可燃物な日々

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5月15日(日)

 図書館の帰りにスーパーに寄って、レジで並んでいたら、レジ横にある女性雑誌ラックのど真ん中に「ニキータ」があるのはいいとしても、その表紙に「艶尻」という文字があって、それを「あでじり」と読むのも、まあ、なんか「うまいね」としかいいようがないんだけど(杞憂ながら解説しておくと、「ニキータ」は「アデージョのための雑誌」なんです)、でも・・・・・

 「30オンナの化粧術 四十八手」

 は、さすがにツボに入ってしまい、レジの前で笑いをこらえているのが大変でした。

 表紙だけでこれだけ楽しませてくれる雑誌も他にないだろう。「レオン」「ニキータ」の時代は、しばらく続いてほしいと思う。

 さて、図書館に行って、お目当ての本を検索してみたら、やはり世田谷の中央図書館の書庫にあった。
 コードウェイナー・スミスの「シェイヨルという名の星」も書庫入りしてて、ひっぱり出してもらいましたが、今回探してみたのは、ジーン・ウルフの「新しい太陽の書 シリーズ」でした。

 昨年くらいに刊行された「ケルベロス第五の首」(国書刊行会「未来の文学シリーズ」)が、よかったので「他も読みたいなあ」と思ったのですが、傑作と名高い「新しい太陽の書」は残念ながら絶版になっているようで、そーゆーときは図書館にあるだろうと思って、探しに行ったのです。

 4冊あるシリーズなんですが、検索機で出してみたら、3が出てこない。
 しょーがないから「たまには区民税の元をとろう」と、カウンターで「こういう場合は、世田谷区には無いってことなんですかねえ?」と尋ねてみたら、係員用の検索システムで探してくれて、出てきたことは出てきたが、「貸し出し不能」状態にあることがわかった。
 たぶん、昔はあったのだろうけど、紛失したか、ボロボロになっちゃったとかなんだろう。

 係りのオジサンも「うーん」と唸っていたので「この本、もう絶版なんですよ」と言うと、世田谷区では所蔵していないが、他の自治体に問いあわせて在庫を探してもらうことは可能だと言う。やっぱ、そのくらいのサービスはしてくれんのね。
 千葉にいたときにも、市の図書館に無い本をリクエストしてみたら、県立図書館から取り寄せてくれたしな。(その後、市の図書館にパートに行っていた近所のオバサンに聞いたのだが、市内の図書館は互いにライバル意識があって、自分のとこに無い本を他所から借りるのを「負け」だと思っているようで、市内で探すよりも県立図書館で借りようとするらしかった。あほらし)

 国書刊行会の「未来の文学シリーズ」と、河出書房新社の「奇想コレクション」のおかげで、最近、SFに走っており、「奇想コレクション」の最新刊である「夜更けのエントロピー」に感動して、ダン・シモンズの本もネットで注文しました。

 こんなすごい作家がいたとは知りませんでしたわい。帯にはキングの「わたしはシモンズを畏怖する」というメッセージが書かれてますが、キングは日本でも超メジャーですけど、ダン・シモンズなんて名前、聞いたことなかったもん。
 キングも大好きなんですが、でも短編でいいと思ったものに出会ったことがなく「やっぱり、長編作家だなあ」と思っていたのですが、シモンズは短編が本当にうまい。
 「柴田元幸買い」するような人だったら、ぜったいに好きだと思うなあ。

 特に表題にもなった「夜更けのエントロピー」は、その「落ち」に、電車の中でヒーヒーいいながら泣いてしまいました。いや、酔っ払ってたもんで(笑)

 ネタバレすれすれで紹介すると、保険調査員の主人公があるホームパーティーで大学の先生たち(奥さんの同僚)とのパーティートークで、「職業は?」と尋ねられて「エントロピーです」なんて言ったもんだから、先生たちも「それは興味深い」とノってきた。物理の先生が「それじゃ、お話が合うかも」と言ってきたので、「いや、僕が興味があるのは、夜更けにエントロピーがやってきたときだけです」
 英文学の先生が「なかなか、すてきなフレーズですね。オリジナルですか?」「いや、シェークスピアの引用です」

 シェークスピアの時代に、「エントロピー」という言葉はないはずだ、という議論になったが、主人公は譲らすにキレてしまったのだが、後になってとシェークスピアの戯曲を端から読んでみたら(どれからの引用だか自分でもわかってない)・・・・・「ヘンリー四世」にその答えが!

 落ちが気になる人は、「夜更けのエントロピー」を書店で150ページから立ち読みしてみてください。152ページに落ちが書いてあります。

 落ちを読んで感激したら、本を買いましょう。

 その次の「ケリー・ダールを探して」も、読み始めたら「で、どうなるの?」と気になって、会社で読んでたくらいですが、その帰りの電車で「最後のクラス写真」を読んだら、久々に電車の中で落雷・・・・・(←天然モノです)落涙できました。


 さて、図書館で、「新しい太陽の書」の1巻をリクエストして、「なんか他に借りておこっかな」と思ったのですが、ハリポタの「不死鳥の騎士団」はまだ書架になかったし、「こうなったら、指輪物語でも読んでみるか」(読んだことがない。「失われた時を求めて」よりは先に読もうと思っている)と思ったのですが、置いてあったのは3巻だったので残念。

 そんで、何借りたかというと、バージニア・ウルフの「ダロウェイ夫人」だったりする自分が愛しい(笑)
 バージニア・ウルフって、一冊も読んだことなくて、でも「コンスタンティン」でティルダ・スィントンの姿を久々に観て「そーいや、あたし、ティルダ目当てでオルランドの映画観たわ」と思い出し、「そーいや、ウルフの本なんて読んだことなかったな」と反省し、「ダロウェイ夫人」くらい読んでみっか、と思い立ったのであります。

 ついでに、ヘンリー・ジェイムズの「嘘つき」も借りてみました。ロッジ先生の最新作が、ヘンリー・ジェイムズの伝記もどき(なんて表現すりゃいいんだ)だったので、「ふーん、こんな人の作品も読んだことねーな」と思ったのですが、図書館にもポツリポツリとしか蔵書してなくって、真剣に読破しようとしたら、けっこう大変そう。

 というわけで、「SFの不朽の名作」を探しに行ったはずなのに、なぜか超正統派文学少女セレクトで帰るということになり、自分なりにバランスをとるため、帰りは新しくできたラーメン屋に寄ってしまいました。
 ラーメン屋で、「ダロウェイ夫人」を読んでいる自分はかなり許せる。

 でも、こうなったら、とことん極めて、駒場の「旧前田邸」とか、王子の「旧古河邸」とかで読むのもいいかも。(古河邸はきっと今ごろ、バラが咲き乱れていることであろう)
 その際には、ローラ・アシュレイで服もそろえないとな。(妄想というか野望が膨らむ)


 そーいえば、SFづいていたので、光瀬龍の「喪われた都市の記録」も読んでみました。ハルキ文庫っていう「おれおれ」な名前の本でちょっと恥かしかったんだけど、読んでみたら「これ、読んだことあるわ」と思い出したのだが、でも、こんな食感(じゃないけど)だったっけなあ?
 覚えていたのは、最後の方の、時空がグルグルするところで、文字もグルグル回っているので「えっと、どっから読めばいいのかな?」というのが、当時の中学生には衝撃的だったんですけど、今でも、あのラストのあたりは薄ら寒いものを感じましたが、そこに至るまでが、あんなに「体育会系」だとはさっぱり覚えてなかった。

 当時はすごく、ハイテクでクールで哲学的な感じがしたんだけどなあ。
 今だと、ものすごく泥くさく感じた。だいたい、月や火星ならともかく、金星や木星に基地を作るのって、ぜったいペイしないじゃん?

 でも、よく思い出してみれば、光瀬龍の作品って、けっこう男臭かったのかもしれない。
 あの頃は、そういう部分じゃなく、「無常」みたいなところに感銘していたので、それ以外のことは忘れてしまっていたようだ。

 そう考えると「どっちが優れているか」とは別の問題だけど、久々に「タイタンの妖女」を読んでみたのだが、あれも、前にいつ読んだのかさっぱり忘れていたが、ところどころ思い出すところもあったけど、でも、ヴォネガットの作品は、中高生に読んだころと印象が変わらないようだ。

 今、「ニューロマンサー」を読むと、どういう感じなのかね?
 サイバーパンク映画で「映像化」されているので、想像しやすくて読みやすいかもしれない。
 たしか、あの小説では「ダブ」が出てきて、フールズ・メイトでは、エイドリアン・シャーウッド一派が創り出す「音響系」の音楽を「ギブソンの世界のBGM」と解説していたけど、この間、レコ屋で久々に試聴してみたら(シャーウッド師が来日するので連動企画版が出てた)、やっぱし、「こんな感じ(笑)」であった。

 エイドリアン・シャーウッドと、ジュノ・リアクターが組むと、コードウェイナー・スミスの作品を映画化しても音楽は大丈夫だと思う。ジュノだけだと、「マトリクス3」のレイブ・シーンになっちゃうので(爆)
5月14日(土)

 水曜日 飲んでた。

 木曜日 ホントは水曜日(女性1000円均一。タイより安い?)に観にいくつもりだった映画をレイトショー(1200円)で観た。

 13日の金曜日。また飲み会に拉致され(自己責任)、スゴ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜く飲んでた。

 というわけで、今日は朝の6時に目が覚めると、久々に服着たまんま。もちろん、コンタクトも装着。つーことは、当然、洗顔も歯磨きもしてないんだろうな(笑)。
 なんとか起き上がり、トイレに行くと、もの凄い長いおしっこが出たので、慌てて水分補給。
 今日は出勤の予定だったが「こりゃ、ダメかも」と思いながら、服を着替えて、コンタクトも外し、また寝た。

 7時半に目覚ましが鳴ったので、テレビをつけて復活を試みたが、全然ダメ。
 でも、9時くらいになったら、なんとなく「ダイジョブそうかな?」という状態になり、シャワー浴びてウダウダしているうちに、なんとか復活したようなので、10時半くらいにやっと家を出ることができた。

 昨日は2次会で社長宅に押しかけたのだが、急な来客にも関わらず、そういうのに慣れた「ステキな奥様」は、とても美味しいおつまみを出してくれた。
 家で作ったトマト(庭いじりは社長の趣味)を干したやつをイタリア料理の前菜みたいに、オリーブオイルとか(作ったことないのでレシピはようわからんのだが、バルサミコ酢とかも入っているのかも)で戻したやつが絶品で、それが生ハムと絡んでいたりしたもんで、ぐでんぐでんに酔っ払っていたのだが、「すっげー、美味いです。イタリア料理屋で出てくるやつより美味い!」と大絶賛しつつバカスカ食べていたので、二日酔いが早めに解消したのは、トマトのリコピンだかなんだかの効果なのかも、と思いつつ出勤したら、昨日、一緒だったS部長が「おめー、ちゃんと覚えてるか?」

 「いえ・・・・全然ダメっす」
 「もー、昨日はみんな支離滅裂だったぞ?」

 S部長は持病がちょっと悪化していたので、あまり飲んでなかったから、「こんなんで、みんなどうなるのだろう?」と心配していたらしい。
 「もー、オリーブをバカスカ食ってるヤツもいたしよー」
 「あ、そっか。トマトが絶品だったのは覚えていたけど、そーいやオリーブの実も超ウマかった!」

 というわけで、オリーブの実(頂きモノの超高級品だったらしい。たしかに美味かった)と、乾燥トマトのバカ食いは、二日酔い防止に効果があるという仮説を得たが、あんなの、普通は手に入んないからなあ。

 社長ちに嫁に逝けばいいかもしれないが(20代独身の息子が一人いる)、社長にはいつも「ミヤノと一緒に飲んでると寿命が縮む」と言われているので・・・・・
 たしかに、この間、社長と二人で冷酒の2合徳利を5本くらい開けてしまったのだが(他にもメンバーはいたのだが、日本酒を飲んでいたのが二人きりだった)、いや、もしかすると6本飲んだのかもしれないけど、とにかく、社長はそれで「ミヤノと二人で一升飲んだ」と誰かれ構わずいいふらすようになり、(経営者って口にする数字が大きくなる傾向があると思う)、私にとっては名誉なのか不名誉なのか、ビミョー。

 社長の信望も厚い経理のオネーサンという印象は与えるが、「女の子」としての評価はね?

●コンスタンティン

 さて、木曜日はこの映画をやっと観に行った。
 GW前後は、私の「お気に入り美男俳優」の新作が目白押しで、うれしい悲鳴をあげていたのだが、これも「キアヌ出演作」だから観ただけである。残るは、ビョン様の「甘い人生」だけだ。

 「コンスタンティン」は、なぜか予告編も目にしたことがなく、どんな映画だか全く知らなかったのだが、とりあえず「アメコミが原作」ということだけ知っていた。
 試写会で観たという友達から、わざわざ「超おすすめ」という電話がかかってきたのだが「でも、ネタバレしちゃうから内容は言えないんですけどね」
 それでも「キリスト教の天使とか悪魔の概念がわかっていたほうが楽しめると思うけど、まあ、そんなのわかんなくても楽しめますよ」とか言っていたので、「ふーん」と思っていた。

 「天使VS悪魔」で「アメコミ」というわけで、なんとなくバットマン・シリーズみたいなのを想像したのだが、でも、実はバットマンの映画、全く観たことがないのでした。お気に入りの俳優が出てないからだと思われ。

 なので、いきなり悪魔払いが始まったので「え?そういう話?」とびっくりしたのでありました。
 しかも、冒頭では、けっこう脅かすシーンが多くて、そんなに大したことないのはわかるが、オカルト映画に免疫が全くないので、「どーしよー」と弱気になったが、出てきた悪魔が超ダサダサだったので、「これなら、なんとか絶えられるか?」と踏みとどまった。

 そして、キアヌ以外にも、私のお気に入りであるティルダ・スウィントンがはまり役で登場し、ほっと安心。
 かなり老けたが、それでもこの人の「質感」はすばらしい。
 キアヌもCG顔だが、ティルダもかなりそんなかんじ。
 やっぱし、そのうち「ザ・ビーチ」も観ないとなあ。

 ティルダ・スウィントンといえば、デレク・ジャーマンの映画によく出てたけど、デレク・ジャーマンの映画は、あんだけ観たけど、どうしても苦手だったけど、ティルダ・スウィントンを観るだけでも金払う価値はあった。
 作り物臭さを前面に押し出したデレク作品は、出てくる男優がけっこうリアルに「ゲイ好み」で泥臭く、それが嫌いだったのだが(平たく言うと「男の趣味が合わない!」)、あの作り物臭さの中で、本当に作り物みたいなティルダは、ヌルヌルと輝いていたと思う。

 ハリーポーッター映画に出るという噂もあったが、是非、一度、出てみてほすぃ。

 さて、「コンスタンティン」であるが、あれって保守的なキリスト教徒の多いアメリカでほんとに上映してたの?というストーリーだったが、でも、キリスト教キャラをコ馬鹿にしているようで、実はけっこう「神が全てを支配している」ってあたりも強いので、大丈夫だったのかしら。

 なんか、変な映画だったな。
 マトリックスの変なパロディみたいだし。
 どう表現すればいいのかわからないが、なんとなく、片山まさゆきの麻雀漫画「スーパーヅガン」を思い出した。
 なにかが似てるってわけでもないが、麻雀がわからなくても楽しめるけど(だから、大学の部室に転がっていた麻雀漫画雑誌の中で、アレと「なきの竜」(漢字探すの面倒)だけ読んでいたのだ)、超感動するようなものでもない、っていう雰囲気かな。

 キアヌが、余命いくばくもないという設定だったので、かなりくたびれた顔が作られており、目の下の小じわが強調されるキアヌというのも珍しいが、あそこまで意図的にやっても「実年齢40歳には見えないなあ。いいな〜」と思ったけど、引きの画は、長い手足が強調されて、それなりにトキメいたけど、アップがちょっとねえ。
 「映画スターにトキメくことで、アドレナリンを分泌して、自分の小じわを少なくする」というのが目的の私としては、やつれたキアヌはちょっとなあ。もっと渋い俳優使ったほうがよかったような気もするが、そうすると、「マトリックス」での後頭部にプラグ差し込むかわりに、足に水つけて魔界にジャックインする「可笑しさ」が生きないしなあ。
 キアヌが昇天(じゃないけど)するシーンなんて、まるでマトリックス3のラストシーンのようで、ゲラゲラ笑ってしまったのだが、他の客は誰も笑っていなかったので寂しかった。

 そーいや、客はけっこう入ってたんだよな。20人くらい?

 そんなわけで、中盤以降はちょっと退屈してしまって、「いーから、ティルダをもっと出せ」と心の中で文句を言っていたら、最後のほうになってまたジャーンと登場したので大喜び。
 こうなったら「コンスタンティン2」は、キアヌとティルダのラブコメにしてほしいぞ。

 ティルダがキアヌの「押しかけ助手」になって(1での押しかけ助手は、ああいうことになってしまったので)、キアヌの恋や仕事の邪魔をするってゆーのが観たいんですけど。どーですか?あたしだけ?(by代田ひかる)

 結局、なんか、すっごく妙な「禁煙推奨映画」でございました。

 タバコ吸ってると、天国に行けないらしい。

 自分が狐につままれたような心地で映画館を後にしたので、翌日ネットで検索してみたのだが、「二作目は糖尿病予防映画?」と言ってる人がちらほらいたので笑った。

●店員の変な言葉使い

 映画観る前に時間潰しで本屋に寄っていたのだが、レジで店員が言った言葉が一瞬聞き取れず、「?」と思ったのだが、すぐになんて言ったのかわかったのだが、「その言い方だと、わかりにくい」という意思を表明するために、わざと「え?」と聞き返してみた。

 「おふくろのほうにおいれいたしますか?」

 って言われたのだ。
 なので、一瞬「おふくろ?」と思ったのだが「お袋」であることがわかったけど、普通、あんまし袋に「お」はつけないよねえ。それに「お袋の方」と言われたので、とっさにわからなかったのだ。だから、わざと「おふくろ?ああ、袋ね。袋はいりません」って教育的指導してみたけど、通じたかしらん。

 そんで、今日、近所のスーパーで買い物してたら、テープで流れている「お買い得商品の案内」を聞いて、ふと、昔、自分が「店員」だったときのことを思い出した。
 店員というか、「試飲・試食のマネキン日雇いアルバイト」であるが、あるとき、経堂のスーパーの野菜売り場で甘栗の試食をやっていたときのことである。

 甘栗の試食はけっこう大変だった。ホットプレートで甘栗を温めて、お客さんが食べ易いよう、殻をむいておいておくのである。一日中、ちまちまと殻ムキしていた。
 あのバイトのマニュアルでは「とにかく声を出して宣伝すること」となっていたので、とにかく存在をアピールするためにワーワーと口上を述べないといけないのだが、大々的に新製品を宣伝するビールだと「売り口上のマニュアル」というのがあるときもあったが、甘栗にはそういうマニュアルはついてなかったので、けっこう困った。

 とりあえず、いつもより安い値段で提供しているようだったので「甘栗いかがですか〜、ご家族の団欒に、お子様のおやつに・・・・」なとと言う合間に、「本日はたいへんお買い得となっておりま〜す」と言っていた。

 そしたら、50歳くらいの上品そうな奥様が私のそばにやってきて。ホホホと微笑みながら話し掛けてきた。

 最初は「お仕事大変ねえ」とか言っていたので、ときどきいる「話し掛けるのが好きな人」なのかと思ったが、「私ね、美しい日本語が好きなので、間違った言葉使いを聞くと、ついつい注意したくなってしまうの」と言い出したので「え?あたし、なんか変なこと言ってた?」とビビっていたら「お買い得なっております」が変だと、おっとりと指摘されたのである。

 今となっては詳細は忘れたが「と」は接続詞だからとか言っていたので、でも、自分でも接続詞のつもりで「と」を使ったわけでもないのだが、でも、じゃあ、どういう助詞として使っていたのかちゃんと説明できない。
 「じゃあ、どう言えばいいんでしょう?」と憮然として答えると、「お買い得になっております」が正しいという。「に」だと、言葉に勢いが無いので、ちょっと不満だったが、逆らってもしょうがないので、その後は「たいへん、お買い得になっておりま〜す」にしたら、またそのオバサンがやってきて「ほら、そのほうが、いいわよ」とニコニコしてて不気味であった。

 そしたら、今日行ったスーパーのテープでも「お菓子がたいへんお買い得となっております」と繰り返していたのだ。
 たぶん、私が無意識に「お買い得となっております」と言っていたのも、こういうのを聞いていたからなのだろう。

 あの、おせっかいなマダムは自信たっぷりに「間違った言葉使い」と言っていたけど、これは本当に間違っているのだろうか?

 そんなに間違ってないと思うんだが。

 そういえば、こういう「イマドキの若い店員の変な言葉使い」でよく挙げられてた「1万円からお預かりします」であるが、昔は確かにそういう言い回しはしなかったけど、もしかしたら消費税導入後に出てきたのかもしれないと、ふと思った。
 消費税が導入されてから、スーパー以外でも1円単位の表示が多くなった。だから、あれ以降、「1万円と・・・・待って、7円出すわ」なんていう客が増えたはず。
 レジの進歩もあるが(釣銭計算が自動になった)、端数を出すことが「みっともないこと」ではなくなったような気がする。昔は端数を出すのは「おばんくさい」と思われていたのだ。

 なので、たとえば832円の買い物をしたときに、1万円札を出すと、「1万円からでよろしいですか?」と聞かれることが多くなった。2円とか32円を出すつもりは無いか確認しているのである。別に「端数を出せ」と脅されているわけでもなく、先にお札を出してから、小銭を出す人もいるので、そう確認する習慣ができたのだと思う。
 それが定着してきたので、「1万円からお預かりします」という言い回しができたのかなあ、と、ふと思っただけである。

 試したわけでもないが、1万2円出してみると「1万2円お預かりします」と言いそうな気がする。

 言葉の乱れを嘆くよりも、「なんでそうなったのか?」を考えるほうが楽しいと思うが、それでも「お袋の方にお入れしますか?」は、ちょっとクドいと思うぞ。
5月10日(火)

 よく「ゴトー日」と言うけど(でも、最近、あんまし言わなくなった。「集金」っていう習慣がなくなったからかな)、今日こそ本当のゴトー日だなと思いつつ、銀行に所得税の納付(給料から源泉徴収したのも、翌月10日までに納付するのです)に行って、15番待ちで昼寝。

 でも、最近はどこの銀行も「サービス向上のため、お客様を窓口でお待たせしません」というのを掲げているので、昔に比べるとほんとに待ち時間が短くなってしまった。
 むかしゃー、10日や月末だと、ゆっくり昼寝ができたんだけどなあ。

 あと、最近は行くことも少なくなったが(部下ができたので・・・)、昔は「昨日は平日なのに、クラブで夜明かししちゃった。超ねみー」なときには、「そろそろ印鑑証明のストックが切れたな」と、計画的に法務局にいて、1時間は昼寝できたんだが、最近はあそこもサッサと仕事しやがる。コンピュータでやるから劇的に早くなってしまったのだ。

 「時間の無駄」を気にする人にとっては「改善」なんだろうけど、ボヘラーっと寝てても給料もらえる私にとっては「堂々とサボれる場所がなくなった」と嘆かわしい。

 それに、やたらと待ち時間が長かった銀行や法務局も、ちゃんと計画的にやれば時間短縮できたのですよ。
 銀行は、前日に持っていって「明日付けで」って予約できたし、法務局も午前中だとそれほど混んでなかったし、それに書類を預けて翌日引取りに行ってもよかったのだ。
 それに、本当に急ぐときには、ちゃんと事情を説明して「無理を言ってすいません」とお願いすれば、たいていちゃんとやってくれたし。

 だから、銀行でも混んでるのがわかっている日に行くのは、私にとっては「故意」だったのだが、私みたいな銀行の有効利用していた人って、あんましいなかったのかな。
 そーいや、前に税務署に納税証明書をとりに行ったときにも「しめしめ、これは待たされるぞ」と楽しみにしていたのだが、窓口で「15分ほどかかります」と言われて、ガビーン!
 10年くらい前にとりにいったときには、たっぷり30分は寝かしてくれたのに・・・・・

 そりゃ、銀行のATMみたいに、立って並ぶのは好きではないが、ちゃんとソファのあるところだったら、全然オッケーだったのに。待たされて文句言ったことなんて一度もないぞ。あまりにも気持ちよく昼寝しすぎて、うっかり呼び出しを聞きそびれたのではないかと不安になって「私、もう呼ばれてたりしませんよね?」って確認しに行ったことはあったけどさ。

 たぶん、私みたいなサボりの人は、おとなしく羊のように寝てたり、雑誌読んだりしてるんだろうけど、気が短い人は「だから、○○は客のことなんて考えてないんだ。サービスというものがわかってない」なんて声高に叫んだん だろうな。
 そんで、どこでも待ち時間短縮が目標になってしまったようだが、本当のサービスというのは、ソファの寝心地を良くすることだろーが。

 そーいや、昔の銀行には(ATMなんて無い時代)、よくお茶とお水が出てくる機械が置いてありました。


 外回りがほとんどない、経理や総務のオネーサンたちは、けっこう待ち時間を楽しみにしていると思うんだけどなあ。
 そーいや、あそこも最近は行く機会がないけど(他の人の仕事だから)、入社や退社手続きで行く、ハローワーク(雇用保険)はけっこう待たせてくれてよかったんだけど、同じ待合室で「マジの人」も大勢待っているので、優雅に雑誌読んでる制服姿のOLさんと、真剣なリストラお父さんが入り乱れる不思議な光景に、やや心が休まらなかったが、あれはあれで楽しかった。
 ハローワークを出たら、「お約束」の保険外交員のスカウトにも声かけられたし(笑)。
 しかも「あのー、私、社員の保険の手続きで来たので、求職中じゃないんですけど」って言っても「まあ、あなたみたいなステキな方と一緒にお仕事したいと思ったんですけどねえ」と、かなり食い下がられたし。
 そんで「でもぉ、私が辞めちゃうと、雇用保険の手続きできる人がいないのでぇ」とのらりくらりと返事したのが悪かったのか、なかなか解放してくれなかった。やっと「じゃあ、今の仕事に見切りつけたら考えますから」と言って名刺だけ貰って逃がしてもらいました。

 社会保険事務所もけっこう待たせてくれたよな。あのあたりは、時期がほんとに集中するので(たいてい、月末に退社や1日入社なので、月の最初のほうになる)、確実に混むようだ。今の会社でも、その担当者の社員が「行ってきまーす」と外出すると、徒歩で往復30分かかるせいもあるが、なかなか帰ってこないもん。うらやまし〜

5月9日(月)

 土曜日の夕方、実家に到着したのだが、老後の夫婦は話し相手に飢えていたのか、もう機関銃のように喋りまくる。(父は、コルトくらいでしたけど、それでもいつもより5割増しくらい)

 まず、先日、午前中から来て、夕方7時半まで居座った「招かざる客」の話し。(母の元パート同僚。自慢話ばかりする人で、皆から嫌われているが、八方美人の母は我慢して話しを聞いていたので、なぜか気に入られ、ときどき訪ねてくるらしい)

 そして、先日行った、愛知万博の話。その前に行った白川郷の話。愛知万博にはまた「青春18切符」で行っているのだが、夜行で帰ってきて、「まだ今日一日使えるし」と、そのまま群馬だか栃木にある美術館に行ったら、改装中だったが、ちょうどマスコミ向けの内覧会だったので、「ただで入っちゃった〜」っていう話しと、やはり青春18切符が余ったので行ってみた鋸山の話。

 ほんと、中高年、パワーあるわ。

 そんで、話しが終らないので「今日は、温泉に行かない?」と言ってみたら「え?そうだ、あんたを奥多摩の温泉に連れてってなかったわよね」とか言い出すので、「そんなとこ、もう遅いから行けないし、それにGW中だから混んでるよ。いつもの小川のでいいよ」「え〜〜〜?テルメのこと?」

 私はけっこう好きなのよ、テルメ小川。でも、母は「あっちこそ、混んでんじゃないの?」と渋るが、「でも、逆に皆、本物の温泉(テルメも一応、本当の温泉らしいが)に行ってるから、けっこう空いてんじゃない?」と言うけど、「えー、あんなとこ」とゴネるので、「でも、立ち寄り温泉マニアのサイトだと、けっこう評価高いのよ、あそこ。評価を落としてるのは、道が混んでるとか、駅から遠いとか、交通の便だったよ」「でも、たしかに歩くけど、そんな遠くないわよねえ?」「でしょ?お風呂前の散歩にはちょうどいいじゃん」

 やっと説得して、テルメ小川に向かう。小川駅から20分くらい歩くが、そこでも母の機関銃のようなお喋りは止まることがない。

 「最近、歌舞伎に夢中なのよ」

 かぶき〜〜〜〜?そんな趣味なかったはずだが、60歳すぎてから、そんな負け犬みたいなこと言い出すとは。とほほ。

 どうやら、ええと・・・・(歌舞伎に詳しくないので名前がよくわからない)・・・・襲名披露した、息子(ラスト・サムライの明治天皇役の人)が傷害事件起こした、中村勘苦労(残しとく)だか勘三郎だかの襲名披露公演に行ったそうなのだ。
 「な、なんで、そんなプレミア・チケットを?」

 と驚いたが、どうやら前からちょくちょく話しに出てくる、ご近所付き合いで仲良くしているお金持ちの未亡人がくれたそうなのだ。
 2枚あったので、千葉で親しくしていた人(私の同級生の母親でもある)が歌舞伎通だったのを思い出し、電話してみたら「うっそーーー、手に入らなかったのよ〜〜〜〜」と大感激され、タダで観にいったそうなのである。

 娘としては「それは、ラッキーでしたねえ」としか言いようがないが、「で、それで歌舞伎に目覚めたんだ」と言ったら・・・・・

 「それがね・・・・ぐふふ・・・・・襲名披露だから、けっこう有名な役者が出てくるじゃない。それで、また、いい席だったのよ。そしたらね、片岡孝夫が出てきてね。歌舞伎だから、もちろん白塗りなんだけど・・・・それを観たら、なーんか、ほんとに胸がキュンっと鳴っちゃってね、心臓がバクバクしちゃって、もーーーーー」

 還暦を過ぎた母が「胸きゅん」とかマジに語っている様子は、キモいことはキモいが、40歳一歩手前の自分がレオン・ライ観て「きゅん」とかしているのも事実なわけで、笑うに笑えないというか、「遺伝だったのか?」と遠い目になる。

 「片岡孝夫がぁ・・・」とキャピキャピ語る母(60歳)と、遠い目になっている行かず後家娘(38歳)の10メートル先では、白髪の父がリュックを背負ってスタスタと一人で歩いている小川の住宅街の道であった。ああ、夕日がまぶしいよ。なんだか、映画の1シーンみたい。

 しかも、「遺伝だなあ」と思ったのは、「それでね、すっかりタカオに夢中になっちゃって、図書館に行って本を借りまくったのよ」「へえ?歌舞伎の本?」

 母が読みまくったのは、歌舞伎の本というよりは「片岡孝夫関係の本」であったらしく、そのあと、延々と「三男だった孝夫が、いかにしてドラエモンだかドザエモンだか煮座エモンだかを襲名したか」っていう話しを聞かされた。松竹の社長が「タカオに襲名してもらいたい」と言ったとかなんとか。

 「ええと、松竹の誰さんだったっけ?おとーさん!」

 「はあ?」と振り向く父。話しは半分くらい聞いていたというか、静かな住宅街で母がまくし立てるから聞えていたらしい「あれは、タカオの父親がそう決めたんじゃないのか?」

 今どきの若者だったら、「ちげーよ」と言うような口調で「ちがうわよ!」とムキになる母。「タカオのお父さんは、松竹の人に言われてそうしたのよ!それでタカオは心労のため、入院しちゃうの!」

 あのー、そういう「伝記もの」って話し半分だと思って読んだほうがいいと思うんですが、「タカオまんせー」の本を鵜呑みにして、捕獲した鵜を娘の前に大量にゲボゲボと吐き出されても・・・・・・

 テルメ小川に到着したのは6時前だったが、母が「おとうさん、どーせ私ら長湯だから、ゆっくりするからね」と言って、私も「まあ、7時は過ぎるだろうね」と言っておいた。
 お湯は温いし、日暮れ時の風は涼しく、いつまでも半身浴できた。
 風呂に漬かりながらも、母の話しは続く。この前もさんざん話を聞いた「妹の同居人の実家に行ってみたら、すごいオシャレな家だった」という話とか。ふと気がついたら、7時近かった。

 「そろそろ出ないと、おとーさん待ちくたびれてるかも」
 「いいのよー、おとーさん、あのリュックの中にいっつも本を何冊も背負ってるんだから」

 ま、家にいてもじっと読書したりしてる父なので、ロビーでしばらく読書してても同じか。それに、そういうときだとビール飲んでても叱られないだろうし。

 やっと上がってロビーに出たら、父はすでに生ジョッキを飲み終わり、うんざりした顔で座っていた。
 老夫婦二人きりだと文句の一つも言うんだろうけど、父も老妻が娘相手に張り切っているのをよくわかっているはずで、黙って私のビールを買ってくれた。

 さて、夕食はどうしようということになって、両親がスポーツクラブに行く途中にあるメキシコ料理屋があると聞いて試しに入ってみることにした。
 いわゆるテックスメックスって言うのか「アメリカ風メキシコ料理」ではなく、本場メキシコ料理だったらしく、チョコレートソースのシチューは美味しかったが、メキシコ料理って、お腹にたまんないのよね。

 そんで、腹7分くらいでそこは出て、家に帰ってチーズとワイン(誰からのお土産で、いいワインがあるらしい)で締めることにしたが、そしたら出るわ出るわ、「菜っ葉」
 「二人じゃ食べきれないから浅漬けとかにしてるの〜」と言うが、狭い庭でも、アシタバだとか、フキだとか、なんだか青物がたくさんできる季節らしく、そのおひたしはさすがに美味しくて、ワインのつまみにバクバク食べていた。

 「メキシコ料理より、おかーさんの庭の菜っ葉のほうが美味しくない?」
 「う、うん」

 ついでに、父がいつのまにか買ったというクサヤの干物まで焼いてつまみにしていた。ワインと合うねえ。

 そして、「お父さんのためのワイドショー講座」のあと、ビョン様ドラマを「あたしは、この人はやっぱダメだわー。まあ、ヨン様もドラマはよかったけど、あの人もねえ。やっぱタカオよねえ」ていう話しをBGMに観てから、寝ました。

 そーいや、我がママンにいきなり「あんた、あれ見てる?ええと、タイガー・・・・・」といわれたときには「え?やっぱ観てるんだ、タイガー&ドラゴン!」
 落語がネタになっているドラマなので、暇な老夫婦にお勧めしておこうかと思ったのだが、あのテンポは老人にはキツいかもと思っていたのだが・・・・

 「もう、おもしろくって、おもしろくって、でも金曜日はお父さんはコーラス(サークル活動)だから、この間は録画しておいたの」

   でも、あまり、トレンディ・ドラマを観ないはずの母が、よく見つけたなと思ったのだが、どうやら視聴率ランキングで首位だったらしく「おかーさん、そういうのに弱くってさ」

 そうなんです。
 うちの母は「行列ができる店」にとことん弱い。食事に連れてくときには、空いている穴場を狙うと「なんか、ガラガラね、マズいのよきっと」と信用してくれないので、「20分くらい並ぶ店」というセレクトに気を使う。
 なので、ドラマでも「高視聴率」に弱くなっているらしく、

 「それで、ハリセンも観てねえ」
 「ええと・・・・ゴクセンでしょ?」
 「そうそう、あれも、1位だったから観てみたら面白くて、お父さんにも見せたら、お父さんも夢中になっちゃって、二人で『今日はハリセンだ』って一緒に楽しみしていたのよ」
 「ゴクセンです・・・・」

 ひょっとして、もしかして「セカチュー」も読んだりしたのかしら。怖くて聞けませんでした。「電車男」を図書館でリクエストしてたりして。


 まあでも、母はいちおうちゃんと「観る目」はあるので(娘バカかもしれないが)、「タイガー&ドラゴン」も功試聴率に踊らされて初めて見たのが「茶の湯」の回だったそうで、「だって、あの噺、落語で聴いたって、あのお茶を泡立てるとことかゲラゲラ笑っちゃうのに、もーあれをドラマでやるから」と、たしかに今までであの回が一番面白かったので、その次の「権助提灯」は「まあまあだったかな」と、ちゃんとわかってらっしゃる。

 落語といえば、両親は市民ホールでやっている落語はよく行くが(私も何度か誘われた)、寄席には行ったことないそうで、
 「そういえば、Y子がコンペーの襲名披露に行きたいけどどうかって言ってたんだけど」
 「コンペー?」
 「ほら、襲名披露してたじゃない。あたしは、あの人、そんなに好きじゃないけど?」
 「え?コンペーじゃないでしょ、えっと、なんだったっけ・・・・サンペー?」
 「え?サンペーは死んだわよ」

 母娘で間違ってました。コブヘーでした。(やっぱ遺伝?)

 さて、翌朝、私は11時くらいに起きたけど、なにせ無職の老夫婦ですから、そっちも10時くらいに起きたようで、私が下北のモルディブで買ったコーヒー(「下北で一番の老舗なんだよ!」と熱弁をふるって、「美味しさ」をアッピール)を入れて、トーストとベーコンエッグ+庭の菜っ葉のおひたしという朝食をとって新聞読みながらうだうたしていましたが、母は「せっかくミヤノがきたから、どこに連れてこうかしら」と張り切っているが、もうお昼だし、多摩動物公園に行くには遅いし、民家園はもう行ったし「さて、どーしよー」と言っていたら、玄関で「ピンポーン」

 女性の訪問のようであった。母が「あーら」となんちゃらかんちゃらと立ち話している。

 立ち話が長引きそうな雰囲気だったので、父がぼそりと「誰なんだろう?」と言うが、知らんわ。どうもご近所の奥さんらしい。
 父と二人きりで居間に取り残された
 父が、まるでテレビのCMのように、「最近、仕事は忙しいのか?」って言うもんだから、笑いそうになったが、ここぞとばかり「この間、税務調査が入ったよ」の話を披露。
 私って、両親の話相手するのが天才的に上手いね。
 育ててもらった恩は複利で返していると思う。
 だって、うちのパパンも経理マンだったんだもん。税務調査の話に乗ってこないわけがない。

 「お前の会社は、税務署OBの顧問はいないのか?」
 「いるよー、毎月5万も払ってるよーーーーー」
 「そんなもんか?お父さんの会社は10万だったぞ?」
 「だって、一部上場企業だから、相場も違うよー」

 そんで、父が昔勤めていた会社で、やはり税務署OB顧問だった先生が、けっこう世話好きのいい先生だったので、普通は2年契約で継続はしないのだが、その先生は20年も顧問契約していたらしく、税務調査のとき、「この税理士をこんなに長く契約するのは、なにか問題があるのでは?」と突っ込まれたという話しを聞き、

 「だって、ちゃんと仕事してくれるから、ずっと仕事をお願いして、それのどこが悪いのって言うよねえ?」

 と、叫ぶ娘であった。
 うちの税務調査でも、顧問料が高いとかなんとかネチネチ言われて、でも、幻の「税務署OB顧問」が5万円なのに、ちゃんと仕事してくれてる顧問に、いくら払おうとこっちの勝手じゃん!

 と、そんな「経理話」(ケーリばな)で父と1時間くらい盛り上がっていたのであった。

 まだ母の玄関外での立ち話は終る様子もない。
 父と娘はその時点で「今日の外出はないな」とわかったので、父は「そうだ、そうだ」とテレビをつけて、セパ混合試合を観る。

 あんまし面白くなかったので、ふとチャンネルを替えると「そーだ、女子ゴルフじゃん」

 しかし、愛ちゃんもサクラちゃんも優勝争には絡めなかったらしい。
 でも、最後の18番ホールは素人目にもけっこう面白いグリーンで、父も「おお」とか言っていたが、娘も「うわ!」とか言って、二人で熱心に見ていた。
 父があまり喋らないで、プレーオフになったときとか、私が「あーあ、テレビ局も主催者も、プレーオフに愛ちゃんが残ってくれたらなあって思ってるよねえ?」とブツブツ言っていた。

 そしたら優勝した不動が、「30歳以上の中堅も応援してくださいねっ」ってスピーチしたので、父娘で「ガハハハハハハ」とバカウケ。

 そんで、父がまたテレビ欄みて(手持ちぶさただったらしい)「あ?もう、そんなか」と言って、大相撲にチャンネル・チェンジ。

 もう5時過ぎだったので「そろそろ夕飯だね」ということになり(父と娘はずっと居間で座っていたことになる。似たもの父娘なので、そういうのが苦にならない)、「じゃあ、国分寺をうろうろしてどっかに食べにいこう」

 結局、あちこち回ったが、数ヶ月前にできたというインド料理屋に入ってみた。だって、まだ6時前なのに、けっこう客が入っていたのだ。母曰く「割引券配っているから」だが、でも、インド料理屋には珍しく、「夜でも一人で入りやすい店」のようで、男性一人客が多いということは「けっこうイケる」ということではないか?

 メニューも多くて、都心のインド料理にひけをとらないが、単価も安くて、都心だとカレーが一皿1000円〜1500円くらいだが、それがたいてい800円くらいなのがいい。
 夜のセットメニューも1200円くらいからあり、一人でもその値段だったらデニーズと同じくらいだろう。

 そのせいか、子供連れも多かった。

 味はやっぱり、ミヤノ家いきつけの六本木の店のほうが美味しかったが、でも、歩いていける距離だったら、これで十分。ナンが、モティ系の甘味のあるナンで、母はそれが気に入ったみたい。「これだけでいいかも」とか言っていた。

 両親だけだと、あんましエスニック料理屋には行かないので、たまに娘に無理やり連れていかれると「けっこう、おいしいかも」と思うようだし(タイ料理は辛すぎるから、ちょっとしんどいみたいだが)、なにより、そういうのって、同世代の友達には「自慢話」になるらしいんだよね。

 「なんか、娘が好きらしくて、エスニック料理食べたけど、なんか辛くてねえ。でも、若い人はああいうの好きよねえ」なんて自慢しているらしい。

 つーか、そりゃ、親が金出してくれるんなら、そりゃ、ほんとはフグでもいいんだけど、そういう高いものを嫌う「清貧」な家系なんで、エスニックはインパクトがあるけど、結果的に居酒屋値段だからいいんじゃない。
 「ミヤノは、ほんとにエスニック好きよねえ」
 って言われてても、黙ってうなずくのである。
 インドやタイ料理だったら自腹でもいいんだけどさ。

 我がママンの最近の関心は「建替え」らしい。
 つーか、千葉の築25年の家を売って国分寺でやはり築25年の家を買ったときに「安い中古住宅を買って、新築する」という計画だったらしいのだが、なにせ私がこうだから、親はもっと濃い遺伝子を持っており「これで住めるから、しばらくいっか」と思ってるうちに10年経ってしまった。

 さすがに、あちこちガタが来ているので「ここを売って、もっと新しい家買おうかと思ったんだけど、なかなかねえ?」
 国分寺の今の家は、駅からも徒歩10分くらいだし、南向きで日当たりはいいし、大きな道路に面してないので、静かでいいところなのである。あれ以上の立地はなかなかないだろう。

 そう思って「ここで、立て替えたほうがいいんじゃない?」と言ってみたが、建替えるのも面倒らしいから「だったらリフォームすれば?」

 母はとりあえず、トイレにウォッシュレットをつけたくなっているらしい。
 でも、古い家だからトイレに電源がなく、電源工事しないといけないらしい。

 「それって、けっこう高いの?」
 「うーん、電源工事で2万円くらいかかるらしいのよ」

 2万円つったら、年に2度かけてる私のストレートパーマ代じゃろ。

 どーも、いろいろ話しててわかったのだが、引っ越す時点で、「建替え費用」も溜めていたらしく、2000万円くらいが宙に浮いたままらしいんだよね。




 今、殺しておこうかな・・・・・・

 ちょっと、心が動きましたが、でも、まだ宝くじあてる夢は捨ててないので、2000万くらいで親を殺すのもちょっと面倒だな、と自制しました。

 小金もってますねえ。まったく。
 どーりで、「のんちゃんも、このままずっと独身なら、マンション買う?頭金くらい出してあげるわよ」とか言うはずだ。

 つーか、そんな両親の血を濃く受け継いだ私は、頭金なら十分持っており、それに親の支援が加わったら、マンションが現金で買えちゃいそうなんですが、親は私がそんなに貯金持ってることは知らないので、実家に帰っても一銭も出さず、ぜんぶ奢り。

 でも交通費、数百円とか飲食代数千円くらい、合計20時間くらい「聞き上手コンパニオン代」だと思えば、安いもんです。
 母の日だというのに、カーネーションのひとつも贈らなかったが、宅配便でカーネーション贈るよりも、「タカオがドザエモンを襲名秘話」を3時間も聞くほうが、大変なんですってば。
 「モノより思い出」っていうのは、こっちのキャッチコピーにしてほしい。

 イオンのCM「母の日は母と仲良し」っていう山口智子のナレーションがずっと頭の中をリフレイン。あのCMの娘役は、小泉かおる(アンアン世代のアイドルだった人気モデル)のような気がして、ずっと食い入るように観てたんです。

 とゆーわけで、「あたしって、世界一親孝行」」と思った母の日の週末でした。

5月6日(金)

 女性名の「明日のご飯どうする?」とか「今日なに食べた?」ってゆースパムがドコドコ来るので、@yahoo.co.jpは、ついにこっちのアドレスでも(gooメールではすでに設定済み)フィルタかけました。(やっとやり方がわかった)

 昨晩、母から電話があった。
 向こうから連絡がなければ、たとえ連休にちょこっと休みがあっても、ブっちしてしまうところだったが、向こうからコンタクトとってきたので「えっと、じゃあ、土日も休みだから、そっち行ってもいいよ」

 なにせ、帰省と呼ぶのも恥かしい「会社よりも近い実家」なのである。

 母は「あ、そう?」と、いがいと素っ気ない返事。でも、淡々と「誰も帰ってこないのよ〜」と、それなりに寂しそうだった。弟夫妻は嫁の実家に帰省しているそうで、妹は謎の理由で来れないらしい。
 まあ、妹の場合は、さらに実家が近いので、焼肉などが食べたくなるとタカリに行ってるのだが・・・・

 妹が実家に帰れない理由を母なりに推測した話しもたっぷり拝聴。
 それが本当なのかどうかわからないが、でも、どっちにしろ大した話しでもなく「雰囲気的に」ってところだろう。(って、なにいってんだかわかりませんな。いちおー、我が家のことではなく、妹の同居人と家族の間の話が重要なので、あんましヨソ様(ヨン様ではない)のことをベラベラ書けないだけ)

 で、一応、娘としては「じゃあ、土曜日に泊まりに行くよ。それに、いちおー母の日じゃん?」と言うだけ言ってみたのだが、母は「え?そうなんだっけ?」

娘 「たぶん、今週の土曜日か日曜日なんじゃないの?テレビのCMでやってるから・・・・」
母 「そうだったっけ?」
娘 「うーん、今週じゃなければ、来週かな・・・・」(自信がない)
母 「まあ、あたしも自分の母になんにもしないからねえ。興味ないのよ」

 みやのさんの「祝いごと無関心」は、遺伝じゃなくて、教育の賜物だと思います。

 そんな母なので、昔からカーネーションに全く喜ばず、(小学生くらいまでは、それなりにプレゼントしたりしてたのよ)、それどころか「この時期のカーネーションは高いから、ぼったくりだ」と説教しはじめるので、みやの家の子供達は母の日になんにもしなくなりました。せいぜい、一緒にご飯食べる程度。親の金でね(笑)

 弟が結婚して、最初の母の日に、嫁さんが立派なカーネーションのアレンジメントを贈ってくれたのですが、母は「なんか、こんなのもらっちゃって・・・・どーしよ」と愚痴るので「普通の家ではそれが当たり前なんだし、嫁として気を使ってくれているのだから、涙を流しながら『うちの娘や息子はこんなことしてくれたことないのよ』と感激しちょればいいじゃん!」と説教しちゃりました。

 そういえば、うちの母は、母の日には無関心ですが、「菖蒲湯に入る」とか「カボチャを食べる」とかはちゃんとやっていたな。土用の丑の日も。
 「昔から伝わるそういうのは、実はちゃんと理にかなっている」と信じてました。 

 でも、クリスマスには鳥を焼いたし(買ってきたのをオーブンで暖めただけの時もあったが)、バレンタインにはチョコを買ってきてくれた・・・・・

 もしかしたら、「母の日には羊羹を贈る」とか言うのだったら、喜んで受け取っていたのかもしれない。羊羹は母の大好物で、よく台所の棚に隠してあった。でも、他に食べらがる人いないんだけどね。あれは多分、子供達の目から隠してあったのではなく、目につくところに食い物が置いてあると、その価値もわからず全部食べてしまう夫から隠してあったのだと思う。私も冷蔵庫に保管してあるプリンとか、ちゃんと名前書いてあっても食われて、よく泣いたもんだ。

 食べ物に対して、ものすごーく平等に接するうちの父は、「これは、高級プリンだから、きっと誰かがキープしてるんだろう」などと考えることを全くしないし、それに執着して名前まで書いてあるなんて、全然想像もしないのである。ゴジラが歩いている前で「これは、歴史的文化財だから踏み潰さないで!」と叫ぶようなものである。
 防御策としては、冷蔵庫を開けてすぐ目につくところに手ごろな食べ物を置いておけば、選り好みして奥まで探すことはない。

 話しが逸れたが、母の日にはクールな母であるが、今、ちょっと悩んでいることがある。
 昔から憧れていた「モンゴル乗馬ツアー」であるが、60歳も過ぎたし、そろそろ本気でやらないと、足腰が弱くなって馬なんかに乗れなくなってしまうと考えたらしいのだが、頼みの父が「俺は馬なんかには乗らない」と嫌がっているそうで、「でも、一人で行くのもねえ?」

 そそそそっそ、それは、私に一緒に行けという、遠まわしに見えて、実はかなり直球な・・・・・

 でも、母も私が一週間も休みをとって付き合ってくれるとは思ってないようだが、でも遠まわしに「Y子(妹)が、旅行代をもってくれるのなら一緒に行っていいって言ってくれたんだけど・・・・」、だけど、妹とは格安ツアーで香港やら台湾に一緒に行っているのだが、末っ子だからマイペースなので、母が史跡や美術館を堪能したくても、妹は「バカT探し」に走り回ってしまったりするそうで、「だから、なんかねえ?」って、あたしに言われても困ります〜。
 昔、ヨーロッパ一周に連れていってあげたじゃん。

 たしかに私は父親似なので、旅の道連れにはいいだろう。そこそこ英語を話すので便利だし、あまりあれこれ文句を言わないし、母があれこれワガママ言っても、逆らわないし。
 最近は、父も引退したので、国内格安旅行のお供として大活躍しているので落ち着いたが、以前は「あんた、なんで結婚しないの?」って責められた後に、「でもねえ、○○さんちも、娘さんオールドミスになっちゃったけど、旦那さんも亡くなって、最近は二人であちこち旅行してるのよね。娘と旅行できるのっていいわよねえ。気心も知れてるし・・・、お母さんはそれでもいいかもしれないんだけどな」と、うっとりと語られ、かなり精神的に追い詰められたものだ。

 なので、ここらで親孝行心を発揮して、モンゴルくらい一緒に行ってやってもいい気持ちもなくはないのだが、娘40歳近く、母60歳ちょっとという、この微妙なお年頃にそんなことしたら、味をしめられて、あと10年くらいは・・・・下手すると、あと20年くらい、母の「旅のお供」に任命されてしまう可能性が高いので、なんとか一人でモンゴルにやりたいのだ。

 本人としては、けっこう盛り上がっているようである。「でも、観光用ゲルでも、やっぱしお風呂とか無いみたいだから・・・・」とか弱気になるので、「なんのなんの、モンゴルの草原なんて、たぶん、秋の高原のような避暑地の陽気だろうから、汗なんてすぐ乾くから、3日間くらい風呂はいらなくても平気でしょ?」「うーん、それもそうねえ。多少、臭くなっても、他の人だってそうだと気にならないからねえ」「だいたい、馬とかヒツジのほうが、もっと臭いし」とか、必死に持ち上げているのである。

 なので、土日は実家に帰って、モンゴルの素晴らしさをふきまくらないといけないらしい。なにがどう素晴らしいのか全然わかってないのだが・・・・
 実は、軽井沢あたりにも「モンゴル産の馬でトレッキングができます」っていうのがあるらしくて、母も「軽井沢だったらお気ラクだし・・・馬は馬だし・・・・夜も星がきれいだろうし・・・・」と弱気になっていたので、「でも、せっかくだから、たとえお尻が痛くなってこりごりになっても、どうせなら、軽井沢じゃなくて、モンゴルでがっかりしたくない?」と必死に説得中である。

 だってさ、くどいようだけど「なーんだこんなもん」と思うんだったら、ぜったい本物がいいよ。(まあ、初心者向け乗馬ツアーやってるゲルなんてニセモノなんだけどさ)
 「モナリザなんて大したことないんでしょ?」って言ってるより、実際にルーブルに行って「ふーん、こんなもんか」って言うほうがいいに決まってる。世界で最も有名な絵画を前にして「ふーん」と言っている気持ちが重要なわけよ。

 日本でも「実際に見るとガッカリする観光名所」として、札幌の時計台が有名だが、「がっかりする」と言われたので、なんだか絶対に観なきゃいけないような気がして、わざわざ観にいったが「ほんとだ!地味!知らないと通りすぎるね」と思ったことが「感動」なのだ。

 だから「馬に乗ったことないのに、一日中、草原走ってたら、お尻も腰も痛くなって、うんざりしないかしら?」って思うのはもっともだが、どーせ一日でギブアップするなら「せっかくモンゴルに行ったのに、散々だった」というほうが「試しに軽井沢で馬に乗ってみたけど、もうこりごり。とてもモンゴルなんかに行けない」っていうようり、いいんじゃないかなと思ってさ。

 なんだかんだいいつつ、いろいろ情報収集しているようで(とりあえず、ネットで検索くらいはできるらしい。妹の渾身の指導の賜物)「草原のゲルもどきで宿泊はいいんだけど、ウランバートルで最後の一泊のときがねえ?」とか言うので「体中痛くて観光どころじゃないでしょ?それに、ウランバートルって観光するとこ無さそうだし」と言ったら、

母 「でしょ?」
娘 「うーん、よく知らないけど、あんまし観るものなさそう」
母 「ほんと、たいしたもんないらしいのよ。工芸品の工場とか、街が見える丘なんてどうでもいいでしょ?」
娘 「つーか、寺くらいないの?」
母 「それなのに、オプショナルツアーがけっこういい値段すんのよ!」
娘 「だって、外貨稼いでるのは関取だけだからあそこ・・・・観光客から搾り取らないと・・・・」
母 「それに、ビザも高いのよ!自分でとれば、安いかしら?」
娘 「そういう場合もあるけど、個人だと取り難い国もあるから・・・・で、いくらなの?」
母 「8000円もするのよ」
娘 「中国なんて、1万五千円くらいしたから、それは安いほうだよ」
母 「そうなの?じゃあ、旅行会社に頼んだほうがいいかしら?」
娘 「うーん、どうなんだろう?」
母 「それで、オプショナルツアーがつまらなそうだし、高いから、自分で街を歩けばいいやって思ったんだけど、旅行会社の人にそう言ったら、『とんでもありません!』ってゆーのよ」
娘 「え?そんなに治安が悪いの?それとも交通の便が超悪いとか?」
母 「調べてみたら、中心街までホテルから徒歩20分なのよ」
娘 「楽勝じゃん」
母 「でも、高い建物が全然無いし、目印になるものが何にもない徒歩20分らしいのよ」


   うーん、たしかに、団体旅行しかしたこと無い人には危険かもしれないが、だからって一人歩きはダメって言うのもねえ?
 まあ、60歳過ぎの英語もロクに喋らん客を(どっちにしろ英語通じなさそうだが)街に放り出すのは旅行会社もやりたくないよな。
 私だって、ツアーで旅行したときには地下鉄に乗るなとか、バザールはスリが多いから危険だとか、散々脅かされたもんな。で、実際行ってみると「どこが危険なんだ?」ということも多く、だから外務省なんかが「海外渡航危険情報」なんか流してても、早めに締め切り日を言う編集者と漫画家みたいな気分になっちゃうんだよね。

 そうこうしてるうちに、今日も母からメールが届いていた。銀行の人と話していたら、銀行員のお客さんが海外旅行通で「どこが一番いいかと聞いたら、モンゴルだった」そうで、もう6回もリピートしているらしい。その話しを聞いて、また母の心は激しく揺れ動いているのであった。我がママンは、ほんとにロバのような人だ。(ロバを飼いたがっている)

 母の日に「スーホと白い馬」でもプレゼントしよっかね?(あれは背中押す話しだったっけ?) 

 
5月5日(木)

 昨日から、ぼちぼち始めていた部屋の掃除だが、今日はやっとエンジンがかかり、衣替えまでたどり着いた。ガス・ファンヒータも掃除して、洗った網を干してるところ。
 あとは、溜まった冬物をクリーニング屋に持っていけば完了だ!

 しかし、人生ってやつは、綿ボコリとの戦いだね。
 狭い部屋の中で、寝るのも着替えるのも食べるのもやっているので、よけいに埃が集中するのであるが。

5月4日(水)

 目が覚めたら昼の12時45分だった。
 ほぼ12時間、ノンストップ睡眠したらしい。
 やはりレイアウト変更の疲れが噴出したのか。
5月3日(火)

 出勤。
 懸念されていた腰痛はそれほど酷くなってなかったが、たぶん、筋肉痛が体を蝕むのは明日だな。中一日ってわけだが、30歳過ぎてから、筋肉痛になるのがだんだん遅くなってきたので、このまま順当に齢を重ねると、一週間後になったりして。

 昨日、やりのこした整理をボチボチと片付けた。
 しかーし、T部長が昨日の夜に会社に戻ってメールで送ってくれるはずの書類が届いてない!T嬢も「もしかして、私だけ?」と聞いてきたが、誰も貰っていなかった。昨日、遅くまで残っていたT嬢が「とにかく、それだけは送ってくださいね」と念を押してくれたそうだが、実行されてなくてガッカリしていた。
 よって、明日は電気工事のため停電で強制休みなのだが、明後日は出勤するつもりでいたけど、T部長は皆に重要なファイルを送り忘れたまま3連休に突入してしまったので、私も明後日は休むことにした。休み明けの金曜日にファイルをもらって、土曜日にでもやるかね。

 レイアウト変更したので、FAXやコピーの位置が変わったのだが、みんな動線の変更にまだ慣れなくて、FAXを送ろうとして、うろうろとフロアを一周して「てへ?」と笑ったり、ポスト・イットなどがストックされてる棚を探して、オロオロしたりと、頭の体操になっているようです。ボケ防止にはいいかもしれない。

 先週の尼崎の列車脱線事故は、日航機墜落以来の大惨事のようになってきて、毎朝、ワイドショー観て、もらい泣きしながら朝の支度をしています。化粧した後に多少泣いても、あまり影響の無い薄化粧なのでよかった。

 難病をやっと克服したのに、事故に巻き込まれて亡くなった青年の話しなんて、涙も出たが、鼻水も相当出たくらい泣けた。彼の20歳そこそこの妹さんが、イマドキのギャル風にチョイとセレブ風目指してますって感じなんだけど(お母さん似の美人であったが)、その子が化粧もしないで、喪服着て、兄ちゃんの棺に1時間も張り付いてたなんて映像見せられたら、もうねえ?

 今日のワイドショーでも、一番犠牲者が多かった2両目で、2時間閉じ込められたが、奇跡の生還を遂げた中年男性が「自分と体を重ねるように閉じ込められてた若者が励ましてくれたから生き残れた」と語っていて、どうやら、その若者というのも「茶パツにピアス」という、フツーだったら(?)電車の中でケータイ鳴らしたのを注意した大人に逆キレして殴っているはず(?)の兄ちゃんが、中年男性が「もう、だめかも」と弱音を吐いたら「こんなにピッタシくっついて頑張ってきたのに、死なれたら困る」と励ましてくれたそうで、「彼もきっと救出されたはず。会ってお礼を言いたい」とか言うもんだから、朝から号泣してしまいました。

 それにしても、日比谷線の脱線事故のときもけっこうショックだったけど、土地勘が無い兵庫といえども、通勤圏であれだけの大惨事ってやっぱしショック。

 私は小心者なので、車はやっぱり怖い。
 自分で運転しないせいもあるんだろうけど、どうも運転手を信用できないし、それに自分が乗ってる車は大丈夫でも、他の車が突っ込んでくる可能性も高いわけで、車に乗るたびに「今度こそ、ぜったいダメかも」と弱気になったりします。
 だから、できるだけ電車で移動したいと思っているので、電車で大事故があると、かなり動揺してしまいます。

 カーブでのスピードの出しすぎが原因の一部であるようですが、電車での急カーブと聞いて、思い出した話しがあった。

 事故とは全然関係ないし、その話しが本当だかどうかもわからないけど、大学が京王線沿線だったので、新宿から乗ると、急行は「停車駅は、明大前、調布、府中、聖蹟桜ヶ丘・・・・・」とアナウンスを今でも覚えていますが、明大前と調布の間あたりに下宿している友達が多かったなあ。
 明大前と調布の間は、けっこう離れているので、うっかり寝過ごしたら大変なことになりました。
 府中あたりのマンションに下宿している友達もけっこういたけど、その先になると「どこ?そこ?」という雰囲気。「せいせきさくらがおか」っていうのも、車内アナウンスで知っているだけで行ったことはいまだにありません。

 あるとき、上北沢に下宿していた友人と喋っていて、「京王線の急行の停車駅って、調布や府中までは、地名として知ってるけど、セーセキサクラガオカってどこよ?」って話題になったときに、友人が、「あそこは、なーんにもない駅なんで、ほんとは、府中の次は高幡不動でよかったんだけど、あそこで急カーブするんで、急行が速度を落とすらしんだな。だったら、ついでだから停車しちゃえってことで、急行停車駅になったらしいよ」って語っていた。
 ほんとだか知りません。
 20年前は、ほんとに周囲に何もなかった駅でしたが(だから、そういう説が自然発生したのでしょう)、その後、ショッピングゼンターができて、ドラマのロケ地になるような、人工的な商業地になったので、京王グループが計画的に開発したんだと思いますけど「カーブだから急行を止めた」というのは、地図を見てみるとなるほどその通りだったんです

 10代後半だった私は、その話しを聞いて「にゃるほどー」と感心してました。
 急なカーブをスピードを出した急行が走ると危険だから、そこに駅を作ってしまえば、絶対にスピード落としますので、「京王線、なかなか考えてるじゃないか」と思ったのです。

 今回の事故のカーブの場合には、次の停車駅での乗り継ぎを便利にするために後から作ったカーブだったらしいので(同じホームでの乗り継ぎを可能にしたんでしょうかね?横浜線と京浜東北線も、東神奈川でそういうことやってると思うのですが)「どーせ、カーブだから電車止めちゃえ」という話しでもないのですが、なんか思い出しただけです。
 
5月2日(月)

 オフィスのレイアウト変更。
 同じフロア内で、少し移動するだけなので、ちょろいと思っていたのだが、また掃除機がけで張り切ってしまい(ダイソンのゴミ筒が7割埋まり、日立のはゴミを5回も捨てた。綿ボコリが5リットルくらい出たらしい)、それに、キャビネットを移動するために、中味を出したり、また入れたりしていたので、夕方には腰がパンパンになってしまい、6時にはヨレヨレしながら「もう、後は明日やりまふ」と言って帰宅。

 ああ、マジ、腰いてえ。
 やべーよ。キテるよ。
 明日は、マジ、やべーかも。

 腰も痛いのですが、家具の移動の際、人間関係でも2、3、顔がヒクヒクするようなことがあったのですが、それは一晩ゆっくり寝て忘れようっと。
 でも、ぼそりと愚痴っておこう。
 そりゃ、あたしがレイアウト案は作ったけどさ、細部は自分で決めてよね。自分で「仕事しやすいように」とか「みんなで使いやすいように」とかビジョン持ってやろーよ。
 で、レイアウト案見て、「うん、どーでもいいから、これでいいんじゃない」と言った人に限って、当日、あれこれ不満言いやがるからムカつくー。

 で、また「捨てられない症候群」の同僚が「これって、いるものなのかな?」というので、「どれどれ」と見てみたら、5年前の電気点検の書類なんて、捨てちまえって言ったのだが、「でも、大丈夫かな?」「大丈夫です」「ほんとに、ほんとに?」「いらねーよ」と言って捨てさせたのだが、その後、「有給休暇の申請書」も出てきて、「それも、いらないんじゃない?」と言ったのだが「ほんとに、ほんとに?」と言われたので、冗談で「もし、過労死する人がいたら、3年分くらい遡るかもね(笑)」と言ったら、鵜呑みにして「そっか、じゃあ3年分とっておこう」とか言うので、ピシピシピシピシとコメカミに血管が浮き上がったりしたのでありました。

 いつも反省するのだが、彼女には堂々と「ああ、それは法的には1年保管になってるから」と嘘を言えばいいだけなのだが、ついつい「あたしはそれは不要だと思うから捨てろ」という「オレ様が法律」という態度で挑んでしまうので、無理もないが全然信用してくれないのであった。

 そりゃ、法律ではどうだか知らんが、法律どおりに書類を保管してたら、いくら倉庫があったも足りんわ。
 営業部のアシスタントの女性にも「発注書って何年保存しておけばいい?」って聞かれたのだが、「それは、発注したものがちゃんと届いた時点でゴミです。でも、そちらで必要なら保存しておけば?経理では不要。この間の税務調査でも、そんなもんは全く必要なかったです」ときっぱり言ったら「そっか、じゃあ、まあ、1年くらいは保存しておいて、後は捨てよう」と、さっぱりしたもんだったので、同じマインド(自分が必要だったら保存。そんな書類、ここ数年、遡ったことがないから不要だと思えば不要と判断)の人と話しているとストレス溜まらないんだがなあ。

 だいたい、なきゃ無いで、なんとかなるし。税務署が来ようが、国税庁が来ようが「あ、それ捨てました」とはっきりくっきり言えばいいいだけだし、本当は捨てちゃいけないものでも「探しても見つかりませんでした」と言い逃れれば済むし、そもそも、よっぽどのことがなければ、発注書とか納品書なんて必要にならないぞ。
 ましてや、3年前のコピー機の保守レポートなんて、誰がなんのために保存しておくのか、保存しておきたい理由を聞かせてほしいくらいだ。2年前のリサイクルごみの収集受領書は、黙って捨ててやったけどな。

 そうやって、なんでもかんでも捨てたがり、生き生きと掃除機をかけていた自分が、いったん自宅に帰ると、なんで自分の部屋はこんなゴミ溜めになっているのだろう?と、また激しく落ち込んだのだが、腰が痛くて、部屋の掃除までは手が回らず・・・・・
 ああ、どうして、逆になってくれないのだろうか?

 ちょっと愚痴るつもりが、やはり長くなってしまいました。
5月1日(日)

 いつのまにかGWに突入していた。
 いつものことだが、大型連休の恩恵に無縁なので、いつものようにダラダラした日々を過ごしている。

 木曜日は、「もしかしたら、私の人生に足りなかったのはレオン・ライだったのか?」という、人生における重要なことに気がついたような気分で過ごしたのであるが、「だからどーした?」ということもわかったので「はあ、早く憑き物落ちないかな」と、ただ時の過ぎ行くのを(もしくは脳内麻薬物質を肝臓で分解するのを?)ひたすら待ったのであった。

 憑き物はだいたい落ちたんだけど、一瞬、グワーーーっと「これは、やはりDVD再生装置を買って、レオン・ライの出演作を全部おさらいしなくてわ!」という、愛の嵐(?)も過ぎ去ってしまったので、またチャンスを逃したようである。

 そーいや、クサナギ君主演の「恋に落ちたら」も観たんだけど、話しの展開が「普通の人情モノ」になったので、安心して観てられるが、でも、クサナギ君の相手役が地味すぎないか?
 私があの女優の顔も名前も覚えられないだけなんだろうか?たしか、CMでは観る顔だけど、他の子と区別つかんのよ。
 その割に、クサナギ君の妹役は木村佳乃だったりして、なんかもったいない使い方。(これから活躍するのか?)

 私が個人的に注目している「堤真一と和久井映見が共演って、『ピュア』以来じゃ?」というのも、今んとこ和久井映見も地味な扱いなので、肩透かし。(一応、元カノという設定はフってあるので、今後に期待しておく)

 「ピュア」は放送当時には観てなかったのだが、平日夕方の連ドラ再放送を観まくっていた失業中に観て、まんまと堤真一にハマったのだが、その後、あんまし人気が出ず、どっちかというと舞台俳優として地味に活躍していて、鈴木京香と付き合っているという芸能ニュースで騒がれたときにも、堤真一が誰なのかわからない人が多いような雰囲気だったし、実際、自分の友達に「好きな俳優?えっと、堤真一とか?」と言っても「誰それ?」とか「西武系の人?」とか言われた。

 それがいきなり、キムタク主演のパイロットものドラマが高視聴率だったもんだから、「全国区」にブレイクし、その後もトレンディ・ドラマにはよく出るようになったので、ちょっとオモシロクなかったりした。

 金曜日はまた「タイガー&ドラゴン」を観た。
 前日、会社の人たちと飲んでいたときに、その話題になり、「ねえ、あのドラマに出てくる落語の話しって、知ってた?」と聞いてみたら「全然?」とはっきりくっきり言われた。
 まあ、噺を知らない人でも楽しめるようにできてるんだけどさ。とか思っていたのだが、今週の「茶の湯」あたりになると、私も自信ない(笑)。すでに負けているぞ。「ええと、作法を知らない人たちが、隣の人の真似をするもんだから、すごく変な作法が展開されるやつだっけ?」と、なんとなく想像できた程度。

 でも、わけもわからず一服して「風流ですなあ」ってやってるのと、裏原宿の若者ファッションを平行するあたりは、わかりやすくてよかったし、ほろ苦い青春もほどよく混じってて、うまくまとめていた。
 「うーん、やはり、いまどき、これだけ書ける脚本家はいないなあ」と感心していたのだが、ふと思ったんだけど、月9の「エンジン」も、クドカン芸風を狙ってないか?そう考えると、前の「不機嫌なジーン」もこの系統を狙っていたような・・・・・
 だったら、月9も最初からクドカンでやればいいのによお。
 まあ、その中途半端さが月9のいいところでもある。

 そういうわけで、今クールの連ドラはけっこう楽しんでいるのだが、土曜日はまた会社のBBQパーティで、しこたま酔っ払いつつも、11時には帰宅して、NHKでビョン様主演の「オール・イン」を観たのだが、わーん、つまんねーよ。

 マニアじゃないので、たくさん観ているわけでもないが、「冬のソナタ」も「天国の階段」もそうだったのだが、とにかく少年時代が長いのよ。少年時代は若い役者を使って(「インファナル・アフェア」方式)やるのだが、日本の連ドラと違って1クールが長いので(日本のは11回くらいだが、韓国は24回くらい)、少年時代を2回もたっぷりやってくれるのだ。まるで、NHKの大河ドラマか、朝の連続テレビ小説みたいな構成なのだが、まあ、そういうもんだと思って観てればいいのだが、(「冬ソナ」は高校時代も同じ役者でやってました)、こっちは1クール11回のやり方に慣れきっているから、韓国ドラマのモッタりさ加減にイライラしてしまう。

 「美しき日々」は、少年時代を15分でやって、すぐに「現在」に強引に持ってきたので、あの時点ですでに評価していたのだ。

 「オール・イン」も冒頭に「現在」(というか、あれがどこの時点に着地するかわからない。最終回じゃないような気がする)をちょろっとやって、そこでビョン様が出てきてから、幼少時代に遡り、18歳くらいで刑務所にぶち込まれるまでに2週間かかった。今週は、ム所の中で20代半ばになった設定で、出所するまでの話。
 1−3話までは、ダイジェストで十分。つーか、5話くらいまでこんなかんじっぽいぞ?冬ソナの経験でいくと。

 あと、今度のために勉強しておくべきなのかもしれないが、花札って、どの札が強いのか、さっぱりわからないので、刑務所の中での手に汗握る花札賭博シーンが理解不能であった。あの描写じゃ、ビョン様が天才ギャンブラーなのかどうか、よくわかんないざますけど。
 同じく、ビョン様のライバルとなるのか、御曹司の方が、ベガスでブラック・ジャックしてたんですが、あっちの勝負の意味もよくわからなかった。

 手札の意味がわからない自分が無教養なだけかもしれないし、韓国だとカジノもあるし、日本よりもカード・ギャンブルがメジャーなだけかもしれないが、あのあたりの勝負の面白さを解説してくれないと困るなあ。
 でも、もしかしたら、そういうレベルでゲームを描いてなかったりして。そういう可能性もある。
 冬ソナでも、主役の二人が優秀な設計者である(らしい)というのがちゃんと描かれたのは最終回だったもんな。それまで、ヨン様は図面なんて描いてなかったんだもん。

 韓国ドラマはそのあたりがけっこうアバウトというか、二の次というか、「証拠」よりも「状況証拠」というのか、冬ソナの場合には、高校生のころ理系の才能が顕著だったヨン様は、大人になって、ただの縁故重役にしか見えなくても「ちゃんと仕事している」ということになっていたようだし、「オール・イン」でも、幼少時にイカサマ賭博しの叔父と旅回りしていたので、「天才ギャンブラー」ってことになっているのだろう。

 それにしても、花札をサササっと切って、手のシワに挟んで、バシっと壁に投げたら、壁に刺さったりして、それを観た同室のベテラン詐欺師が「お、お前はいったい」と唖然としてても、なんだか困る。

 「これは、大河ドラマなんだから、そういう気持ちで観ないとついていけないんだ」と自分に言い聞かせたが、だったら大河ドラマのほうが、安心して観てられるかも。義経が「鹿も四足、馬も四足」とか言って、崖を馬で駆け下りても、「え?そりゃ無茶な」と困ることはないだろうし。  
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