馨さま 

拝啓 夏の終わりとはいえ、まだまだ暑い日が続きます。夕べは寝苦しいと思っていたら、久しぶりに熱帯夜でし

た。汗かきだけど寒がりな私は、クーラーをつけてもタイマーにしてしまうし、暑くても何か身体にかけていないと落

ちつかないので、バスタオルだと物足りないような気がするし、馨さんに去年もらったタオルケットをかければ、汗び

っしょりになるし、朝までにクーラーが止まったいた時間と私の眠れなかった時間はきっと同じでしょう。どれだけ汗

をかいたかというと、朝布団を干そうと布団を持ち上げたときの重量感と布団の裏の湿気でもう充分分かりまし

た。今夜はまだ昨日よりは過ごしやすい夜ですが、あと1カ月くらいは寝苦しい夜に悩まされることでしょう。

 そうして寝不足だからと昼間にリラクゼーションのつもりでウトウトできるのもいよいよ明日で最後になりました。

夏休みの2週間、3本の映画と数冊の4冊の文庫本の貴重な思い出を残して、あっという間に過ぎてしまいました。

最初の1週間は、バイトの方が締め切りが近かったので溜まっていた納品書の整理をこなし、そして今週はその納

品書の整理が一段落して次に領収書の整理をし、それも終わって少し暇になって、帰りに映画を観にいったり、本

屋さんで立ち読みをしたりして寄り道をして過ごしました。映画も随分久しぶりに観ましたがこの休み中に観た映画

は、後悔や退屈ということを全く感じさせないものばかりしでした。忙しくて映画館に行く暇など全くない馨さんに少し

紹介すると、

1本目は、モノクロのフランス映画で音楽はジミヘンという話題作の「冷めたい月」。毎日ぐうたらではちゃめちゃに

過ごす男2人。悪戯気分で死体置き場から死体を盗んでしまいます。かついで家に持ち帰りシーツを剥がしてみる

と、それは美しい若い女の死体でした。主人公シモンは、その全裸の若い女に恋をしてしまうのです。翌朝、2人は

彼女を海に連れていき、ラストシーンでシモンは金槌なのに海にその女を抱えて入り、足が届かなくなるところまで

来て、女を海に帰すかのように抱えていた手を離すのです。そして、色々なシーンの合間に美しく輝く月が出てきま

す。また、シモンが月に向かって叫ぶのです。 次に観たのは、マリア様の被昇天の夜のミサの後の映画の鑑賞

会で観た「天使にラブソング」でした。その日はお金を落としたり、それよりも馨さんからの電話がなかったりで、ち

ょっと唇を尖らせていた一日でしたから、その映画はそんな私には丁度いい気分転換になりました。この映画のス

トーリーは馨さんも実際に映画を観ていなくても、多分ご存じでしょうから省きます。

 3本目に観たのは、アルゼンチンとスペインとの共作で「カミーラ」という映画です。舞台は、19世紀半ばの内戦

の激しいアルゼンチン。富豪の娘カミーラとカトリックの神父との禁じられた恋の物語です。因みにカトリックの神父

は、神父になるときに生涯独身を神に誓います。悩み苦しんだ末に2人は、駆け落ちをします。田舎に逃れて、近

所の子供達に字を教えたりして幸せな生活を送っていたのですが、村のパーティで同僚の神父に見つかってしま

います。親しくなっていた兵隊さんがブラジルに逃げるようにと馬と食料を用意してくれるのですが、見つかってしま

った夫は教会に走りそこで一晩中神に祈りを捧げてしまいます。カミーラは夫の帰りを涙で待っていました。朝にな

り夫が帰り赤い目をした妻を抱きしめます。その間に兵隊がやってきて2人は捕らえられてしまいます。牢屋に入

れられている時にカミーラは妊娠していることに気付きます。それで、心優しい医者も兵隊も何とか助かるようにと

願うのですが、下された刑は銃殺刑でした。見つかってしまったとき、逃げようと思えば逃げることが出来たのに、

そうしなかった2人。神との誓い、頭の中では分かるような気がするけど、でもやっぱり私は自分の連れて逃げた

女を不幸にしてしまうなんて。どこまで逃げても、月夜の夜に幾ら早く走っても月が追い掛けてくるように、神からは

逃れられないからなのでしょうか。

 馨さんといつか映画を一緒に見に行きたいな。今回観にいった映画館はどちらも50席ぐらいしかない小さな映画

館でしたから、痴漢は出ませんでしたが大きな映画館に行くと私が感動してもう涙ぼろぼろの時に隣がすりよって

きて手が伸びてくるから、大きな映画館には一人で行きたくありません。でも、大きな映画館で上映されている映画

は、儲け主義のアメリカのものが多くあっけない結末で、最近はあまりみたいと思いません。それより後味のあるヨ

ーロッパや第三世界のもの、アメリカ映画でも監督がアメリカ人ではないものが好きです。馨さんはどんな映画が

好きですか。そうそう、良いことを教えてあげましょう。「カミーラ」を上映していた映画館は、オールナイトで「カミー

ラ」を上映していました。あそこなら馨さんと映画が観れるかな。

 では、又月曜日からはいつものへとへとの毎日がやってきます。ですから、馨さんから電話がないと大騒ぎしたり

する暇はなくなるから、馨さんに精神状態が弱すぎると言われることもないでしょう。でも、早く逢いたい。

                                      敬具

                                   ’8.27

  凛子

 

 

馨さま 

拝啓 残暑とは良く言ったもので、日中の暑さときたらもうたまりません。でも、夕焼けの雲の茜色はまさに秋の色

です。そして、夜になると虫も鳴きます。今日のお昼に手紙をポストに投函したところですが、又又手紙を書いてし

まいました。何故ならお昼間に馨さんから電話があったと思ったら、リンパ腺が腫れていると言うではありません

か。その後、お体の具合は如何ですか。もう、今頃、高熱にうなされながらも接客に追われているのではありませ

んか。馨さんは普段から不規則な生活を送っているし、少しぐらいの風邪や熱が出たぐらいでは、お医者さんに行

ってくれないのですから、余計に心配です。高熱が出てもバファリンのような解熱剤を飲んで少し下がったら何でも

ないかのような顔をして仕事をこなそうとするでしょう。教会の日曜学校のリーダーで同じように咳が出て止まらな

いのをバファリンなどの売薬で済ませてほおっておいて、結局拗らせて病院に行ったときには肺炎を拗らせている

とのことで、初夏の頃に入院して今もまだ退院できずにいる人がいます。自分の身体を自分で過信して無理を続け

ると気が付かないうちに重病を患っているとしたらどうするのですか。いつまでも、若いと思っていたら大間違いな

のですから。いざという時のために、保険証の1枚くらいちゃんと作ってと以前から口を酸っぱくして言っているので

す。馨さんの身体は馨さんのものであって馨さんだけのものでもないのですから。

 馨さんの身体のこと、馨さんが想像できないくらいに心配ですが、お説教はここまでにします。お説教ばかりの手

紙なんてつまらないですものね。お体を無理しない程度に頑張って下さい。そして、早く元気な顔を見せて下さい。

そうそう、私の太股と馨さんの上腕の太さ比べをする約束です。これには私は絶対勝つ自信があります。せいぜい

しっかりご飯を沢山食べてお相撲さんのようにまるまると太って下さい。今度逢えるのを本当に楽しみにしていま

す。

                                   敬具

                                8.28

  凛子

 

馨さま

拝啓 今日、仕事から帰ってマンションの階段を昇っているとき、2階から3階への階段の3段目にコオロギを見つ

けました。まあ、可愛いなどと安易に部屋に入れたりすれば、夜になってうるさくて眠れなくなるのを知っている私

は、そのコオロギを見つけたままのそのままにしておきました。きっと、今頃マンションのアプローチの辺りででも、

その自慢のソプラノの美声を聞かせてくれていることでしょう。

 コオロギのことはさておき、馨さんの方は今頃何をしているのですか。扁桃腺が腫れてからその後病状はどうな

っちゃったの。精神的に強い馨さんは発熱して寝込んでしまっているとしても、決して私に看病に来て欲しいとか、

こじらせて熱が下がらず入院することになっても、見舞いに来て欲しいとも言ってくれそうにありません。私には病

気が全快してから、「これこれこんな病気を患っていたから暫く電話ができなかったごめんね。」と、電話で知らされ

そうです。絶対そうです。もう、すっかり回復して元気に仕事に励んでいるのなら良いのですが、そうであることを祈

りましょう。そうすることしか、この私には馨さんにしてあげられることはないみたいですし。でも、もし、私が病気に

なって病院のお世話になるようなことになれば、寂しがりの私はきっと馨さんに知らせてしまうと思います。馨さんが

仕事が忙しくて逢って貰えないとしても構わないから、馨さんに私のことを知って欲しいと思います。私が今こうして

返事の貰える筈がなく文通とは言えない手紙を馨さんに書き続けるのも、馨さんに私の事を少しでも知っていて欲

しいからです。だって、季節ばかり流れていくのに、2人の共に過ごした時間が短すぎて私と馨さんの時計は止まっ

たままのようです。その時計を動かす方法はお互いの事をもっと良く知ることだと思います。もっと、もっと教えて。

それとも、馨さんにそんな時間があればとっくにそうしているかしら。

 なんだかグチグチした手紙になってしまったので、もうここらでやめにします。

                                      敬具

                                  9.3

  凛子

 

 

馨さま 

拝啓 今日大阪城公園の銀杏並木の下を自転車で走っている時、上を見上げれば銀杏が鈴なりに実っていまし

た。その風景を見ると確実に秋に近づいているのだと思えるのですが、でも暑くて私の背中は汗びっしょりです。夜

もまだまだ熱帯夜です。そんな、9月4日でした。

 1994年9月4日、と言えば関西空港の開港日です。ある事情があって私は映像ではまだ見たことがありません

が、ラジオのニュースや新聞の特集記事でその関西空港の様子を知っています。海外旅行も国内旅行でも飛行機

に乗る予定すら全くありませんが、早く利用してみたいと思います。馨さんがもし、時間とお金のゆとりがあったとし

て、海外旅行に行くなら何処に言ってみたいと思いますか。馨さんなら南の島の青い海でマリンスボーツ、或いはイ

ンドで自分を見つめ直す旅、又はアメリカのロッキー山脈やオーストラリアのレッドロックのような所で自然を満喫

するというのも似合いそうです。

 私の場合は、日本人観光客がよく行くハワイや東南アジアも良いのですが、もう少し異国情緒のある場所。南フ

ランスのルルドやイタリアのアシジのような片田舎で古い教会のあるところ、よく観光雑誌に載っているような景色

のスペインの白い壁に真っ青な空のあるところも素敵だと思います。私がいつも購読している雑誌によるとヨーロッ

パのホテルはハワイや日本国内の超高層の高級ホテルよりも、家具やインテリアも骨董品が置いてあるような伝

統のあるホテルに安い宿泊費で泊まることが出来るのです。でも、一番行きたいのはレゲエのメッカのカリブの島

々ジャマイカやキューバのあたりです。エメラルドグリーンの海があって、土産物を買いあさる日本人観光客もまだ

少なく、のんびりと時間が過ぎていく感じに憧れます。又、島国ですし、その音楽もどこか似ているところから、地元

の人の気性も多分沖縄の人のと似ているのではないかと思います。裏の海で魚を釣って地元の人の味でその魚

を料理して、木のテーブルに無造作に出してくれるようなお店がほんの少しあるだけで、三ツ星レストランなんて一

軒もない島。きっと私がその島に行くことが出来るのは何年も先のことになるでしょう。

 飛行機に乗ることは当分できそうにありませんが、せめていろんな国の飛行機を見に行きたいと思います。関西

空港の対岸にパパラというアミューズメントゾーンがあります。そこには、関西空港は勿論神戸まで見下ろせる観

覧車があったり、世界の輸入品のショッピングセンターや大きな公園があります。ここなら、きっといろんな国の飛

行機の離発着を心ゆくまで見ることが出来るでしょう。それに、ここは嬉しいことに入場料が無料なのです。馨さん

は飛行機を見ることは好きですか。私は子供の頃飛行機が大空に飛んでいることが珍しくて、鳶よりも小さいけれ

ど遥か彼方を白い雲の線を作りながら飛んでいく飛行機を見つけると嬉しく思いました。大人になって都会にでて

きて子供の頃見たものよりももっと大きな飛行機を毎日のように見ているのに、未だに飛行機を見るとなんだか嬉

しいのです。誰かしらない人が大勢乗っていて、何処か遠いところへ飛び立って行くと思うと楽しくなるみたいです。

そう、港に浮かんでいる大きな外国の客船、貨物船を見るのも好きです。

 いつか、馨さんと何処か遠い国へ行ってみたいな。そんな、遠い未来のことよりも早く逢いたい。

                                      敬具

                                     9.4

  凛子

 

 

馨さま 

拝啓 淀川の堤防の上をトンボ達が群をなして飛び回っています。朝晩もすっかり秋らしくなりました。窓を開けっ

放しにして寝て風邪を引いたりしていませんか。でも、気が付くと、不思議なことに異常気象のためか秋の虫の声

がもう聞こえなくなっています。いったい彼らは何処に行ってしまったのでしょう。夏の暑い年は大雪が降ると言うけ

れど、もしかしたら誰も気が付かないうちに冬があっと言う間に駆け足でやってくるのでしょうか。ま、お天気のこと

はお天気予報のおじさんですら当てにならないのですから、私があれこれ思いめぐらしたとこで無駄なことでしょう

ね。とにかくどんな秋になろうと冬になろうと日頃から健康管理に気をつけきゃね。

 そんな私も先週は蕁麻疹にダウンしてしまいました。あんなに湿疹が体中に出たのは二十歳の時に水疱瘡をし

たとき以来でしたから、本当にびっくりしました。湿疹が初めて出た夜は、何か変な病気ではないかと心配で、胃腸

科の看護婦をしているの友達に電話をしたりしたけど、赤く腫れ隆起し爪先から顔まで広がった湿疹を翌朝病院に

行って、初老のお医者さんに「あー、これは蕁麻疹です。」と、言われて安心しました。病名は分かったものの、そ

の原因は分からずじまいだし、湿疹の範囲が広すぎるので塗り薬よりも身体の内から治すと言うことで、注射と飲

み薬でをもらいましたが、薬の中に眠くなるものが入っているとかで、原因が分からないということと発熱で食欲が

あまりなく、トーストやおにぎりなどの軽い食事をして薬を飲んでは寝て、目が覚めたらまた体中が痒くて湿疹が広

がるという事を2日間も繰り返してしまいました。3日目には大事な仕事が入っていたので、絶対に休むわけにはい

きませんでしたし湿疹も下り坂になってきたのでようやく出社しました。薬と注射と湿疹がまだ完全に治まっていな

いこともあって、まだ頭がボーとしたまま仕事をこなしていましたが、子供達は私が2日間も休んでいたことがちゃ

んと分かっていたようでした。そして、休む前とは私を見つめる目が少し違うように思えました。でも、薬の副作用な

のか単に怠け病なのか血圧が低いためか、未だに私の診断によるネムネム病が治りません。このネムネム病と

いうのは、幾時間眠ってもまだまだ一日中眠いことを言います。馨さんもネムネム病を今患っているようですが、馨

さんの場合は過労によるものなのですから、凛子医学博士の診断によるとちゃんと睡眠時間をとれば完治するで

しょう。

 自分の身体は自分が一番良く知っているなどとよく言いますが、あれはきっと嘘です。私もついこの間までこの夏

は毎日クタクタに疲れるまで仕事をしている割には、夏バテも夏痩せもすることなく過ごすことが出来てこれはスイ

ミングスクールに通い始めたからかななどと思っていたのに、蕁麻疹事件が起きてしまったのですから。スイミング

スクールと言えば、この前初めて折角バタフライの足の泳ぎ方を教えてもらって面白かったと思っていたのに、蕁

麻疹のお陰で2回も休んでしまいました。来週の土曜日も他の用事があって又お休みしなければなりませんし、今

度の土曜日こそは、絶対に行くつもりです。きっと久しぶりでみんなに付いていけずコーチ達を困らせてプールの

真ん中で「もうそこからUターンしてきて結構ですよ。」なんて言われそうですが無理をしない程度に頑張るつもりで

す。だって少しでも頑張ろうという気持ちを持たないとしんどくなるとすぐに25mのプールを泳ぎ切らずに足を付い

てしまいます。

 馨さんは毎日肉体労働をしているようなものでしょうから、改めて運動をする必要はないかもしれません。馨さん

に必要なのは運動よりも、規則正しい栄養豊かな食事と睡眠です。馨さんには仕事を休むことは許されないのかも

しれませんが、偶には美味しいもの沢山食べてゆっくり寝て下さい。そして、その美味しいものを食べるときには私

も誘って下さいね。この前のように偶然ばったり逢えるのも嬉しいけれどもっともっと長い時間逢いたいし話もした

い。久しぶりに馨さんの愛車もちらっとお目に掛かりましたが、もう一度助手席に私を乗せて下さい。お願い。

 季節の変わり目は本当に体調を崩しやすいものです。馨さんも一日も早いネムネム病から全快をお祈りしていま

す。では、私もネムネム病なのでここらでネムネムします。

                                    敬具

                                  9.15

  凛子