Caprice

 

 

   真っ赤な口紅

 

「もっと、赤い口紅ぬり」と、

紅筆を唇にあててもらう。

口を「い」の形にして

左端から右へ動く筆を感じる。

 

初めて赤い口紅をひいてもらったのは

七つの時のこと。

赤地に金糸で毬の刺繍入りの帯

歩いても跳んでも鈴の音がした。

お母さんの赤い口紅

白い肌に

口だけが浮いて見えた。

 

真っ赤な口紅

睫毛も眉もくっきりと

瞳はより大きく

それでも鏡の中の唇は

あの時といっしょ。

 

 

 

   夜の影法師

 

仕事の帰り道

右手で左腕を左手で右手を

抱えて歩いていたら

影法師を見つけた

膝までのタイトスカートから

にょきっとでた棒きれのような足

を重なり合わせながら

ちょん、ちょんと

腰を左右に揺らして

影法師は前に進む

 

外灯の下でみつけた影法師

5メートル歩いたら

かくれんぼしちゃった

 

 

   かー坊

 

小学校も中学校も高校も

同じ日に卒業証書をもらった。

同じ時に笑った。

高校1年の冬

きーちゃんからから同じ時に「嫌い」と言われた。

 

ずる休みの言い訳、かー坊に頼んだ。

かー坊の言い訳

田植えと稲刈りの手伝いを

風邪だと

 

高校卒業と同時に家を出て、

自分に自信がなくなって、故郷に帰ると

かー坊はふらりとやってきてドライブに誘ってくれた。

お寺の縁側に座って

雪舟の庭園を見ながら

あの時の事を思い出した。

 

夏の夕暮れ時

かー坊のうちの近くの川のほとりで二人並んで

膝から下を水に任せた。

何も話しかけなくてもいい。

川の流れと西の空と四方の山々

川のせせらぎとカラスの鳴き声

右隣にかー坊

 

 

 

   そんな5分

 

ビデオもテレビも見ない

CDもFMも聴かない

缶ビールもコーヒーも

言葉もいらない

何もしない

現実も理想も

何も考えない

過去も未来も

何も想像しない

ただ暖かいものに

そっともたれているだけ

じっとしている。

目覚まし時計の黄色の針が5回

右へ回る間

今の憧れ

  夢

それはきっと

ハ行の気分

 

 

 

 

   忘れないでね(雪の日)

何年ぶりかの大雪

といっても、積雪10pぐらいだったんだけど

大雪警報がでて

交通機関がめちゃくちゃになっちゃって

急に お休みになった日

お休みだと知らなかった女の子4人

することはただひとつ

雪だるま、雪合戦

寒いことも

冷たいことも

忘れた日

忘れないでね

あの 白さ

雪だるまも

道路も

屋根の上も

そして 4人も

 

   ゆっくりしたい

 

ふぅ

 

大きな海を渡る渡り鳥だって

途中で羽を休める。

猫なんて

しょっちゅう塀の上で寝てる。

 

せっかく

仕事に行かなくてもいい日が

明日もあさってもその次の日もって

続いてたのに

私のした事

1番 洗濯 2番 掃除 

3番 部屋の片付け 

4番 くたびれた肌着で雑巾を縫った

5番 バイクをとばして港まで行くはずが

   近くの高層ビルの展望台   

周りは目の毒だらけの中に女一人

頭の中は仕事のこと、

 

夕暮れ時の

トンボでよくならされた

グランドのような心になりたい

 

明日はきっと

上司の前で

蛇ににらまれた蛙になってる

 

   雨

 

この窓から見えるのは向かいの病棟の壁

お天気のいい日も曇りの日も

ここから見えるのは同じ白い壁

雨、雨、雨

雨がこんなにも好きだったなんて

小さな雨じゃわからない。

もっともっと土砂降りの雨じゃなきゃ。

白い手を突き出してみても、まだ届かない。

 

ちょうど十年前の今頃、

降りしきる雨の中を

校門から泣いて帰ったこともあったっけ

あの時のように雨を浴びることができたら、このからだを

洗い流してくれるかしら。

 

 

 

   もしも生まれ変わることができるなら

 

もしも生まれ変わることができるなら

野原の小さな花になりたい。

春になれば小さな花をつけます。

蜜蜂さんがやってくれば、甘い蜜を捧げ

雨が降れば小さなか弱い虫達に傘を貸しましょう。

 

ラララ ラララ

お日様が唱えば

私もハミングしましょう。

風さんが踊るなら、

チョウチョさんと一緒にワルツをおひとつ

 

そして、秋になって 地面に種を降らせて

来年の春まで さようなら

また 春に野原でお会いしましょう。

きっときっと‥‥

 

 

 

 

   青春T

 

時間を忘れて夢中になるものがあるとき

笑顔と笑い声に包まれているとき

それがたとえどんな小さなものでも

向かっていく目標のあるとき

自由という言葉が好きで

好奇心のアンテナ 小さな耳と大きな瞳

めいっぱい大きく広げて

どんな障害にもへこたれないパワーがあって

そのためには親に反抗してみたりして

 

箸が転がったぐらいじゃ

口元はゆるまない

もう 若さを言い訳にできないけど

「ニキビは青春のシンボル」なら

そばかすだって

立派な青春のシンボル

お日さんの下を一生懸命

歩いている証しだもの

 

   青春U

 

青春は甘酸っぱい

練習試合の帰りのバスの中で食べた

コーチ手作りのレモンの砂糖漬け

酸っぱくて 甘くて 冷たかった

「必死」とか「一生懸命」という言葉を

爪先から髪の毛の先まで

身体で覚えた。

黒ずんだボールと

汗くさいシューズとサポーターのゴムの臭い

 

青春は秋の空のよう

負け試合ばかりで

コーチにも先輩にも怒鳴られてばかりだった。

泣いたり笑ったり

ニキビと汗にまみれた顔は忙しい

「損得勘定」という言葉を知らなかった。

早朝練習も 居眠りしてた授業中も

放課後も

いつも一緒の親友

 

そう、練習も学校も一日も休まなかった。

 

 

   人生

 

電車に乗らなかった

乗り遅れたわけじゃなくって

電車を見送ったの。

 

型にはまらない

そう固く決めたわけじゃない

その時その時で好きなことを選んでたら

そうなっちゃう。

 

たまに

「走ろうか」「走らなきゃ」そう思う。

ドキドキする事なら走らなくてもあるわけで

ライフプランなんて何もない。

歳を忘れてたっていいじゃない。

にっこり笑っていられる方がいい。

 

 

 

 

   始発電車に乗って

 

車窓からいろんな風景を見ました。

ビルやマンションから差し込む朝日。

少しずつ赤みがさしていく東の空。

ゴトゴトガタガタローカル線が走ります。

窓の外はそのリズムに合わせて前へ動きます。

山や海から昇るお日様もいいけど、

マンションや工場の合間から昇るお日様も

それはそれでいいかな。

窓の外の何もかもが赤くなります。

家の屋根もマンションの壁も学校のグランドも

公園の桜の花も背景がみんな赤くなっている。

この街にはこの街のお日様があって

おばあちゃんが勝手口から出てきてゴソゴソやってたりして。

 

眠いはずなのに、瞳を大きく開いて

乗車してすぐに鞄からだした文庫本、

手にしたまま一ページも開けない。

    小川

 

日が暮れるのがイヤだった頃

小川になりたかった

キラキラ光るメダカ

透明の水 ひとしずく

手ですくえば

指と指の隙間からこぼれ落ちる

小川の中に落ちるひとしずく

手のひらに残った水

小川は流れる

確かに流れている

水草が流れに身を任せて

右へ左へ揺れている

両手でせき止めても

上から下へ

手を通りこして流れていく

 

ビニールサンダルの底が

薄っぺらになるまで履き古した頃

小川になりたかった

全てが透けて見える

小川の中

川底の土色の石を

ドジョウが動かす

 

 

 

   想い出

 

楽しい想い出

それは蛹が蝶になる瞬間

羽を初めて開いたときのこと

蝶になった瞳で見たマーガレットたち

もう、蛹のときのことは覚えてはいない。

 

悲しい想い出

忘れられない

あの胸が熱くなったとき

瞳がこぼれてしまいそうなほど涙があふれたとき

 

どれも

蝶の一生を想う

同じ時の流れ

 

 

 

  ひとり

 

汗でTシャツが背中に

Gパンがお尻にへばりついた

5キロもの道のり

ひとり自転車をこいだ

思っていたよりも早く

そのビルを見つけることができ

日陰でひと休みすることにした。

 

堂島川のほとりに下りてみると

すでに犬が気持ちよさそうに

ウトウトしていた。

その隣に腰を下ろせば

川から丁度良い風が吹く

川の臭いを顔に感じる

「一等席やな」と犬を見おろした。

冷えた番茶をラッパ飲みする

分けてやろうと犬の鼻先にこぼした

驚いて立ち上がったけど、

それよりも 寝ている方が気持ちいいらしい。

 

番茶を口いっぱい含んで

鉾流橋を渡る人たちを遠い目で見る

片手にアタッシュもう片方で汗を拭き

足早に歩くサラリーマン

きれいな日傘片手のOLのお姉さん

携帯電話を片方の耳に当てた今風の若者

みんなブラウン管の向こうのよう

もしかすると その逆

 

ひとりと

モスグリーンの川面

溜息は出なかった。

相棒がわたしを見上げた。

薄茶色の頭をなでた

人慣れした目をした。

 

 

 

   覚えてる?

 

覚えてる?

おもちゃのピアノ

赤やピンクやオレンジや黄色や水色の鍵盤

ドの音が赤だった。

 

覚えてる?

魔法使いサリーちゃんのお弁当箱

サリーちゃんがほうきにまたがって

手を振っていた。

 

覚えてる?

遠足で行った動物園

大きな池ですいすい泳ぐあひる

初めて見た。

 

覚えてる?

夏休みのプールの帰り道

自転車ごと田圃におっこっちゃったの

びっくりしたけど怪我しなかった。

 

覚えてる?

林道のとがった石。

みんなでかけっこしたら、足が踊って、

足の裏が痛かったね。

 

覚えてる?

どっちにしようか迷った時に必ず歌った

「柿の種」

 

覚えてる?

運動会、一番かけっこの早いまりちゃんが

おたふく風邪で休んだときのこと

 

覚えてる?

川に沿って歩いて、よっちゃんちに遊びに行ったけど

夕方までに帰ることが出来なくなったこと。

あの時どうやって帰ったんだっけ?

暗くなっても、とことことことこ歩いて帰ったんだ。

 

なんで覚えてるんだろう

英単語も数学の方程式も化学記号も忘れちゃったのに

いっぱい いっぱい 笑ったから?

 

 

   愛の色

 

「愛の色は何色?」

 

子供が答える。

「きっとね、お母さんのエプロンの白い色。」

 

新妻が答える。

「それは、あなたのYシャツの白い色。」

 

新郎が答える。

「君のドレスの白い色。」

 

愛の色は優しさ色

愛の色は幸せ色

愛の色は微笑み色

 

 

 

   アイスコーヒー

 

フレッシュ 2つ

シロップ 1つ

ストローをグラスに1本

白い渦が琥珀色に消えたとこで

スーっと吸ったら

田舎のおばあちゃんが

西瓜を冷やしていた井戸水の味がした。