本当にあった怖い話


2000年8月12日
 夏なので怪談です。
 
 怪談というよりも、「トワイライト・ゾーン」な話なので、たいして怖くありませんが、一応私が関わった実話なのです。ですからとても貴重です。これしかないのです。これを発表てしまうと、もう来年のネタはないのです。

 関わったと申しましても、実際にトワイライトな世界に踏み込んだのは残念ながら私ではありません。私はちょっとお手伝いをしただけです。

 当時私は、テレビ番組及びCMの制作会社で働いていました。いわゆる「プロダクション」というところです。仕事はCM制作部門のアシスタントで、要は雑用係です。
 ある日、撮影でスタジオに入っている吉田さん(仮名)から電話がありました。

 「わるいんだけど、僕の名刺フォルダーから探してほしいんだけど・・・」

 吉田さんは、整理上手な方で、名刺も専用の箱にきちんと納められておりますので、探すのは簡単でした。
 佐藤ゆり子さん(仮名)というナレーターの方の名刺をすぐに見つけると、記載されている電話番号を吉田さんに伝えました。

 ところが、それから5分くらいして、また吉田さんから電話がありました。
 
 「ごめん。もう一度さっきの名刺探してもらえる?なんか違うところにかかっちゃたみたいなんだ」

 あれ?私が読み間違えたかな、と思い、慌ててまた名刺を探して読み上げました。

 「あれえ?合ってるよなあ・・・おっかしいなあ・・・まあいいや、ありがとう」

 なにか様子が変でしたが、とりあえず私が何か間違ったわけではないようでしたので、その場はそれで終わりました。

 私が登場するのはこれだけです。
 こんなやりとりは日常茶飯事なので、特に印象的な出来事でもありませんでした。

 それからかなり時間が経ち、1年か2年くらい後だと思いますが、忘年会か何かの2次会で、渋く六本木のバーで飲んでいました。当時はまだ「バブリー」なころでしたので、終電が無くなったあとタクシーをつかまえるのがとても困難な時代でした。「迎車」を呼ぶためにタクシー会社に電話しても延々話し中なので、1時や2時になってしまった場合には「2時過ぎるまで時間潰そう」ということになり、深夜のバーはけっこう賑わっていたものです。

 そこに残ったメンツは、わりと若い人ばかりだったので、気楽に酔っ払っていたのですが、なぜかいつの間にか話題が「怖い話」になっていました。

 なにせ業界ですし、人の出入りの激しい職場ですから、みんなけっこうそういう話を知っていて、「どこそこスタジオはやはり出るらしい」とか「誰それのマネージャーから聞いた地方のホテルの話」とか、普段テレビなどでも芸能人が喋っているような内容のものが次々に発表されました。

 そんな中で突然、吉田さんが、
「これは、僕が体験した話なんだけどさあ・・・」
と言い出したので、皆、「また聞き」ではない話に思わず膝を寄せました。

 そして吉田さんの話が始まると、真っ先に私が、
「あ、その話、私憶えてます。あった、あった、そういうこと。」
と言い出すので、場はますます盛り上がりました。

 以下、吉田さんの話です。

 スタジオでのCM撮影の合間に吉田さんはディレクターに
 「ところで、ナレーションはどうします?」
 と聞いたところ、ディレクターが
 「前に仕事をした人でこういう人がいるんだけど、そのイメージだなあ。でもあの子たしかフリーだったから連絡先わかるかなあ」
 と答えました。
 
 たまたま、そのナレーターと吉田さんも仕事をしたことがあったので、たしか名刺があるはずだ、今のうちにスケジュール確認しておこうと、会社に電話をかけたのです。
 その電話を受けたのが私でした。

 撮影の合間を縫って、佐藤さんに電話をしてみると、違う家にかかってしまったので、メモの書き間違いか、私の言い間違いなんだろうと、また会社に電話して確認したところ、番号は違っていませんでした。

 「だったら、ダイヤルを間違ったかな?」
 と思い、もう一度かけ直してみました。

 
 「もしもし、田中でございます」

 やはり、先ほどと同じく、違う家にかかってしまいました。しかし、念のため、

 「すいません、そちらの電話番号は○○○−○○○○番ではありませんか?」

 と、確認してみると、電話口に出た女性が、
 
 「あら、それはうちの電話番号ですねえ・・・」

 と、言うので、吉田さんはさらに念のため、

 「あのう、佐藤ゆり子さんという方はそちらにいらっしゃいませんでしょうか?」

 と、聞いてみました。すると、
 
 「あら、それは私です。旧姓が佐藤なんです」
との答え。

 なんだ、なんだ、そうだったんだ、と吉田さんは早速仕事の話を始めました。

 「わたくし、以前A社の制作(テレビ番組でいえばADですが、CMの世界では制作進行の略でこう言われてました)だった吉田と申します。○○のナレーションでお世話になったのですが、今はB社で仕事しているんですが、今制作しているCMのナレーションをお願いしようかと思いまして、まだ決定ではないのですが、スケジュールの確認をしたいと思いましてお電話したのですが・・・」

 ところが、ゆり子さんの反応がいまひとつ悪いのです。
 普通、こういうフリーで仕事している人は仕事の話しには飛びついてくるものなのに、なんか変だなと吉田さんが思っていると、ゆり子さんも何か戸惑った様子で、
 
 「あのお、たしかに以前そういうお仕事していましたが、もう10年くらい前に結婚してからお仕事してなかったんですけど・・・」
 と、お話になる後ろでは確かに赤ん坊が泣く声が聞こえています。

 吉田さんは慌てて
 「そうですか、それは失礼しました」
と、電話を切ったのですが、よくよく考えてみると彼女は「10年前に辞めた」と言っていましたが、吉田さんは20代後半。まだ10年も働いていません。それに記憶では前に仕事を依頼したのは、せいぜい5年前くらいのような・・・でも、向こうも驚いていたので多少大袈裟に言ったのかもしれないと、釈然としないまま無理矢理納得していました。

 ところがその数日後、別の仕事の用事で録音スタジオに行ったときに、佐藤さんが所属するナレーション事務所のマネージャーにばったり会ったのです。(佐藤さんは基本的にフリーでしたが、事務所にも所属していました。そういう人もわりと珍しいです)

 そのマネージャーに「佐藤さんに連絡をとったんだけど、もう仕事していないんですね」と言ってみたら、

 「え?佐藤?辞めてませんよ!」
 
 と、いうのでまた驚いたのですが、そのマネージャーがすぐにスケジュールを確認してくれて、あれよあれよという間にOKが出たので、ナレーション録りの当日を迎えることになったのです。

 さて当日、その佐藤さんは、吉田さんと以前仕事したこともちゃんと憶えていて、物事はあっけないほど普通に進みました。
 
 吉田さんは電話の話をしようかどうしようか迷ったようですが、きっとなにか誤解があったのに違いないと思い、佐藤さんとディレクターとの3人にだけなったときに、不思議な電話の話をしてみたのです。

 「なーんだ、それは実はね!」
と言ってくれることを密かに期待していたのですが、佐藤さんはその話を聞いたあとにいきなり泣き出してしまったのです。慌てる吉田さんとディレクターでしたが、佐藤さんは、

 「だって、10年後に吉田さんから電話がかかってきたら・・・どうしよう・・・こわい」

 この話には、後日談があり、数ヶ月後、吉田さんは例のマネージャーさんとまたまた偶然会いました。(こういうのは狭い業界であることの証明なだけで怪談ではありません)
 吉田さんが、「先日は佐藤さんにお世話になりました」と挨拶代わりに言うと、そのマネージャーが、

 「いやー、実はあの子、辞めてもらったんですよ。子供ができちゃったらしいんで・・・・」
と、言うではりませんか。

 今、子供が出来て、仕事を辞めて、結婚して、そして10年後に・・・

 なんとも不思議な話です。本当に吉田さんのかけた電話は「未来」に繋がっていたのでしょうか?

 あれからもう10年経ちましたが、彼女のところに吉田さんからの電話が果たしてあったのか、それを確認することができないのが残念です。

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