午前8時40分、私は翼を手に入れました。
私、団体旅行で飛行機に乗ったことは何度かあったけれど、たった一人で飛行機に乗ったのはこれが初めてでした。インターネットで値段と発着時間を調べて、旅行会社で往復チケットを買いました。
いつもよりも1時間早い5時に起きました。メールチェックをしながら、身支度を整えます。飛行機なのだから、遅刻するわけにはいかないと、気持ちは焦るのに、あれもこれもして出掛けたいと思いつつも、忘れ物のないように気をつけて完璧でありたいと思うのに、ドアの鍵をかけようとしたときに、ベッドの上にハンカチを忘れていることに気が付いて、一度履いたロングブーツを脱がなければどうしようもなく、少し躊躇ながらも急いで脱ぎ捨てて、忘れ物を鞄に押し込みました。
空港バスは、想像していたよりも早く空港まで私を運んでくれました。そして、初めて自分で飛行機チケットを搭乗手続きのカウンターの向こうの人に差し出しました。時間通りに飛行機に乗り込んで、私は雲の上の人になりました。
離陸してから、私は眠気に任せてウトウトとしていました。幸いにも隣の席もその隣の席も空席でしたから、人目を気にする必要はありませんでした。それが20分ぐらいしてから、ふと窓の外を見ると、私は雲の上にいました。夢を見ているわけではなく、本当に私は雲の上にいました。窓の外が白いのです。白のサテンをスーと引き寄せたり、シルクをフワっと浮かせてみたり、オーガンジーを丸めてみた白、胡蝶蘭の白、山百合の白、スキムミルクの白、綿菓子の白、ソフトクリームの白、マシュマロの白、生クリームの白、初雪の白、どこかから白クマが顔を出しそうな白がお日様の光のシャワーを浴びてきらりきらりと輝いていました。
翌日の16時20分、私はもう一度、羽を広げました。翼上の除雪作業のために、搭乗してから離陸まで30分近く待たされました。飛行機に乗り込んだ時、窓の外から向こうの飛行機がはっきりと見えたのに、飛び立とうとする頃には辺りは真っ暗で、滑走路上のオレンジやブルーのランプだけが転々と灯っているのが見えました。除雪作業が終わって離陸する事を知らせるアナウンスがイヤホンから流れると、飛行機はゆっくりと滑走路を動き始めました。転回して、暫くしてから直進し始めました。ブルーのランプが後ろへ後ろへと通り過ぎていきます。私は、ついさっき、誰かと今生の別れをしてきたわけでもなく、失恋をしたわけでもないはずなのに、過ぎ去っていくそのブルーのランプを見ていると、何故だか物哀しくなって、胸が熱くなってきました。そして、ほろりほろりとこぼれ落ちる涙をこらえようとするのですが、いよいよ我慢できなくなって、バッグからタオル地の男物のハンカチを出して頬にあてました。渡り鳥は、旅立ちの時こんな涙を流すのでしょうか。