可燃物な日々

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3月14日(月)

 今日は早番だったので、9時出社。最近、早起きが多いような気がする。でも9時出社ってフツーか。
 総務では、休暇に入った社員が2名いるし、偉い人たちはみんなイベント会場に出かけてしまったので、今日は静かだった。3月は休暇をとる人が多いので、ずっとこんなもんかも。

 三寒四温というわけで、また寒くなってしまったが、日が長くなってきたのがうれしい。今日は5時半には会社を出たのだが、外が明るいので、もっと早い時間に会社をとんずらしたような錯覚を覚えて喜んでいた。ただの錯覚なわけだし、三茶に着いたらすっかり暗くなっていたので、結局同じなのだが。なにごとも気分が大事だ。

 世間の多くの人は花粉症に苦しんでいるが、幸いなことに私は太平楽である。
 でも、真冬より最近のほうが乾燥しているような気がする。なぜかというと、やたらお肌がガサガサになるからである。今年の冬は、あんまし粉を吹かなかったので「きょうみさんに買ってきてもらった、中国のクリームのせいか?」と思っていたのだが、この時期になったら、何を塗りたくってもダメである。NZで買ってきた「飲むプラセンタ」も「塗るプラセンタ」も効果なし。

 でも、花粉症でブシュブシュと苦しんでいる同僚に「最近、なんだか乾燥しない?」と言ってみたら「南半球に行ったから紫外線がきつかったんじゃないの?」と言われて目からウロコ。
 そっか、そうなのかもしれない。オゾンホールが近いせいで、NZの紫外線は日本の数倍とかいう触れ込みであったが、そのせいで肌荒れしてるのかな?

 やっぱし、紫外線は美容の敵らしい。それなりに日焼け対策はしてたんだけどねえ。
 向こうで見かけた白人観光客は日焼け止めクリームを塗りたくった後に必ず、リップクリームも塗っていた。私は、あんまし唇の日焼けを気にしたことはない。それでガサガサになった経験もないし。UVカットのリップクリームも確かに売っているけど、あんまし売れ筋として脚光を浴びてないような気がする。スキーとかする人には必要なんだろうけど。

 どっちかというと、唇より、目の日焼けのほうが気になる。子供のときから、真夏に外で遊んでいると、なぜか目がシバシバしたのだが、紫外線対策が有名になってから「そっか、目がやられてるんだ」と気がついた。なので、なるべくサングラスをするようにしている。白内障の家系なので、少しでも予防しとかないとね(笑)

 NZ旅行日記も途中まで書いたまんま放置しているなあ。
 飽きてしまったということもあるけど、久々に友達と一緒に旅行したので、ついつい「そのとき、友人はこうだった」ということを書いてしまい、Mちゃんがもし読んだら(現在、パソコン故障中だけど)、ちょっと反省してしまい、筆が進まなくなってしまった。
 友達と旅行していると、いろいろ気を使う場面が多くなる。もちろん、相手だってそうだろう。

 そういえば、お互いに感じた「ちょっと困ったこと」が旅行中にあった。

 NZはわりと交通マナーがいいところのようだが、逆にそれで困ったのである。
 オマルの街の中心を通る目抜き通りは、そのまま北はクライストチャーチ、南はダニーデンに続く幹線道路である。イギリスと違って、そういう街と街を結ぶ国道が街の中心を抜けている構造になっていた。
 郊外では100キロで飛ばす自動車も、市街地に入ると制限速度の50キロを守って、わりとゆっくり走っている。
 しかし、街を抜ける車と、街中を行き来する車が混じるため、けっこう交通量は多かった。それでもせいぜい、下北沢と三軒茶屋を結ぶ「茶沢通り」程度であったが。
 茶沢通りには、横断歩道があると必ず信号があるけど、オマルの街には、信号がほとんどなかった。一箇所だけ歩行者が押すと青になるのがあったくらい。なので、最初は道を横断するのに戸惑ったが、私らが道を横切ろうと歩道に立っていると、すぐに車が止まってくれたのである。

 最初は「さすが、マナーがいいねえ」と感心していたのだが、でも、日本だと信号が無い道を横切ろうとするとき、近づいてくる車を待ってから渡る事が多いので、ついつい車が通過するのを待ってしまう。そうすると、車も一旦停止してしまうので、お見合い状態になり「なんか、逆に迷惑をかけてるみたい。最初からさっさと渡ったほうが、向こうの停車時間も短くて済んだ」と反省するのだが、50キロの速度でこっちに向かってくる車の姿を見ると、ついつい足を止めてしまうのである。

 「いかん、わたしら、迷惑な人じゃん」
 私よりも「迷惑」に敏感なMちゃんも、けっこうプレッシャーを感じているようだが、でも身についた習性はなかなか変えることが難しく、私も意識して「それ、渡ろう。気合だよ、気合」と果敢に車の前に飛び出したが、そうやってちゃんと意識してやらないと、すぐに立ち止まってしまって「また、やってしまった〜ごめんなさい」と反省ばっかりしていた。
 私はけっこうそれに慣れてきたのだが、Mちゃんは毎回やはり気が弱くなってしまうようで、飛び出した私の後を慌ててついてくるもんだから、出遅れて車にクラクションを鳴らされたこともあり、かなりガッカリしていたようだ。

 でも、クライストチャーチに戻ると、やっぱし都会だから、それほど「歩行者優先」でもなくて、オマルでの癖で果敢に横切ろうとして、そこでもやっぱし「迷惑な歩行者」になってしまった。場所が変わると、そういうのも違ってくるので、慣れるまでが一苦労だし、やっと慣れたと思ったら・・・・という話である。

 東京でも、住宅街の中では、やはりこっちが車を先に行かせようと立ち止まると、向こうがちゃんと停まってくれることも多い。でも、みんなそうだと思うと、けっこうバラバラなので、戸惑うことも多いから、同じなのかもしれないけどね。

 あーヤバ、また「自分で書いてることが自分でつまらない病」になりかかっているようだ。
 まだ、軽度だけど、今までの経験から考えると、この状態に入るとしばらく抵抗飛行する。

 飛行キブンブン♪(←まだこの程度の明るさを保持)

 40歳前後って、こういうプチ鬱との戦いなのね。だんだん、うまくドライブできるようになったけど。
 ほんとにうまくドライブできるころには、きっと更年期なのよ〜〜〜(泣・・・でも、まだ自分で自分を笑う余裕アリなのはいいことだ)
3月13日(日)

 NZで買ってきたブルーチーズをつまみにワイン飲みつつ「美しき日々」を観ていたら、ついうっかりワインを全部飲んでしまった。
 そんで、今朝は5時半に目覚ましをかけていたのだが、ちゃんと起きてテレビをつけたが、実は「ちゃんと起きて」なくて、枕元の目覚ましを消してから、枕元にあったリモコンでテレビをつけただけだったわけで、そんで、頭の片隅で「ああ、落語をやってるな」という意識はあったのだが、そのまま眠ってしまったようで、意識が戻ったのが6時40分。ぎょえええ、遅刻じゃあ、46分の電車に乗るつもりだったのに!と慌てて支度して、なんとか7時15分の電車に乗ったのであった。

 ちゅーわけで、久々の支店勤務で、これがたぶん本当に最後の支店派遣になるはずなのに、20分の遅刻でした。
 正直に「寝坊しました」と言った。かっこわる。

 今日はそんなに忙しくなくて、二日酔いと寝坊の後遺症でボーっとしていたのだが、待ち時間が長く、支店内をうろうろしていたのだが、店に置いてあった宣伝用のパンフレットに「ただしい言葉遣いを心がけよう」というのがあったので、手にとって読んでみたんだが「的を得る」など、私もやっちゃった間違いが紹介されてて「すんません」と反省。

 「一番最初に」って言うのも指摘されていて、たしかに「最初」っていうのは「一番」という意味でもあるから、意味がダブっているのであるが、でもそんなに不自然にも思えないなあ。そういや「享年○歳」っていうのも間違った表現であるとどっかで読んだ記憶があるが、でも、意味が重複してたって別にいいじゃん、とも思う。

 「全然OK」っていうのは、間違っているのがわかっていてもわざと使っているしなあ。
 「ふーん」と思ったのは「タッチの差で間に合った」というのも「間違い」とされていたことだ。「タッチの差で間に合わなかった」というのはいいらしい。かなり、どうでもいい。
 有名どころでは「気の置けない」というのの間違った用法「気の置けない店だったので落ち着かなかった」が挙げられていたが、これは「時代とともに用法が曖昧になって、そのうち意味が逆転するかもしれない言葉」の最前列で並んでいる。私も頭の中ではわかっているが、会話ではついつい「気の置ける友達」などと言ってしまう。

 自分もかなりこういう「間違った日本語」を多用しがちであるが、でもついつい「じゃあ、正しい言葉って何よ?」とつっかかってしまうので、「言葉の乱れ」に寛容なほうである。つーか、数学と違って「正しい」ということが曖昧すぎる。数学は、古代エジプトでも通用したものが、現代でも通用するが、言葉は数百年でずいぶん変わってしまうわけで、「文法」というのも不変の定理ではなく、ただのファッションだ。ネクタイの幅やスカートの丈が流行によって変わるのと同じ。

 だから「正しい言葉」と言われるとムっとするのは、学校でスカートの丈を決められるのと同じような不条理を感じるからである。私の友人が会社に三つボタンスーツを着ていたら、上司に嫌味を言われて「なんで?」と怒っていたけど、「三つボタンとか、ダブルのスーツはちょっとね」っていうのと「全然オッケーという言い回しは全然正しくない」と言われるのは同じような気がする。

 そういえば、ブラジルに行くと、日系人が話している言葉が、まるっきり「小津映画の世界」らしくて、笑ってしまうらしいが、NZで会った「7年前、中学生の頃こっちに来て、こっちの大学出て、永住権も獲得して、こっちで就職しました」な日本人青年は、「よさげ」という言葉に戸惑っていた。
 写真を撮ってもらおうとして「あのあたりの、よさげなあたりをバックに・・・」と言ったら「ヨサゲ?」と首を傾げていたので「ああ、景色のよさそうなところで」と言い直したら納得していた。

 でも、NZ在住4年くらいだと言う、OKショップの店員さんは「なにげに・・・」と言っていたので、「ナニゲ」は4年前から使われていたのかね。
 ブラジルの日系人に「なにげによさげですよね?」と言ってみたら、すごく戸惑ってくれて楽しいかもしれない。

 逆に、昔インドで会った高級みやげ物屋兼ホテルの支配人は、その近辺で発掘される古美術品を日本で売りさばいているようで(本物だかどうだか知らんが)、そこで友達になった日本人の女の子を食事に誘いに行ったら「彼女はどっかに出かけたよ」と流暢な日本語でいわれて、「戻ってくるまでしばらくここで待ってればぁ?お茶でもどぉ?」と「正しい日本語」で言ってくれたので、しばし、彼が最近扱った仏像の首を鑑賞しつつ(美術館クラスの品で、100万円くらいであっという間に日本人観光客が買ったそうだが、本物なのかどうか、わたしには・・・・)雑談していたのだが、「今日は、首が痛くてねえ?」と言うので「寝違えたんですかね?」と相槌を打ったら・・・・

 「うーん、年・・・かな?」

 と真顔で言われたので、「私が盲人なら、彼が日本人ではないことが最後までわからんだろう」と驚愕した。

 話が逸れてしまったが、二日酔い&早起き(というか寝坊)の後遺症により、頭がヘロヘロなのである。
 話を無理やり元に戻すと、私もこうしてダラダラと日記を書いて、正々堂々と(素性を隠しているので、この言葉は不適切か。だって会社や友人の悪口を書いてストレス発散してるんだもん)公開しているが、この日記を校正に出したら、とんでもないことになるだろうなあ。


3月12日(土)

 昨日の金曜日は、ちゃんと早く会社に行って、5時には退社して池袋に向かった。
 なんとか、6時半過ぎには池袋の芸術劇場に着いたので、カミちゃんに電話をしてみた。場所がわからないかも、と思ったのである。

私 「もう着いたよ〜。今どこ?」
カミ「ああ、向かってるとこなんだけど、ヤバい、ちょっと遅れるかも」

 最近、そんなにヤラれてなかったので油断した。この人は遅刻の常習犯というか、ドタキャン女王なのである。会社出た時点でハッパかけておくべきだった。

私 「で、どこにいるの?」
カミ「うーん、車なんだけどさあ・・・・まだ世田谷・・・・・」
私 「あ、そう・・・・・じゃあ、まあ、がんばってね」

 あのやろー、また車で来ようとしてるな!しかも「世田谷」ってどこよ?雨が降る金曜日に、都内を車で移動するのは無謀だっちゅうに・・・・
 しかし、彼女は車を持っていたときにもカーナビ頼りで全然道を覚えようとしなかったので、自分が今どこにいて、どこに向かおうとしているのかも、よくわかってないに違いない。

 うーん、このぶんだと来ないかもしれないなあ。ま、いっか。(と、許せる人しか彼女と友達になれない)

 それに、彼女はもうヤフオクで買った激安(数万円だったらしい)の車は車検になったので手放したはずなので、「車に乗っている」ということは、げげげ、またJと一緒だな。なんだかんだいっても、もーーーー。

 Jとは、カミちゃんにまとわりついている、日本語も怪しいが、昨年、英国帰国子女をぶつけてみたら英語も怪しいらしいことが判明したアジア系の青年である。
 まともな神経を持つ人だったら、あまりお付き合いしたくない人であるが、(知り合いの悪口を書くのもなんだが、「雰囲気が邪悪なバカ」である。私に小学生の娘がいたとして、近所で無職の彼がウロウロしていたら、お巡りさんに「見回りを特によろしく」とお願いしておくだろう)カミちゃんは、なんだかんだ言っても彼が車を持っているというのに弱いのであろう。でも、ヤツの車じゃなくて、彼のお母さんの車だぞ?

 しばらくして、7時の開演が迫ったので「先に入ってよう」と思って、また電話してみたのだが繋がらない。そしたら、すぐにメールが来て「詳細をもう一度メールで教えて」というので、メールで返そうと思ったのだが、携帯でメールを打つことに今だに慣れないし、久々にやってみようと思ったので「受付でチケットとってある」と打とうと思ったが「受付」がちゃんと漢字変換できなかった時点で、私は半べそである。

 くっそー、こんなもんを持っているから、しなくてもいい苦労というか、感じなくてもいいはずの劣等感でいっぱいになってしまうではないの。今すぐ投げ捨てたい!

 しかし、私の持っている携帯はプリペイドなので、これを投げ捨てると犯罪に利用されてしまう恐れがあるので、気軽に捨てられないのである。

 そんなこんなで、しばらく「ケータイなんて ラランラララララーラー♪」な気分と格闘したあと、なんとか自分をクールダウンさせて、また電話してみた。

私 「今どこ?」
カミ「うーん、新宿くらい」
私 「そっか、じゃあ、もう始まっちゃうから、受付でチケット受け取ってね」
カミ「わかった。がんばって行くよ」

 結局、カミちゃんがやってきたのは8時頃・・・・お芝居が始まって1時間後であった。
 でも、幸いなことに、開始1時間くらいはあまりストーリーが動かなかったし、ずっと断片的なエピソードを繋いでいたので、それらが繋がっていくあたりだったのだ。

 知り合いが関わっているお芝居とはいえ、毎回面白かったので、「なんか、おもしろいお芝居とかないの?」と言っていたカミちゃんには一度観てもらいたかったのだが、彼女もかなり楽しんでくれたようで、「お笑いっぽいと思ったら、急にシュールになったりして、好きだよこういうの」と喜んでいたのでよかった。

 芝居が終ったあと「ところで、Jはどうしてんの?」と言ったら、別の席で見ているということなので、「よー」と挨拶。
 「で?車はどこに停めたの?」
 「結局、雨だから渋滞してたんで、新宿で乗り捨てて、タクシーで来た」

 そしたらJが「池袋までの道がわからなかったので・・・・」
 そして、カミちゃんが「この人、カーナビがあれば、ってうるさくって」

 ・・・・・・・・あの、新宿と池袋は明治通りで結ばれているのですが・・・・・まあ、明治通りはいつも混雑しているから・・・・ね・・・・・

 この二人は渋谷と新宿と池袋の位置関係がわかってないんだろうなあ・・・・・
 まあ、そういう人はわりと多いのだが・・・・
 でも、電車で移動する人が道に疎いのはいいんだけど(ハード・オサンパーの私がその割には道に詳しいだけ)、車持ってるのに、明治通りとか環七とかを知らないというのが私には理解不能なのだ。

 そして、「じゃあ、軽く飯でも食って帰るか」ということになり劇場を後にしたのだが、ロビーでTシャツを売っていたので、軽く冷やかしていたりした。(ただ単に、Tシャツを売っていたのが、さっきまで舞台に立っていた準主役のエロい美人のオネーサンだったから、ちょっとだけ会話したかっただけです)

 劇場と駅の間にあった、安イタリアン酒場に入ったのだが、そこでJがいきなり「Tシャツ買いました」と言い出すので、カミちゃんも「それは、さっき買ったわけじゃないでしょ?」と諭す。まーた、わけわかんないこと言い出すんだから、この男・・・・・と思ったいたら、ほんとに、あそこで買ったTシャツで「とぶげき」のアドレス入りだった。

 いつ買ったんだよ〜〜〜〜〜〜

 出るときには、ちゃんと観てたので、そんなはずはないから、入るときに?
 J曰く(言葉が不自由なので、何言ってるのかよくわかんないのだが)「なんか、あそこでゴタゴタしてるときに」

 カミちゃんは溜息をつきつつ「そんな金あったんだ」
 Tシャツは1000円だったらしいが(「オレンジ色がよかったが、サイズがなかった」そうです。つーか、ヤツはかなり太っているので、よく入ったなあ)Jは飯代も持ってないのである。そこの会計の「一人1500円」もカミちゃんが立て替えていた。

 私はふと心配になった。JがTシャツを買ったのは、入場するときだったのかもしれない。開演1時間後に来たカミちゃんたちは、受付で何か揉めたのであろうか?

 も、もしかして「遅く来たから、まけてください」とか、値切ったか?(やりそーーーー)
 そう考えると、金を持ってないJもちゃっかり中に入っていたので、もしかしてTシャツ代だけでマケてもらってないか?

 あまり深く考えないようにしよう。本人たちに確認する勇気もなかったし。

 ご迷惑かけてないといいのだが、まあ、でも、一人でも多くの人に観てもらったほうが、劇団の人も嬉しいに違いない・・・・と、精一杯、自分のいいように解釈。

 しかし、さっきまで観ていた芝居も、変な人ばっか出てくる芝居であったが、この友人と彼氏未満のカップルも、アメリカの変な映画に出てくる登場人物並に変だ。彼らと一緒にいると、私は「まともな自分」という立ち位置を見失って、いつも軽い眩暈が起きる。それが、けっこう快感だったりするので(パリの公園で「ディーバごっこ」とか、北京の紫禁城で「ラスト・エンペラーごっこ」にも似た、映画ごっこ)カミちゃんが「やっぱ、Jと付き合うかも」とか言うのを聞いて、「まともな私」は「そんなの絶対ダメーーーー」と叫びたいところだが、でもついつい「3ヶ月に一度くらいなら、こいつらに振り回されてもいいかも」と思ってしまうのであった。

 そんなわけで、フィクションよりも強烈なカミちゃんたちであったが、お芝居もまたけっこうエグくて楽しめました。
 今回はシンプルな舞台美術がまたよくてね。いや、私も昔はいろいろ小劇団の芝居を観ましたが(遊眠社とかメジャーどころもよく観たよ)「とぶげき」の舞台美術にはいつも感心します。今回は音響もすごくよかった。
 ストーリーは「そう落とすのか」という、ちょっと肩透かしな部分もあったけど、役者さんたちも相変わらず魅力的でしたし・・・・・

 ニュースキャスター役の男の子が超プリチーでした。眼鏡ッ子に弱い。

 今日は出勤。一人でサクサクと仕事していた。
 途中で親会社の役員で、うちの副社長がやってきて「なんだ一人なのかよ」
 しばし雑談。
 ギャンブル好きの副社長に、「NZでテレビ観てたら、ドッグレースやってたんですよ〜。あれ面白そうですね。生で観たいなあ」などと話を降ったら、案の定食いついてきて、私が「犬をなんかキツネのヌイグルミみたいなので、釣るんですよね?」と言ったら、すかさず「ラビットだろ?あれをレールで走らせるんだ」と目がキラキラする副社長であった。
 
3月10日(木)

 久々にやっと友人A宅訪問。
 しばらく会わないうちに、お子様N君はすたすた歩きができるようになっていた。生意気そうな笑顔(乳児のころから、不敵な笑みだった)を振りまいてご機嫌上々。

 でも、なかなか食事してくれないお子様のようで、Aも困っていたが、実際にAが作ってくれた夕飯を二人で食べていても、あまりオトナの食事に興味がないようで、それでもちょこっとだけ用意された野菜の煮物などを口に入れるけど、ほんの一口だけ。
 なので、ほとんど母乳だけで生きているようであった。でも、もうかなり大きいので、母乳も頻繁に飲まないとお腹がもたないのか、もう甘えちゃって甘えちゃって・・・・目のやり場に困るほどだ(笑)
 でも、あれだけ無防備に甘えられると、親としても悪い気はしないのは当たり前だろうし、元々「子供一筋」で入れ込んでいたAさんはともかく、赤ん坊に無関心だったフランス人旦那も最近はよく子供を構うようになったらしい。

 しかし、やはり日中べったりしているのは母親なわけで、旦那は相変わらず休みの日も自宅の「テクノ部屋」(ロフト部分がスタジオになっている)に篭ることが多いので「やっぱ、フランス語はわかってないみたい」とのこと。
 「うーん、やっぱし、本気で我が子に母国語を喋ってもらいたいと思ったら、せめて休日は妻を排除して、二人きりでラブラブ状態にならんとねえ?」
 ときどき電車の中などで見かける、外国人お父さんは、ずっとずっとずーーーっと子供に母国語で話し掛けたりしているが、あそこまでやっても、まともに母国語を喋ってくれるかどうか。

 「これで、保育園とかに入っちゃったら絶対に日本語オンリーだろうしねえ?」
 「旦那は幼稚園でフランス語っていうのを今だに狙っているみたい」
 そんな金ないしなあ。

 「家賃の更新時期なんだけど、大家さんと交渉して、分割にしてもらおうかなって・・・・」と言っているくらいなのである。母子水泳教室に通っていたが、それも子供がよく風邪をひくので休会中のようで「それに、月謝もキツいし」と月数千円を惜しんでいるらしいので「そんな経済状態なら、そろそろAちゃんも本格的に働くこと考えないの?」と聞いてみたが「でも、保育園の空きがなかなかないみたいで・・・・」

 たしかに、郊外の住宅地だし、保育園の数があまりなさそう。貧乏そうな自治体だしねえ?
 Aは相変わらず「少子化対策っていっても、実態はこんなもん」と嘆くけど、でも真剣に保育園を探している様子でもないし、今は可愛い盛りの子供と少しでも長く一緒にいたいのだと思う。

 まだ1歳半にも満たない子供であるが、Aが甘やかして野放し状態だから、食べ物は床にぶち任すし、椅子には全く座ってくれない状態だったので、「もう少し、椅子に座って食事する訓練もしないと」と言ったが、「でも、この子の聞かん気は生まれつきだろう」と開き直っているので、まあ、まだ真剣に躾する時期でもないのかもしれないが、たしかに、両親揃って「超わがまま」なカップルなので、こりゃ、どっちに似ても相当な我がまま坊主になりそうだわい。

 旦那のO君はそれでも最近は、ちょっと子供を母国に連れていって凱旋したいキモチが出てきたらしく「ボーナス出たら、フランスに行こう」なんて言ってるみたいだけど、O君が実家に電話するとき「まだ乳離れしてない」と言うと、向こうのお母さんも驚くみたい。
 世界一、子供の躾にうるさいと言われるフランスであるから、Aは「フランスに行ったら、いろいろ言われるのがわかるから、行きたいくないよ」と言っていた。たしかに、あの「子供どっぷり状態」は私が観ても「あーあ」という状態だが(母子で抱き合ってゴロ寝しつつテレビを観ている様子なんて、付き合い始めのカップルもこれほどではないと呆れるほどラブラブ状態。でも、Aがとても幸せそうだし、子供もあれだけ愛情をかけられているのだから、ま、いっか、としか言いようがない)おフランス人があれを見ても理解できないと思うなあ。

 まあでも、育児についての不安は多少あるようだが(離乳がうまくいかないとか、言葉が遅いとか)あんまし気にしてないようなので(私の友人は3歳まで母乳をやっていたとか、うちの姪っ子は2歳を過ぎたが今だに人間語を話さないとか実例を述べて「今の時期で多少差があっても、小学校に入ったころには同じっすよ」と励ましたけど)育児ノイローゼにはなりそうもないが、もっと先の将来にAがちゃんと子離れできるかのほうが今から心配だぞ(笑)。

 Aさんちで食べた、サラダ用ほうれん草が激ウマで、「これもやっぱ生協?」
 ミヤノ家もその昔、生協に加入していたが、生協の食品ってやっぱし美味しいんだよね。なんだか懐かしかった。

 7時くらいに帰ろうとしたが、Aが「食器を洗い終わるまで、子供みてて」と言うので、邪魔をしないようあやしていたが、私が来たので興奮してお昼ねしなかったために、もう眠くなってきたようで、何をしてもムズがるようになってしまい「はいはい、わたしゃもう帰りますから、ゆっくり寝てください」と退却した。

 先日、テレビのニュースを観ていたら、フジテレビがニッポン放送の株を公開買付で30%超をゲットした直後のホリエモン会見をやっていて、「なんか、急にフケたな。少年っぽさが激減」と驚いていたのだが、Aさんちで今日のニュースを観ていたら、また前のホリエモンの顔に戻っていた。
 自分もそうなんだけど、自分では「まだまだ若い」と思っていても、疲れが溜まったときに鏡を見ると、自分のフケ具体にびっくりする。でも、しばらくたっぷり睡眠をとると、それなりに元に戻るようだ。

 そういえば、ニュージーランドの田舎町のツーリスト・インフォメーションで宿の手配をお願いしたときに、スタッフのオバチャンに「学生なの?」と言われたので「さすがに日本では、薄暗いところでもそんなこと言われることがなくなったのに・・・」とゲンナリしたので、「38歳なんですが」と本当のことを言ったら、エラく驚かれて、周囲のスタッフにも言いふらしはじめたので「東洋人が若く見えるのなんて、珍しくもないじゃん。東洋人の移民や留学生が多い土地なんだしさあ」と思ったが、横でパンフレットをチェックしていたMちゃんを指差し「じゃあ、彼女は?」と言うので、Mちゃんも苦笑しつつ、「同じ年なんすけど」と言ったら「えええええええ?」

 たしかにMちゃんのほうが、背も小さいのでパっと見は「子供」なんだろうなあ。彼女は一回だけスーパーで酒を買うときにIDの提示を求められたそうだが、後ろに並んでいた現地人が「東洋人だから」とフォローしてくれたので通してもらったそうだ。
 あまりにも大騒ぎされたので(どこの国の田舎でも、オバチャンは同じなんだね)、Mちゃんは少し不機嫌になってしまい「ああいうことになるから、なるべく年齢を言わないことにしている。それに、若く見られることを善しとする文化でもないしね」と釘をさされてしまい、「すんまへん」と反省した私でありました。

 それにしても、久々に「学生さん?」呼ばわりされも、ちっとも嬉しくなかったので、「ああ、私もそれだけ年をとったのね」とそっちのほうが感慨深かった。

 明日は「行けないかも〜」と言っていたお芝居を観にいけるよう、早起きしないとな。九時に出社すれば、5時には会社を出られるので、それでも池袋までギリギリ。あそこのお芝居はいつも面白いので、友人にも見せたかったのだが、彼女のほうがノリノリになったので、私も時間に間に合うようがんばります。
3月9日(水)

 アメリカにある関連会社を閉めたので、そこの会計関係の書類が全部送られてくるということは聞いていた。T部長によると、20箱くらいの書類だという。
 2月半ばに、某運輸会社から、書類がFAXされてきたので(船便関係の書類)「休み中に箱が届いたら倉庫に入れておいてね」と言ってあったのだが、その書類がアメリカを出港した書類なのか、横浜に入港した書類なのかもよくわかったなかった。でも、運送会社からそのうち連絡があるだろう。

 しかし、今日になってまたFAXが届き、「保管されている荷物がまだそのままになっています」という意味のようだったので、慌てて電話してみた。
 そしたらやっぱし、ほんとはこっちから取りに行かないといけないものらしい。

 よくわからないのだが、どうも、運送会社は横浜港でピックアップするだけで、通関手続きはオプションらしいのだ。通関や事務所までの運搬をお願いするとなると、営業担当者が別途見積りをしてくれるらしい。
 そんなの全然知らなかったから、知らん振りしてたよ。シロートにはわかり難い形式的な書類をFAXしてくるだけじゃなくて、電話の一本も入れてくれればいいのに。

 そういえば、前にテレビでやっていた「輸入レコード屋を経営する若い女性」のドキュメンタリーでは、通関を委託する料金を惜しんで(少しでも仕入を押さえて、競争の激しい業界で商売するため)自分で成田までピックアップしに行ってたよな。あれを観て「店長と店員が二人で半日がかりの仕事だったから、2万円くらいの委託料を惜しむのも、どうなのかね?」と思ったが、なるほど、あれを自分でやるか、委託するかってことか・・・・

 そう考えると、横浜港での通関手続きなんて、ちょっとやってみたいもんであるが(将来、ヤクの密輸に手を染めることもあるかもしれないから、その練習にでも)しかし、23箱も自分で運べないしなあ。

 それはいいとしても、運送会社の係員が「通関をこちらに委託される際には、詳しい内容が必要になります」と言うので、
 「え?荷物にそういう書類がついてないんですか?」
 「ええと、これは書類らしいですけど、会社のカタログなんでしょうか?」
 「いえ、ただの会計書類らしいのですが・・・・」
 「・・・・・とにかく、詳しい内容がわからないと、通関できませんので・・・・」
 「詳しいといいますと、たとえば、何年度のこういう会計書類であるとか、そういうことでしょうか?」
 「・・・・・とにかく、担当者から電話がいきますので」

 うむ。海外宅配便みたいのしか利用したことがなかったので、こういう「荷物」のことはよくわからないし、相手も普段は輸入業者を相手にしているらしく、私のようなトーシローを相手にどうしていいのかよくわからないらしい。

 うーん、困ったなあ。たぶん、その書類の内容については、T部長も詳しく知らないのだ。なんたって「着いてから内容を確認して、保管が必要なものだけ倉庫会社に預けよう」とか言ってたもん。
 そういえば、イギリスに行ったときに、友達がロンドンの三越にあったヤマト運輸で日本にお土産を送るときに、細かい内容を書かされて辟易してたなあ。いくらの紅茶が何個で合計いくらで・・・・なんてやつ。

 そういうのは、当然送るときに作成しているのかと思ったが、そうじゃなかったの?

 まあ、その営業担当者に「詳しい内容はわからないが、ともかく潰した会社の会計書類で、価値のあるものではない」と説明したら、それでやってくれるのか、それとももっと面倒なものなのか?

 ただでさえ、休み明けでクソ忙しいのに、そんな面倒な仕事をしないといけないらしいことにイライラして「こうなったら、私が通関に立ち会って、関税の人に『ちゃんと中身がわからないと通せない』とか言われたら、ボストン・ティー・パーティみたいに海に投げ込んでやるわ!」と書類箱をバコバコと海に投げ入れる雄雄しい自分の姿を想像したが、でも23箱も海に放り投げるのも大変だ・・・・想像疲れして肩が凝ってしまった。


 お茶会をするのも体力が必要なんだな。
 来るべき日に備えて、背筋を鍛えておいたほうがいいかもしれない。どりゃ〜〜〜

3月8日(火)

 10日ぶりの出勤。

 そーいえば、NZに滞在していたときには、クライストチャーチのホテルではさすがにCNNなどが入ったが、地方の街になったらそんなの入らなかったので、ほとんど国際ニュースを観ることができなかった。NZにチャールズ王子が来るとか、デンマークの王女も来たとか、そんなんばっか。後はオーストラリアで暴動があったとか。アカデミー賞がどうのこうのはやっていたような気がする。

 「こりゃあ、どっかで大規模テロとか起これば別だろうけど、日本で多少の事件が起こっても、やらないだろうねえ?」
 「うーん、たしかに、小泉首相が死んだくらいじゃ、こっちのニュースではやらないかも」

 そのわりには、なぜか「マイケル・ジャクソンがどうたらこうたら」というのはやたらと流れていて「何があったんだ?」と耳をこらしたが、全然聴き取れず。法律用語が絡むと全然わかんないし。でも、Mちゃんが「虐待」という英語は知っており、「なんか虐待の前にアルコールがどうのと言ってるような・・・・」
 「でも、別に酒飲んでたからって、運転してたわけでもないしねえ?」

 その後も何度かマイケルのニュースは流れ(つーか、うちらがその名前に反射的に耳を凝らすから)、そのたびに果敢にヒヤリングに挑戦する私らであったが、「どうやら、相手の少年に酒を飲ませたってことなのかな?」「うーん、たしかに、それならニュースになるよねえ?」などと、勝手に推理していたのでありました。

 というわけで、そんなニュースばっかりで、「帰ったらすっかり浦島太郎だよ」と大袈裟なことを言っていたのですが、帰りの飛行機で2日前の新聞(なんか名古屋のニュースが多いと思ったら、名古屋版でした。セントレアから積まれたのかな?)や週刊誌を貰ったらモーグルの里谷が、六本木のクラブで大暴れというのがスポーツ新聞のトップだったので「どうやら、日本は沈没してなかったらしい」と安心した。

 家に着いてテレビを観てみたが、ニッポン放送株騒動も水平飛行だったし、他もそれほど大ニュースはなかったみたいだった。

 そういえば、その昔、どっかを長期旅行しているときに、何度か実家に電話を入れたが(外務省推奨。でも、その地域で何か起こった場合、わりと現地ではわからなかったりする。テレビの無い部屋も多いし。なにしろ現地語わからないし。なので、親に心配かけないようにというキモチと、なんかあったら日本から情報を仕入れようという理由で、私はけっこうマメに日本に電話することにしている)「日本では、なんかあった?」と聞いてみると、たいていたいしたことは起こってないし、私が滞在している地域でもクーデターも戦争も起きてないらしいのだが、あるとき母が「あ、そういえばね・・・・」と言うので、なにかと思ったら、「I君が亡くなったのよ」「え?」「ほら、あの歯医者の」

 小学校、中学校と一緒だった男の子で、彼のうちが歯科医だったので、私は彼のバアチャンにもカアチャンにも虫歯ではお世話になった。近所では皆、彼も跡を継ぐのだろうと思っていたのだが、中学生のころは「あんな汚い仕事やだ」と言っていたけど、成人式の後の同窓会に出席したら、ちゃっかり歯科大学の学生になっていた。

 それ以降、会うこともなかったが、母の情報網によると「どうも、それが自殺らしいのよ」

 うーん、そういうタイプでもなかったが・・・・・そこそこ成績もいい子だったけど、けっこう腕白なフツーの男の子だった。なんだろう、国家試験に合格できなかったんだろうか?母もそこまで詳しい事情を知らなかった。
 「うーん、それ以外には特にニュースはないわね」という母に、「うーん、この話も国際電話でわざわざ知らせてもらうようなことでもないよ」「それもそうね」「日本にいたら葬式くらい行ったけどさあ」

 まあ、ほんとに、それほど親しくもなかったので、それほどショックな話でもなかったのだが、でも、同じ年の友人が亡くなったというのはそれなりにしんみりする話だったので、旅先でしんみりしちゃったのでありました。

 おっと、話がまた逸れてしまったが、それで今朝は久々に電車に乗ったのですが(成田からの帰りは渋谷までバスで、そこからまたバスで帰ってきた)、ホームでびっくり!

 ホームの椅子がリニューアルしている!

 駅のホームの椅子が変わるなんて、めったにないことであるので、これが「私が不在の間の日本で起こったこと」で一番インパクトがありました。


 さて、出勤すると、案の定、机の上に書類が山積み。ちんたら片付けていたら午前中が終了。お昼ご飯を食べてから、またせっせと書類の整理。なかなか先に進まなかったが、夕方になったら頭が疲れてきたので、「今日は体慣らしだから、このへんで切り上げよう」と諦め、定時で帰宅した。

 また明後日は休み。休んでばっかだが、有給消化と、あと、また土日に出勤になってしまったのよ。日曜日はまた支店勤務だ。わーん、友達に「お芝居観にいこう」と声をかけて「行こう行こう」って返事が来ていたのに。(業務連絡:というわけで行く気満々だったのですが、残念です)

 今月は私だけじゃなく、全員「有給消化」に入るので、仕事の話が進まなくて困る。毎年、3月はそうなのだが、今年は1月から2月にかけて、私も駆り出されたプロジェクトに関わった人も多かったので、休みを取り損ねた人が多く、3月に集中しているようだ。

 旅行に行く前に、親に「NZに行ってきます」と行きと帰りの日程と飛行機の便名だけメールして、旅先から絵葉書も送ったのだが、帰ったら親からメールの返事が来ていて、どうやらうちの定年後老夫婦は、白川郷に「青春18きっぷ」で旅立ったらしい。憧れの合掌造りの宿に泊まるんだそうだ。元気でなによりです。

 NZは白人熟年カップル旅行者が異常に多かったので「うちの父ちゃんと母ちゃんも連れてきてあげたいなあ」と思った。
 テカポで観たドイツ人団体の中のある熟年夫婦は、お父さんがかなりのカメラ好きのようで、妻がスズメにパンを投げていたら、たくさん寄って来たので、どうやらスズメが愛妻の手に乗ることろを撮影したくなったらしく、妻がずっとパンを掌に載せてじっとしているのをずっとビデオを構えて撮影していた。
 「ああいう、旅先で撮ったビデオを後で見せられる人は、いい迷惑だよね」
 「でも、撮ってる本人は楽しいのだろう」
 なんて、意地悪な感想を横で日本語で堂々と述べていたのだが、お父さんがビデオをしまったので「もう、満足したのかな?」と思いきや、今度は、一眼レフのカメラが出てきた。
 「うーん、ムービーのあとは、スチールですか・・・・・」

 でも、60歳くらいのオバチャンである妻が「小鳥と戯れるかわいいショット」を夢中で撮ってるドイツ人のハゲてお腹が出てるオッサンを眺めていたら、なんとなく羨ましくなってきた。(笑)
 父ちゃん母ちゃんが撮ってきた旅の写真をちゃんと熱心に見てあげよう、と決意した。(けっこう、ちゃんと観てあげてるとは思うんですけどね)

 そーえいば、今日は銀行の人が「前に押してもらった書類の印鑑が違うので・・・・」と書類を持ってきたので、押しなおしていたのだが、「そういえば、ニュージーランドに行ってたんですって?」と言うので「そーなんです。ペンギン観てきました」と言ったら、「へえ?ペンギンなんているんですか?」

 そうだよねえ。私だって、知らなかったもん。もっと宣伝したほうがいいと思う。ペンギンっていうと「南極」っていう思い込みがあるんだよね、やっぱ。
 スリランカについて調べたときにも「野生の象が見られるの?」と驚いたが、けっこうそういう秘密兵器をみんな宣伝してないんだよね。

 インドネシアに詳しい人も、あるとき現地で友達になった人に「なんか見たいものあるか?」って聞かれて「象が観たいなあ」と言ったら「へ?象?」と不思議そうな顔をされたとか。「象なら、うちの裏庭にもいるけど・・・・」
 たぶん、日本の田舎で裏庭で牛を飼っているようなもんで、現地の人にとっては単なる「家畜」というか「ガソリンの代わりに草で動くトラクター」な扱いなので珍しくもないので、外国人が「象だ、象だ、わーい」と喜ぶのがよくわかってないらしい。

3月7日(月)

 ふー、予定通りに出血開始してしまったので(うまく避けて旅行できた)、今日はずっとダラダラしていた。なーんにもする気にならず。
 でも、なんとか洗濯だけはした。
 毎度のことであるが、旅行の荷物を全部片付けるのは、まだまだ先のことになりそうである。

 夕方、テレビをぼんやり観ていたら、再放送の「愛していると言ってくれ」が始まったので「なつかしい」と観てしまった。このドラマのトヨエツはよかったなあ。最近はなんで全然観る気がしないんだろうか?時々観かけるけど、その後も観ようという気にならない。
 でも、やっぱしこれは特別によく出来ていたのかも。ドラマに興味の無い妹が当時、「あの、井の頭公園を耳の不自由な画家が走り回っているやつが、けっこうよくってついつい観てしまう」と言っていて「ああ、あのトヨエツいいよね」と言ったら「ふーん、あれがトヨエツなのか」なんて言ってたもんな。

 NZのテレビで面白かったのは、ドッグ・レースだった。時間があったら観に行きたかったな。
 犬は騎手無しで走るから、キツネのヌイグルミみたいなのを先頭にして、それを目指して走るんだけど、ゴールすると犬がいっせいにそのヌイグルミみたいのに飛びつくのがオモロくて、ずっと観ていた。

 あと、馬術も普通に放送していて(スポーツ・チャンネルだったと思うけど)、障害競技の実況がエキサイティングで、いつも観ているオリンピック中継の静けさがなんだったんだろう?ってかんじだった。所変われば品変わるということか。

 競馬中継は、どこの国もおんなじ調子なんだね。というか、向こうのやり方を日本が真似しただけなのか、ドドドと走る馬を前にすると、どこの国の実況アナウンサーもあんなかんじになってしまうのか・・・
 たまたま観ていたレースで、淡々と実況するアナが「マニ マニ マニーがどうのこうの」「マニ マニ マニーがどうのこうの」と連呼するので、最初はこっちの競馬用語なのか?と思ったが、「たぶんこれ、馬の名前だよねえ?」
 その馬が勝手しまったらしく、画面がスタジオに戻ると、キリリとした兄ちゃんも真面目な顔で「money money moneyが買って、配当は○ドルです」なんて喋ってておかしかった。

 どこの国でも、馬に変な名前をつける馬主はいるらしい。日本でも「ニョロニョロ」とかいたもんな。

 NZでプラセンタ・クリームとプラセンタ錠剤を買ってきたのだが(OKショップでね)、さっそく塗ったり飲んだりしているが、顔は全然スベスベにならないけど、なぜか手がスベスベになった。わーん(泣)けっこう高い投資だったのにぃ。
 OKショップ(念のため、大橋巨泉の店です。カナダとNZにあるというのも、ポリシーがあって笑えるというか、好感が持てる)の店員さんとNZドルのレートについて話しをしていたのだが、今は80円を越しているが、去年の夏くらいは75円くらいだった。
 店員さん曰く「私がこっちに来た頃・・・・4年くらい前は、40円台のときもあったんですよ。たいてい、60円くらいで安定してたんですけどねえ?」
 「40円だったら、プラセンタ・クリームをもっともっともっと買って、会社でお土産に配っちゃいますよお」

 プラセンタクリームは30NZDくらいなのだが、それが60円でもかなり安い。だいたい、クライストチャーチのシティ・ホテルはせいぜい200NZDなので(部屋単位料金なので、二人でもその値段)、60円だと1万二千円くらいになり、かなりお得感がある。
 店員も「私どもとしても、もっとNZDが安いほうがいいんですけどねえ?」と言っていた。たしかに、日本人観光客の財布の緩み方が違うよ。

 その昔、円が高かったときには、英国ポンドも下がり「100ポンドの部屋」っていうと超高級だったけど、それが1万5千円くらいだったら「ちょっと泊まってもいいかも、サボイとか」と思ったが、今だとやっぱし2万円以上。
 まあそれでも、NZはわりかし物価が安いので、二人で大衆的なレストランで腹いっぱい食べて、そこそこ飲んでも60ドルそこそこだったので、それって日本円に換算すると二人で5000円程度なので安いっちゃ安かったんだけどね。

 それにしても、ほとんどカードで支払ったので、いったいいくら使ったのか、まだ計算していない。
 宿代は全部私が支払ったのだが、その他はMちゃんと交互に支払ったので、全貌がわからない。
 カード決済はラクだしレートもいいんだけど、「いくら使ったのか?」がよくわからなくなるので危険。

 ふー、明日から会社かあ。
 やだなー。(そればっか)

 久々に「不機嫌なジーン」を観てしまった。オダギリジョーがたくさん出てきたんで、やっと面白くなってきた。内野聖陽は元々けっこう好きなのだ。  
3月6日(日)

 昨日は早くに眠くなったが(なにせ4時間時差があったもんで)、がんばって11時15分に目覚ましをかけて「美しき日々」を見たのであった。
 この根性が、他に生かせれば・・・・・と嘆くまい。

 そして、今日、目が覚めたら、もう昼だった。すでに普通に時差ボケだ。元に戻った(笑)
 洗濯でもしようと思ったが、明日のほうがお天気がいいみたいだったんで、今日は完全オフにする。(いつもそうなので、別に宣言するほどのものでもないが)

 旅日記でも書こうと、写真をセレクトして、2日目まで書いた。

 この調子でいくと、旅日記を書き終わるのが、また一週間後くらいかなあ。

 明日まで休みをとってあるのだが、休み前になんの仕事していたのか、さっぱり忘れている。
 自宅で会社のメールをチェックできるので、覗いてみたら「○○から小切手を受け取りました」なんてメールがハイジから入っていて「そんなもん、さっさと口座に入金しろ」と思ったが、まあいいや、出勤してからで。
 あーあ、会社行きたくないなあ。

 あと一ヶ月くらいダラダラしたい。
3月5日(土)

 南半球から無事帰ってきました。

 楽しんできました。NZは超よかったっす。
 飯は美味いし(量はアメリカ級だが)、景色はきれいだし、人はみんな超親切だったし(でも、NZ英語は、ほとんど聴き取れず)、こういう説明するのもなんだが、香田君がずっとNZに留学していて、その後、ついうっかりイラクに行ってしまった気持ちがちょっとだけわかった。あそこにいると警戒心が著しく低下する。

 同行したMちゃん曰く「ここで長く暮らしたら、他で生活できなくなってしまうような気がする」

 そんなかんじの国でした。
 とりあえず、ペンギンも南十字星も見たし、ついでにイルカも見てきた。当初の目的はほとんど達成したらしい。

 日本に帰ってきたら、毎度のことですが、東京の都会ぶりに圧倒されてしまい、ボーーーーーっとなってます。
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