ロマンチックはお好きですか?


2000年10月25日     
 別に日記に書いてもいいような話なのですが、長くなるので別紙明細にしておきました。

 2年ほど前の1月に大雪が降り、東京もかなりの積雪があったのですが、当時失業中だった私は「あーあ、御出勤の方々はご苦労様です。あたしは、家でじっとしてられるもんね〜」と、大いばりで閉じこもっていました。
 神様はそんな私をお許しにならなかったようで、2日間一歩も家から出なかった私に「天使の一撃」(所謂ぎっくり腰)をお見舞いして下さいました。

 おかげで、次の日も一歩も外に出られなくて、「このままでは飢え死にしてしまう」と思ったのですが、翌日はなんとか歩けたので、雪もすっかり消え去った中をよろよろと近所の整体医院に向かいました。
 以前、同じようにぎっくり腰に見舞われたときには、別の医者にかかっていたのですが、けっこういい値段だったので、行かなくなっていたので「また、なにかあったら今度はここに行ってみよう」と、よく家のポストに投げ入れられていたチラシを保管しておいたのです。

 その整体医院は中国人の経営で、都内数箇所に支店があるようでした。最初に行ったときには、土井たか子みたいな貫禄のあるオバサン先生が看てくれましたが、その次から彼女の姿はなく、20代後半〜30代前半くらいの、要するに私とそれほど年が変わらないくらいの中国人青年が私の担当になりました。痩せ型で眼鏡をかけている、やや神経質そうな人でした。

 あんまり上手とはいえませんでしたが、値段のわりには丁寧にやってくれて、おかげで腰の調子もよくなってきたので、週に一回のペースで通っていました。帰りに「次の予約は?」と言われてしまうので、断ち切るのもなかなか難しいのです。
 最初は、彼も黙々とやっていてくれたのですが、そのうちになにかと話しかけてくるようになりました。

 「仕事 なんですか?」

 通っているうちに、例の(?)怪しげな「マルチメディア・コンテンツ企画制作コンサルティング」の会社を手伝いはじめていたので、果たして日本語もカタコトな彼に通じるかと思ったのですが、どう表現していいのかわからなかったので、そのまま伝えると

 「仕事 好きですか?」

 実はあんまりその仕事は好きではなくて、いろいろ苦労があったので、適当に返事しとけばよかったのですが、生真面目そうな彼が一生懸命カタコトで話し掛けてくるので

 「う〜ん、まだ始めたばかりでよくわからないんだけどね。でも、いいの。私は仕事とプライベートは切り離して考えてるから。仕事以外でもいろいろ楽しいことあるし。でも働かないと遊ぶこともできないじゃない?だから、いいの。仕事はなんでも」

 と、ついつい愚痴ってしまいました。それが、彼の心にヒットしたようで、今度は向こうの身の上話も聞いてしまいました。
 上海で貿易の会社を友人とやっていたようなのですが、あまりうまくは行かなかったようで、何の因果か日本でマッサージの仕事をしているようなのです。

 それはいいとしても、マッサージ中にそういう重たい話をするのは、あまり気が進みませんでした。なんかもっとリラックスして受けたいのですが、その後も彼はいろいろと話しかけてきます。話ていてわかったのですが、発音は悪いけど、日常会話よりはレベルが上のようで、こっちが多少難しいとこを言ってもわかるようなので、だんだん私も普通の友達に話すようにベラベラ喋るようになっていました。

 ある日、私がまたマッサージを受けながら仕事の愚痴(彼がその話を聞きたがるので)を披露していたら、

「あなた とても知識 ある、自分の考え ちゃんとある、すばらしい。他の人、旅行と料理の話 ばかり」

と、誉められました。背中ぽんぽんたたかれて・・・・
 別に誉められてもなあ・・・なんでこう、「にっこり微笑まない民族」(過去にMBAなエリートイラン人から熱烈なラブレターを貰った経験あり)に人気があるんだろうか?日本じゃ一生うだつが上がらないみたいだから、いっそ海外で働いたほうが、成功するのかもしれない・・・などとぼんやり考えました。
 しかしその後、たまたま他の客がとなりのベッド(カーテンで仕切られている)で喋っているのを耳にしたら、「この間、教えてもらった中華のお店行ったわよ。けっこう美味しかったわ。他にいいお店ない?」などと、話していて、なるほど、わりと中年女性客が多いので、オバサマ方は「中国人との共通の話題は中華料理か中国旅行」と決め付けているのではないかと想像できます。
 そして、先生方はそういう会話にうんざりしているようなのです。なので、違うジャンルの話のできる私の評価が相対的に高くなっているらしいということが判明しました。

 私の担当のA先生以外にいつもいたのがB先生でした。
 ある日、マッサージが終わって支払するときになってA先生が
「三軒茶屋 下町?山の手?」
 と妙な質問をしてくるので、「三茶なんて、東京のはずれも外れです。だって、東京駅とか皇居が中心でしょ?新宿なんて昔は宿場街だったんだから、それよりも外側にある世田谷なんて、単なる田舎」と、世田谷育ちではないので歴史もよく知らないのですが、口からでまかせで一席ぶったら、A先生もB先生も真剣な眼差しで私のでたらめ講義に耳を傾けています。

A「うんうん。Bさん、彼女 すごい。知識 ある。立派」
B「うんうん。すごい 勉強 なる」

 二人の中国人青年に誉め殺しに遭い、申し訳なくなりましたが、それよりも「30分も講義したんだから、マッサージ代まけろよ。あたし客なんすけど・・・」とも思いました。

 前置きが長くなりました。
 そういう雰囲気の中で、あるときにA先生が

あなた、ロマンチック、好きですか?

 と謎の質問をしてきました。意味がよくわかりません。私はおろおろしながら「え?まあ一応、けっこうロマンチストのつもりなんですが・・・えへへ」と答えましたが、A先生はそれに対してこれといった反応もしてくれませんでした。

 なんなんだいったい?何がロマンチックなのか?中国と日本ではロマンチックの定義は一緒なのか違うのか?
 それともなんだろう、この人はもしかして私のことが好きになってしまったんだろうか?
 いや、別にいいけど、こうして背中からお尻までまんべんなく触わられている状態で愛の告白をされてもちょっとなあ・・・
 しかし、前向きに考えれば、この人とお付き合いすれば、タダでマッサージしてもらえんのかなあ?
 いやいや、2500円くらいで身を売ってどうする。市場に出せばもうちょっと高値が付くはずだ。
 だいたい、仕事ではこうして丁寧にやってくれても、自分の彼女に同じようにサービスしてくれるかは疑問だぞ。

 いろいろな妄想が頭を駆け巡りました。当時、友達には「あたし、上海にお嫁にいくことになるかもしれない」とか言って笑いをとっていました。
 それは冗談だとしても、このまま通いつづけていいのか迷いました。でも、向こうの真意がさっぱりわからなくて、中国4000年の無表情は、私の30年の無表情には難易度高いので、「考えすぎは悪い癖だ」と自分に言い聞かせ、その後も通いました。

 B先生は、ホームシックのためか、やや情緒不安定気味で、ときどき大声でけたたましく笑ったりしていました。私の治療中にA先生と中国語で会話していたときに、なんか奇声を上げたのでA先生が通訳してくれました。

A 「B先生 昨日 パチンコ お金なくした」

 ちょうど、私も友人が「金が無かったので、ひと稼ぎしようとなけなしの5000円持って打ちにいったが、全部つぎ込んでもさっぱり当たりが来なかった。もう少しやれば絶対に来ると思って、マル○のカードであと1万円キャッシングしたが、やっぱり負けた。」というダメダメな話をしていたので、「ああ、わたしの友達もね・・・」とその話を披露しました。

 カーテンの向こうでB先生が爆笑しています。ああ、やはりギャンブルの話は世界共通なんだなと思っていると、

B 「それ Aさん 好きな話」

 ふとA先生の顔を見ると、中国4000年の無表情の万里の長城が崩壊していて、見たこともないほどニッコニコしていてとても嬉しそうです。
 そして、不審がる私の背中をばしばし叩きながら

A 「あなた いい友達 ある すごくロマンチック

 中国人のロマンチックって「生活費にも困っているのに、ギャンブルに夢をかけ、さらに借金を増やす」ってことなんですか?

 私は当然、思い切り抗議しました。

私 「え?そういうのはロマンチックっていうんですか?私には単なるバカだとしか思えませんが・・・」

 A先生は、こう答えました。

A 「あなた ロマンチック 少ない。もっと ロマンチック なる

 絶対にいやです。
 
 やはり国際交流って難しいのですね。
 その後、腰の具合もよくなり、仕事も忙しくなったので、予約をばっくれて2度と行きませんでした。
 彼らはその後もロマンチック街道をひた走っているのでしょうか?


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