[ rの試作の背景 ]


 もしかするとみずき工房だけかもしれませんが、我々、工房というごく小さな器の中で家具作りをしようとするものは、日々の製作作業の中で、貧弱で精度の落ちた前近代的な機械設備を相手に絶えず悪戦苦闘しています。
 例えば、椅子の座面の裏側に傾斜した角度で脚用の丸穴を掘る、という作業があったとします。ドリルビットも直角の穴なら素直に開けてくれるんですが、斜めになるとビットの罫引(*)が材料を偏って蹴るので精度が狂います。さらに四方転びの穴になると材料の固定そのものが甘くなりがちなので、精度はさらに狂ってしまう。結果、仕上がった椅子の全体がねじれていた、なんてこともあるわけです。そこで、我々は、この貧弱な設備でも、その作業にできる限りの精度と簡便性をもたそうと渾身の知恵をしぼります。「rの試作」もそんな状況の中で設備的・技術的な問題解決の方法として考え、その方法をデザインにまでつなげていったものです。
 
 この「rの試作」をテーマとして、すでに5種類ほどの椅子・スツールが生れました。すべて、側面上の姿の中にこのテーマが生きています。当初、側面と同時に平面にもこの方法を取り入れることを考えましたが、技術的にもデザイン的にもそれほど良い結果にはならず、側面だけに絞りました。欲、かき過ぎたるは愚の極み、といったところでしょうか。腹八分目のデザインがみずき工房のデザインです。
 モノのバランスをとる方法としては、数値の適合範囲がかなり微妙ですが、なかなかいい方法だと思います。適合範囲内に納まれば無理のない自然体の形が見えてくるからです。みずき工房のデザインに合った方法だと思っています。
 なお、「R椅子」(出品No.05)については他と違って、デザインのひとつの方法として「rの試作」を発展解釈して作ったものです。したがって、当初の製作上の目的は無くなっています。

 最後に余談ですが、我々デザインし、かつ、作る技術を持つものは、一般的なデザイナーよりも、少なくとも一つ多くのデザイン手段を持っています。デザインのきっかけを生む刺激を安易に他の完成物に求めたがる昨今ですが、さらなるオリジナリティーを生む可能性を秘めた一つのデザイン手段がいつも自分の手のひらの上
にあるんだということ、若くて木工をする人、若くて木工を志す人に捧げます。


(*)普通、木工用ドリルのビットには二つの刃がついています。実際に穴を掘り下げる刃と、その刃が材料に切り込む前に円の形を切り込む刃で、これを罫引といいます。罫引はビットの円周の一部に出っ張っています。絶対必要かつ邪魔な一物です。

みずき工房/西 文和