Heureux les pauvres en esprit.

   夜明けのニャん

 

電話をしたいと思う。

声が聞きたいと思う。

どうしているかと尋ねたい。

どう思っているのか教えて欲しい。

膝を抱えて怯えて時間を過ごす。

想い出は冬のまま

雪道 つらら 洗面器の氷

塗りつぶされた2月

そして、真っ白な3月

「何故?」が私を追いかけて責め立てる。

私は楽な答えと

美しい想い出を選ぶ。

それは夜が明けるまで続く。

最後の愛の業を赤糸に託した。

不器用な手でほどけた糸を繕った。

気づかれないと予想しながら。

春が夜を短くする。

ナナがもうすぐ帰ってくる。

受話器は握れない。

 

 

 

   無色透明

 

白熱灯の下で

鏡に写った私の心は何色だろうか?

私の心

この胸に10本の指を突き立てて取り出して

陽の光にあててみれば

誰の目にも

心の色を見せることが出来るのに

私の心の色を知る人はたったひとり

 

船の上から七色の魚が泳ぐ姿が見えるという海がある。

無色透明の海の水はそのひとの心

尾鰭を振って七色の魚が自由に泳ぎ回る。

キラキラ光る夏の微笑みを背中にして

七色の魚ははしゃぎまわる。

 

憧れと欲望

真実は目に見えないものだとしても

いつか見た夢は幻ではないと

信じることの辛さと

信じることの出来ない辛さを秤にかければ

目に見えないものが見えてくるようで

もう一度鏡に写った私の心を見つめる。

 

理想と現実

過去と現在

未来に見えるものは無色透明

 

 

 

   りっちゃん

 

堤防にぺたりとお尻をつけて座って

流れてばかりいる川を眺めたね。

川底の色、水の深さ、この堤防も、

そして、川の向こうの私も

あの頃とはすっかり変わってしまった。

りっちゃんはまだ11歳だから

そんなことは知らない。

 

そのうち

りっちゃん仰向けになって

一匹のありんこを見つけた。

りっちゃんに気づかずに動き回る。

働きぶりをじっと見ていた。

「このありんこ 何歳かな?」

「ううん わからないね。」

「名前つけようか。」

 

居場所がないんだね。

りっちゃん、いつでも誘っていいよ。

何も話さなくてもいいんだ。

川を見たり、あんりこを見てじっとしていよう。

川は黙って流れていくよ。

ありんこもいつでもここにいるよ。

りっちゃんの隣にいつもいるよ。

りっちゃんのこと見ている。

 

 

 

   飛行機雲を追いかける烏をみつけた

 

春の青い空に

飛行機雲を追いかける烏をみつけた。

東から西へ飛んでいく飛行機

小さな体で急いでいる。

飛行機雲が手を伸ばして追いかけていく。

細くて白い足をした飛行機雲

烏が追いかけているよ。

クルクル回って

飛行機雲のまわり

追いかけて飛んでいく。

東から消えていく白い足

西へ伸びていく白い手

どこまでもどこまでも飛んでいく烏

何を求めて何を捜しているのか知らないでいる。

白い足が見えなくなる。

知らないうちに遠くまで来てしまった烏

振り返って初めて

白い足が雲だと分かった。

青い空に眩しかった飛行機雲

何もなかった訳じゃない。

「僕には飛んできた空が見えるさ」

そうつぶやいた烏

クルクル回って飛んでいく。

クルクル回って夕焼けに消えていく。

 

 

 

   忙殺の日々

 

空を見上げることのない日々

誰を追いかけているのか

求めていたものは何だったのか

誰一人問う人もなく、

暗い坂道を登って家路へ

 

遠い昔

胸ときめかせてくれた言葉達

ハラハラと深海へと沈んでいく

涙色の言葉を枕にして

眠りにつく私がいる。

 

 

 

   計量スプーン

 

さあ あなたのスプーンで

わたしの愛を量って下さい。

すり切れ一杯すくって

あなたの心に注ぎましょう。

あなたの計量スプーンは大きい

わたしの計量スプーンは小さい

悲しいときに空を見上げ

嬉しいときに地面を見つめることは

悪いことでしょうか?

 

本当はあなたもわたしも

計量スプーンなど持ってやしない。

それが真実です。

心に出来てしまった目盛りは

いつか誓いを立てた海に潜って沈めてきましょう。

 

 

 

 

   さよならを数えて

 

さよならを数えれば

想い出が木霊になる

愛していると感じた時の喜びは

いつまでも忘れられない

重ね合わせた掌の中にあった情熱

撫でる髪の毛先まで

幸せがそよいでいた。

指先の小さな怪我から

優しさに包まれた後

理由の分からないさよならが待っている。

 

さよならを数えて

想い出が木霊になって追いかけていく。

優しさが逃げていく。

「2人は出会うのが早すぎただけ」

深夜のパーソナリティ静かに囁く。

 

さよならを数えたら

渡したかった宝物を

ショパンのオルゴールに・・・

 

 

                             

 

   悲しい幸せ

 

昨日も今日もその前も

その窓から朝日が差し込む日は

永遠にやってこないように思えて

悲しみの森に迷い込んでしまった。

膝まであるシダの葉を踏んで

私は獣道を歩いていく。

後ろ髪を寂寥で濡れた枝葉に引っ張られても

私が歩いているわけは

シロアムの池の水で

モノクロになっていく想い出をあらうため

 

『「愛されていない」なんて言わないで』

風の影を池の水が追いかけて

すれちがい際にそう言って走り去った。

 

 

 

 

   桜貝の幸せ

 

過ぎゆく季節たちにはみごにされて

すきま風さえ胸いっぱいに吸い込むことが出来ないから

孤独の溜め息を闇の静寂の中に吐ききれないでいる。

 

何でもない日々

何も起こらない日々

何もなくさない日々

私が夢見たものはそんな幸せだった。

 

引越の荷物は軽くしなければと思うのに

捨てられない詩集がある。

「言葉」も「時間」も

置いていくものと

連れていくものとに分けなければ

私の耳に桜貝の囁きは聞こえてこない気がしている。

 

 

 

   わたしのつとめ

 

愛することがわたしのつとめ

裏切る人を愛することがわたしのつとめ

蔑む人を愛することがわたしのつとめ

憎しみの心を持つ人を愛することがわたしのつとめ

悲しみの心を持つ人を愛することがわたしのつとめ

病の家にいる人を愛することがわたしのつとめ

孤独の家にいる人を愛することがわたしのつとめ

愛してもらうよりも愛することを望みます。

 

 

   さくら さくら さくら

 

まだ枯れていないのに

どうして桜は散ってしまうの?

信じて欲しい人に

信じてもらえなかったことが辛くて泣いているの。

一生懸命咲いたのに

たった一度の雨で

涙をポロポロと流して

黒いアスファルト一面

その悲しみがピンク色に染めていくの。

 

桜の涙が肩から髪から

伝わってきます。

さくら さくら さくら

三度唱えて

 

 

 

   流れ星知らないから

 

流れ星知らないから

大地に根をはる

私はたんぽぽになる。

深く息を吸い込んで

かの人と同じ水を飲む。

 

流れ星知らないから

まぁるい月に憧れる

私はたんぽぽになる。

この畦道を

かの人が歩いてくれるのを待っている。

 

流れ星知らないから

白いお月さんそっくりの

たんぽぽになった私は

かの人の願い事を叶えてあげる

 

流れ星知らない私を

かの人が優しく摘んでくれる。

私にかけられた願い事

たんぽぽになった私は

かの人のふぅっと

一息に乗って

飛んで見せましょう。

どこまでも飛んで見せましょう。

 

流れ星知らない私の目に

かの人が見えます。