なぜか山形浩生に入れ込んでいるのであった


2000/3/10
 これをお読みになっている方は「山形浩生」をご存知でしょうか?
 聞いたこともないという方はこちらをご覧になることをお勧めします。

 さて、私が彼の存在を知ったのは、かれこれ10年くらい前、いや、もしかするともっと前かもしれません。
 バロウズというかっこいいじいさんがアメリカにいまして、変な小説書いていたのですが、一般的に名が知れているのは「裸のランチ」でしょうか?映画にもなりました。当時、アンダーグラウンドなものに強烈な憧れを持っていた私は、「フールズ・メイト」(海外や国内のインディーズ系音楽を主にしていた。裏ロッキン・オンという趣のあった雑誌。)を愛読していましたが、その中で「バロウズの第一人者」として紹介されていたのが当時まだ東大の学生だった彼だと記憶しております。その後、翻訳をしている人だとわかりました。
 その後、随分たってから「CUT」という雑誌でコラムページを書くようになりけっこう楽しみにしていましたし、「WIRED日本版」では「山形道場」なるコラムを書いていて、たまにそこだけ立ち読みしたりしていました。
 まあ一応好きなライターという程度のお付き合いでした。2年ほど前に私もおくればせながらインターネットの環境が整って、山形氏のサイトにもさっそく立ち寄ったのですが、そこには過去に雑誌等に載った文章がほとんど全てアップされていて、それを端から読むといい暇つぶしになったので、かなりの頻度で拝見していました。
 
 そのころ、私は普段楽しませていただいているサイトの製作者にはきちんと謝意を表明しようという気持ちになっていました。
 退屈な昼休みを楽しくすごせる上質のコラムを提供してくださる方々は別にお金をもらっているわけではありません。そういう方々には「いつも楽しく読んでいます。これからもがんばってください」なメールの一つもお送りするのが、無料で楽しませてもらっている我が身にできるせめてもの行動だと思い、せっせと書いていました。皆様やはり、そういう反響は気にされているようで、たいていとても丁寧なお返事を下さりました。
 それで、なんだか調子付いた私は、プロの物書きである山形氏にも勇気を持ってメールしてみました。いやあ、ファンレター書くのなんて何年ぶり(中学校のころ、甲子園で活躍していた荒木大輔に書いたっけ・・・あと、JAPANのデビッド・シルビアンにも書いたような記憶が・・・高校生のときだなあ・・・遠い目になる・・・)かだし、なんか緊張しましたが、これが手紙だと切手貼るときとかポストに入れるときなどに「やっぱり恥ずかしいからやめよう」なんて思うのでしょうが、メールの場合「えい!」と送信ボタンを押してしまえば終了ですので、酔った勢いで送っちゃいました。
 
 さて、今までファンレターを書いて返事をいただいた経験があまりなかったので期待はしていなかったのですが、翌日メールチェックしたら返事が来ていました。メール用の小さなウィンドウにしているのですが、3行でした。まあそれでも、私の書いたメールをちゃんと読んでくれて、すぐに返事を下さったということに感激いたしまして「山形さんはいい人だ」と思った次第です。(我ながら単純)
 それからも、ますますまめにサイトをチェックして、更新されるのを心待ちにしていたのですが、なんだか文章が荒れてきた印象を持ちました。彼の本業はシンクタンクのコンサルタントで、海外出張も多いようで、多分そちらの仕事もとても忙しいのだと想像できますし、その本業の合間に翻訳したり、雑誌に書いたりとけっこうな分量をこなしていたので、なんか心配になり、またしても「励ましのメール」をしたためて送りました。 返事が来ました。また3行でした。「ご心配ありがとうございます」といったことが書いてあったので、気持ちは伝わったのだわと納得しました。

 まあ、ここまでは普通の話ですよね。
 そのころ話をした友人(山形浩生の話をして通用するのは彼ともう一人くらいしかいないのだ)には、
「山形にメールを書いて返事ももらったが、いつも3行なんだよねえ。どうにかこの3行の壁を打破したいもんだ」
 と語ったのですが、あまり本気ではありませんでした。「3行の壁」という言い回しが気に入っただけです。
 そうこうしていた昨年(1999年)の暮れに彼の初の単独著書「新教養主義宣言」が出版されました。ファンとしては早速買うべきものですが、図書館の常連である貧乏な私としてはとりあえず借りて読もうと思いリクエストかけておきました。それに、図書館でも購入すべき本だとの確信があったのです。(後からとってつけた言い分けくさいが)12月末の時点で世田谷区全体でその本は1冊しか購入されておらず、その1冊も貸出中でした。正月休みが明けても、図書館からはなかなか連絡が来なくて、やっと「御予約された本の用意ができました」と留守電にメッセージが入ったのは1月の中旬でした。
 平日は図書館に行けませんので土曜日まで待つことになります。その前日の金曜日に事件が起こりました。
 といっても、今にして思えば大したことないのですが、長い付き合いの女友達と大喧嘩になったのです。

 その経過を説明しているとまた大長編になってしまいますので省略しますが、決定的な理由は「ハチ公前での待ち合わせ」でした。ううう、くだらない・・・別の友人同士がトヨタカップ(マンチェスターユナイテッド=ベッカム来日で大騒ぎになりチケット入手が困難でした)のチケットが手に入らず、ダフ屋で買うかどうかで言い合いになり「10年来の友情が崩壊するかと思った」という話を聞いて「W杯の決勝とかならともかく、トヨタカップで絶交するなんて、かっちょわるーい」と大笑いしたのですが、「ハチ公前」で大喧嘩って、それより数段あほらしいですよね。
 要は時間にルーズな友人と夜遊びに行くことになり、私はお店の場所がわからなかったので「待ち合わせ場所はそちらに任せる」とメールしたら、「じゃあ、ハチ公前で」と返事がきたので、かなり頭にきて(この寒さの中の金曜日の9時半になにが悲しくてあんなところで待ち合わせをしなくてはいけないのでしょうか?だいたいいつも待たされるのは私なのに、少しはものを考えてほしいと思いました)「ハチ公前なんて絶対に嫌だ!」とまたメールしたのですが、その返事がなかったので、「あれれ?きつく書きすぎたかな?」と思いましたが、すでに行く気を無くしていた私は金曜日の夜、疲れもあったのか(金曜日ってどっと疲れが吹き出しません?)家に帰ると服着たままうたた寝してしまいました。
 電話の音で目が覚め、反射的に受話器をとると、その友人でした。どうもハチ公前で30分待ちぼうけしたようで、かなり怒ってます。どうやら私の書いた「ハチ公は嫌!」というメールが届いていなかったようです。というわけで、私にも言い分はあったのですが、向こうの怒りのパワーに負けていました。

 この年になると、あまり他人に真剣に怒られることが少ないものですから、すっかり私は落ち込んでしまいましたが、同時にムシャクシャしてきて「もう、人の話聞かないようなバカとは付き合ってられんわ!」とかなり攻撃的な気分に陥っていました。
 ムカムカしてその夜はあまりちゃんと眠れなかったのですが、翌日は違うグループの友人達と食事をする約束になっていましたので、体調が万全でないまま外出し、途中で図書館に寄って「新教養主義宣言」を借りて、待ち合わせ時間までドトールで読み始めたのです。

 読んでいて心の中でこう叫びました

 そうなんだ、その通り!世の中ろくに物を考えない人間が多すぎるよ!
 バカバカバカバカみんなバカ!

 もう涙がチョチョぎれました。
 それにしても、なんというタイミングでしょう。
 この本を2日前に読んだとしたら、これほど大感激はしなかったでしょう。だって、本の内容のほとんどがすでに発表されて彼のサイトでも読むことのできる「雑文」なわけですから、目新しいものではないわけです。
 しかし、あの瞬間にあの本が手元にあったことは「神の思し召し」としか思えませんでした。おかげですっかり「私はまちがっていない」と、立ち直り、友人達と楽しくお食事ができたのでありました。

 すっかり感激の嵐に巻き込まれた私は、帰宅すると深夜まで読みふけり、翌日曜日には早速また山形氏にメールを書きました。
 イケイケになっていた私は、「感激しました」という内容と共に、経済に関するちょっとした素朴な疑問も添えておきました。
 メールをいったん送信してから、昨日会った友人にも「昨日は楽しかったね。また集まりましょう」といったメールを書いて送り、そのついでに受信チェックしたら、その間たった10分くらいだったのですが、1件のメールが届いていました。
 山形氏からです。なんかあの瞬間はひさしぶりにアドレナリンが噴出しましたね。多分瞳孔がかなり開いたのではないかと思われます。
 ドキドキしながらメールを開けると、

 おおお、たくさん書いてある!

 そうです。ついに3行の壁を突破したのです。なんという達成感でしょう。
 私の疑問に対する、わりとコンサバな対応が書かれていましたが、それについてはあまり釈然としなかったので、「さあて、どう責めようかなあ」と、その後私はじっくり考え、ない知恵しぼって2日後くらいに「それはおっしゃるとおりですが、でも・・・」と食い下がったメールを1時間かけて書きました。疲れてその夜はすぐに寝てしまったのですが、翌日メールチェックするとまた返事が来ていて、しかも私が送信してからまたまた10分後以内でした。

 私は一時間かかったのに、向こうは5分?

 負けています。完全に負けています。もちろん向こうはプロなわけだし、そういうメールのやりとりにも慣れているのでしょう。ポスト・ペットで親しい友人達とペットのやりとりをのんびりと楽しんでいる私には勝ち目はありません。
 いや、待てよ。私はいったい何をやりたいんだ?山形浩生と勝負したいわけ?いやちがうなあ・・・じゃあなんだろう、気を引きたいのかなあ・・・あんまりあっさりとかわされるので、意地になってんのかなあ・・・

 考えるにつけだんだんと混乱してきました。
 なんで、会って話しをしたこともない人物にこんなに一生懸命になっているのでしょう。これって何?もしかして恋?BGMは松坂慶子の「愛の水中花」♪これも愛 あれも愛 たぶん愛 きっと愛 (古い〜)
 ううううむ。あまり恋愛体質ではないのですが、こういう落とし穴に嵌まるとは意外な自分発見です。

 しかしこの状態は放っておくと、気が済むまで山形氏にメールを送りつづけそうで、「疑似恋愛状態」に陥った自分はそれでいいのかも知れませんが、まだ理性を保っているもう一人の自分は、そんな「みっともないこと」すんのは御免こうむると叫んでいます。
恋する私は狂っている。しかし、そう考える私は狂っていない」って書いたのはR.D.レインでしたっけ?ロラン・バルトのような気もするが・・・とにかく、そんな自己分裂の恐怖にさらされ、「どうしよー」と思い悩んでいた矢先に救いの神が現れました。
 
 マックユーザの友人がウィンドウズ環境が必要な在宅入力仕事を請け負いたいので、2週間ほど私のノートパソコンを借りたいと言ってきたのです。「もう、こんなもんがあるから、大変なことになっているわけだから、さっさと持っていってくれ!」とばかりに快くお貸しいたしました。
 そうしてまんまと「メールしたいけど、メールできない」状況になって、だんたんと気分も落ち着いて来ました。
 ふーっ、びっくりした。ああいう気分になったときに人間は、どうでもいい奴と結婚してしまったりするのでしょうね。(いや、山形さんがどうでもいい奴という意味ではありません)危ない、危ない、気を付けましょうと、また縁遠くなるようなことを確信してしまいましたが、それにしても、だんだんと憑き物が落ちていくと、またまた「なんでだろう」と考えてしまいます。

 「新教養主義宣言」は図書館で借りて読んだのですが、これは地方在住で時々電話でバトルしてしまう仲が悪いわけではないんだが、なんか考えの根本がすれ違っている友人に送ってやろうと画策して、1冊購入していました。それをまた再読していて、はたと気がつきました。

 どうも縦書きに原因があるようだ・・・

 インターネット上の文章は当然全て横書きだし、CUTのコラムも横書きでした。縦書きで掲載されたものもあったはずですが、割合としては少なかったと思うし、私の目に触れたものに限っていえばそうでした。
 昔から読んでいたCUTのコラムを読んでいるとよくわかったのですが、横書きだとその文章から受ける情報があえて語弊を承知で表現するなら「理系的」なんですね。その文章が伝える事実を主に受け止めるみたいです。それが縦書きになると、いきなり行間を読み始めるというか感情の部分を強く感じるみたいです。
 これって、私だけの特殊体質かもしれませんが、今の日本社会で氾濫している文章を単純に量だけで考えれば、ビジネス文書や告知なんかはみな横書きで書かれていますが、文学方面は縦書きですよね。情報を伝えるのは横、感情を伝えるのは縦。と分類しても構わないと思います。もっとも、昨今のインターネットの普及で文書の標準の姿は横書きが優勢になってはいるものの、私より上の世代ではやはり「きちんとした文章は縦書き」だという認識が強いというか当たり前になっていると思います。

 ですから、横書きの文章というものはそこに書かれている以上のことにはあまり考えないのですが、縦書きになると読む方としてもきちんと襟を正すわけですし、そこに書かれてはいないことまで読み取ろうとするのではないでしょうか?
 そう考えると、私が急激に山形浩生に勝手に感情移入してしまった構造がなんだかクリアになります。
 でも、こんな縦だの横だのっていうのは、世界的にみても珍しい文化ですよね。この先こういう状況も変化していくのでしょうけれど、しばらくは変わらないと思います。(少なくとも、私の世代がまだ健在なうちは・・・・・と信じたい)

 この発見もさっそく懲りずに山形氏にメールしましたが、今度は返事はありませんでした。やーれやれ。(でもちょっとがっかりした)
 今度は全編書き下ろしの著作の企画もあるようなので、いつになるかは知りませんが、「熱烈な山形信者」を増やすためにがんばってほしいところです。

 だって、こんな話をしても誰もわかってくれないんですから・・・
 もうちょっと一般人にも浸透してほしいというのが願いです。
 かなり自分勝手ですけどね。
 でも、売れちゃったら「いい気になりやがって!」とか怒るんだろうなあ。

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