97年春 18切符旅行

 

 

  パソ通と18切符と富士山と

 

 3月24日月曜日、春休み一日目。睡眠時間は2時間半。今回の旅行の目的は、去年の秋から始めたパソコン通信で知り合った友達に会うこと。パソコンの回線を繋ぎ、前夜に書いたメールを送信したら、いざ、出陣。

 6時03分、大阪駅発、東海道を東へと向かいます。。四人掛けの座席の窓側に腰を落ちつけると、私が最初に手にとってページを開いたのは、不条理の哲学を証明しているカミユの「ヒューポスの神話」でした。文庫本を読んでいた目を数十ページ読み進む度に視線を車窓に移しました。大阪駅で電車を乗り換えた時空は明るくなりつつあったにのに、山崎の辺りから空模様が次第に怪しくなり、京都で白い物がちらちらと舞い落ち始め、宇治では吹雪でした。

 そして、米原で熱海行きに乗り継いで、カミユもゲーテも読み終わった頃、電車は静岡県にさしかかろうとしていました。私はもうそろそろ、もうそろそろと思って車窓をキョロキョロと見回しました。ふと気がつくとそれは私の背中に静かに聳えたっていました。春の清々しい青い空がその白さを一層引き立てていました。空の青さと山頂から裾野までの白と裾野から麓までのベージュのコントラストがとても鮮やかで、「美しい」の三文字しか言葉が浮かばないことが恥ずかしいほどでした。

 そう、私が青春18切符を使って旅行をしようと思った理由は、まさにここにありました。富士山のこの光景を一度見てみたかったのです。飛行機や新幹線では一瞬でしか見ることのできない富士山。それならそれで、熱海で温泉に浸かりながら富士山を見ることも出来るのでしょうけど、走る電車のスピードとともに景色の変わる車窓から眺めて見たいと思いました。かなり長い時間見つめていたように思います。身体を左に捻らせて見ていたのですが、そのうち首が疲れてきて、私の前で富士山と向かい合わせに立っていたおじいさんに席を譲り、立って富士山を見ることにしました。富士山をもっとよく見たいという 不純な動機から席を譲られた事を知ってか否か、にっこり笑って吊革を私に譲ってくれました。

 そして、私はこの旅行に一体何を求めていたのか、自問自答して答えを一つ出しました。去年の春にバイクの免許を取ったのもジムに通い始めたのも、もっと自分に自信を持ちたかったから、もっと自分のことを好きになりたかったからだという事を想い出しました。そして又この旅行でそうしたいと思いました。方向音痴でドジな私が、青春18切符を使ってたった一人で小さな時刻表とにらめっこしながら、東京駅で待つメール友達に初めて逢うこと。仮想の友達が現実の新しい親友になることを願って、約束通りの時間に東京駅のホームに降りました。そして、メールでの自己紹介通りの友達に手を振ったのでした。