可燃物な日々

表紙に戻る/過去の日記

ご意見・ご感想・誹謗中傷などございましたら、感情廃棄物再利用所までどうそお気軽に書き込んでください

6月15日(水)

●窓から物を投げてはいけません(もしくは「投げたらあかん」)

 水菜をジュラ塩で和えるのがすっかり気に入ったので、今日もその路線で行くことにして、「水菜といえば、アレよね」と、会社近所の居酒屋でもよく頼む「水菜とマグロとアボカドのサラダ」を作ってみようと思ったのだが、マグロのいいの(安いのって意味)がなかったので、刺身用サーモンに変更した。

 ドレッシングを使用しないので、まず水菜をざっくり切ってボウルに入れて、塩を振りかけてザックザックと混ぜた。
 あまり野菜を真剣に洗わないので、水でザっと洗っただけだったのだが、やはりちょっとゴミが混ざっていたようなので、それを箸でよけて、流しにポンと放り出したら・・・・・あれ?動いてない?

 よく見たら、体長1センチくらいの、ちびっこナメちゃんでした。

 「あわわわわ、いるならいるって先に言ってくれないと、塩ふっちゃったじゃないの」と、慌てて軽く水洗いしてみました。ジュラ塩は、塩としてはあまり強力じゃなかったのも幸いしたのか、ナメちゃんは元気のようでした。
 ナメクジは、あまり得意ではないのだが、でも、あれだけ小さいと、なんとか手でつまめた。
 しかし、どうしよう。
 普通の虫だったら、ベランダに出せば勝手にどこかに行くだろうけど、ナメちゃんだとなあ。

 しばし、真剣に悩んだ。
 別に、私は、ナメちゃんのお母さんでもお姉さんでも彼女でもないので(うざい相談をしてくる男友達によく言ったセリフである)、ナメちゃんを生ゴミ扱いしてもいいんだけど、でも、せっかく救出した小さな命である。しかも、いくら苦手でも、小さきモノに私は弱い。

 その昔(中学生くらいだったと思う)、「顔ダニ」という話しが流布して、誰かがそれについてしたり顔で語ったことがあった。「顔の毛穴にダニが生息してて、それを採って顕微鏡で見せたら、ほとんどの人が気絶したらしい」とかなんとか。
 その話しを聞いたときに、私はなぜか「へー、そんな虫と共存してたんだ。あまり顔をムキになって洗わないようにしよう」と思ったのである。今でも「毛穴すっきりパック」をやると、「ダニさん、ごめんなさい」と、その姿を探してしまうのであった。(言ってることと、やってることが食い違っている)

 関係ないが、昔は暇つぶしとしては投資効果が高かった毛穴パックであるが、年のせいか、最近、あんまし達成感を得られなくなった。脂ぎった若い皆さん。今のうちにエンジョイしておきましょう。

 さて、話しは戻るが、流しのシンクでもぞもぞと「ここはどこ?」状態の小さなナメちゃんを前にして、しばらく色々考えたんだけど、わざわざ外に出て、ナメちゃんの第二の人生の場所を探すほどの気力もなかったし、でも、せっかく、この98円の水菜がフレッシュで無農薬らしいことを証明してくれたナメちゃんをそのまま下水に流すこともためらわれたので、シンクに散らばった水菜の破片にナメちゃんを載せて、ベランダに出てみた。

 アパートの周囲はコンクリで固められているのだが、お向かいの家の周囲には、わずかながら草木が繁っているのである。ちょっと遠かったが、エイやっと投げてみたら、天はナメちゃんに味方したらしく、風に乗って見事な弧を描き、隣の家の軒先にある草木のところに降り立っていった。

 私は自分でやれるだけのことはやった。後は自分でなんとかしてほしい。私の部屋は南向きなので、ちゃんと隣家の北側のジメジメしたところを結果的に選んでやったのだ。

 うーん、いいことをした。と自己満足に浸りながら、サーモンと水菜とアボカドのサラダを食べていたのだが、ふと「私が地獄に落ちたら、アレが助けに来るのか?」と気がついて、余計なことをしてしまったのかも、と軽く後悔してみたりした。

 私が地獄に落ちると、ゴキやナメが「あのとき助けていただいた・・・」と、やってくるのかね。周囲の白い目に耐えられるよう、今から心を鍛えておく必要があるかもしれない。バランスを取るために、行き倒れになった猫などを拾っておいたほうがいいかもしれないが、そういうのにはなかなか出会わないのである。

 でも、地獄でゴキやナメが助けに来るのと、猫や犬が助けに来るのと、あんまし違いは無いような気もしなくないので、(ワンとかニャーとか鳴くだけのような気がする)ま、いっか。

 さて、本日やっと「新しい太陽の書 3」である「警士の剣」は読了。
 ちゃんと汚さないように気を配って読んだよ。
 4巻で、今までふったよくわかんないネタが集約するって解説に書いてあったけど、本当か?
 そういうこと言われると、期待しちゃうぞ?期待してもいーんだな?

 なんか、すでに4巻目の続編が書かれていて、それは未訳らしいんだけど、アマゾンで調べてみたら、英語版は簡単に手に入るようだったが(「新しい太陽の書」の1〜4巻の日本語訳はすでに絶版)、しかし、翻訳で読んでいても「??????」なことが多いこのシリーズを英語で読める自信が300%くらい無い。(ハリポタですら、辞書を引き引きで途中放棄しているのに)

 誰かなんとかしてほしい。
 でも、「おねがいプリーズ」と涙目で訴えても、どうしようもないのが世の中であるということも、よくわかっているくらい無意味に年の功を積んでいる。

 でも、そんなもん、数百万円のゼニがあれば、どーにでもなるということもわかっているくらい年の功を積んでいるので、当たらないかな〜宝くじ。3億円当たれば〜♪ マンション買ってもまだお釣がくる〜ラララ♪ 1千万円くらい〜 ルルルン♪ 「あたし、この本の続き読みたいのよね。あたしのために翻訳してくれたら、1千万円払うわ」とか、言ってみたい〜ルルロん♪

 今更ながら、今年の目標。もっとマメに宝くじを買うこと。
6月14日(火)

 日曜日に全員出勤だったし、今週は出張者も多いので、席を空けている人が多いというのに、急に他部署(電車で30分くらいの距離にある)がドタバタして「応援よろしく!」ということになり、さっそくクララが持っていかれてしまった。

 元々、そこの部署のアルバイトであったクララは、気立ての良さもあって、応援となると、いつも真っ先に駆り出されるのであった。
 うちの会社の売上の8割はそこから生まれているのは百も承知なので、「あっちの仕事を最優先するように」と、クララをさっさと差し出したのは私である。

 クララは明日が休みの予定だったが、結局、休日変更で明日もお手伝い。
 それだけじゃ全然足りないらしく、(久々に真っ当な「全然」の用法)ハイジも明日は駆り出されることに・・・・
 残る総務のM嬢も「どうしても予定が入ってて」と明日は休み。てゆーことは、T部長は出張だし、総務は私1人か・・・・・このフロアで他には・・・・・隣の部署のK嬢とM氏がいるから大丈夫か・・・・・と、思いきや、K嬢も非常召集がかかってしまった。

 私1人でお留守番というのは、よくあることなのだが、以前はアシスタントがいたので、電話番はやってもらえたのだが、本当に1人になってしまうと、のんびりトイレにも行けない状態になってしまう。とりあえず、隣の部署のM氏に「わたし1人になっちゃうんで、お留守番手伝ってくださいね〜」と泣きを入れておいた。

 K氏は私よりもずっと年上だけど、気のいい兄さんなので、大丈夫だろう。
 夕方になって、ドタバタしている部署の部長である、元総務部長のO氏から電話があり「ハイジもクララもKも来てもらうことになったけど、そっちは大丈夫?」と聞かれたので、「ええ、いざとなったら社長に留守番してもらいますから〜〜〜〜〜」とギター侍調で冗談の一つも言って和んでもらおうと思ったのだが、忙しくてテンパっている人に、そういう高度なギャグ(?)は通用しすぎる可能性が高いので踏みとどまった。

●要領の悪いクララ

 この間も、「もっと要領よくやるように」と私なりにビシっと言ったつもりであったが、グリム童話で言うところのキツネ・マインドを全く持ち合わせていない彼女には、一番苦手なことなのかもしれないと思ったのは、今日も、その「ドタバタした他部署」から応援要請が入ったときに、彼女は「じゃあ、1時に着きます」と宣言してしまったのだ。

 その時点でもう11時で、彼女は今日中にやらなければいけない仕事があり、それを片付けていたら12時を過ぎてしまった。「ああ、もう行かないと間に合わない」と焦っていたので、「でも、昼ご飯食べてから行ったほうがいいんじゃない?」と言ったら、「でも1時に行くって言っちゃったんです」

 得意先からワガママ言われたのならともかく、自分の会社の他部署から、急に「手伝ってくれ。何時に来れる?」と言われたら、「今日中にやらなければいけない仕事が終ったら、すぐに参ります」とか言っておけばいいだけなのに、なんでギリギリの時間を自ら設定して自分を追い詰めるのじゃー。

 ほんと、マジメな子なんだよなあ。つーか、直球だけしか持ち玉がないんだよね。
 彼女に、「もっと相手の出方を読んで、変化球を工夫するように」っていくら言っても無駄なんだけど、ハイジはその辺をわかってはいるんだけど、ヤツもけっこう直球勝負だから、クララが直球でビーンボール投げると、「なにやってんだゴラァ」と叱るので、傍で観察していると漫才しているようにしか見えないし、もしハイジが優秀なキャッチャーなら「ここらで彼女は絶対に暴投するから、2塁にいるランナーをマメに牽制しておこう」ってやれるんだろうけど、そこまでの能力は無いようだ。

 ちなみにT部長は、クララが暴投すると「いいんだよ。ボクがちゃんと点を入れるからね」と言うのを喜びにしているようなので、あれはあれでよし。(と、思えるようになったので、最近、T部長とは仲良くやっております)

 そーいや、春の昇給&昇進であるが、ハイジはメデタく、主任になるようであるが、私は据え置きになったらしい。出張前にT部長がこっそりと、「ミヤノは昇進しないけど・・・・等級はあがる」と告げていったが、私もどう返事していいかわからず「はあ」としか言えなかったら、「まあ、1年後には、代理がとれるかな」と小さく呟いていた。
 「課長になんてなりたくねーっす」という切なる気持ちをどう表現していいのかわからないでいるのだが、どうやら、私の読みどおりに、なかなか私を課長にできないのは明らかになったので、ホっとしているのだが、でも部長がそれを「懸案」のように語るので、「そーゆー、ポーズも、もう要らない」と思うんだけど、でも、それをちゃんと表明するとマジに角が立つので、「そうなんですか、ふーん」としか言えない自分がやっぱし子供だなあ。

 このまま、あと2年くらいズルズルとやっていけば、ハイジも30歳になるし、そしたら課長にできるかもしれない。そしたら、「ハイジさーん、これはどうするんですかあ?」とか言いたいわけよ、わたしゃ。
 そのために、今年の決算こそ、ハイジに仕込まないといかんなあ。でも、また変な仕事持ち込まないでほしいなあ。去年の決算はややこしそうじゃなかったので、ハイジ主導でやらせようとしたのだが、イレギュラーなプロジェクトにハイジが駆り出され、毎日終電までその仕事にかかるようになってしまったので、それどころじゃなくなってしまったのだ。

 でも、なにしろ機関車ハイジだから、「もう、めいっぱいです」っていう時こそ、ガンガン石炭を投げ込むと、けっこう走るようなので、だからこそ、「もっとシゴけ」と言われているのだが、石炭投げ込む私が、熱で顔面神経痛になっちゃいそうなので、なかなかできませんのよ。

 たしかに今日も、他部署にいるクララに電話かけて、「これはどうなってるんだ、オラオラ〜〜〜」と気合が入りまくりのハイジは生き生きとしていました。
 早く、出世して、私に遠慮せずにガンガン突っ走ってほしいものである。あたしは、トップハムハット卿役でいいからさ。

 帰りの電車で、熱心に「警士の剣」を読んでいたら、途中の駅で大学生くらいの青年が私の隣に腰を降ろしたと思ったら、ジャラジャラジャラと激しい小銭のぶつかり合う音がした。
 彼は私のすぐ横に小銭をぶちまかしたのだ。
 その音に驚いたけど、我慢して本に集中した。

 しかし、ジャラジャラと本当にうるさかったので、ふと横を見てたら、小銭じゃなくて、ゲーセンのコインが大量だった。

 「う・・・・こ、これは・・・」と思ったが、20歳くらいの顔色が悪い青年は、嬉しそうにコインをかき回したり、並べてみたり、手にとって、ザクザクと数えているような、その感触を楽しんでいるような・・・・・「エロイカより愛をこめて」の番外編というか、ジェームズ君の「小銭王」そのもののような奇行。

 しかも、意味不明に呟いているし、ちょっと怖い。

 しかし、コインに夢中なだけで害は無いのはわかったので、他にも席はいくらでも空いていたので、席を移ろうと思えばできたのだが、でも無害なのがわかっているだけに、なんかそれができなくて、必死に本に集中していたが、やはりジャラジャラと本当に癪に障る音である。

 いったい、どこでこれだけのコインをゲットしたのだろうか?経験から言うと、あれだけのゲーセンのコインを獲得するためには、かなり投資しないといけないはずだが・・・・・
 青年の身なりは悪くなかったし、普通に座っていれば、ちょっと地味な大学生っぽかったのだが、300枚はあろうかというゲーセン・コインを無心にかき回す姿は、先天的だか後天的だかわからないが、明らかに異常であるのだが、でも、その異様な光景に心打たれて、本を読むふりして、じっと観察しちゃったりして、「手を差し出したら、この人、一枚くらいくれるんだろうか?」とか「大事なものをこんな電車の中で広げちゃいけません、って教育的指導したら通じるのかな?」などと、いろいろ考えちゃって、けっきょく、私が降りる駅につくまでお付き合いしてしまいました。
6月13日(月)

 飲んで帰った。
 家に帰ってテレビつけたら、スマスマで「キムタク少年合唱団」というのをやっていて、最初、いったいなんだかわからず、「あ、あたし・・・・そんなに酔っ払ってる?」と、しばらく呆然としてしまいました。

 と、書いても観てない人にはわからないだろうから、説明すると、少年合唱団の全員の顔に、キムタクの少年顔を合成してはめ込んだらしく、要するに全員キムタク顔の少年たちが、「ワインレッドの心」をボーイソプラノで唄うという、スマスマ史上でも指折りの「キモいネタ」であった。
6月12日(日)

 雨が心配されたが、晴れたら晴れたで熱さが辛いイベント仕事。
 朝7時半集合で、解放されたのは5時過ぎで、こんなに長く拘束されるのも久々だったので、もうボロボロ。
 立ち仕事だったので、足がパンパンになったので、帰りに駅の近所の足裏マッサージ屋でも寄ろうかと思ったが、予約がないと2時間待ちだったので諦めた。

 雨後のタケノコのように増えるマッサージ店であるが、けっこう客が入っているのね。

 銭湯にでも行こうかと思ったが、家に着くともう汗だくで(スーツの辛さがわかるわい)、再び外出する気にならず、シャワーを浴びてからストレッチしてセルフ・メンテナンスである。

 そういや、今日は文京区で仕事していたのだが、小さい羽虫が大発生しているのは想定内なのだが、その羽虫が、ぱっと見、「灰?」に見えるような、白くてホヤホヤしているのだが、理科の実験でマグネシウムを燃やしたあとにできる酸化マグネシウムのホヤホヤにも似ていたが、でも、捕まえてみると確かに微小な虫であり、他のスタッフと「まるで焚き火したみたいな、変な虫だねえ」と観察していたのだが、「派手なのと地味なのがいる」と言い出す人がいたので、「どれどれ」と観察してみると、たしかに、ホヤホヤがゴージャスなのと、プアーなのがいて「貴族階級と、平民なんすかね?」なんて、おバカなことを言いつつ、立ち仕事の辛さを紛らわしていました。

 あれもアブラムシの一種なんだろうか?

 そんな話しで密かに盛り上がっていたのだが、ある人が「アブラムシって、小さいのだけならいいんだけど、大きくて茶色いのが苦手です」と言うので、「大きなアブラムシって?」と聞いたら、「ゴキブリですよ」
 ああ、たしかに、ゴキのことをアブラムシと表現することはあるが・・・・・・

 アブラムシだかなんだか知らないけど、大量にフワフワしていて、その中を歩くと、まるで、昔のテレビゲームみたいな感じがします。星の中を通過しているような。てゆーか、こういうスクリーンセーバーあったよね。
 「これはきっと爆弾なんだ。当たったら死ぬ」と勝手にルールを作って、顔に向かって飛び込んでくる灰のような小さな虫を上手く避けながら誰もいない学校ばかりが立ち並ぶ道を歩いていたら、けっこう楽しかった。

 そーいや、護国寺の駅で降りるのも滅多にないことだが、駅前にドーンと講談社があったんだけど、中途半端に歴史的建造物っぽい建物があるんですね。外見はたいしたことなかったけど(わざわざ残しておくほどのもんか?とマジマジと観察しちゃった。検索してみても「その他」扱い)、中はちゃんとしてたりするのだろうか?
6月11日(土)

 10時ごろ起きて、ゴロゴロとテレビ観て、昨日買った高級パンを食ったりしていた。
 あざみ野の駅ビル(ってほどのもんでもないが)に「PAUL」っていうパン屋があるのだが、高そうなので近寄らなかったのであるが、先日「イタリア高級食材店のオリーブをバカ喰い」した後遺症で、昨日、ちょっと立ち寄ってしまったのだ。

 まあ、いくら高いといっても、たかだかパンですから、ちょこっと買って1000円くらいなもんです。
 ビールのツマミになりそうな、生ベーコンが練りこんであるという食事パンを買ってみたのだが、電車待ちのホームのベンチで座って、すこし味見してみたのだが、やっぱ高級パンは塩味がちがうね。やべー、いくらでも食えるよ。

 というわけで、本場パリの味を堪能したのであった。パリに行ったと思えば安いもんだ。(言い訳の定番)

 「○○に行ったと思えば安い」と言えば、去年、ベルリン・フィルが来日したときに「夫婦で10万円だ」と嘆いていたクラシックマニアのS部長に、「ベルリンに行ったと思えば・・・・」と慰めの言葉をかけたのだが、また来日するらしいっすね。テレビCMでガンガンやってる。

 生半可なクラシック好きなので、そんなもんにタイ米はたいたことは無いのだが、「ベルリン・フィルと子供達」というドキュメンタリー映画を観て、「やっぱ、すげえや」と感激してしまったので、ちょっと聴いてみたくなった生ベルリン・フィル。
 S部長と雑談してたときに、「また来るっすね」と言ったら、「それよりも、今度はウィーン・フィルが来るんだよ。ああああ」と仰っていました。でも演目がシューマンなのでちょっと躊躇しているらしい。
 そんで、ベルリン・フィルはどうだったのか聞いてみると「やっぱ、全然違うね。ああ、これがオケなんだ、って思ったよ」とおっさるので、そうなるとやっぱ5万円くら出してみてもいいかも、ベルリンに行くよりかは安いし、と思うが、チケット入手に気合が要りそうなので、はたしてどうなるでしょうか。
 
 さて、今日は12時半に兼平鍼灸院に予約を入れておいたので、12時に家を出て、途中、本屋を冷やかしながらテクテクと到着。
 腰痛は前よりはずっと良くなったが、まだ時々腰が重い。
 明日は一日中、立ち仕事なので、予防のためにやってもらった。
 毎年、7月と9月〜12月にある「外のイベント仕事」であるが、今年は諸般の事情で、6月にも行うことになった。会場にもよるんだけど、階段の上り下りが多いところだと、ほんとに足腰がズタボロになるのである。

 2時前には終ったので、そのままどっかで昼食でも食べてから帰ろうと思ったのだが、雨が降りそうにもなかったので、ちょどいい薄曇である。ちゃんと日焼け止めも塗ってきたし、ちょっとお散歩することにした。

 図書館に寄って、やっと「警士の剣」をゲット。
 目黒区から借りてきてくれたらしい。他所から借りてきたので「汚さないこと。期限内に返すこと」などが書かれたビニールカバー付きでものものしい。
 昭和女子大の横を抜けて、ふと、今まで入ったことのない裏道を通ってみたら、そのエリアはかなり下町風情が残っていた。246に近いが、少し奥まっているので意外に静かで、車が通れない「歩行者専用抜け道」に守られているので、ほんとに閑静であった。小さな住宅が並んでいたが、その中には古い家もちらほらあって、たまたま売出し中の古い家があって、そこに立っているスーツ姿の女性が、近所のおばあさんにずっと話し掛けられていて、じっと話し相手をしていた。

 三軒茶屋から徒歩5分の立地で、あの閑静さと、南向きというのは、滅多に出ない物件であろう。ちょっと値段を聞いてみたくなったが、古い家はほとんど価値がないように思えたので土地代だけだろうとは思うが、いったいいくらくらいだったんだろう。

 246に出て、池尻大橋までテクテク。
 けっきょく、池尻大橋駅の出口に隣接しているプロントでサンドイッチを食べて昼食にした。あそこのプロントはビルの吹き抜けがテラス席になっているので、外光が入り、とても気持ちのいいカフェである。

 そして、246沿いをまた歩いて、いつもは渋谷に向かうときに通る遊歩道を逆に歩いた。
 職員が大勢で土手の草を刈っていた。なんだか楽しそうだった。フェンスに巻きついたツタ系の雑草を採る職員が「うちの田舎でもさあ」なんて無駄話しをしていたのも、なんだか楽しそうだった。

 そこから先は、小川の流れる遊歩道が続くのである。
 元々あった小川を暗渠にして作った遊歩道に、さらに人口の小川を作って下水を浄化して循環させ「せせらぎの道」にしているという、なんだか贅沢というか、税金の無駄使いというか、よくわからないゴージャスな遊歩道なのだ。

 三軒茶屋の太子堂商店街と平行している道と、下北沢のお花見スポットとして人気のある北沢遊歩道に続く道に分岐しているのだが、下北方面を歩いたことがなかったので、今回初めてそっちを通ってみた。
 かなり長い遊歩道なだけに、歩いていると、植物相も水路の仕様も変化するので、その雑多なかんじが面白い道である。循環式の「にせ小川」だから、魚は住めないのだが、ところどころに鯉がいるのは、計画的なものだと思うんだけど、金魚がいるのは「縁日あがり?」と思うのだが、若い母親と何人かの子供たちがその金魚を必死にすくっていたのは、「いいのか?」と思ったが、でも、あちこちで、網や竿を持って遊んでいる家族連れがいて、「ああ、こんなニセの小川でも、子供は楽しそうだなあ」と、その子供たちが小川で楽しそうに遊んでくれて、伸び伸びと育って立派な大人になってくれれば、この遊歩道につぎ込んだ莫大な予算もペイするのかもしれない。

 実際、出来た当初よりも、日が経つにつれ雑草も生えたし、植生も雑多になってきて、巨大な「秘密の花園」化している場所もある。区である程度管理しているのだろうけど、近隣住民が勝手に種をまいたりしてるんだろうな。

 まあ、ほんとに「まやかし」というか、テーマパークのお庭みたいな嘘くさい空間なのだが、それでも、市民の憩いの場としてはよくできていて、小型犬を散歩させてる老人たちが、ベンチに座って「うちの犬自慢」に花を咲かせていたり、美しい花が咲く木陰で、ただボーっとしているカップルがいたり、なぜかいつもいるカルガモ夫妻を通りがかりの人がぼんやり眺めていたり(カルガモ夫妻は、2組目撃した)、人工的な小川でも、アメンボが大量発生していたり、まあ、けっこうステキなお散歩コースなわけです。
 犬の散歩によし。ジョギング、ウォーキングによし。子供が水遊びするのによし。ベンチで読書するのにもよし。

 アホらしい空間ではあるが、あれがあると近隣の地価が上がりそうだしな。やっぱしペイするのかも。

 そんで、なんだかんだ言っても、あれが近隣住民に愛されているのは間違いなく、そのためか、ゴミや落書きもほとんど見ない。どういう形でメンテナンスされてるのかわからないのだが、手入れが行き届いているのは間違いなく、今のところかなり上手く維持されているのだ。

 嘘くささとバカにしつつも、あの「せせらぎの道」が今後も美しく維持されるのを願っているのでありました。
 カメが泳いでいるのは目撃したが、おねげーだからワニなどを放流しないように。
6月10日(金)

 今日は「路頭」の日?

 久々に仕事の愚痴でも書くか。
 最近、控えていたのだが・・・・・

 前に、ハイジと査定面談していたとき(あのときはT部長の気まぐれだったらしく、次回は免除されてやれやれであった)、「早く主任になりたいんすよね。主任手当てほしいし」と言われて、びっくりしたのだが、同時に「シンプルでいいなあ」と羨ましくもなった。
 もしかしたら、あれは冗談だったのかもしれないが、でも、私が「それなら主任より、さっさと課長になってよ。あたしは課長代理ですら、やなんだから」と言ったことのほうが冗談と受け止められていた可能性も高い。

 さて、派遣社員のアシスタントが次々と辞め、さすがのT部長も「もう、いい」ということになって、総務部はしばらくアシスタント無しでやっていた。私は元々、小さな会社でなんでもやっていたので、(それこそ、トイレ掃除までやっていた)そういうのが苦にならないし、デスクワークばっかりだと飽きるので、気分転換に嬉々として雑用をやっていたのだが、他の女子2名も、それほど忙しいわけでもないので、けっこう合間をみてやってくれていたので「アシスタントがいなくても、実は困らなかった」ということに気がついたようだし、そうしてやっと「今までいたアシスタントさんは、いかに暇だったか」を実感してくれたようである。

 ところが予想はしていたのだが、4月から6月くらいまでは、わりと総務の仕事は忙しい。
 特にクララが最近、ドタバタすることが多く、気がつくとこちらから声をかけて手伝うようにはしていたのだが、大人しい彼女はなかなか人に頼めないようで、自分ひとりで頑張っちゃって、結果的に他部署に迷惑をかけることになったり、ぎりぎりになってこちらが見かねて手伝うと、慌ててやるから私も間違ってしまうので「こりゃ、落ち着いたら教育的指導しないと」と思っていた。

 それとは別に、先月からできた「暫定的ミーティングスペース」の管理の話しが持ち上がって、そこのフロアが基本的に無人のため、電気やエアコンがつけっぱなしになっていることが多いということで、「じゃあ、総務で当番制で、6時には一旦消灯することにしよう」ということにした。

 分量的には大したことではないが、そういう管理業務がだんだん増えてきたわりには、総務の人数はアシスタントを含めて2名減っており、うち1名の社員は仕事をそっくり持っていったので仕事的には同じなのだが(新しい部署ができたので、彼女の仕事はそっちになった)、「庶務」の仕事の負担は増えた。

 総務のチーフとして(手当てやるからハイジに替わってほしい)、他3名を集めて「いろいろ雑用ばかり増えちゃうけど・・・・」
 そんで、T部長も「総務の人数少ないから、またアシスタント雇うか?」と言っていたのだが、でもやはり事務仕事が全然無いので、「1人雇うだけの仕事量がないから、またこちらが気を使うだけなんで・・・・」と私は消極的な姿勢を貫いたのだが、でも、クララがあまりにも忙しそうだったので、念のため皆に「もし、そういう要望があれば、またアシスタントはいつでも雇うから、言ってね」と改めて公言しておいた。

 でも、やはり皆も「たしかに、いたら助かるけど、でも、フルタイムで1人は要らないよね」と、状況はわかっているようだ。

 しかし、「10時から2時くらいまでいてくれたらいいよね」と勝手なことをのたまうので、「そういう人を探すのが一番難しいの!自分で探してみろって」
 ハイジも「前の派遣だったTさんとも話したことあるんだけど、相当暇らしかったっすね」と、今更なことを言うので、「おめーが経理に配属になったので、アシスタントの仕事がごっそり減ったんだろ」と言えなかった。
 ハイジが来る前、私がアシスタントにお願いしていた事務作業を含む仕事をハイジに引き継いだときに「この作業は、派遣の人にお願いしていたから」と説明したのだが、機関車ハイジはガムシャラに自分でやっちゃったのである。

 クララは「月に3日間くらい忙しいときだけ来てくれれば」と、やはり無茶を言うので、その程度のことなのはわかっていたので、他の部署の暇そうな派遣社員に手伝ってもらえるよう、そこの部署の部長にも本人にも話しを通したのであるが(それも、チーフの役目だと思って・・・・そんな仕事やりたくないんす私は。手当て要らないから)、そのときにも、クララには散々「暇なうちに、必要じゃなくても仕事を手伝ってもらっておいたほうが、なにかあったときに助かるよ?」と、コツを伝授したつもりだが、そういう「人生において大切なこと」は、もっと口をすっぱくすっぱくすっぱまんで言わないと伝わらないのね、とほほ。

 ちゅーわけで、そんなこと言いたくなかったが、クララには私なりにビシりと、「仕事が重なるときには、私もハイジも手伝うから。でも、ちゃんと予想して、早めに言うように。急に手伝うとわけわかんなくて困るでしょ?それに、○○部の派遣社員Kさんに手伝ってもらって構わないんだよ?今回はちょっとイレギュラーで立てこんだのはわかるけど、それをちゃんと事前に予想して、要領よくやるように」と言った。
 ぜーぜー。
 あたし、こういうの苦手なのよ。

 でも、課長代理の手当て貰っているから、その程度のことはやらないと、給料ドロボーになっちゃうし。
 (でも、基本給が低いから、勤続年数が長い平社員より、かなり安いらしんだけどね)

 個人的な趣味を言えば、年中こんなに忙しいわけでもないので、たまに皆がドタバタするようが活気があってよいと思う。
 個人的な趣味を超えて「呪術的な趣味」であるが、私は「忙しくしているところには、さらに仕事が舞い込んでくる」と信じていて、まあ、それが金になればいいわけだ。(ならない場合も多いけど。でも暇で金儲けできるとは思ってない)
 特にうちの総務部は、受付部門も兼ねているので、来客をアンニュイな午後の眠気の雰囲気でお迎えするよりも、「○○とお約束ですか。それではこちらでお待ちくださいませ」なんて言ってる間に、ああ、内線が、外線が、ドタバタ、すいません、今立てこんでいるので折り返しお電話いたします、な戦場な雰囲気でお迎えするほうが、長期的には利益に結びつくと思っているのだ。
 大きな会社だと、もっと重厚にやればいいと思うが、小さな会社だと、「みんなで頑張ってます」な雰囲気のほうが効果的だと思うのである。

 まあ、そういうわけで、「今はちょっと忙しいけど、しばらく様子を見ましょう」ということになった。こういう小さなミーティングでも(ほぼ、立ち話状態。つーか、最近は大企業でも椅子無し会議なんかが最先端らしいので、トレンディーなのかもしれない。でも、ほんと、わざわざ会議するよりも、ちょっと立って集合したほうが、サクサク進むね)やったほうが、部下が納得するというのはなんとなくわかってきた。

 そういうとき、好き勝手に意見を言ってもらうのはいいことだが、ハイジの「好き勝手な意見」がまた私を「目が点」にさせた。

 「どーせ、人員補充するなら、男がいいな」

 はあ?だって、給与明細のミシン目ピリピリとか、A4の用紙を300枚三つ折りにするとか、ミーティング・ルームの管理とか、アイスコーヒーを作るとか、電話番とか来客応対の話をしてんのよ?

 もちろん、男女差別するつもりはないが、男性のほうが雑用に対する耐性が低いのは、私の今までの人生での統計上の感想である。

 と思っていたら、ハイジは「そんで、ビシバシしごきたいな」だって。

 それは冗談なのか、本気なのか、私にはよくわからない・・・・

 でも、どうやら、このフロアで(総務以外にも2部署ある)、自分がずっと一番下っ端(男で)なことが気に入らないらしく、後輩が欲しいらしいのである。

 たしかに、ハイジが配属されてきたとき、オジサンたちは嬉しそうにハイジをつついていた。
 あの当時、私は「みんな兄貴ぶりたかったんだなあ」と素直に思ったが、それは男の本能なのかね?

 私には、たぶん一生わからない感覚である。部下なんて欲しくないし、ビシバシ言うのも面倒だ。
 T部長からは、「ハイジにはもっとビシバシやっていいから」と言われてるし、そういや前の部長のO氏にも同じようなことを言われ、その当時は「ロッテンマイヤーみやの」と自分にあだ名をつけて、自らを鼓舞したのだが、どーも私は兄貴風を吹かせるのは苦手だ。
 それでも、そういう役割を「それが君の仕事だ」と言われれば、しぶしぶ、自分なりにやってきたが、ほんとにほんとに苦手なのよ。

 でも、たしかに、なんちゃって兄貴風を吹かせると、ハイジも一時的にテンション上がるようで、やりやすくなるのだが、早くハイジに一人前になってもらって、私のアニキになってほしい。

 でも、これはハイジが「オス」だからではないのかもしれない。前の同僚だった、典型的ギャルだった子も、よく上司のO氏に「経理には新人入ってこないんですか〜〜〜〜?」って言ってた。O氏が「だって、人数足りてるから、それは無いよ」と言うと、「え〜〜〜〜、つまんな〜〜〜〜い」

 それは、あんたより10歳年上の私だけじゃ、「つまんない」ってこと?
 まあ、気持ちはわかるが、そういうのは私がいないところで話してもらえないか・・・・な?

 と、毎年、新入社員が配属される時期になると深く傷ついていたのであった。

 ふと思ったが、ハイジが「男の後輩ほすぃ」と言ったときに、クララもちょっと傷ついたかなあ?

 まあ、とにかく、後輩の飼育を任命されるとウザいこと甚だしいので、早く私を蹴落としてほしい。
 つーか、ステキな旦那でも紹介して、ミヤノさんを寿退社させてみろ、このヤローめ。

 ほんと、若い女子社員が何考えてるのかもよくわからないが、男の子社員の「サル山そのまんま」な視野も私には生理的に理解できないのであった。

 サル山管理手当ては要らないので、あたしをお願いだから「人間の」平社員に戻してください。
6月9日(木)

 ロックの日でした。

 毎日、留守電のメッセージ・ランプを眺めては「ふー、今日もない」とガッカリしたり、「あ、入ってる!」と喜んで再生したら、服屋からのバーゲンのお知らせだったりして、さらにガッカリしたりの約2週間であったが、やっと今日、ついに図書館から電話が入った。

 世田谷区に所蔵されてない「新しい太陽の書3 警士の剣」をやっとどこかから調達してくれたらしい。

 他の本を読んでしまうと、せっかく構築した世界観が崩壊してしまいそうだったので、短編SFを読んでお茶を濁していたのである。あと、どっかでお勧めになっていた「電車の中で読んではいけない笑える本」を買ってみたら、全然笑えなくてムカついたり。

 本といえば、今朝の電車で、お向かいに座っていた女性(長い黒髪の清楚な美人)が熱心に読んでいた本が、「TFT 思考場療法」という本で、「わー、怪しげ〜〜〜」とさっそく調べてみたのだが、ツボを数分叩くだけで、いろいろな神経症に効くとかいうやつで、簡単にやり方を紹介しているページもあったのだが、(TFTといえば、液晶モニタしか思い浮かばなかったのだが、「Thought Field Therapy」の略だったんですね)、けっこう面倒くさそうだ。

 つーか、眉の付け根と、目の下のツボを押すのは、高校のころ、きょうみちゃんから教わった「目に効くツボ」であるので、会社で疲れ目になるといつも指圧しているのだが・・・・

 うつ気味のときに、この一連の動作をできるのかどうか疑問だ。落ち着いて自分の体を軽く叩けるようだったら、そもそも大したことないと思うが、ぜひ試してみたいものである。その前に、そういう症状にならないといけないなあ。「対人恐怖症、依存症、PTSD、パニック発作、うつ、などの症例」ですか・・・・

 お!でも依存症なら自信あり!

 今週は、珍しくお酒を飲んでないのだが、今日はスーパーでふらふらとビール売り場に吸い寄せられてしまったが、「でも、ちょっとだけなら、要らない」と我慢した。いえ、明日の花金にその分、がっつり飲もうと思って。
 やっぱしツボをトントンしないといけないかしら。
6月8日(水)

●大漁?

 うちのアパートの玄関の天井の片隅に蜘蛛の巣があるのですが(勝手に通称「守護神」)、今日、よくよく観察してみたら、小さい虫がびっしりかかってました。
 蜘蛛にとっては、「お母さん、今年生んでくれてありがとう」ということなのか、それとも「けっ、小物ばっかで網が疲労しちゃって、大物がかからねえ」ということなのか、インタビューしたくなりました。

●W杯予選 北朝鮮戦

 先日のバーレーン戦では、試合開始前に寝てしまったくらいなので、私のW杯予選にかける気持ちはあまり盛り上がってないのだが、今日は見逃せませんよ。
 無観客試合なんて、滅多に観られないもん。

 もっと、しーんとした会場を期待していたので、場外での日本サポーターの応援の音がうるさいよ。
 それでも、シュートする場面でも「うぉぉぉぉぉ」という歓声無しというのが、なんだかとっても楽しかった。
 ボールを奪っても奪われても、倒されても倒しても、「咳をしてもひとり」ってかんじ(笑)。
 観客のどよめきがないと、こんななんだなあ。もっと、「効果音の無い、ホラー映画」みたいなのを期待していたのだが、テレビ中継ゆえに、けっこう意図的に音を拾っていたようだ。選手同士の掛け声がけっこう聴こえたのは面白かった。解説によると「もっと声かけたほうがいい」とのことで、「こういうとき、中田だったら」と言われていたので、せっかくの無観客試合に中田が欠場だったのは残念でした。

 選手の声や、ベンチや、客席にいる関係者の声で、それなりに賑やかだったので、「まあ、こんなもんか」と後半は無観客であることに慣れてしまって、後半に1点入ると、漫画読み始めていた。

 そして、私のテンションがいきなり上がったのは、試合終了直後の「あわや乱闘シーン」が、観客がいないと、なんだか荒川の土手での高校生のケンカみたいだったことと、その直後にホイッスルが鳴り、そこで会場を揺るがすような大歓声が沸きあがってくるはずなのに、聴こえてくるのは、まばらな拍手と、アナウンサーがいつもなら「この大歓声!」と言ってしばし大歓声をテレビ視聴者にもじっくり聴いてもらうところで、それができないので、アカペラで唄うシロートのような初々しさがあったあたり。

 試合内容はそんなに面白くなかったが(ヤング・ユー読みながら観てる人に言われたくないと思うが)、無観客試合は堪能しました。

 とってもホノボノした、W杯出場決定。日本の人口密度がいきなり百万分の1になったような涼しさを感じた。タイは当然のことながら、とても蒸し暑かったようだが、この試合を日本の真夏にやってくれたら、体感温度が2度くらい下がって、まさにクール・ビズだったかもしれないのが、少しだけ残念である。
6月7日(火)

 余ったタマネギとニンジンをなんとかしようと、今日もまたスープを作る私であった。
 タマネギをたくさん使う料理というと、カレーかシチューかスープしか考えつかないのである。
 今日のアミノ酸担当は、アサリ。
 ええと、こういうのをクラムチャウダーと言うのでしょうか?(よくわかってない)

 とにかく、タマネギを刻んで弱火で炒めて、ニンジンも炒めて、そこにアサリも投げ込んで炒めて、それを煮立ったお湯に入れてから、「栄養のバランスを考えて」買ってしまった厚揚げもぶちこみ、とにかく煮ました。

 今日の青モノ担当は、90円で売ってた水菜。
 スープができたら、鍋の春菊みたいにサッと入れて、さっと食べようという作戦である。
 もはや、この料理に名前はない。
 だが、私はこういうぶっこみ料理が大好きなんである。要するに単なる「鍋みたいなスープ」である。

 水菜をテキトーな大きさに刻んだあと、鍋にぶっこむ前に、そのまま口に入れてみたら、シャリシャリとなかなか美味しい。数年前から急に関東でもポピュラーになった野菜だが、この食感は好きだ。
 ふと、その切った水菜に、ジュラ塩をつけてみた。うまい!

 甘口の塩であるので、スイカやトマトとの相性はイマイチだったが、こういう苦味のある野菜だと、塩振っただけで、上品な浅漬けのようになる。ジュラシック・ソルトと水菜の出会い・・・・いいものを発見した。

 自炊とは関係ないが、最近ふと「香水が欲しいな」と思った。
 20代の頃は、けっこう香水が好きで、いろいろ試していたのだが、最近はとんとご無沙汰である。
 そうなると、香水の最新情報にも疎くなっているので、なにがどうなのかよくわからない。
 香水選びに苦労するのは、何度も試せないことである。口紅だったら、ティッシュで拭ってまた塗ればいいが(何度もやっているうちに、だんだんどうでもよくなるのだが)、香水はつけてからしばらくすると香りが変わるし、最低でも1時間くらい置いておかないと、本当に好きな香りかわからない。

 この間、NZに行くときにも、成田の免税店で、プシュっと手首につけてみて、そのときにはなかなかいい香りだったのだが、搭乗するころには、イマイチになってしまった。このように、海外旅行に行っても、往復、一つづつしか試せないので困る。ちなみに、NZ旅行の場合は、帰りの飛行機が一部欠航になったので、乗り換えの時間が短くて、そんな暇なかった。

 デパートに寄って試せばいいのだが、デパートの化粧品売り場は私には「怖いところ」なので、なかなか気楽に近寄れない。たまに用があって、通過するときに、店員の目を盗んでそそくさと香水をブシュっと試す私は、傍から見ると万引きしているようにしか見えないだろう。

 先日、近所の大きなドラッグストアでシャンプーを買おうとしていたら、その真中に香水コーナーがあるのを発見した。品物はガラスケースに入っているが、外側に香りのサンプル瓶がずらりと置いてあったのだ。チャンスとばかりに、サンプル瓶をいろいろ開けてみた。
 と言っても、鼻が持つのはせいぜい3つくらいなのだが、少しでもあたりをつけておこうと思ったのである。
 まず、瓶のデザインで好みなものを選び、その番号と同じ番号が振ってあるサンプル瓶を探して、くんくんしていた。「うーん、これは甘すぎ」「うーん、これはちょっとキツいな。ああ、男物だったか」

 ドラッグストアなので、そんなに種類はないし、若い女性に人気のありそうなブランドが並んでいた。
 いちおう「フローラル系で甘い」とか「海の香り」などと簡単に説明も書いてあったので、どれどれと屈んでみると、解説よりも目立つ文字で書いてあったのは「黒木瞳愛用」

 目が悪いので、気がつかなかったのだが、よくよく近づいてみると、サンプル瓶の約半分には、そのようにタレント名が書いてあった。「木村拓哉愛用」というのもあったが、やはりファッション誌を飾るような、若手美人タレントの名前がずらりと並んでいた。

 それで、いきなり萎えてしまった私のほうが変なんだろうか?と、ちょっと悩んだ。

 だって、人と同じなんてやなんだもん。
 そりゃ、昔、ロンドンで「ビヨークも愛用」っていう化粧品ブランドの口紅買ったりしたけど、でもビヨークと同じ色なわけでもないし。

●アブラムシがのさばっているようです

 少し前から、時候の挨拶でも「アブラムシが異常発生してるそうで、おほほほほ」などと言われていたが、アブラムシといえば、草花の幹にびっしりくっついてるヤツだとばかり思っていたので、「ほお、そうなんですか、でも、あまり見かけませんなあ」なんて言っていたのであるが、最近のニュースを見て、そこらを集団で飛んでいるのがアブラムシだということがやっとわかった。

 そういや、なんか小さい羽虫が多いとは思ってたんだ。
 でも、自分が子供のころは、よくあんなふうにたくさんいたので、別に異常だとも思ってなかった。
 よく虫取り網で、ひとすくいで何匹捕獲できるか競ったもんだ。夕方の街灯の下とかで。

 するってえと、部屋の中をひょろひょろと飛んでたのもアブラムシだったの?

 あれも、梅雨から夏にかけては、よく部屋に迷い込んでくるので、別に異常とも思ってなかった。

 あれが、アブラムシなのかどうかはよくわからんのだが、そう考えると、「小さな羽虫」の名前なんて、知ろうとしたこともなかった。だいたい、小さすぎて種類の区別つかないし。
 台所の三角コーナーの生ゴミに群がるのは「ショージョーバエだろう」と勝手に納得しているだけである。あれも、本当はどうなのか知らない。

 ふと思い出したのは、うちの母が時々思い出したように語る「小さい羽虫が異常発生した年」の出来事。
 私は記憶にないので、まだ幼稚園にあがるかあがらないかのころだったのだろう。当時の家は、窓が木枠だったので、夏でも蚊などの小さな虫はよく入りこんできたし、蛍光灯に群がる羽虫も多かった。
 そういう季節になると、夕食を蛍光灯のすぐ下に広げると、落ちてきた虫がトッピングされてしまうので、「今日はムシの日だ」ということになると、テーブルを移動させていた。
 毎年、バラバラと数日くらい、そういう「ムシの日」があったのだが、そういうときになると母は決まって「あの時はすごかったわねえ?お父さん」と話しはじめるのである。

 やはり、蛍光灯にたくさん羽虫が群がるので、夫婦は食卓を避難させていた。
 そして、なるべく電灯を消して、外から羽虫が集まらないよう用心していたらしい。
 父も母も、あまりそういうことに神経質ではないのだが、そのときは「これは凄い」と思ったそうである。
 夕飯も済んで、お風呂に入ったのだが、風呂桶の水面にもびっしり。「今日は、電気をつけとくとダメだから、早寝しよう」と早めに床に入ろうとしたら「シーツが真っ黒になってたのよ〜〜〜〜〜。最初は部屋が暗いせいかと思ったんだけど、ぜんぶ、ムシで真っ黒だったのよ〜〜〜〜〜」

 それ以来、そんな異常事態は起こったことがないそうだが、そのときのもひょっとしたら、アブラムシだったのかね?

 今のところ、私はあんまし気にしてないのだが、たしかに今年は目に飛び込んでくる羽虫が多いような気がしなくもない。でも「飛んで目に入る梅雨のムシ」とか詠っているんですが。
 あれを目の縁から取り出したときには、もうご遺体はぐちゃぐちゃになっているので、なんて種類なのかわからないのですが、もしかして「飛んで目にいるアブラムシ」なのかなあ?

 思い出が芋づる式ですが、そういえば、実家でときどき「ムシの日」があって、おかずに羽虫が落ちていると、嫌がる妹だか弟だかがいたと思うが、私は多少だったら気にしなかった。でも、さすがに白いご飯にごま塩状だと食欲が減退したが・・・・
 もちろん、気がつけばちゃんとよけて食べたが、ハエと違って「ウンチ触った手で、私のご飯にタッチ」しているわけではないという勝手な思い込みから「衛生的」だと信じていた。
 誰かが「間違って食べたらヤダー」と言うと、うちの母は決まって「でも、アフリカのどっかでは、年に一度、シロアリが大発生して、それが貴重なタンパク質だから、みんな喜んで食べるらしいわよ」という海外ドキュメンタリー番組(「すばらしき世界旅行」とかなんか)で仕入れた話しを披露して、子供たちに嫌がられたのであった。

 でも、あのアブラムシかもしれない羽虫は、いくら食べてもお腹にたまらないような気がする。

 せっかく大量発生しても、害虫扱いで気の毒だから「実は、コエンザ○ムよりも老化防止に効く」とか、「実は、中国ではバイア○ラよりも貴重」などということになったりしないだろうか?
 どっちにしても、アブラムシにとっては災難か。

 と、呑気なことを言ってますが、これが「蚊の異常発生」だったら、殺虫剤片手にまた大量虐殺モードになってますね、きっと。
6月6日(月)

 「今日はオーメンの日だね」と会社で言ったのですが、「そうだね」と言ってくれたのは、10歳年上の部長だけでした。

●アイ・らぶ・生活 大作戦

 昨日はジュラシック・ソルトでスイカを食べてみたが、袋に書いてある解説によると「肉料理やスープに最適」だそうで、たしかに、あまりピリリとした刺激の少ないマイルドな塩なので、好みもあるでしょうけど、生野菜には物足りないかも。

 そんで、今日は会社帰りに「じゃあ、肉料理でも作るべ」と決心しました。
 料理作るのなんて、何ヶ月ぶりでしょうか。

 地震・カミナリ・私の家事の頻度が同じくらいになれば、消防庁も東京電力もかなり暇になるでしょう。

 このままじゃ、いかん!

   というわけで、ジュラ紀の塩が本物だかどうだか知りませんが、踏み台にさせていただきました。
 帰りに、肉と野菜を買った。昼食に豚肉を食したので、バランスを考えて牛肉にしたのですが、それでも合計900円くらい。

 まず、100円だった、空心菜をもっと控えめな性格にしたような野菜をがっつり二つに切って、芯のほうをざっと炒める。
 家にあった唯一の油だった、オリーブオイルの賞味期限は2004年9月でしたが、気にしない。死にゃーしないよ。油が悪くて、腹でもこわせば本望だ。
 そして、ニンジンを4分の1本ほど加えて炒め、牛肉を入れて、ちょこっとだけヒラタケを加えてから、ジュラ塩をパラパラ。

 コショウ(これも、何年前からあるのだろう?)をちょびっと振りましたが、ほぼジュラ塩だけの肉野菜炒めです。出来たてをさっそく試食。
 やっぱ、塩味がマイルドすぎて薄味だ。さらに振り掛ける。まだ薄い。普通の塩よりもかなり大胆に振り掛けないといけないようです。

 でも、やっぱ、ちょっと油がクドく感じるのは気のせい(笑)?

 肉野菜炒めを食べてから、残りの食材をスープにしました。そのためにタマネギも買ってきたのだ。
 そっちには、かなりの量のジュラ塩を入れてみたけど、やっぱり口にしてみると、そんなに塩気を感じない。
 でも、半分くらい食べていたら、味に慣れてきたのか「このマイルドな塩加減が素材の味を・・・・」と思えるようになってきた。
 舌がやっとジュラ紀に戻ったようだ。

 さーて、これで久々に自炊して、この調子を維持しようと、洗濯しながら、アイロンがけだ!

 全部終えて、風呂に入ると、もう11時過ぎていた。
 アイ・ラブ・生活は、けっこう忙しい。

 まあ、たまにはいいでしょう。(って、これで終わり?まだ、タマネギもニンジンも余っているのよっ!)

 残ったジュラ塩で体でも洗うかね。(昔、流行ったよね)
6月5日(日)

 お天気がまあまあのようだったので、笑っていいとも増刊号を観ながら洗濯。
 「タモさんの驚異の記憶術」が披露されてた。タモさんステキ!

 たしかに、そのコツを教われば、「あの」仲居君でも5個くらいはスラスラと暗記できるのだが、でも、タモリは「写真を観て、その名前を30個連続して言うクイズ」をやりながら、30個憶えていたのである。
 私も一緒になって、その「モノの名前を言う」をやっていたのだが、とっさに出てこない物も多かった。「かんざし」などは、思わず「串刺し!」と言ってしまいそうだったし、「スパイク」もすぐ出てこなかったし、「ナット」なんて、言われればその通りだが、とっさには出てこない。

 ああして、何の脈絡もなく画像が出てくると、けっこう難しいもんですね。

 タモリは、「朝起きてからの普段の行動に、モノの絵を絡める」という方法だったけど、そういえば、昔、ビートたけしも、次々と出てくる何の脈絡もないモノを10個、順番に憶えるという企画で、1人だけクリアしていた。彼のコツは、「体の部分に当てはめる」そうで、頭が1で、首が2で、肩で3、4、手首で5、6みたいな方法だった。

 人によって、いろんなコツがあるようだが、いくら教わっても、じぇんじぇん出来ません。
 子供のころから神経衰弱は超苦手だったし。

 そういう記憶力は人並み以下だが、「道順」だけは、人よりもよく憶えているのが不思議。
 自分ではそれほど優れているとも思ってなかったのだが、何度か逆歩行に歩き出す友人を「そっちじゃないよ」と引きとめたことがあり、「なんで、みんな、そんなに方向音痴なのか?」と驚くことが多い。

 それは記憶力のせいというよりは「そもそも憶える気がない」ということらしいが、私はいつも「次に来るときには1人で来れるように」とポイントをちゃんと確認しておくだけだ。だから、「信号3つ目を右」のようには覚えてなくて、途中の商店街に美味しそうなキムチを売っている韓国食材店があるとか、昔ながらのタバコ屋さんがあるとか、住宅街でも、ガーデニングに燃えている家とか、変わった苗字の家などを心にとめておくだけ。

 あと、散歩&地図好きなので、目的地(友人の家など)が出発点(駅など)から、どういう方向なのかをざっと頭の中で描いているので、それは東西南北じゃなくても、駅に降り立ったときに「あっちの方」というのはだいたい憶えているので、反対方向に歩き出したりしないようである。

 笑っていいともが終るころには、いい天気になってきた。
 シーツと枕カバーを干してから、外に食事にでかけた。下北沢でボルツのスープカレー。
 少し前(でも、1年くらい経つか)に出来た店で、「へえ、ボルツなんて懐かしいなあ」と思って入ってみたら、野菜たっぷりで美味しかったので、ときどき行っている。

 最近になって、友人から「スープ・カレーがブームなんだって」と聞いて、「そうだったのか」と気がついた。  たしか、そう言った友人は、現在子育て奮闘中で「自分の時間がないよ」が合言葉のA嬢で、「ああ、そういえば、下北にもボルツが出来たので、行ってみたら、メインがスープカレーだったな」と言ったら、A嬢がガバっと真剣な目で「そこ、お、おいしいの?」と迫ってきたので、後ろによろめいた。

 彼女はそれほど食事に執着しない人であったが、「自由に外出できない」というストレスが、外食への執着心を生んでいるらしい。
 「おいしいの?」って迫られても、「そりゃ、美味しいとは思うけど、でも、ボルツだよ?」と言ったのだが、私にとっては「たまに1人でブラリと入る、客単価1500円のちょっと高級カレー屋。まあココイチよりは上等」ってもんだが(カレーが1000円以上ってのは確かに高いが、デニーズでまともに食事すると同じくらいかかるし)、外食に飢えている人にはたまらん話しだったのだろう。

 カレーを食べてから、ふらふらと散歩した。
 ちゃんと日焼け止め&帽子&サングラスで武装していたが、3時前だとまだまだ日差しに勢いがあるようで、腕がうっすら赤くなっていた。
 ぐるっと世田谷区役所を大回りして、世田谷通りから戻ってきました。2時間弱のお散歩。

 そういえば、瀟洒な(絶対書けない漢字)住宅街で、こんなグローバルな表札を発見した。

 「NOSE」

 一瞬、「なに?」と思ったが、ローマ字読みに頭をシフトして、やっとわかった。「野瀬さん」か「能勢さん」か「能瀬さん」なんだろうな。
 ぜったい、英語圏ではノセって読んでくれないだろうなあ。フランス語圏だと、大丈夫かなあ?ROSEをロゼって読むし・・・・でも、ノゼになっちゃうだろうなあ。

 でも、すぐに憶えてもらえそうなので、いいのかも。日本人が「デブリンさん」なら一発で覚えるみたいに。

 世田谷通りと、環七の交差点の一角に、大きなマンションが建設中なのは知っていたが、いつのまにか完成して、一階には大丸ピーコックが入っていたので、中に入ってみた。
 下北沢に住んでいたときには、よく駅前のピーコックを利用したが、あそこは昔からわりとエスニック系調味料が充実していたので好きだったのだ。
 そんなわけで、そこのピーコックでもそういう棚を眺めていたのだが、ふと、塩が並ぶ棚で目がとまった。

 「ジュラシック・ソルト」

 ジュラ紀の海底が隆起した地層から採った塩なんだって。

 うーむ。ジュラジュラ。としばらく迷っていたが(最近、自炊してないので、塩なんてほとんど使用しないし、いっぱい余っている)、400円弱だったので、「この値段だったら、無駄使いしてもいっか」と思って買って帰りました。

 そんで、せっかくなので、もっと近所のスーパーでまたスイカを買って「これで、ジュラ紀の塩を味わおう」という作戦。

 家に帰り、シャワーを浴びたあと、さっそく風呂上りのスイカ with ジュラシック・ソルトを味わいましたが、まあ、別に、恐竜の味がするわけでもないよな。当たり前だが。

 草食恐竜とか、美味しかったのかなあ?

 現代の我々の口に入るものは、ほとんど食用として古来から品種改良されているので、原種だから美味しいということはほとんど無いのですが、そう考えると、ほとんど品種改良されてないのに美味しい魚貝類っていうのは凄いね。
 そういや、私は食べたことがないのだが、イノシシは美味しいらしい。と弟が言っていた。「なんで、豚になっちゃったの?このままでよかったのに」と思ったそうだ。
 イノシシだと大量生産できなさそうだからなあ。しょうがないよね?

6月4日(土)

 やっぱし、寝てしまった。昨日のバーレーン戦。
 前半くらいは大丈夫かと思ったが、試合開始をおぼえてないので、その前に眠ってしまったようだ。
 25時以降の試合は、やっぱし、お昼寝しないと無理らしい。

 夜にやっていたテレビ東京の旅番組を観ていたら(テレ東のその手の番組は、タレ流し鑑賞に最適)、某タレントと一緒に旅する友人が、昔の知人だったので「えーーーーー!」と驚いたが、でも、彼はそのタレントの兄のマネージャーをやっていた人なので、まあ、そんなにびっくりするようなことでもない。

 元マネージャーといえどもシロートであるが、声質がいい人だったので、テレビ映えがしたし、笑顔がチャーミングな人当たりのいい人だったので、シロートとしては、なかなかテレビ写りがよかった。


6月3日(金)

 「金曜の夜、アーバンな女は恐竜を観にいく」と勝手に決めて、今日は上野の科学博物館の恐竜博に行ってきました。
 アーバンなところで働いていないので、いつもより1時間早く出勤して、1時間早く出社。
 6時半前には到着しました。

 上野駅の公園口から出ると、そこは都内でも有数の「芸術の森」であります。左に見えますのは東京文化会館。幼稚園のころボリショイバレエを観たのは、ここでした。
 私は幼稚園でのお遊戯がなぜか得意で、ベテラン保母さんに絶賛されたため、親がなんか勘違いしたのでしょう。だって、チケット代高かったと思うし、付き添いは父親だったんです。(母は弟・妹と留守番)
 たぶん、今だと2000円くらいで売っているような、ハードカバーの「ボリショイバレエ団の全プログラム紹介」の豪華パンフレットまで買ってもらっていた。あれを何度も何度も何度も飽きずに眺めていたのを思い出す。そんで、家にあったソニーファミリークラブ(だったと思う。今でも時々、新聞に広告載るやつ)の「クラシック名曲集」のLPレコードの「白鳥の湖」とか「くるみ割人形」をBGMに、母親のスカーフを組み合わせ衣装をこしらえ、お茶の間で出鱈目バレエを嬉々として踊っていたのだった。

 弟や妹もその影響を受けたのか、彼らも幼稚園の学芸会では稀な才能を見せ、私を高く評価してくれたベテラン保母さんが「ミヤノさんちは、みなさん才能豊かで」と、持ち上げてくれていたらしい。

 30数年経った今、そんなことを思い出し「あれはいったい、なんだったんだろう?」と首をかしげる。
 その後、踊りの才能があると言われたことは一度もありませんでした。
 たぶん、ミヤノ家のお子様たちは、あのベテラン保母さん(当時、50歳くらいだった)と波長が合ったんだろうね。

 そして、右に見えますのは、西洋美術館。
 ここも思い出がたくさん詰まっている。高校のとき観にいったモネ展に感激したし、ゴッホ展もここだったな。バーンズ・コレクションはそんなにいいと思わなかったけど。

 このように、上野公園の中に入ると、過去の記憶がわらわらと蘇ってくるので、あそこは好きだ。
 ランランとカンカンも観にいったよなあ。
 あんときは、展示室の前がごった返していたけど、前後にロープが貼ってあって、お子様は前のほうで観ることができた。女性専用車じゃないけど、子供用スペースは空いていたんだけど、後ろの大人用スペースは、立ち止まれないほど混雑していて「立ち止まらないでください!」と拡声器で煽られていた。

 あのとき「ああ、自分は子供でよかった。大人になんてなりたくない」と思ったのをなぜかパンダよりもよく覚えている。

 なかなか科学博物館にたどり着かないが、西洋美術館のすぐ後ろがそれ。
 新館ができちゃったので、雰囲気が変わったのか、ここでの思い出はあまり思い出さない。
 ただ、入り口にあるSLとか、シロナガスオオクジラの模型を見ると、毎回「なんか懐かしい」と思うんだけど。

 金曜の夜だけ、8時まで開館していて、その時間が空いているのでお勧めと公式HPにも書いてあったのだが、けっこうお子様連れの姿も多かった。
 仕事帰りのお父さんと合流しているようで、仕事カバンを持ったお父さんと小学生の息子が真剣に展示を眺めている様子は、なんだか微笑ましい。

 私だけかもしれないが、母親とどこかに出かけるのは日常茶飯事であるが、父と二人で外出っていうのは珍しいので、けっこう記憶に残っているものである。
 それに、父との外出は、けっこう「本当に観たいもの」である場合が多い。家族揃っての休みの日の外出というのは「休みだから、どっかに連れていかないと」という動機が多いが、「じゃあ、お父さん、ミヤノを連れてってあげてよ。私は下の子と留守番してるから」という場合は、私だけがどーしても観たいマニアックなモノだったような気がするから。

 さて、今回の「恐竜博2005」の目玉は、なんと言っても、史上最大のティラノザウルス・スーちゃんである。所有者が誰かで揉めたり、結局、10億円でシカゴの博物館が買ったり、と、話題になった。
 すごーく観たかったのだが、「そのために、シカゴまで行くのもねえ?」と思っていた、憧れのスーが、レプリカとはいえ来日したのだから、これは観に行かないといけないだろう。大物外タレの来日公演みたいなもんである。

 デカい恐竜の化石標本なら、幕張メッセでの恐竜展でも沢山見たので、それほど期待してなかったのだが、やっぱし、かなり感激しました。
 科学博物館の特別展示室はそれほど広くないのだが、最初の方の説明展示を観ているときに、仕切り壁の向こうに大きな肉食恐竜の標本の上の部分が見えて、隣にいたアベックの彼女が「あ、あれがスーかな?きっとそうだよ」と言っていたのですが、次の部屋に入ると、いきなり目の前にバーン。

 そう。最初の部屋から見えたのは、別の化石だったんです。それでも十分デカかったのだが、「あんなもんかな?」と思っていたので、スーがほんとに巨大に見えました。
 けっこう小技の効いた演出でした。

 やっぱ、デカいわ。
 それに、ポージングもかなり迫力があるので、「わー、こんなのが本当に目の前に現れたら、足がすくんじゃって、一口で喰われてしまうわ」と、猫に狙われたゴキブリのような心細い気持ちになります。

 でも、いーな。レプリカ標本、あたしも欲しい。
 ついうっかり、エントランスが吹き抜けになっているような自社ビルを持つ会社のオーナー社長になったら、ついうっかり、こういうのをロビーに置きたいね。
 ゴッホの絵よりは安いと思うし。(本物が10億円なら、レプリカはいくらなんだろう?)

 さて、バーレーン戦まではまだ時間がございますが(「タイガー&ドラゴン」観たあとなので、ちょっと楽語調)、スーの大きさに感激しつつ、その周りで「アーバンな男女」が、ケータイで写真撮る姿が途切れないのも、トホホな光景であるのはさておき、スーの鎮座まします部屋の他の展示を眺めてみれば、「スコッティ」と名づけられたティラノの頭蓋骨は「本物」と銘打ってございまして、「はあ、やっぱ本物は味わい深い」とまた感激することしきり。

 「スコッティ」の名の由来は、発見されたとき、スコッチで乾杯したからだそうで、だったら、シャンパーニュでもよかったんじゃないかと一言申し上げたくなりましたが、いやいや、それはアメリカ中部のことでして・・・・あれ?だったら、バーボンで乾杯じゃないの?そっか、普段はバーボンで、特別のお祝いだからスコッチってこと?

 古今東西というゲームで「じゃあ、アメリカの州の名前」「カリフォルニア」「ワシントン」「ニューヨーク」なんていうのがございますが、展示でも紹介されていた「ティラノの化石が発掘された場所」というのが、日本人がなかなか思い出さない州名が多くて、ちなみにスーちゃんは「サウスダコタ」出身でございます。

 アメリカのお子様だと、地理の歴史も習うような常識なのかもわかりませんが、どうやら、あのあたりは昔、海の下だったようで、今のアメリカ合衆国は、その海で東西に分断されており、「ティラノ量産地」は、その海の西側に集中しているようでございます。
 そのようなことをお勉強しつつ、スーの部屋においてある、「本物」の化石の標本をガラスケースごしに観察していると、「やっぱ、私が社長になったら、こういうのを飾りたいなあ」なんて野望がふつふつともたげてくるのでございますが、おい、こら、このガキ、おねーさんが夢を見ているんだから、邪魔をするんじゃない!

 この恐竜博のテーマは「恐竜と鳥の関係」のようで、スーの部屋を出ると、最近話題の「羽毛付きの恐竜の化石」がてんこ盛り。
 幕張メッセでも、こうした羽あり恐竜の模型が並び、まるで、グラムロックの展覧会のように華やかでございまいしたが、科学博物館はそういう復元模型には頼らず、ひたすら化石を並べていました。
 それが、美術展で言う、デッサンとかエッチングのように、ちまちましているので、どうしても混んでしまう。

 そんなわけで、小さな化石をちまちま眺めつつ、モニタで展示されてるCG映像による解説を眺めていると、けっこうあっという間に時間がたってしまうのでありました。
 結局、さらりと1時間くらいで展示は見終わって(じっくり観るなら、2時間弱は必要)、土産物屋で30分くらい時間を使った(笑)
 かわいいTシャツは、お子様用だけだったのが残念。
 でも、Tシャツを買わないと気がすまないので、スーの頭の骨格がプリントされたのを買いましたが、アメリカンなMとLしかなかったんで、寝巻きにしかできないかも。

 帰りはお散歩して帰ることにしました。
 九段下まで。1時間弱。
 途中、母校の新校舎で一休みしたのですが(一服させていただきました)、母校も昔と違って、学生がイマドキになっているのは前からわかっていましたが、やはり後ろで喋っている男子二人の話題は「ブレイクダンスとは?」で、先輩としては「ああ、嘆かわしい。昔は今でいう電車男みたいな男子ばっかだったのに」と思ったのですが、でも、二人の話題はその後「ヒップホップ系ダンスの歴史」になり、片方が「じゃあ、ジャズダンスとかは、その系統じゃないのかね」と言うと、もう片方が「あれは、バレエの方からきたんじゃないのかな?」と、口から出まかせを披露していましたが、「でも、オレ、バレエとかの系統と、ヒップホップ系の系統が絡んでいるのか、どうなのか、わかんねよな?」なんて真剣に語っていて、まあ、バカはバカなんだけど「系譜」を自分なりにイメージしたいという意欲に、ちょっと安心しました。

 「お金持ちになったら、恐竜の化石をドーンと飾るんだ」という妄想を実現するために、帰りにジャンボ宝くじ(今日が最終日)を買いました。
 そんで、私が死んだら、上野に恐竜美術館ができるんだ。(西洋美術館の松方コレクションみたく)

 そーいや、やはり上野にある国立博物館が展示を変えるとか、前にニュースでやってましたが、たしかにあそこの常設展示はかなり雑然としてたからなあ。
 あんまし入ったことないのですが、その昔、浮世絵展があったときに、美術の先生が「あれだけ揃うのも滅多にないから」と薦めてくれたので行ってみました。暇と体力があったので、あれだけ浮世絵を大量に観たあと、常設展示も観たのですが、ガラスケースの中に納められた鎧兜の展示室は、他に全然人がいなくて、けっこう怖かったのを憶えています。

 あれ以来、常設展示を観てなかったが、当時の印象としては「国家予算を使った、巨大な古道具屋」で、それなりに味があったので、あれはあれでよかったと思いますが、ま、たしかに、もうちょっと見せ方を工夫してもよろしいかと。
6月2日(木)

 また雨。もう梅雨なのかね?と梅雨前線に話し掛けたくなる。

 梅雨前線はその質問には答えてくれないかもしれないが、「生まれ変わったら、今度は桜前線になりたい」という、「みんなに愛されない自分っていったい?」な身の上話をジメジメと(「しみじみ」の梅雨前線語)話してくれそうな気がする。

 会社の用事で、S部長と横浜のデパートまで買出しにいった。
 平日の昼間なのに、オバサンと定年退職後のお父さんたちでゴった返しており、またいつものセリフ「どこが不況なんじゃー」と「やっぱし、この世代は金と暇を持て余してんな」を繰り返す。

 目的のものを買ってから、S部長が「そうだ、アイス買ってこいって言われた」とデパ地下に下りた。
 留守番しているフロアの社員全員に、差し入れしてくれるという。
 まだ、アイスは本番じゃないみたいで、けっきょくフォーションで買ったのだが、通りがかった店で、S部長がふと「この間のオリーブはたぶん、ここのだと思うけど・・・・」

 「あ!社長んちで、あたしがバカ食いしたやつ?」と、中に入ってオリーブの瓶を探したら、あった。
 何個入っているのかわからないが、一瓶2500円くらいだった。20個くらい入ってるのかね?
 「たかーい」とその瓶を眺めながら、

 「あたし、きっと1000円分は食べましたね」

 と、呟いたら、S部長もボソリと「もっと食ってたぞ」

 ペックというお店でした。有名な高級食材店らしいっすね。(全然知らねー)
 さすが、あたしったら、舌が肥えてるわ(笑)

 前にも何度か書いているが、ある男子が卒業旅行かなんかで欧州一周したときに、ベルギーにも寄り、ガイドブックに「ベルギーはチョコが名物」と書いてあったので、ガイドブックに載ってる店に行ってみて、手ごろなのを買って食べてみたら「超うまかったんで、それから毎日、チョコばっか食ってた」そうで、すっかり病みつきになったときに、他の旅行者と話していたら「それなら、日本でも売ってるよ」と教えてもらったので、帰国してから、さっそく教えてもらった有名デパートに行ってみたら、「すっげー高いんで、びっくりした」そうである。ゴディバのチョコをバカ食いしていたらしい。「有名だって言うけど、そんなのベルギー行くまで知らなかったよ」と言っていた。
 私はどっちかというと、ブランド物をバカにしがちであるが、ブランド食品の持つ「ハレ」な気分は好きなので、手土産にはよく使うけど、最初からブランド食品だとわかって食しているわけだから、「さすが、○○、おいしーね」という気持ちには、遠足で広げるお弁当が美味しいのと同じような精神論だと思ったりするが、こうして、そんなブランドも知らない貧乏人が「うめえ」とドカ食いしてしまうのを目の当たり(というか、実体験)にすると、「やっぱ、高くて気取ってるだけのことはあるのか・・・・・ね?」と負けを認めざるをえない。


 石原都知事が「フランス語は数も勘定できない」と発言して、訴えられるというニュースを読んで爆笑。

 たしかに、フランス語を習い始めた人が、愕然とするのが、あの数字の読み方だったりするわけで、「フランス人は、だから暗算ができないんだ」などの軽口はよく耳にするが、それをもってして「国際語失格」と言ってしまったら、そりゃ怒られるわな。

 でも、言いたいことはわからなくもないので、よーするに「おフランスかぶれ」をバカにしようとしただけの、いつもの石原ブシであるのだが、まあそれはいいとして、私がとうとう覚えられなかったフランス語の勘定を久々に紐解いてみると、なんだか懐かしさがこみあげてきた。

 英語の数でも、11と12に戸惑ったが、それは、12でダースという単位がメジャーだという理解で、なんとか納得したし、それに、11と12の二つくらいだったら我慢できる。
 ちなみに、その昔、外タレのコンサート会場でオフィシャルTシャツを売るバイトをしていた友人が言っていたのだが、梱包が全てダース単位なので、販売終了後に残数チェックをするのに異常に時間がかかると、ボヤいてました。

 フランス語の場合は、11から16がまあ、英語の11−12の気分で丸おぼえして、やっと17から「10と7」になり「おせーよ」と愚痴る程度でいいし、そのあと、60までは普通なのだが、それからが「はあ?」(「エンタの神様」で人気上昇中のマジャ風)になる。

 65は「60と5」なのに、75は「60と15」なのである。
 なんか、6と7の間に、見えない壁があるらしい。なぜ70という言葉を作らん!
 と、首をかしげていると、今度は80が「20が4つ」という表現になり、異次元に飛ばされる。

 よく「10進法がメジャーなのは、人間の指が10本だったからだ」と言われるが、フランス人は足の指まで参加させていたらしい、という冗談を言いたくなる人が多数出現する瞬間でる。
 そんで、95が「50が四つと15」になると、私のような「第二外国語選択どうしよう?やっぱオスカル様がお話しになっていたから、フランス語かしら?」という、いい加減な理由で選択している人は間違いなくヤル気をなくす。

 マジメな話し、私がフランス語を選んだのは「そのうち、ぜったいフランスには旅行する」と思っていたので、一応、基本的な文法を習っておいたほうが、「旅行で使うフランス語」をアンチョコにするときにもスムーズだと思ったからなのだが、そういう理由だと、数字を習得するのは必要最低限のことなんだけど、「フランス行ったら、数字は絶対に筆談にしよう」と心に誓ったのであった。
 カフェでお茶するんだったら、アンとドゥーで十分だし、金額交渉がなければ、たいていそれだけで用は足りる。実際、市場で果物を「これだけ」と指差して「クワント?」・・・・ちがった、それはスペインで連発したのか・・・・・じゃなくて「コンビアン?」と言ってメモとペンを差し出すと、みんなちゃんと金額を書いてくれたので、ヨーロッパはそれで乗り切ったぜ。

 フランス人に聞いてみると、別に頭の中で「4×20+13」などと、小学校の算数の問題を作成しているわけでもなく、丸覚えしているだけだそうである。
 でも、やっぱし、足し算問題をしているときの頭の中の動きは日本人とは多少違うような気はするが。

 まあ、しかし、日本語も勘定用語に関しては、「国際語」どころか、ほんとに辺境だからなあ。

 私が外国人で、日本語を学ぼうとしてたら、ぜったいに「ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ」で挫折してたね。
 あと、日付の読み方。「よっか」と「ようか」の区別が日本人でもつきにくくて、曜日を添えて念を押したりするくらいなのだ。
 西洋語だと、1と2を覚えれば、旅行時に困ることはないし、フランス語だと1にも女性と男性があってややこしいが、「いち、ひとつ、いっこ、いちまい、ついたち」の複雑怪奇さにくらべれば、大したことではないだろう。

 で、最近は、そういう「日本語の数の数え方」の本が流行ったりして、日本語の勘定の複雑さは、「美しい日本語」の証明の一つにもなっているようだ。
 で、日本人は生まれたときから慣れているので、その複雑な言葉を自在に操るが、外人にペラペラ喋られると、ちょっとプライドが傷つく。ボビー・オロゴンはその心の隙間にジャストフィットして大人気だ。

 で、何が言いたいのかわからなくなってきたが、「フランス語の数勘定で、フランス語断念しましたー」っていうセリフは、自分がヤル気も頭脳もない大学生であったことの証明なだけですが、シンタロー氏くらいの年齢になると、それが自分のバカが原因ではなくて、「フランス語がややこしいから悪いんだ」という方向にズれてしまうんでしょうね。

 なので、訴えたるのもちょっとやり過ぎだと思いますが、でも、この先、もしかして日本語が「国際語」になる事態が起きたとして、ナイジェリアあたりの首都の市長が「日本語は数の言葉がややこしくて、国際語に適さない」なーんていったら、シンタロー氏は激怒するに決まってますから、どっちもどっちだ。
表紙に戻る / 過去の日記を読む