可燃物な日々

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日本酒8合飲んだ勢いで、新しい掲示板を作りました

3月31日(火)

 志村けんがコロナ感染で亡くなって、大騒ぎである。

 そして、土日にはそこそこ補充されていたスーパーの棚だが、今日はミネラルウォーターの棚がスカスカになっていて「いや、だから欧米でも生活必需品の供給は止まってないんだから」って思うけど、雰囲気的に災害備蓄モードになっているらしい。

3月28日(土)

●「ゆとりですがなにか」2016年日テレ

 HULUの在宅支援無料サービスで「Q10」見てて「10年前の佐藤健と今の恋つづの佐藤健が同時進行できて面白かったあ」って大満足だったのだが、「次はどれかな?」って、放送当時はほとんど見てなかったクドカン脚本の「ゆとりですがなにか」を見てみた。

 すっげー面白い。
 私はどうして放送当時に見てなかったのだろうか?


 答え。
 日曜日は真田丸に夢中だったから、その後のドラマ見る脳の空き容量がなかった。

 2016年は「真田丸」で、2017年は「おんな城主直虎」で、どちらも情報量がとても多かったので、その後のドラマ見る心の余裕がなかったのである。
 そういう意味では、今やっている「麒麟が来る」は重厚なようで、見やすく作ってあるので「テセウスの船」にたどり着けたっていうか、「テセウスの船」も複雑なようで単純な話だったからね。

 で、「ゆとりですが」を見てなかったのは、元々クドカンが苦手なのもあり、岡田将生や松坂桃李に全く興味がなかったからなんだろうけど、今の私は松坂桃李2級、岡田将生3級くらいには腕を上げており、彼らの「20代後半の最高演技」みたいなのを見たつもりになっているので、4年前の、まだ「ただのイケメン俳優」だった頃の彼らの代表作というか出世作である「ゆとりですが」を見てみたら、超おもしろいじゃんねー(「いだてん」のまーちゃんが憑依)

てゆーか、「いだてん」を参考記録とするなら(大河ドラマなので別格)、クドカン脚本の最高傑作なのではないか?
 てゆーか、私が苦手とする「クドカン独特の遊びというか、悪ふざけ」がほぼ封印されている。

 あるとすれば、柳楽優弥が演じるキャラが「マリブ」っていうふざけた名前で、その子供が「セレブ」だったりするところとか(異母妹はマウイ。某欧米セレブの子供の名前に地名つけるをモジっている)、松坂桃李の童貞が執拗にイジられるあたりか?

 それも、たぶんリアルタイムだったら、童貞や「おっぱい」が連呼されるあたりで離脱していたのかもしれないけど、その後の「娼年」で「松坂桃李の尻を人生二回分くらい見てしまった」身としては、松坂桃李の童貞演技が可愛ゆくってさ。

 だいたい、主演が岡田将生で、その彼女が安藤サクラって、4年後の今だと格が完全に違うというか、不釣り合いというか、会社で同僚M嬢に「岡田将生の彼女が安藤サクラだった」って言ったら「え?同世代じゃないでしょ?」って言われたけど、今だと確かにそういうイメージですが、4年前だとあれでよかったんですかね?

 まあ、でも、安藤サクラの一般的知名度が上昇したのはこのドラマだったらしいし、だから「安藤サクラじゃ、ちょっと年上なんじゃ」って今見ると思うけど、放送当時は安藤サクラが一番、登場人物の実年齢に近くて、岡田将生・松坂桃李・柳楽優弥は3歳くらい若かったんです。

 しかし、今さら見てみると、物凄い盤石キャスティング。

 だから、岡田将生・松坂桃李・柳楽優弥がアンボンタンというかブーフーウー的なキャスティングというのも今からすれば凄いけど、その3人を繋げる「レンタルおやじ」が吉田鋼太郎っていうのも凄い。

 「おっさんずラブ」でもシェイクスピア俳優・吉田鋼太郎と怒鳴りあう田中圭が面白かったのですが、「ゆとりですが」で一番声出てるの岡田将生で、私は舞台の上で吉田鋼太郎よりもワーワー叫ぶ岡田将生が見てみたくなりました。
 上手さでいえば、松坂桃李の方が上手いんだけど、ワーワー言って走り回る岡田将生の力技はほんと侮れない。  あと、岡田将生の兄役が高橋洋というのもツボだし「ゆとりモンスター」な太賀も最高だし、オカダマの上司は手塚とおるだし、オカダマが店長を務める居酒屋のバイトには矢本悠馬だし、さらには童貞の松坂桃李を振り回す魔性の女は吉岡里帆で、その年下の彼氏が北村匠海とか、ほんと凄いキャスティングである。

 なので脚本もキャスティングも素晴らしいのだが、演出も素晴らしい。
 水田伸生って坂元裕二脚本のイメージが強いけど、こういうシリアスじゃない話の方がテンポ良くて面白いのかも。そっか、坂元裕二脚本の「モザイク・ジャパン」も水田伸生演出だったか。
 あれは坂元裕二がエロ方面に「悪ノリ」した感じの作品だったけど、「ゆとりですが」はクドカンが社会派やってみましたって作品なので、水田伸生はそういうギャップ的なものが得意なのかもしれない。

 このドラマには「山岸ですがなにか」っていうHuluのスピンオフドラマがあって、それも初めて見たのだが、こっちはかなりメタな作りで、「クドカンほんと天才だな」と感激した。

 普段は、こういう「動画配信だけのスピンオフ」を見ないし、たまに見ても「まあ暇つぶしには悪くないな」って程度だったが、たまにこういう「スピンオフだからこそできる、本気の悪ふざけ」が、最高にすんばらしいっていうのもあるんだということがわかりました。

 佐津川愛美はスピンオフの女王だな。(「民王」のスピンオフも最高だった)


3月27日(金)

 これまで「以外と感染者増えないな」と思っていたら、ここにきて「やっと東京で感染者増えてきました」ってことになり、また外出自粛が求められたと思ったら、木曜日のスーパーからバンが消えたので「なんで、有事の際にはまずパンなんだろう?」と思っていたら、今日の会社帰りにスーパーに寄ったら、肉も野菜も牛乳も無い、久々に空っぽのスーパーだった


3月25日(水)

 期末なので有休消化のために休んだが、まだ咳が出るので、映画館に行くのは自粛した。

 まあ、今上映している映画で特に見たいの無かったのだが、暇だったら割引デーだしプチ・ラフワークになっている「吉沢亮スタンプラリー」しに行こうと思っていただけだ。「一度死んでみた」は何度も予告編見たが、あまり自分向けではない感じだし、それに「吉沢亮スタンプラリー」をしていたのは、「この美貌は今が絶頂期で、あと何年も持たないのでは?」思ったからで、桜に例えるなら「今週末に見頃を終えるだろうから」と、近所の桜並木を散歩しまくるような話であり、私は春の桜にはそれほど興味がなく、秋の桜(紅葉)の方が好きなのである。

 そうだ、映画といえば、これは早速見た。

●「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」

 私はこの映画のことを事前に全く知らなかったのだが、意外な人から教えてもらった。
 うちの会社のお偉いさんというか、現相談役のジジイである。
 彼は「現場」にいたのだ。

 ただ、「素直な人」ではないので、斜に構えて一番後ろで見ていて、「けっ、つまんねえ」って途中で退席しちゃったんだって(笑)
 もったいない。

 というわけで超前のめりで見に行きました。
 それに、ナレーターが東出くんじゃん!って言ったら、ちょうど不倫報道が出たばかりだったので、会社のみんなに「ええええ?そりゃ、がっかりだね」って言われたんだけど、私は東出くんに「爽やか好青年」ってイメージ全然持ってなかったので、「むしろ私が抱いていた腹黒東出くんのイメージが世間と共有できて嬉しいです」と真顔で言ったのだが、ドン引きされたかしら?(苦笑というか、返事に困っていたようだ)

 しかし、この映画は私の目に触れる範囲では全然宣伝してなかったのだが、東出くんの不倫騒動のおかげで、公開直前のイベントが「こんな有事の最中」でもワイドショーで取り上げられ、しかし、映画の内容よりも、「不倫謝罪囲み会見」しか流れなくて、テレビの中の人たちは「これは酷い」と憤っていたけど、おかげで「三島由紀夫に失礼じゃないですか」って、映画の説明してくれる人がけっこういたので、一応映画の宣伝になっていたと思う。

 まあ、でも、ワイドショー見るような人はそもそもこんな映画観に来ないか(笑)

 討論の内容自体は置いておいて、驚いたのは画質が異常にいいことだった。
 映画と同じフィルムで撮影してるからなのか?もちろん、デジタル化してノイズとかキレいにしたんだろうけど。あと、音声もリマスターしたんだろうけど、あんなチャチいマイクで音拾ったと思えないほど鮮明。
 なので三島ファンとしては、あのクオリティーで三島が喋るのを長時間堪能できるという喜びがあった。

 そして、出てくる東大の学生さんたちが、まるで「イマドキの若手俳優」みたいだったのである。
 いや、顔じゃなくて、服装や髪型が。
 ビートルズが来日してから3年後の映像だから、それなりに若者ファッションは影響受けているはずだが、東大全共闘には最先端ファッションは届いてなかったのか、それとも多少なりとも影響を受けているのか、みんなこざっぱりしているのだ。
 当時としては、十分だらしない格好なのかもしれないけど、彼らの無造作な長髪は今で言うところの成田凌だったり山崎賢人の髪型だし、ゆったりしたニットやタートルにジャケットという服装も今とほとんど同じだ。  定番の七三の髪型すら野村周平っぽい。

 なので「50年で一周回った」ということがわかって大変感慨深かった。

 あと、タバコの吸い方がエゲつなくて、ってゆーか、講堂内というか壇上でみんなチェーンスモーキングしているのがなんだか懐かしかった(笑)
 さすがに私の学生時代はあそこまで酷くなかったけど、でも、学内に喫煙所なんてなかったよなあ?
 どうしてたんだっけ?授業中は禁煙だったけど、使ってない教室で喫煙しててもOKだったような記憶がある。

 大学の廊下が喫煙可だったか忘れたが、高校の時に模擬試験を大学会場で受けたら、休憩時間に廊下で喫煙している人が大勢いて驚いたが、あの当時は高校生はダメだったけど、浪人生はOKだったんだよね。

 あと、芥正彦(だから、なんちゃって成田凌みたいなヤツ)が赤ちゃん抱えて登場して、学生側の主役扱いになっているのだが、その赤ちゃんがジーっと三島が喋るのを凝視していて、「あー、この子は私より少し年下だけど、うらやましいなあ」って思った。
 私がもしあの赤ちゃんの成れの果てだったら、この映画を見て号泣するであろう。
 自分を抱いている若き日の父の「意味不明のヤンチャぶり」も含めて。
 (私の勝手な想像だが、たぶんあの赤ちゃんはその後、あの父が嫌いになってるはず)

 というわけで、「私がまだ物心つくかつかないころ」の貴重な映像を見せていただいて、大変嬉しかったです。

 ただ、討論の内容は、まあ大まかに言うと「右の三島と左の全共闘」って図式で始まったけど「あれ?もしかしてボクたち、同じじゃん?」って感じで、それはもはや「左右の区別が曖昧になってしまった」50年後の私にはどうでもいいのですが、よくわかんないけど「私の時代と言語が違うかも?」って思って、それは戦前に教育を受けた三島と戦後に生まれた学生の間にもあったんだろうけど、あの学生さんたちと、その子供世代の私の間にも、何が溝があるようだ。

 ポストモダンとか?

 私はポストモダンだとか構造主義とか、よくわかってないまま、ただ流行してたから触れていたのだろうけど、だとしたら、私の後の世代の「流行」ってなんだろう?

 たぶん、それは「持続可能な社会」とかの「世の中を良くする」って思考なのかもしれない。

 そういや、この映画のことを教えてくれたジジイも「今はグレタがどうのなんだろ?」と冷笑していた。
 20歳の頃「革命」を夢見た若者は70歳になっても「革命」に敏感みたいだけど、バブル期が青春時代だった私にしてみれば「いつの時代でも若者はお立ち台の上で踊りたがる」としか思えず、だからジジイに「あの頃の学生は結局、授業受けたくなくて大学を封鎖していただけでは?」と言ってみたら、「まあ、そうだったんだろうな」って認めていた。

 ここ10年くらいで、大学はサボって遊ぶところではなく、ちゃんと勉強するところってことになっているが、彼らからすると団塊もバブルも「勝ち逃げ」って感じなんでしょうね。


3月23日(月)

 土日に風邪気味で「手洗い敗れたり」とガッカリしていたのだが、日曜日はほどんど布団の中にいたので「これじゃあ、夜眠れないな」と心配していたのに、ちゃっかり夜は眠くなり、今日朝起きたら、「たまに咳は出るけど、これじゃ会社休むほどじゃない」って程度に回復しました。

●「テセウスの船」

 「この新型コロナ騒動を喜んでいるのはテレビ関係者だけだろう」と前から思っていましたが、1月クールは在宅率が比較的高いので数字狙いのドラマがぶち込まれるらしいのですが、結果「安定の医療ドラマ」ばかりになり、私も時々、医師と看護師の組み合わせに混乱したりしました。

 そんな中、ラブコメの「恋つづ」が数字残したのは、新型コロナの影響で若者の在宅率が高かったせいだと思うけど、だったら他のドラマの軒並み20パーセント近い数字出すかとういと、そういうわけでもなくて、多様性の時代ってほんと難しいですね。

 そんな「恋つづ」を超えて勝ち組になったのが「テセウスの船」で最終回は20パーセント超えるんじゃないかと密かに期待していたが、ギリギリ超えなかったらしい。
 まあ、もはや視聴率なんで古臭い指標であることは重々承知であるが、私もかつてはその世界の片隅にいたので、視聴率がどれだけ大事だったか知っているので、なんかつい気になってしまう。

 とは言いつつ、私は「テセウスの船」をあまり真剣に見てなかった。
 竹内涼真と鈴木亮平のダブル主演的な演出は、私には体育会系すぎる。

 しかし、二人の絡みが暑苦しいと思いつつ、並んで走ってるとなんとなく見ちゃうんだよね(笑)

 それでも最終回はちゃんと見たのだが、すでに「犯人最有力候補」であった安藤政信の幼少期が真犯人だとわかった時点で「あざーす。こっちゃんでした」で終わっていたのですが、まだ共犯者がいるらしいので、「うーん、でも、笹野高史は引っ張りすぎだしフェイクだと思うな。でも、そうなると、残りは?」って、気になっていたが、もはや誰が真犯人でも「ふーん?」って感じだなあ、と思っていたら、「霜降り明星」でした。

 最近、芸人に疎いので、「霜降り明星」という名前は知っているけど、顔もわからないし、普段どういう番組に出ているのかもわからないので、やはり「ふーん?」でした。
 まあ、それはいいんだけど、最後の最後で、竹内涼真が死んじゃうシーンで「早く救急車呼べよ」とツッコンでいたのは私だけではないだろう。
 そりゃ、鈴木亮平が息絶え絶えの竹内涼真を抱きかかえる絵はBL的視座からすれば極上であったことは認めるが。

 ただ、最終回見て思ったのは、このドラマのキモは犯人探しではなく、「タイムリープもの」なんだよなあ。  SMAP解散の時に「これはキムタクが何度目かのタイムリープに失敗した世界線なのでは?」って言うネタ話が広まったけど、それだけ「タイムリープ」っていうのが一般的に浸透しているらしい。
 それを感じたのは「トドメの接吻」の時で、あのドラマの設定は「キスすると死ぬが時間を遡る」だったんだけど、主人公が死んで人生をやり直す裏というか、そこには「死に散らかされた時空」があり、あのドラマはそれを「続きは動画サイトでね」ってやっていたのは知っていたが、この度のコロナ騒動で、Hulu無料解放でやっとそれを見たのだが、ほんとに死に散らかされた後日談やっていた。

 で、「テセウスの船」は最初から、「そういう話」だとわかって見ていたが、最後まで見ると「父親が冤罪で死刑囚になった時空の息子」である竹内涼真がタイムリープして、過去を変えようとしたが、自分の命を犠牲にすることになった。

 ここで視点が変わる。

 鈴木亮平視点だと、未来から来た自分の息子(その時点では妻は妊娠中)が「オレ、未来から来ましたが、このままだと、あなたは冤罪で死刑囚になり、家族が不幸になります」っていうことで、その未来を回避するためにドタバタしたのだが、最終的にそれを回避するために、未来から来た息子が死んだ。

 のだが、その時空の息子が犠牲になったことで、鈴木亮平は冤罪を免れ、家族の幸せは維持され、それから30年・・・自分を救った息子と同じ年になった竹内涼真がいるんだけど、この竹内涼真と、あの竹内涼真は同じ人だけど別の時空で?

 っていう視点が、私には新しかった。

 こういう多次元な世界観って、いつからこうなったのかね?

 いや、ちょっと前まで「タイムスリップしても未来は変えられない」ってのが主流だったような。
 それこそ「戦国自衛隊」とか(古っ)

 「バックトゥザフューチャー」とか、どうなってたんだっけ?

 ともかく、最近のトレンドとして、「タイムリープして、やり直せるのかもしれないけど、やり直せなかった時空はそのまま残る」ということで、今回のコロナ騒動でも「ああ、あの時点に戻れれば」って思って、実際にタイムリープした人がいるのかもしれない。

 私が今いる時空は、「コロナ拡大」を阻止しようとした人の何度目の挑戦時空なんだろう。


3月22日(日)

 風邪ひいた。

 10年後の自分に向けて解説しよう。
 と、思うのも「10年前くらいの新型インフルエンザの時ってどうたったっけ?」って思い出そうとしても、全然思い出せないからである。
 2020年の2月、中国から発生したと言われている新型コロナ肺炎が日本でも流行して、2月末からコンサートや演劇がほぼ全部自粛され、学校も休校になった。

 この「先行き不安感」は新型インフルの時よりも、2011年の大震災の時に似ている。
 あの時は「さらなる余震の不安」に加えて「放射能への不安」があった。

 違うのは震災の時は「東日本は大変な事態だけど、西日本は大丈夫」だったこと。
 そして、震災の時はプロ野球ファンだったので、「野球どころではなくなるぅぅぅ」と泣きながら二軍の試合(一軍の試合は電力不足で開催が危ぶまれていたが、電力消費が少ない二軍の試合はやっていた)に足を運んで、神妙な顔して立っていた楽天の選手の持つ募金箱に万札ねじ込んでいたが、今の私は「役者ヲタ2級」なので、「宝塚も帝国劇場のやってないって???」と演劇の中止に動揺し、せめてもの課金として映画館に足を運んでいる。

 同じなのは「トイレットペーパーが無くなった」こと。
 震災の時「人生二回目だ」と思ったが、まさかまた経験すると思ってなかった。

 ・・・が、前回で相当懲りたので、あれから私はトイレットペーパーの在庫を倍に増やした。
 震災以前は残り1パックに近づいたら買っていたのだが、あれ以来2パックを切りそうになったら買うようになったので、今回のトイレットパーパー騒動が発生した時には、たまたま買い足したばかりで3パックあったのだ。  ティッシュペーパーも品薄になったので、トイレットペーパーで鼻かんでるから、この1ヶ月弱で1パック使ったが、その計算だとあと2ヶ月くらい持つから余裕である。

 そう、それで、震災の時には、いざとなれば海外に逃げれば良かったのだが、今回は「日本で感染が広がった!日本ヤベーよ」って思っていたら、あっという間に欧米に広がり、世界中のどこにも逃げ場がない。
 それどころか、ブラックマンデーとかバブル崩壊とかリーマンショックを思い出すような、いや、それ以上の世界規模の経済危機ではないか?

 震災の時も放射能による健康不安と、「日本経済どうなるんだろう?」という経済不安を抱えていたけど、今回の新型肺炎も「感染したらどうしよう」という不安と「今まで経験したことのない経済危機のような気がするが、この先どうなるんだろう?」という経済不安でジワジワくる。

 でも、震災の時のほうが、余震の恐怖が大きかったので、ほんと、何でもない時でも足元が常に揺れているような心地で、船酔いしているのに船から降りられない苦しみだった。
 あの頃も、いろいろ体調不良起こしていたんだろうけど、よく覚えてない。

 よって、今回の体調不良を記録しておこう。
 3月上旬、歯の噛み合わせに違和感。
 これは「ちゃんと栄養とらないと」と急に野菜を食べ始めて、ニラのお浸しを「茹ですぎるとビタミンが破壊されるから」と固茹で大量に(一人暮らしなので・・・)食べたせいかもしれないけど、奥歯の噛み合わせが変になり、二日間くらい苦しんだが、割り箸噛んだりガム噛んだりしたら治った。

 そしたら、次は耳鳴り。
 キーンってヤツじゃなくて、ブーンって「家の外で車がアイドリングしてる」って感じ。
 こういう耳鳴りは初めてだったので、ネットで調べたら「加齢による耳鳴り」ではメジャーな症状らしい。
 高齢者の近隣騒音苦情の一部はこの耳鳴りが原因だとか・・・

 日によって感じ方にムラがあったし「歯の噛み合わせというか、軽度の顎関節症に関係しているのかも」と思って、一目が気にならないところで「あえいおうあう」と口を大きく動かしたり、喋っていたり集中している時には気にならなくなるので、なるべく会話するようにしたり、読書に集中したりしていたら、いつの間にかブーンは消えた。

 そしたら次は持病の足の付け根の痛みが・・・・

 上司が「ずっと頭痛が続いてるんだけど、コロナかな?」って言うので「いや、ストレスでしょう。私も・・・」と症状を訴えたら、上司が「負けました」って顔していた。(嬉しくない)

 と、軽微な体調不良が続いていたのだが、ウィルス対策としては、私は「手洗い」一辺倒だった。

 そもそもマスクは医学的にも予防に効果が薄いらしいし、そもそも買えないし、そもそも私はマスク着けるのが苦手でよほど自分が咳き込んでる時じゃないと着けないのである。
 手洗いも普段はトイレの後も水でちゃちゃっと「洗いましたよ」ってアピールする程度だったのだが、このご時世だったので、石鹸のある環境で手洗いする時は石鹸で丁寧に手を洗うことにした。
 会社に着いた時、会社でコーヒーを飲む時、昼食を食べる前、食べた後、お菓子を食べる前、トイレの後・・・1日に10回くらい石鹸で丁寧に手を洗った。

 自分史上最高に手を洗った3週間だったのである。

 自分史上って、「50年間で最大」ってことだぞ?

 それなのに、土曜日の午後から喉がイガイガしてきて「え?喉に来るの何年ぶり?」と戸惑った。
 去年と今年に・・・てゆーか、一昨年と去年か、年末に「鼻水がずっと出て微熱も出る風邪」にかかり、あれはたぶん、「旧型コロナ風邪」だと思うのですが、2週間以上鼻水に苦しむ風邪には罹ったが、喉が痛いのとか久しぶりだ。

 そしたら咳も出てきて「このご時世で人前で咳き込むと大変」と土曜日は出勤していたのだが、会社の備蓄マスクを頂戴して帰宅したけど、あれ、なんかちょっとゼーゼーと肺だか気管支に痛みが?
 ヤバい、私死ぬのかも。

 と思いながらNHKでムロツヨシが女装してるドラマを見ていて、「ムロの女装の方が私より全然イケている」ということに打ちのめされながら寝た。

 今朝、起きたら「まだ具合悪い」
 さっそく検温してみたら、「36度1分」とか平熱は6度5分くらいなのだが、朝はそれなりに低体温らしい。

 喉もまだ痛いし、たまに咳き込むし完全に風邪なんだが、これが新型コロナかもしれないという以前に「あんだけ手洗い頑張ったのに風邪ひくのかよ」という絶望感。
 そして、「なんだか具合悪い」が続き、「やはりこれはコロナの初期症状ではないか?」と疑いつつ、1時間おきに検温していたのだが、「あ、36度7分」「お、36度9分までいった」「37度!」と、やはり午後から夕方にかけてが体温あがるらしく、最高で「37度1分」まで上がりました。

 「微熱と侮っててはアカン。これが数日続いたらヤバい」と思い、とりあえず、マスクで防備して食料の買い出しに行って帰宅して、HULUの無料配信で「Q10」をまとめて最後まで見て、夜になったので、大河ドラマ見て、そう、先日見た映画「初恋」の染谷将太が素晴らしかったのですが、大河ドラマ「麒麟がくる」の織田信長が染谷将太で、こっちもすんばらしいんですよ。

 いやー、当初このキャスティングが発表された時には「染谷将太が信長?」って思ったのですが、放送されてみると、これは実に面白い。
 この信長に、この先、カザポン家康が出てくるらしいので、映画「初恋」が次世代東映ヤクザ映画だとしたら、「麒麟が来る」は次世代戦国時代大河ドラマになるのではないでしょうか?

 ああ、そうか、内野聖陽って、いつもそういう変わり目にいる役者だなあ。
 内野聖陽論って、もしかして、ちゃんと書いてみると面白いのかもしれない。

 また話が逸れたが、土曜日に風邪気味になって、日曜日は伏せっていて、「これが続いたら、コロナの疑いでしばらく会社休まないといけないかもしれない」と本気で心配していた。


3月7日(土)


●映画「初恋」

 エンタメ総自粛の中、映画館だけは営業しているけど、客足は悪いようだ。ヒット作の上映が軒並み延期になったっていうのもあるんだろうけど・・・
 元々上映館が少なく、あまり宣伝しているのも見かけなかったこの映画を見る予定ではなかったが、一部映画ファンが熱く支持していたので、暇だったから見に行ってみた。

 三池崇史の映画見るの初めてかもしれない。
 それに窪田正孝のことは好きだけど、積極的に課金するほどの「推し」でもないので、「絶対に見る映画リスト」から外れていたのも無理はない。
 そもそも「初恋」ってタイトルからしてイケてないではないか。

 で、暇だったのと「渋谷とか、どうなってるんだろう?」って視察したかったのと「映画館大丈夫なのか?」って心配になったので、土曜日の渋谷TOEIに入ってみたのだが、ほんとガラガラだった。
 そして、この映画の出来が本当に良かったので、いろんな意味で「もったいない」

 正直「パラサイト」よりも面白かった、
 つーか、「パラサイト」は、あんなに血を見ると知らなかったので「思ってたのと違う」って方に頭が動いてしまったので、最初から「カンヌ系だし、タランティーノ系ですよ」って教えてくれたらよかったのに。

 いや「思ってたのと違う」ってことが、いい方向に効く映画もあるとは思うが、そういうのってなんかあったっけ?
 料理屋だって、和食を食べたいと思って入った店がフレンチだったら困るだろうし、映画だってラブコメ観るつもりだったのにホラーだったら嫌でしょう。
 ええ、少し前に見た「古典的名探偵モノだと思って見に行ったらゾンビが・・・」っていう「屍人荘の殺人」で受けた心の傷を引きずってます(笑)
 あれは、あれでしょーがないのはわかりますけど。

 で、「初恋」の話に戻りますが、予告編見た感じでは「三池監督のヤクザ映画に純愛が絡むの?」って感じで、まあ、だいたい想像できたのですが、この映画に関しては「思っていたのと違った」というのが、いい方向に働きました。
 最近、ちょっとレイティングに過敏になっていて、「ロマンスドール」のPG12には心の中で激しく警報を鳴らして「あー、やっぱそれはダメだ」と警報以上のダメージを受けたのですが、「初恋」に関しては「お?PG12ってことは、小学生が見ても大丈夫ってことで、だったらグロは控えめだな」と安心できたのです。

 そして、見終わってみたら「極上のデート映画じゃねーか」って思いました。

 いや、だって、ちゃんとラブコメなんだもん。
 ラブコメにうるさい私が言うんだから本当です。

 ラブコメなんだけど、とにかく人が死ぬ(笑)

 ただ、生まれて初めて「PG12素晴らしい」と思ったのは、首は飛ぶし、腕も切断されるんだけど、「局部」は上手く画面の外として処理してるんですよね。
 雰囲気的には「こんなにエロいのにR15でいいの?」って感じです。
 他の三池作品をちゃんと見たことがないのですが、「こういう描写だったら、首チョンパでも大丈夫」だったので、こんな時期ではなかったら、口コミでもっと客入ったのかもしれないので、ほんともったいなかった。

 見た人のほとんどが窪田くんの演技を大絶賛していたが、私はこの映画を染谷将太を主人公として見ていた。
 ヤクザパートの主人公である「染谷将太の最悪で最高の1日」として。

 まあ、よくある「ある計画を実行しようとしたが、最初からつまづき、リカバリーしようとしてさらに被害が拡大」ってヤツだ、
 染谷将太は子役出身だから大ベテランなんだけど、意外とプライム帯ドラマの出演は少なかったので、数年前まで存在は知っていたけど、ちゃんと見た記憶がなかったんだけど、最近は朝ドラに出てきたりして一般的知名度が上がってきてると思うが、「初恋」での役は今まで見た中で一番魅力的だった。

 って、また感想まとまらないが、とにかく笑えるヤクザ映画で最高だった。

 あと、伏線回収警察としては、友情出演的で前半に出てきたベンガルや滝藤賢一が終盤で見事に回収されたので、そこも素晴らしかったです。
 特に滝藤賢一は「この程度の役で?」って思ったんだけど、後半の出演パートで「あー、こっちのためか!」と激しく納得して大笑いできたので、ほんと滝藤賢一の最高の使用法だったと思う。

 あとベッキーも方々で大絶賛だったけど、私はなぜか「麻雀放浪記」「これは経費で落ちません」「悪魔の弁護人・御子柴礼司」と最近のベッキー出演作をちゃんと見てて、「ベッキーいいじゃん」って思っていたので、この「初恋」での振り切り方は意外ではなかったけど、アクションちゃんとこなしていたのは意外というか「ほんと、ベッキー出来る子じゃん」と感激した。

 そして、この映画は窪田正孝の恋愛パートと、染谷将太のヤクザパートが絶妙に絡む映画であるが、ベッキーもある意味、もう一つの恋愛パートであり、愛ゆえの血みどろヒロインとして映画一本作れそうな設定なのである。

 この映画を見て「トゥルー・ロマンス」を挙げる人はけっこういたけど、私は「ニキータ」とか「キリング・ゾーイ」を思い出した。
 ああいう雰囲気をバックに定番の「日本刀振り回すジャパニーズ・ヤクザVS青龍刀振り回すチャイニーズ・マフィア」が血みどろの死闘を繰り広げるのである。
 なんで日本刀と青龍刀でガチに殺しあってるのか意味不明だが、そういう整合性を求めてる映画ではなく、恋愛映画における「砂浜でイチャコラ」みたいなもんである。

3月4日(水)

●映画「影裏」(二回目)

 最初に映画見て「なにこれ、解りにくいけどBLなの?」って戸惑ったので、原作小説読んでみたら、余計にわからなくなったので、もう一回見てみた。(パンツ姿の綾野剛のもっこり目当てではありません)
 やはり「こういう白黒つけない曖昧な話」だと思って再見すると、冒頭の「黒沢清的な不穏不穏不穏」な雰囲気に違和感を覚える。そこに何考えてるのかよーわからないミステリアスな松田龍平が出てくるのって「散歩する侵略者」だし。
 そして「監督が何を狙ってこの映画を作ったのか、さっぱりわからないが、脚本家はたぶんBL的解釈しているのでは?」と初見で思ったので、その視点で見てみたのだが、やっぱりそうだよね?

 おまじ脚本家による「愛がなんだ」からラブコメ要素を完全に排除して、成田凌の役をもっとシリアスにするとこんな感じになるというか・・・
 つーか、脚本がそうなっていても、監督はそういうつもりがなかったのか、あえてそう解釈されるのを避けたのか、そもそも撮影が黒澤組の不穏得意な人だし、文芸作品という名の下にそれぞれのスタッフが別の方向を向いてきっちり作り込んだという、ある意味、珍品なのかも。
 だから前にも書いたけど「岩手出身作家の芥川賞受賞作が原作で、岩手出身の有名監督で、綾野剛と松田龍平という誰もが知っている大スターのダブル主演作」ってことで地元があれだけバックアップして、関わった人も大勢いるのに、完成した作品が「ん?で、結局なんだったんだ?」っていうわかりにくい作品なのって、どうなんでしょう?

 私が想像が逞しいだけかもしれないけど、地元エキストラの人が大勢出ているから、「松田龍平と綾野剛が倉庫で喋ってる後ろで台車引いてるのが私!」って、家族揃って見に行ったら「で、これはいったいどういう話だったの?」ってなっちゃうじゃん。
 そんで、綾野剛がゲイなのはわかるから「松田龍平はゲイじゃなかったのでフラれたって話?」って。

 まあ岩手の美しい川の風景とか、ほんとに素晴らしいので「盛岡愛」的には良いのだろうけど。
 そういや、去年見た「火口のふたり」は舞台が秋田だったっけ?あれも、ロケ地の美しさとか「意外とオシャレな店がありまーす」って感じだったけど、あれもだからって地元の人が喜んで見に行くような映画じゃなかったからなあ。R18だったし(笑)
 そうそう、柄本佑主演映画だった「君の鳥はうたえる」も函館を舞台にしていたけど、やはりすっきりしない作品だった。

 教訓:地方を舞台にした文芸作品は要注意

 すっきりしない話といえば、この間の日曜日に「テセウスの船」の裏でやっていたテレ朝の二時間ドラマがやはりすっきりしない話だった。

●ドラマ「微笑む人」

 松坂桃李が「妻子を殺したエリート銀行員」で、それを「冤罪では?」と追う女性ジャーナリストが尾野真千子だったので期待していたのだが、前半は丁寧な繰り返しっていうか、「2時間サスペンスだったん?」な冗長さでキツかったが、中盤からやっとテンポ良くなったし、松坂桃李の同僚役で薬丸翔くんが出てきたり、尾野真千子の家の隣の「不穏な感じの主婦」が河井青菜なのが良かった。

 で、中盤になってやっとどういう話なのかわかってきた。
 サイコパスものだったんですね?
 つーか、こんなに気持ち悪い松坂桃李はテレビで初めて見たよ。

 「あー、こーゆーんだったら映画にした方が良かったのでは?」って思ったけど、松坂桃李がサイコパスやってる映画なんて多分見にいかないだろうから、テレビで気軽に楽しんでいたほうがいいのかも・・・

 と思っていたら、この話は松坂桃李に関してはシロクロつけなかった。
 「人の心の本当なんて誰にもわからないのに、なぜ殺人犯にはそれを求めるのだろうか?」っていう話で、ワイドショーや週刊誌的な好奇心を真っ向から否定する話だったのである。
 まあ、目新しい話ではない。
 「殺人を犯すような人は、生い立ちや過去のトラウマなどの心の闇を抱えており、フツーの人とは違う」と納得できないと「自分はそうではない」と安心できない。だから、殺人に至るわかりやすい物語を求める。

 病気と不摂生みたいなものだ。
 喫煙する人が肺がんになったのなら、みんな納得するけど、非喫煙者が肺がんになったら「遺伝的なもの?それとも大気汚染?アスベスト?」と何が他に原因がないのか?って不安に思うだろう。

 そして、このドラマはそういう不安(夫の不倫)を抱えていた尾野真千子がその不安の矛先を取材対象である「得体の知れないサイコパス連続殺人犯?」を追っているが、とうとう「真実」に辿り着けないどころか、自分まで殺人を犯してしまうという、いわゆる「イヤミス」なんだろうけど、2時間ドラマな雰囲気なのに犯人が崖の上で全てを告白する的な「お約束」とは真逆のドラマだったので、なかなか面白かった。


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