「シンメトリーな男」で詫び状 

「シンメトリーな男」 竹内久美子 著  新潮社

2000年3月26日
Mちゃんへ

 先日は、長電話に付き合ってくれてありがとう。また大討論会になってしまいましたね。
 私が、ついうっかり山形浩生の請売りで「竹内久美子の本は、どうしようもないらしいけど、遺伝子だの動物行動学だのを一般に紹介しているという点では評価できるんじゃない?」などと言ってしまったので、あなたが大反論してきたわけですが、正直いってなんでそんなにムキになって食ってかかってきたのかよくわかりませんでした。
 
 そもそも書店で「シンメトリーな男」を見つけて、ぱらぱらめくってみたけど、肝心の「シンメトリーとは何か」ということがよくわからず、「松田優作は指で女をイカせる」とか「キムタクはだからかっこいい」とか書いてあるだけでなんだかよくわからなかったのですが、真面目に読む気にもならなかったので「そうだ、Mちゃんならそういう方面詳しいし、ちょうど今仕事辞めて暇にしているみたいだから、ちょっと調べてもらおう」と思ったからなのです。
 ちょうど、雑誌の「SINRA」にも特集されていたし、ワイドショーでもとりあげられていて「モテる男はシンメトリーだったんですね!」とか言われていたので、これはちょっと流行するかもしれないなあ、特にファッション誌系でと思ったので、一応知識は入れておこうと軽く考えていました。

 山形浩生の竹内久美子に関する短い記述(かなり屈折した罵倒をしていました)を読むまで、私はそんな人の存在を知りませんでした。なのに、この「シンメトリーな男」に興味を持ったのは、どのくらいインチキかというのを確かめたかったのと同時に「シンメトリー」ということに思い当たるふしがあったからです。
 
 以前友人が私の顔をじっと見つめながら「ミヤノちゃんの顔って、なんというか、左右対称だよねえ。すっごくバランスいいよ」と言ったことがあります。
 彼女は漫画家で、そういう絵心のある人間にそう言われたので、そのあと家に帰って一人で鏡を見つめて「そうかなあ?・・・そうなのかも・・・でも、だからって美人なわけでもないんだよなあ」などと思っていたのですが、よく知人や友人に「初対面のころは、すっごく真面目で堅物で、冗談とか下ネタとかは話さない人のような印象を受けた」などと言われてびっくりすることが多かったので、「このシンメトリーな顔がスクエアな印象を与えるのかなあ・・・」などと分析しておりましたが、特に同世代以下の男性には「こわそうな女の人」と思われがちのようで、そのせいか全然モテないので、「シンメトリーな男はモテるのか?じゃあ、女は?」という切実な疑問が湧いたのです。

 というわけで、やっと読んでみました。当然、図書館で借りました。世田谷区は12冊も購入しておったぞ。全て貸し出し中でしたが、リクエストして数日で手に入りました。(ちなみに、山形浩生の本も去年は1冊しか入ってなかったが、4冊に増えていた。いや、別に比べてどうするって話ですが)

 読んでみて、まず最初に思ったのは「こりゃあ、Mちゃん怒るのわかるわ」ということでした。
 そのことに対しては、ほんとうに申し訳ありませんでした。読んだこともないのに「いいじゃん、別にインチキ本だって、まともな人はそんなもん気にしてないって。だからまともな反論もないわけでしょう?」などと言ったことについては素直に反省いたします。
 たしかに、これは「まともに反論」することもためらわれるような本です。ただ、こういうのを鵜呑みにしてしまうのは、多分私のような科学教養レベルとしては最低でも、NHKの科学系ドキュメンタリーや「特命X2000」なんかをついつい観てしまい、かつ私は引っ掛からなかったけど「買ってはいけない」を買い、「この金で何が買えたか」で無駄づかいしてんのは己だろうで、しかもそういうのを鵜呑みにして「ハンバーガーのせいで今の若者はすぐキレる」とか「銀行に流れた金を有効利用すれば、世界はもっと平和になる」とか言っている人達だと思うので、そういう「教養程度がわりと自分と同じな人達」が「馬鹿なやつら」と呼ばれるのは悲しいので、ちゃんと批判しておこうと思います。
 Mちゃんも、これを読んでくだされば、「騙されちゃった人」に対峙したときにも、より具体的に諭すことができるのではないかと思いますので、我慢して読んでください。

 まず、この本には「現在、動物行動学の分野ではシンメトリーについての研究がトレンンディー」であるということが語られています。そして「シンメトリーの研究ってとっても面白いでしょう?」ということが全編にわたって書かれています。
 
 私のような、「ネイチャー」なんて読んだこともない人間にそういう学問の話や、そこに登場した論文を面白おかしく、わかりやすく解説する、というのが本書の趣旨のようです。多くの人たちは実際に研究者の発表した論文を読むことはありませんから、彼女はそうした論文の紹介にはかなりの分量を割いています。
 
 それにけっこう細かい。つばめの尾羽の研究では、どのようにサンプルをとったのかというようなことが延々と書かれていたり、男性の匂いに対する女性の反応を調査するために「42人の学生が3日間着たTシャツを提出する」という実験で、「出し忘れた人がいたのか、集められたTシャツは41枚だった」とかいう、どうでもいいことまで書かれています。特にそういうサンプル数だの結果の数値だのが、かなりくどくど書かれていて、「これだけ、徹底的にやった実験なのよ。それに、結果の数字もちゃんと書いておくから、これでそこから導き出された結論が正しいということがわかるでしょ」と、シロウトに有無を言わせないようにしているようです。
 はっきり言って、この本はそういう「論文」をわかりやすく紹介している部分については、「論文というのはそれがすなわち真実というものではなくて、それをもとにまた議論を重ねていくためのもの」という意識を持っている人にとっては「なるほど、こういう実験をしていて、こういう結果が出ているわけね」ということを知ることができるわけで、さらに興味を持てば、がんばってその論文自体やその研究者の著書などを探し出して読めるわけですから、広報的な役割は果たしていると思います。

 ただ、そういう論文の紹介のあとに必ず著者の「勝手な解釈」がついてくるんですよね。それは、彼女の他の著作もそうなのではないかと推測されますが、その部分がどうにもこうにも目茶苦茶。
 読んでいて思い付いたのが「知ってるつもり」みたいな「著名人の生涯を紹介する番組」です。ドキュメンタリータッチで、その人物の人となりを語る部分は、その真偽はともかくとし、その合間にしたり顔のタレントが出て来て「この人の人生にはこんな秘密が隠されていたのですか。いやあ、意外でした。」とか、視聴者にとってはどうでもいいコメントを挟みます。私の母はこういう「なんちゃってドキュメンタリー」が大好きなのですが、そういうタレントの話がうざいので、ビデオに撮って早送りしているそうです。「1時間番組もね、20分くらいで観れるのよ」と言っていて、我が母の賢さに感心しました。

 ですから、この本も竹内氏のコメントは飛ばして読めばいいわけですが、テレビと違ってそれがやりにくいのです。
 それに、しょせんはタレントという人達とは違って、竹内氏は紹介している学問については一応プロフェッショナルということになっていて、テレビでいったら航空機事故のときだけ現れる「航空評論家」や戦争が起こると脚光を浴びる「軍事評論家」みたいに「自分も現場にはいないけど、わけわかんないデータを一般向けに解説してくれる人」として認識されます。

 それにしても竹内氏のコメントはことごとく「こういう結果がでたってことは、私がずっと不思議に思っていたことは、こういうことだったのね!」というような、かなりミーハーな感じで統一されていて、正直申し上げて「まともな学者さんのご意見」だとはとうてい思えません。雰囲気としては「映画について語る中野翠」という感じで、中野翠が「グレン・クローズは魔女顔」とか「スティーブ・ブシェミは最高」とか書いていても、別にどう感じるかは本人の自由なんですが、こういう感じを科学分野でやるというのはどうもなんだか、気持ち悪い。
 同じような本を例えば「こういう論文読んで感激しちゃった林真理子」あたりが、「だからキムタクはかっこいいんだ」と書くのなら誰も文句言わないと思うし、その解釈があんまりにも的を外れていたら「林さーん、ちょっと早とちりじゃない?」と、やんわり諭すことも可能だと思うのですが・・・多分、そういうのを狙っているのでしょうけど・・・でも、それを博士号もっている人間がやると、一般人に与える影響が違ってくるという意識はあるのでしょうか。

 総論としてはそんなところなんですが、もうちょっと細部をつついてみましょう。

 まず、出だしはいきなり「下ネタ」から入ります。「シンメトリーな男ほど女をよくイカせる」という話。
 こういう性行為そのものに関する調査については、けっこう疑問を挟む余地もありますが、そのようなデータが出ているらしく、動物の調査の結果からも「メスはなるべくシンメトリーなオスの子供を儲けたいと思っている」という説があることがわかります。 でも、どうやら「シンメトリー」というのは体の隅々のサイズをミリ単位以下で計測しなければならないほど微妙なものらしく、見た目ではっきりわかるものではないようなのです。「では、メスはどうやってシンメトリーを見分けるか」という疑問を投げます。
 では、シンメトリーだと何がいいのか?ある鳥はダニに寄生されていると、トサカが立派にならないようで、シンメトリーなトサカを持つオスほど、抵抗力が強く健康の証明になるみたいです。ところが、そういう証明をメスはしないようで、私の「シンメトリーな女の立場は?」という疑問は初っ端からくじけそうな扱いでした。

 つかみはOKというところで、話題は「シンメトリーな馬ほどよく走る」という競走馬とシンメトリーの研究に変わります。一般にもわかりやい話題だし、「オルガスムス」の次は「ギャンブル」という、セックスと金の話で読者を引き付けるという確信犯的行為です。でも、競走馬の世界でもシンメトリーは重要ということはいいのですが、サラブレッドって、「きゃあ、ナリタブライアンたらまた勝ったわ!あたし、やっぱあの人(?)の子供産みたーい!アタックしなくちゃ」っていって種付けしてもらえるわけじゃないでしょ?そもそもサラブレッドを野生に戻したらG1制覇した馬が生き残るかっつうと違うような気がするので、この場合彼らの「優秀さ」というのはあくまで交配までも支配している人間にとっての「優秀さ」であって、「人間のメスもどうやらシンメトリーで男を選んでいるみたい。それに、競走馬だってシンメトリーな馬が優秀なのよ」という論理はなりたたないと思うのです。

 そしてまた、「自然界のシンメトリー」に話しは戻ります。チェルノブイリのツバメの研究とか、シリアゲムシの研究とか、モテているオスを丹念に計測するとシンメトリーな個体だということが結論として出ています。シリアゲムシの場合はシンメトリーなオスほど強いからいい食事しているわけで、その結果いいフェロモン出しているようで、メスはそれで区別しているみたいです。

 次の章は「おっぱい」の話。おっぱいがシンメトリーな女ほど沢山子供を産んでいるという調査結果が紹介されています。
 その次が「男の指がセクシーなわけ」です。
 けっこう話題がぽんぽん飛ぶので、ついていくのが大変です。竹内氏は男性の指に固執するようですが、それが「みんなそうだったんだ!」という根拠が作家の森瑶子氏もそう書いていたというもので、「紹介している学者さんたちは、そういうのもいちいちデータとってんだから、あんたもそれくらい調査すれば?」と突っ込みを入れたくなりましたが、それはいいとして、そのあいまいな「個人的な趣味」を正当化するために、手足の発達に異常があると、生殖器にも異常があるという研究を紹介しています。これが6ページにわたって「HOX遺伝子」とやらの記述になり、シロウトには読みづらい箇所です。結局、この遺伝子の影響は今のところ「指先」などの末端にまで影響するのかどうかわかっていないようなのですが、強引に「手足を観察するということは、生殖器の優劣を判断しているのだ」と持っていきます。それで、いきなり「女が男の指にこだわり、男が女の足にこだわるのはこういう訳だったんだ!」というわけで、次の章は「纏足」です。

 なんの根拠もなく「女は男の指をセクシーだと思う」と述べているのに、足の話になったら下着メーカーの調査結果を取り上げて「へええ、意外。男は女の顔や胸じゃなくて、なんと足を見ていたんだ」と、書いていますが、それってそんなに意外ですかねえ。それはいいとして、纏足の話。あんな窮屈なことをやったからには、なにか遺伝的な理由があるはず。ということです。でも、なんでそれが、男は指で女は足なのかという疑問を投げかけて終わり。(だからー男は指で決まるって何を根拠にしているの?)
 次の章はいきなり「源氏物語」の2大フェロモン男「薫の君」と「匂宮」で始まります。デートレイプについての記述が挟まり、混乱します。
 匂宮にやられちゃた浮船は結果匂宮を愛することになり、これは初デートでやっちゃった男のほうが、やらなかった男よりも、そのあとお付き合いできる可能性が高いという調査結果があるみたいなんですが、それについて竹内氏は「デートしたならそんなに嫌いな相手ではなかったということで、この話はなんとなくわかるような気がする」とあっけらかんとしたコメントを述べていますが、ちょっと待ってくれー、それじゃあ「のこのこついてきた女が悪い」と開き直るレイプ魔擁護しているみたいじゃないですかあ?元防衛庁長官だかの失言は「いかにもこんなオヤジいそうだわい」と流せましたが、同性にこんなこと言われるとショックだし、だいたいまたこういうのを鵜呑みにする男が出現しそうなので、勘弁してほしいです。

 それにしても動物行動学者って、いつも生き物をオス・メスとして判断しているので、こういう「性差別」的な発言には鈍感になってしまうのでしょうか?そう思えても仕方のないよな記述がこのあとも続々と出てきます。

 この章では「Tシャツを使った匂いの実験」が紹介されています。要は「男の匂いの染込んだシャツ」を女性29人がくんくん嗅いで、10段階評価をつけるというものです。
 Mちゃんと私が一時よくやった「市場調査アンケート」を思い出しました。発売前の食品を試食したり、パッケージデザインを見たりして、5段階評価をつけていくというものでしたが(30分くらい拘束されるが、1000円くらいの商品券や図書券がもらえるのでよくやりましたよね)これがけっこう微妙でした。
 もう明らかにこの味は嫌いというものだったら迷わず1に丸をつけられますが、3と4の違いってすごく微妙だし、最初に出されたものはいいとしても、5個目6個目になると、もうどうでもよくなって適当になってしまうのですが、この実験に参加した女性達は、そんな臭いものをなんと42枚も嗅いだようで、それはそれはご苦労様なんですが、やっぱり評価が高かったものでも5.7しか出ていなくて、これは多分「まあ、この程度なら許せる」という数字でしょう。
 で、その数字なんですが、シンメトリー度の最も高かった男の匂いが平均5.7で、非シンメトリー度1位の男の匂いが4.5だそうで、竹内氏は「女はちゃんと男の匂いを嗅ぎ分けている!」と結論づけていますが、学術的には問題のない数字なのかもしれませんが、自分の経験からするとその数字はあまりあてにはならないような気がするんですが・・・5段階でもあんなに投げやりになったのに、10段階評価では皆さんふつうもっと投げやりになりそうです。2と7くらい差がついたら大騒ぎしてもいいでしょうけど、あまり私はピンと来なかったのでした。
 だって、学校の成績が10段階評価だとして、5.7の子と4.5の子の学力にそれほど違いがあるように思えません。

 それはそうとして、ここでもの凄いことが語られています。この「匂いで嗅ぎ分ける」能力は排卵期の女性に強いようなのです。そして、ピルを飲んでいる女性は「匂いでシンメトリーな男嗅ぎ分けられない」という結果が出ています。これは納得できます。でも、それをさらに、「欧米で離婚が多いのは、ピル常用者が間違った男を選んでしまうからなのではないか」という、まさに「とんでもない」論理を展開します。つまり「ピルを使っている女はいい男を選べない」ということです。
 しかも、よくわからないのは、女性がこの嗅ぎ分け能力を持つのは女の「浮気性」の証明であるということ(要するに排卵期にダンナ以外の優秀な遺伝子をゲットしようという本能)と書いているのに、その本能を封じられた女性が離婚するという話はどう考えても混乱しています。百歩譲って、ピルを常用している人は優秀な遺伝子をゲットできないから、その子供にはシンメトリーは少ないとかいうなら、それもあんまりな話だけど、論旨としては外れていないけど、どうも竹内氏の言っているのは「女は並みの男と結婚するが、隙をみていい男の子供を作り、それをダンナにまんまと育てさせる」というようなことなので、そこで離婚云々というのは余計な話だと思いました。
 
 次の章は、顔からもフェロモンが出ててもいいじゃないという話と、女性のグループの月経周期がシンクロしているのもフェロモンの影響とかいう話で、フェロモンの重要性を訴えているらしい。そして、その流れで「ハゲ」の話題になります。「ハゲに胃がんが少ない」とかで、ハゲが強い個体であるということを強調しておいて、じゃあ何故女性はハゲがきらいなのかというと「ハゲは若い生殖能力が強いうちからハゲているわけではない。それどころかハゲてないときはかっこよかったりする。これはきっと歳をとったらモテなくなり、自分の子供の面倒をちゃんとみるようなからくりなのではないか」という、強引な仮説が述べられています。ハゲハゲと繰返されるので、ハゲる予定のない私でもなんか嫌になってきました。

 そしてハゲをどん底に突き落としてから、「スポーツ選手はどうしてハンサムばかりなの?」という、これもやはり「あんたの個人的な趣味だろう!」という話になります。顔の良さとシンメトリーの関係の研究を持ち出して、いきなり「顔のいい人はやっぱりシンメトリー」という結論になります。その辺の記述は長ったらしいので省きますが「顔の良さは免疫力や健康であるということをアピールしている」ということらしいです。
 でもスポーツ選手ってハンサムばかりですかねえ・・・中田がかっこいいと言われたのは最近だと思いますが、中田が凄かったのはあのルックスを「かっこいい」ということにしてしまったことだと思うのですが・・・最近はどのスポーツも「女性客」獲得に必死なのでマスコミには「顔のいい選手」がよく宣伝として登場しますので、そういう風潮はあるでしょうけど、一流スポーツ選手とランダムに集めた一般人とで比較すると「いい男」の割合はあまり変わらないと思います。ただ、どんな分野でも一流と言われる男には「自信に満ち溢れた顔つき」という女性の化粧なみの効果を持つものがまとわりつきますから、そのへんを混同しないでほしいなあ。

 だんだん、書くのがいやになってきましたが、がんばりましょう。もう少し!
 次の章では「美人」についてです。女性の美貌というものが「妊娠しやすいか」「たくさん子供を産めるか」ということ関連しているとかなんとか。まあいいやこれは、何もいいません。どーせ私は年増だし、子供も産んだことがありませんよ。すいませんね。
というわけで、「とんでも」以前に個人的に不愉快なので飛ばします。

 そしてまた指の話。ここで、竹内氏はやっと研究者らしき行動に及びます。「薬指より人差し指が長いほうが女らしい」という仮説を証明するために、マリリン・モンローの映画やスチールを集め徹底的に(?)調査しますが、はっきり証明できるようなものは発見できなかったようです。なぜ、松田優作には同じ調査を行わないのでしょうか?けっこうやり甲斐のある研究だと思うんですが。

 そして再び匂いの話に戻ります。なんだか、話の進みかたがよくわかりません。これも作戦なんでしょうか?
 女性が排卵期には浮気相手と交わる。という話がまた繰返されます。
 そのあと突然「女の匂いを男は嗅ぎ分けているか」という研究についての話になります。前出の「Tシャツ実験」と同じようなことを今度は男女の立場を逆にして行ったようですが、結果「顔の好みと匂いの好みは一致する」というものでした。「いい女はいい匂い」だそうです。でも、それと女性のシンメトリー度についてはまったく関係がないようなので、またしても私の「シンメトリーな女の立場」は玉砕されました。
 この章はなかなか展開が入り組んでいて、いったい何を言いたいのかよくわからんのですが、女の匂いについて述べているはずなのに「きっとキムタクは匂いがいいのだ」とか挟んでみたり、そうかと思うと写真を合成して「女性化した顔」「男性化した顔」についての好みの調査が延々と紹介されていて、やはりそれについても「ピルを飲んでいる女性は視覚的にもいい男を選べない」という話になり、最後に「排卵期に別に浮気するわけじゃないけど、いい男を見て素直に感じてときめくことができないという副作用がピルにはあるということは知っていたほうがいい」と締めくくっています。
 
 そんなにピルが憎いのでしょうか?それにピルを飲んでいる人達は当然いろいろな副作用についても熟知して納得しているでしょうし、そうでもなくて単に「好きなときに男とやりたいから」という理由で服用している人に、「ピルを飲んでると、キムタクや松田優作を観てもときめかなくなっちゃうわよ、それでもいいの?」と呼びかけたところで、なんの意味があるでしょうか?
 それにピルを飲まない場合の女性の本能というものが「今日は妊娠しそうだから、いい男見つけて、いい子供生まなくちゃ」というものだとしたら、逆にピルを飲んで「大して優秀じゃない」らしいパートナーをいちゃいちゃしていたほうが、幸せになれると思うんですけど・・・
 どうやら動物行動学者というものは、個人の幸せにつては無頓着なようです。

 最後の章は、なぜかロックバンドの話で始まります。ビジュアル系バンドの男の子たちの立ち居振る舞いと鳥のディスプレイ行為を比較して、「あの子たちは、女にモテるためにやっているのよ!」って、そんなの今更書くの恥ずかしくありませんか?「本人達に問いただせば絶対にそうに違いない」といいますが、本人達べつに隠してませんてば。インタビューなどでも堂々と「女の子にモテたくて、ギターを始めた」なんて決まり文句ですよ。
 
 そのあと、今までに出した「シンメトリーに関する結論」を箇条書きにして復習しはじめます。
 シンメトリーな男は浮気相手としてよく声がかかる。(つまり子孫を沢山残し易い)顔がいい。IQが高い。臭くない。女をイカせる。そして要するに、生殖能力(精子の質と量)が優れている。そして健康。
 と、おさらいしていきます。ここでやめておけばいいのに、竹内氏は自身の推論と断ってはありますが、「スポーツが得意・ダンスが得意・歌が上手い」と付け加えています。
 どうやらテレビで歌っていたスポーツ選手が歌が上手かったようで・・・下手な人は人前では歌わないだろうという想像力が働かないのでしょうか?歌が上手い歌手には顔がいい人が多い?もうこうなると、今まで読んできたものが、全てでたらめだと思われても仕方ないですよね。ついでに、竹内氏が持ち上げる(というか、紹介した)学者さんがたの研究までもすべてインチキかもしくは間違って紹介されていると疑うほうが普通でしょう。

 これだけでも充分なのに、なんとまだ続くのですよ、冒頭にロックの話をしたのは伏線だったらしく、ここでまたロックは性的表現なのだと繰返し、もううんざりしたところで、さらに「シンメトリーな男は・・・」と続けます。セックスが上手い、口説きが上手い、口が上手い、社交的、楽器の演奏が上手い、運転が上手い、金儲けが上手い・・・
 本当にこう書いてあるんです!信じて下さい!本を横に置いて書いているんですから。
 でも、いきなりどういう論理展開なのだろうか、と思いましたが、どうも「優れたロックミュージシャンはきっとシンメトリーな男に違いない、だからきっとこういう性質も持ちあわせているだろう」という理論展開というか、そういう思い込みみたいですけど、なにが根拠になっているのかさっぱりわかりません。
 それで、また根拠不明ですが「坂本竜馬もきっとシンメトリーだったにちがいない」とか言い出すし、「石原裕次郎も長谷川一夫も阪東妻三郎もみんなシンメトリー!」もうなにもいえません。でも、この記述でわかったことは、竹内氏が想定している読者ってかなり年齢層が上みたいですね。このメンツを見て、「この人いったい何歳?」と思って、著者紹介を確認したら1956年生まれで、私とちょうど10歳違いです。だとしたら、70年代に青春を送っていたはずで「セックス・ドラッグ・ロックンンロール」という概念もよくご存知のはずではないのでしょうか?それとも、勉強ばかりなさっていて、「ロックは不良の聴くもの」だと教育されたのでしょうか?そして、竹内ファンというのは、田村正和のことを「阪妻の息子」と呼ぶような世代なのでしょうか?
 ひょっとして、そういう往年のスターを列挙するのは「では彼らが、本当にシンメトリーか検証する」という手間を惜しんでいるのかもしれません。松田優作、坂本竜馬もしかり。ためしに、アンアンの「いい男特集」でランクインしたタレントや著名人を測定してみようとどうして考えないのでしょう?楽しそうなのになあ、私がもし、こういう本書いて、そこそこ話題になったなら、ぜったいにこの企画をアンアンに持ち込みますね。
 
 そのへん疑問に思いながら本文に戻ると、さらにエスカレートしていて「シンメトリーな男というのは要するに、ルックルがよく、真に賢く、そして不良である」という結論が堂々と述べられていて、なんか裕次郎追悼特集号の巻末に捧げる一説みたいですね。多分このあたりの記述は「裕次郎こそシンメトリーな男」という大前提のみが暴走していると考えて間違いないと思います。

 さらに締めくくりは「でも、世の中の大多数はシンメトリーではないのだ」そりゃあ、裕次郎なんてそうそういませんよね「でも、彼らだって生存競争に打ち勝ってこんなにまだ生き残っているのだ」でも、今までの話だと、逆に世の中裕次郎ばかりになってもいいはずですよねえ「彼らが自己防衛のために打ち出した策が『不良はいかん』という定説を広めることだった!」
 そうらしいですよ。だからタバコは若いうちから吸うなとか、若いうちから女遊びするのは不良だとか、ロックなんてけしからんとか言って「シンメトリーな男の足を引っ張ろう」としているというわけらしいです。
 さらにシンメトリーな男は生まれつき頭がよくて勉強しなかったりして学校中退したりするから不良呼ばわりされて不当に評価されるように仕向けられているとか・・・・本人もこのあたりは「空想」と述べていますが、それにしてもすごい。

 で、落ちも用意してあって、この「裕次郎」タイプって自分のシンメトリーさを誇示するために、免疫機能を抑制しているそうなんです。(免疫機能を抑制しても、シンメトリーをアピールできるということは相当優秀な個体であるということらしいです)よって、弱点は「長生きできない」こと。でも、本来の目的である「若いうちからバンバン女とやって、それも排卵期の女にはモテモテなので、子孫を沢山残せる」ということなので、たいした弱点ではないみたいです。遺伝子的に考えればね。

 ちゃんちゃん!! というわけで、この本の内容なざっとこんなもんでした。
 噂には聞いていたけれど、ここまで凄いとは思ってなかったので、もう開いた口がふさがらないし、だいたい、どうしてこんなもんがそれなりに売れるのかもわけわかりませんが、インターネットで検索してみると「見事にだまされちゃった人たち」の「これで人生変わりました」とか「遺伝子の話の優れた入門書」だとか書いた文章が続々と発見されるので、世の中よくわかりませんし、それに対するきちんとした反論や指摘は見あたらなかったけど、最初に書いたとおり「まともな人はまともにとりあわないくらいまともじゃない本」なので、私みたいな「科学的素養のない人間」がこういうふうに突っ込みをいれていく程度で充分ではないでしょうか。
 だいたいこれだけ突っ込ませてくれる「とんでも科学本」もめずらしいと思いましたけれど、他もこんなもんなのかなあ?
 だって、竹内氏の見解にはどこにも科学者としての視点がないんだもん。

 全体として胡散臭いのは「シンメトリーというのは淘汰の結果」というのですが、たしかにツバメだの昆虫などは長い進化の歴史を経て今の生態にたどりついているのでしょうから、それは認めますが、それを競馬馬みたいな「人間によって作られた生き物」や、人間のここ数千年で文化というものが発達した結果の上での「優秀な個体」というものを同じ土俵で論じてよいのかという素朴な疑問が湧きます。
 もちろん今でも人間の中ではお互いの生殖能力を無意識に探っていることはあるのでしょう。たとえ、優秀な子孫を多く残すことがすなわち勝者という世の中ではなくなっていても、遺伝子に組み込まれた情報が変化するのには長い時間がかかります。 でも、それなのに「男は女の細いウエストを好むが、未開社会では飢餓が重要課題なので、まだずん胴の女を好む傾向がある」みたいなことが書かれていると、「でも、今の先進国だって、飢餓が現実だったのはほんの前のことではないか?だいたいちょっと昔の女優の写真を見れば、当時の男性はあまり細いウエストには固執していないような気がする。ウエストの好みの変化はせいぜい2世代くらいの間に起こったことであり、そういう短い期間に起こったことまでも、淘汰の結果と並べてしまうのはよくわからん」とか考えてしまいました。

 そして、いくら「シンメトリーな男は優秀」とされていても、結局「シンメトリー度」を計るためには、0.1ミリ単位で計測しなければならないようなので、それを知っていても実生活には何も役に立ちません。
 その気になれば、「平均的シンメトリー度」の数値を手に入れて、自分の彼氏を丹念に測定して「彼と結婚すべきか」の判断材料にするということもできるでしょうけど、それはあくまでも「彼が生物学的に優秀かどうか」の基準であって、その後幸せになれるかどうかは全くわかりません。
 けっきょく、「いい男はシンメトリー」という「秋田県には美人が多い」とかいうのと同じくらい「どうでもいいこと」がわかったというだけです。

 それでも、学問というものは「役に立つかどうか」ではなくて「面白いかどうか」も、少なくとも私には重要だし、竹内氏も多分そういうことを目指しているのでしょうけれど、それにしてももう少しやり方というものがあると思います。

 あーあ、なんか時間の無駄だったな。しかも、怒りのあまり、こんな長い手紙を書く羽目になってしまいました。
 この手紙を読むよりも、Mちゃんが「シンメトリーな男」を読んだほうが早かったかもね。でも、読みたくないでしょ?私が書いたものの方が、かなりましでしょ?
 これで、先の失言の埋め合わせになれば幸いです。

 では、またなんかネタがあったら「朝まで長電話」しようね。
 
 

表紙に戻る / 目録に戻る