手で鍵穴に鍵を差し込んでドアを開けて、私ひとりだけの夢物語はお仕舞い。でも、馨さんの突然の訪問を
いつ受けてもいいように、もっと部屋をきれいにしておかなければいけませんね。きっと、今いきなりインターホンの
音が部屋に響いたら、私は心臓が止まってしまうくらいドキッとして、もうどう仕様もない位嬉しいと思うけれど、次
の瞬間、部屋の片づけにあたふたしてしまうことでしょう。お洒落な雑誌やトレンディドラマのセットに使われるよう
な家具はなくても、もっと小綺麗にしなきゃね。明日こそは、床からベッドの下から掃除をすることをここに誓いま
す。頑張ります!では、その鋭気を養うために今晩の所は、ここらでお休みしようと思います。馨さんもあまり夜更
かしをしないようにしましょうね。春は、朝焼けの美しい季節です。「春はようよう曙なんたーらかんたーら」と徒然草
かなんかで誰かさんが書いていました。夜更かしよりも早起きをしましょう。うーん、「春眠暁を覚えず」というのもあ
ったかな。いえいえ、早起きをします。
季節の変わり目は風邪をひきやすいものです。朝の満員電車の中でも、鼻水を啜る音が耳につきます。馨さん
は大丈夫ですか。たった一つしかない馨さんの体を大切にしてあげて下さいね。
敬 具
3.18
凛子
追伸: 私が馨さんに会えなくて寂しがっていることを忘れないでいて欲しいけど、そのために元気を無くし
たりしないでね。
馨さま
拝啓 春爛漫とまではまだ言えませんが、この頃は随分と空の青と雲の白が鮮やかになりましたね。この手紙が
馨さんに届く頃は、丁度福井から帰ったばかりの頃だと思います。長時間とお仕事、運転お疲れさま。無事に帰っ
てこれましたか。
それはさておき、馨さんに緊急にお知らせたい事があります。多分電話よりも手紙の方が早くお知らせできると
思い、急いでワープロを打っています。実は、この前研修に行った所から、「採用通知」 が届きました。この喜びを
誰よりも先に馨さんに伝えたく思いました。研修中はどんなことにも一生懸命に取り組んだつもりでしたが、「この職
場で何をしたいのか。」とか「何が出来るか」との質問に「?」。私の頭の中は「就職する事」で一杯で、正直なとこ
ろ、自分にもよく分からなくてうまく答えられませんでした。そして、研修の最終日に提出したレポートも、思い出すと
もっと深く考えて書けば良かったと後悔しきりでした。単純に研修を受けた人数からすると、採用されると思えなくも
なかったのですが、とは言え、誰でも彼でも採用するわけではないだろうしと思うと不安でした。でも、これでひと安
心です。これからは、人に職業を尋ねられても口ごもることなくはっきりと答えられそうです。毎月の収入の心配も
いらなくなりました。定職の定まらない間、得をしたことは、キャッチセールスのお兄さんに声をかけられても、職業
を正直に答えて撃退できたことぐらいです。
仕事始めは3月30日からです。が、これからは浮かれてばかりもいられません。もっと、福祉や障害者の現状に
ついて勉強する必要があります。毎日毎日が勉強です。精神的にも肉体的にも重労働ですが、やりがいのある仕
事です。自分で自分に「ファイト!ファィト!」と、励ましていましたが、そのかけ声が一日何倍も増えそうです。
超特急でポストにこの手紙を入れないといけないので、今日はこれくらいにしておきます。では、元気な声の馨さ
んからの電話を楽しみに待っています。
敬具
3.24
凛子
馨さま
拝啓 お多福風邪の具合は如何でしょうか。この手紙が馨さんのもとへ届く頃にはまだ絶対安静なのでしょうか。
心配で心配でたまららないから、今直ぐにバラの花束を持って馨さんの所へ飛んで行きたい。お多福風邪が私にう
つっても構わないから、汗を拭いてあげたり氷を取り替えてあげたりとか枕元で看病をしてあげたい。少しでも私の
気持ちを伝えたいので手紙だけでも送らせて下さい。一日も早く治して下さい。絶対安静が解かれてもしばらくは無
理をしないで下さい。馨さんは自分の体のことを少しも考えずに直ぐに無理をするから心配です。
4月5日
凛子
@
馨さま
拝啓 もうそろそろお多福風邪さんは降参した頃でしょうか?それと も、まだ馨さんの体の中で頑張っている
のでしょうか?お多福風邪なんて今の時代に不治の病気ではないのだからと思っていましたが、待てど暮らせど馨
さんからの電話が鳴らなくて、私の黒い電話機が寂しそうです。電話のベルが鳴らないのは、病気は治ったけど丁
度月末で仕事が忙しくて、電話する暇がないからなのかな。それなら心配する必要はないから良いのだけど、もし
かしてまだ熱があるのかしら。仕事が忙しいだけなら、きっとあと1回か2回眠ればもうすぐ馨さんの声を聞けるよ
ね。もっと馨さんの近所に住んでいれば、もっと簡単に馨さんが元気なのかそうでないのか知ることが出来たのに
ね。
馨さんのことを何も知ることのできないゴールデンウィークなんて何の意味もないしつまらない。昨日と今日との2
日間で買い物に行ったり、お洗濯に励んだり、いつもより少しお掃除を頑張ってみたりして過ごしていても、馨さん
のことが気になります。この連休の予定は仕事で着るための安いジャージかポロシャツを買いに行く事と、園芸店
でハーブと植木鉢を買ってベランダに飾りたいのと、美容院にも行きたいし、いつもは重たいお尻をあげて京都市
立美術館に行きたいのだけど、馨さんが病気の時にフラフラと出掛けても馨さんのことが気になって少しも楽しくあ
りません。
私の心の傍らに馨さんを感じていたい。少しでも早く元気な馨さんの声を聞けるように、電話器を枕元に置いて待
っています。
4.30
凛子
馨さま
拝啓 ソメイヨシノが散って八重桜も散ってバラの季節になって、やっと遅ればせながら私にも春が訪れてくれそう
です。馨さん、お多福風邪の全快おめでとうございます。一時はどうなることかと本当に心配しました。馨さんから
の電話が無い限り馨さんの病状を知ることができない私は、熱が下がらなくて入院でもしているのではないかと悪
い想像までしていました。でも、馨さんの元気そうな声をもう一度聞く事ができてもう、それはもう、嬉しかった。それ
から、仕事が落ちついたら、私に逢ってくれるとの事。「超ラッキー」なんて言う言葉でも物足りないくらいラッキー。
だって馨さんと逢ってゆっくり話をしたりするのはかれこれ1年振りぐらいのことでしょう?そこで、今からお願いが
あります。馨さんと今度逢う時は喫茶店や駅の改札口で待ち合わせをするのではなく、私の部屋に馨さんが会い
に来てくれるのだから、馨さんが部屋のドアを開けるや否や、馨さんが初めて私の部屋を訪れてくれた時に馨さん
が帰り際に私にしたように、今度は私が‥‥‥‥‥。ちょっぴり恥ずかしいけど、それだけできっとこれまで逢いた
い時に逢えなくて逢えなくて寂しかった想いが全部消えてしまいそうな気がするのです。
今からその日がくるのが楽しみです。ボキャブラリーの少ない私は、そのワクワクの度合いをどんな形容詞を使
って表現したら良いのか全く分からないけど、そのくらいむっちゃ楽しみです。
その時のためにも綺麗になっていなければいけないと思って、今日美容院に行って生まれて初めてヘアマニキュ
アををしました。午前中のうちに行ったから空いていたのだけど、トリートメントをしてからマニキュアをしたので美容
院を出る頃にはゆうにお昼を回っていました。ちょっと予算オーバーだったけど、5月からキャンペーンでヘアマニ
キュアとトリートメントが千円ずつ安くなっているからと勧められ、久しぶりに少し張り込んでしまいました。馨さんは
ヘアマニキュアをしたことがありますか。
色を染み込ませるのに電気ストーブの三面鏡のような機械をあてて待つ間、気温が暑いのも手伝って汗ばんでし
まったけど、なかなか面白い体験でした。例えば、ベタベタと油絵の絵の具のような物を髪に少しずつ付けるので
すが、その時もその薬が耳に入らないようになのでしょうが、耳にサランラップをかぶせてその上から輪ゴムでそこ
を止めるのです。そして、その絵の具のような物を髪全体に塗り終わると今度は頭全体にサランラップをかぶせま
す。ヘアマニキュア初体験の私は大きな鏡の中の自分を見てすかさず、「なんか、間抜け」と言ったら美容師さんが
大うけしてくれました。
綺麗にしておかなければいけないのは、私自身だけでなくこの部屋もね。明日からお天気が崩れるらしいけど、
もっと角から角まで掃除をしようと思います。私自身も、この部屋も、綺麗にして馨さんを待っています。
だから、もう病気になんてならないで下さいね。きっと日頃の不摂生で体の抵抗力が無くなるのだと思います。仕
事も順調であって欲しいけど程々にお願いします。馨さんが元気でいてくれるのが何より一番だから。
きっともうすぐ、今度こそ、もうすぐ逢えるよね。
敬具
5.3
凛子