[ 机 ]の背景


 今でこそ、生まれたときから自分専用の部屋を与えられることが普通になっていますが、自分が子供のころは、まあ運良く恵まれていれば、中学生くらいからはじめて一部屋与えられる、といった感じではなかったでしょうか。それじゃその前はというと、小学生になって座敷の一角にお下がりのちびた文机おいてもらってそれが全てだったような気がします。でも、そんなごく小さな机というスペースを初めて与えられたとき、なんとうれしかったことでしょう。まるで机に向かう自分の周りに一瞬にして外からは見えない壁ができて、それはまさにモノでなく、自分一人のスペースそのものでした。たぶん、こういうときが人の“スペース”に対する独占欲の始まりなのかもしれません。となると、その元凶は・・・机? ん〜恐るべし机。

 とまあ、そんなにオーバーにならなくても、机という存在が我々の子供から大人への過渡期にかけて大事なわき役であることは確かだと思います。この上で、宿題予習復習はもちろんのこと、必死になって受験勉強したり、心ときめかす日記を書いたり、親に隠れてエロ本に見入ったり、たぶん机を前にする時間がものすごく多かったはずです。
 ところが、大人、社会人になるとこれが一変します。日常生活の目的自体が変わるから当然のことなんでしょうが、机と接するというか、お世話になる時間が大幅に減ったり、人によってはほとんど疎遠になります。もっとも仕事の場で触れる机は別にしてですが・・・

 でも、何だかもったいない気がします。またオーバーかもしれませんが、この人の人生に大きくかかわる“机”という家具の存在がその人生の途中からだんだんと消えていってしまうことがです。
 たぶん、大人になって机と疎遠になるのは人のせいであって、机はもっと人とかかわりたいと思っているはずです。もちろん学生のころのように四六時中、向き合うようなことはないにしても、人の日常生活の中にぽつぽつと点在するホッとするような時間、その一部を彼らは演出できるのです。
 どこにも出かけない休日のひととき、徒然に手紙を書く時間。夜、就寝前の10分間、斜に座って片肘掛けてちょっとだけ読書をする時間。家事の後で、頬杖ついてパソコンのメールをチェックする時間。そんなごくプライベートな“ちょっと時間”を大事にしてくれる家具だとおもうんですが、いかがでしょうか?
 こんな思いをいちばん込めたのが定番のプチデスクです。皆さまの“ちょっと時間”が大人の輝きにつつまれますように!


みずき工房/西 文和