真夜中の朗読会 バロウズ編


2001年3月20日

  「山形道場」発売記念の山形氏の講演を聴きにいきましたら、なにやらバロウズ本の企画があるとかで、「爆発した切符」の山形氏最新訳が紹介されているレジュメが配布されたりしていて、講演の最中に山形氏が「では、ちょっと読んでみてください。3分です」と、英検の試験官のように言う場面もありましたので、読んでみたところ、急に思い出したのが以下のエピソードです。

 私がしたことは、世界一正しかったと今だに信じています。
 バロウズの小説が読みづらいという方には、この方法で瞬時に中級者になれることを保証いたします。


 今を溯ること10年くらい前のお話です。
 私は千葉の実家を出て独り暮らしを始めました。狭いアパートで、ロフト付きでした。
 ロフトといってもやっと布団が敷けるくらいのスペースでしたので、そこをベッドにしていました。

 そこに住み始めて1ヶ月も経たないころ、夜中の電話で目が覚めました。ロフトで寝てましたから、半分寝ぼけながらハシゴを降り、電話を取りました。

   もしもし?
相手 もしもし?・・・今、ひとり?
   は?
相手 起きてた?
私  ・・・・寝てましたけど・・・・・
相手 ねえ・・・話相手になってよ・・・・

 時計を見たら午前2時でした。しかも平日でした。

 「これが、噂に聞く、いたずら電話ってやつか!?」

(ちなみに、当時いたずら電話の話をしていたら「僕のところにはそんなのかかってこないけど、どうして電話番号だけで男女がわかるんだろう」と言った男の子がいました。「それは、でたらめに番号を押して、電話口に出たのが男だと切っちゃうからじゃないの?」と言ったら「そういえば、間違い電話はよくかかってきてムカツクんだよ!あれだったのか!」ですって・・・・男の子って呑気だなと思いました)

 さて、電話に戻りますが、私は半分寝ぼけておりましたが、だんだんと意識が戻ってきましたので「さあて、こりゃあ、どうしたらよいのかなあ?」と頭を巡らせました。

 友人たちのイタ電撃退エピソードを聞かされていて、「私もいざというときは参考にしよう」と思っていたのは
 

 などでした。
 しかし、「テープを聴かせる」には夜中の防音の悪い安アパートでは、問題がありますので、同じくらい相手にダメージを与えるといったら・・・・
 
 さて、そんな私の思考の間にもイタ電氏はなにやらブツブツ要求していました。

イタ電君(以下 イ) 学生さんなの?
 あなたに教える義務はありません
 ねえねえ、テレホン・セックスしない?
 夜中の2時に叩き起こされて、そんなもんする人いるんですか?
 いいじゃ〜ん、やろうよ〜
 すいません。私、そういうのやったことないので、やり方もわかりません。お役に立てないと思います。
 いいじゃ〜ん、大丈夫だって〜

 なにが大丈夫なのかわかりませんが、相手はかなり強引なやつでした。もっとも、普通こういう電話をとってしまった女の子はガチャンと切るはずなので、なにやら話をしてしまっている私は脈ありだと思われたのでしょう。それにしてもなれなれしい喋り方で、さすがの温和な私もかなりムっとしていました。

 そうですねえ・・・せっかくこんな夜中にわざわざ電話してもらったことですし、協力するのはやぶさかではないのですが、テレホン・セックスはあまりやりたくないので・・・・・私、ちょうど読みかけの本がありますんで、それを朗読することにします。
 ・・・・・は?

 丁度、目の前には数冊の本がありました。
 その中には、W.S.バロウズの「シティーズ オブ ザ レッド ナイト」がありました。(思潮社 飯田隆昭訳 以下太字はそこからの引用です)

 多分、あの当時「本を読む女」とかいう映画も観ていたので「朗読」というのがしてみたかったのかもしれません。
 
 向こうはかなり虚を衝かれたようでした。その反応に気をよくして、私はさっそく読み始めました。
 丁度、「シティーズ オブ ザ レッド ナイト」という章でした。

 「シティーズ・オブ・ザ・レッド・ナイト」に含まれる都市の数は六つある。・・・・中略
 以上の六都市に加え多数の村落や遊動民族が存在していた。食料は豊富にあり、ある一時期人口は全く安定していた。人が死なないかぎり生まれることはなかったのである。
 住民はトランスマイグランツという少数のエリート・・・・

 なんだよ。それ、なんなんだよ・・・・おい!・・・もしもし?!おい!

 イタ電氏はなにやら一生懸命叫んでましたが、そのうちに電話を切ってしまいました。
 私がほっとしたのもつかの間、また電話がなりました。リダイヤルしているのですね。深呼吸してから電話を取ると、私はそのまま続きを読み始めました。
 

 彼はすでにレセプタクルズの両親を選んでいて彼らは死の床に呼び出される。

 ねえ、そんなのいいからさあ。たのしいことしようよ・・・

 そこで彼らは性行を営み、老人のトランスマイグランツが死を迎える同じ瞬間にオルガスムに達する

 ねえ、ねえ・・・・もしもし?

 ・・・たいていの場合、死を迎える正確な時刻および方法を決めておくことが可能だったからである。

 あんた、なんか変じゃない?

 夜中の2時に電話してくれるような最低のやつに「変」と称されて、ちょっとムっとしましたが、向こうが戸惑っているのもわかったので、無視してそのまま読みつづけました。
 そうしたら、向こうはまた電話を切ってしまいました。でも、またすぐにかかってきました。今度も素早く受話器を取ると私はまた続きを読みはじめました。

 はあ・・・・はあ・・・・はあ・・・・・

 ちょっと文字で表現するのが困難になってきましたが、3回目にして向こうも作戦を変えてきたようで、いきなり喘ぎ声でした。
 さすがの私もちょっと怯みましたが、「ここで負けてはいかん」と気合を入れ直して、朗読を続けました。

 今や何百人という女がたった一度の精液注入で妊娠させられてしまうようになったのである。そして・・・

 見知らぬ男性の喘ぎ声を聞きながら読むにしては、あまりにも的確なところを読んでいることに気が付き、ちょっと嫌になってきましたが、このような状況下で、お互いをBGMに「朗読をする」「マスターベーションをする」というのは、滅多にない機会であると思いました。
 というよりも「う〜〜ん。なんだかすごいことになってしまったぞ。しかし、向こうにはなにがどうすごいのか多分わかっていないだろう。つうことは、主導権はこっちにあるのかしらん」と、わけわかんないけど、ちょっとこの状況がおもしろくなってしまったので、そのまま読みつづけました。

 ファイヤーボーイズは、死の瞬間にオルガズムが得られるよう性器に防火処置が施された後、レセプタクルズの面前で火に焼かれて死ぬ。

 は・・・あ・・・・はあ、はあ、はあ・・・はあ・・・・

 今となってはよく憶えておりませんが、けっこう相手は長いこと頑張っていたと思います。そしてだんだんと呼吸が荒くなってきたようでした。「なかなかいいところを読んであげているのだが、そこんとこわかってくれるといいのになあ」と思いながら、先を続けました。

 炎が私の体の周りを包んだ時、・・・・略・・・・最も恐ろしい苦痛が何とも言えぬ無上の快楽に変わると同時に・・・・略・・・・その時私は、他のものに尻を掘られている最中の若いレセプタクルズの中で射精していたのでした。

 おお!このあたりで向こうも果ててくれれば、私は感激のあまり彼の電話番号くらい聞いていたかもしれませんが、そうそう物事は自分にだけ都合よくは運ばないようです。
 でも、それからすぐに、喘ぎ声はおさまって、短い沈黙のあとに、

 あんた・・・イヤな女だって言われるだろう・・・・・

 と、イタ電氏は短い捨てゼリフを残して電話を切ってしまいました。

 ええ?こんなに協力してあげたのに「イヤな女?」そ・・・・そんな・・・・・!!
 かなり傷つきましたが、それよりも、まだその章は読み終わってないのにBGMが消えてきまったことがちょっと淋しくなりました。

 次にかけてきてくれたら、今度は「裸のランチ」にしよう。

 と、密かに楽しみにしていたのに、二度とかけてきてくれませんでした。

 というわけで、今でも私が一番好きなのは「シティーズ・オブ・ザ・レッド・ナイト」なのです。


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