可燃物な日々

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7月16日(金)

 昨日も夕方5時くらいに夕立が来て、まさに「バケツをひっくり返したような」雨が降ったが、今日も5時半くらいからドシャ降りになった。すぐにやんだけど、毎日夕方にドシャ降りになると「ああ、やっぱし日本はもはや熱帯雨林か?」と思わずにはいられない。夕立っていうより、スコールってかんじ。パっと止んで、サっと夕日が差すあたり。

 梅雨に全然雨が降らず、ってゆーか、そもそも梅雨というものが存在したのかも怪しかったので「カラッ梅雨だと、水不足が心配」と思っていたのだが、毎日スコールが降れば取り戻せるかもしれない(笑)。
 首都圏の水不足は、台風が一つやってくれば解消しちゃうときが多いしね。

 でも、「また夕立かあ」と思って、ついついアメダスなどをチェックしてしまうのだが(雨雲の動きを見るのが好き)、新潟も相変わらず雨降り続きのようだ。関東の「雷雨」は趣味程度の雨降り(ガーデニングが趣味の人が、夕方になると庭に水撒きするように)だが、あっちは連日ニュースで報道されるような洪水被害をもたらしたわけで、その復旧作業の最中にもずっと雨が降っていたら、大変だろうなあ。

 そういえば、どっかのニュースサイトで「幻の酒が壊滅」という記事があった。「夏子の酒」のモデルになった酒蔵が豪雨の被害でダメになってしまったらしい。ただでさえ、ほとんど市場に出回らない「幻の酒」が今年の出荷は絶望らしいので、幻度(まぼろしど)がさらにアップしそうである。
 リンクも張らないで申し訳ないが、もひとつニュースに「幻の・・・」があった。「幻のチェスの英雄 成田で収容」とか書いてあったので「なんじゃ?」と思ったら、70年代にチェスのチャンピオンになったが、その後、行方がわからなかった人が、なぜか成田空港で捕獲されたようだ。しばらく日本に住んでいたらしい。
 「ふーん」と思いつつも「よく意味のわからないニュースだな」と思ったのだが、その人の名前を見たとたんに、「あ、知ってる人だ!」
 いや、別に知り合いではないのだが、私が唯一「チェス業界」(?)で名前を知っている人だったのである。「ボビー・フィッシャー」さんだったのだ。「ボビー・フィッシャーを探して」という映画は観てないんだけど、たぶんそれで名前だけは知っていたのだろう。

 日本で数年間暮らしていたみたいだが、ワイドショーとかで追っかけてもらいたいなあ。どこで、どんな暮らしをしていたのだろう?

 帰宅途中に通りかかった駐車場の奥で、猫が数匹、優雅に夕涼みしていた。
 別に珍しくもない光景だが、その中の2匹が三毛猫だった。
 そのときに気がついたのだが「なんか、久々に三毛猫を目撃」したような気がする。

 三毛猫なんて珍しいと思ったことなんてないが、そういえば最近、あまり頻繁に見ないような気がするのだが、気のせいだろうか?
 ふと、「三毛猫って、なんであんな模様なんだろう」と思って、検索してみたら「三毛猫の科学」というページが出てきて、「なぜ三毛猫のオスは珍しいのか」というのを遺伝学的に説明しているのだが、この暑さの中でこんなのを読んでも、頭の上を見事に素通りだ。

 でも、これを読んでわかったのは、「三毛」の遺伝子というものは存在しないということだ。何種類かの遺伝子の組み合わせらしい。ふーん。そうだったのか。

 まあ、鯉とかもそうなんだろうけど、長年、人間の趣味で交配していくと、自然界ではほとんどあり得ない模様が出てくるらしい不思議さよ。

7月15日(木)

 なんか暑くてボーっとするので、あまり日記をせこせこ書く気がしない。
 暑い国から大作家が出ないというのも、なんかわかるような気がする。まあ、それだけの理由ではないのかもしれないが(実は私が知らないだけで、まだ欧米に紹介されてない優秀な作家が多いだけかもしれないし)、こう暑いと、書いたり読んだりするよりも、なんか他にもっとなんかあるよーな気がするのだが、たいてい何もしなかったりする。

 冷房を入れれば、それなりに活動できるのだろうけど(会社ではちゃんと仕事してますし)、自宅であんましやることもないので、「あちぃ〜」といいながら、ボーっとしているのがけっこう心地よいのである。
 単なるグータラなだけだが、でも「地球が泣いているから、私は冷房を使わないのだ」と言っておけばOK。だと、自分で自分を納得させるズルい技を持っているのであった。

 全然関係ないけど、先の参院選で当選したキナなんとかさんのスローガンが「すべての武器を楽器に」だったそうで、それを素晴らしいと思うか、トホホと思うかは個人の見解であるが、ネットで数件「とほほ派」の記述を見てしまったので、私もそのスローガンを知ることとなったのだが、私が真っ先に連想してしまったのが、エラリー・クイーンというか、ドルリー・レーン名義だったか、とにかく「Yの悲劇」だったとうのも、ね。

 あの恨みは今だに根深いということの証明である。「あの恨み」とは、エラリー・クイーンのミステリーは、ヒントは全部読者に提示してあるということが売りだったはずなので、「Yの悲劇」でも、ちゃんとそうしていたはずなのだが、そこに「翻訳の壁」が立ちはだかり、英語圏の人だったら「もしかして・・・・」と思えそうなヒントが、最後に明かされるまでわからなかったのである。

 今更、あんなもん読む人もいないだろうし(私は中学生のときに読みました)、記憶も曖昧だからネタバレしちゃいますが、連続殺人の一つが「マンドリンで撲殺」だったので、「なんで、マンドリン?」というのが、話のキーだったのだ。
 結局、犯人は一族の子供で、とっくに死んでいたやはり一族の老人が書き残した殺人計画書を丁寧に実行していただけだったのだ。そして、老人が書いた殺人計画書に「blunt instrument」と書いてあったのだが、子供はそんな単語よくわからなかったので「instrument」楽器を使っただけだったのである。
 あたしは、この結末を読んだときに、ほんとに「きーーーーーーー」となった。
 「エーゴわからんと、ヒントにならんじゃないのよ〜〜〜〜〜」
 と怒りまくったのだった。

 翻訳では「鈍器」と「楽器」を取り違えた、と、それなりに上手くまとめてあったのだが、でも、やっぱりちゃんと英語で読んで、クイーンと正々堂々と勝負したかった。
 他のクイーンの作品では、ちゃんと「負けました」と頭を下げたのであるが、「Yの悲劇」だけは、今だに勝負がついてないのである。

 という「積年の恨み」があるため「すべての武器を楽器に」と言われると、「だから、マンドリンで人を殺しやがったんだな」と、心の片隅のトラウマが噴出してしまったのである。
 それだけ深い恨みがあるので、「好きなミステリー小説」というとやっぱ「Yの悲劇」ってついつい言ってしまうのですが・・・・・
7月13日(火)

 今日もとても暑かったようだ。と他人事のように書くのは、日中ずっと冷房の効いたオフィスにいたからである。外出したのは会社の目の前のお弁当屋さんに行ったときだけだった。
 いつもだと、日が傾いた夕方に、「通帳を記入してくる」という大義名分の元、ちょこっと散歩したりするのだが、今日はハイジに先を越されてしまった。4時くらいの、モワっとした暑さの残った空気が好きなのに・・・・

 ところで、昨日もご機嫌悪かったハイジは、今日も完全に気配を消していた。
 旅行疲れで体調が悪いせいもあるんだろうけど、いつもだと、そういうときには、溜息やボヤキの多い人なんであるが、今回はなんか違う。蝉の抜け殻のように静かだし、受け答えもそっけなく、いつも私に対してはそっけないのであるが、わりと愛想をふりまく人に対してもそっけないのだ。機嫌が悪いというよりも「周りに関心がない」と言ったほうがいいかもしれない。

 別にどうでもいいのだが、いつも一言多くて失敗ばかりしている私は、その「虚無」な感じに、ついつい「どしたの?女にフラれたか?」と言いたくなってしょうがないのをなんとか堪えているので、早くご機嫌が直ってほしいものである。

 夕方、オフィスを出ると、かなり空気がムンとしていた。
 気のせいか、「磯の香り」がした。
 いったい何の匂いなんだろう?
 でも、なんだか、子供のときに海水浴に行ったとき、電車を降りると「あ、海の匂いだ」というのとちょっと似ていた。

 そして、電車に乗って、三軒茶屋に帰り、地下鉄の出口を出たら、またやっぱり「磯の香り」がした。
 いったい、あれはなんだろう?

 スポーツクラブに寄ってから、9時過ぎに外に出ると、もう風は涼しくなっていて、磯の香りはしなかった。
 帰り道、いつもの「旧ギュウちゃんの遊歩道」を通った。ギュウちゃん(いつも牛糞のように丸まっていた黒猫)は、春先に一度みかけたっきりである。夏になってから全く見かけなくなった。
 去年の夏から秋にかけては、毎日のように見かけていたので、飼い主が引っ越したのかもしれない。それとも、諸般の事情で外に出すのをやめたとか。
 いつもギュウちゃんの傍らには、バイクが置いてあったのだが、それも見なくなったので、やはりギュウちゃんは、あのバイクが轢いてしまった猫の地縛霊というか、自(動2輪)縛霊だったのかもしれない。

 「ギュウちゃんがいなくて、ちょっと寂しい」と思いつつ、暗い遊歩道を歩く私の足元で何かがヒョコっと動いたので、思わず飛びのいたら、それはカエルであった。
 茶色いヒキガエル。
 この道でカエルに出会うことが多いので、やはりどこかにブリーダー池があるのかもしれない。

 うれしかったので、しゃがみこんで観察してしまった。
 ギュウちゃんに会ったら、今度こそ写真を撮ろうと思って、しばらくカメラを持ち歩いていたのだが、もう出ないと(霊だから)あきらめて、最近は持ち歩いてなかったのが残念。

 その代わり、カエルの足をツンツンと突付いてみた。丈夫で立派な足だった。けっこう硬くて張りがある。春先のカエルはもっとフニャフニャしているが、今頃のカエルはムッチリと硬いようだ。
 足を突付いたら、ピョコンと跳躍して逃げようとしたので、背中のあたりも触ってみたら・・・・・ええと、せっかくここまでわりとキレイに書いたのに、こういうこと書くのは不本意なんでございますが・・・・・なんか、ビンビンに勃起したチ○ポみたいに硬かった。

 こんなの干物にして、煎じて飲んだら、バイ○グラよりも効きそうだ、と思ったのだが、そんな噂が広まると、ますますカエルが減ってしまうと思うので、私の単なる印象なだけで医学的根拠は何もありません。

 とにかく、元気に飛び跳ねていく姿に(自分が変なものに例えられたのを察知して、ダッシュで逃げたのかもしれないが)、力強い繁殖力というか生命力を感じたので、カエル好きな私としては「よしよし」と目を細めたのであって、別に欲求不満なわけじゃないのです、と言い訳がましい、夏の日の夜だった。(無理やり美しくまとめてみました)
7月12日(月)

 昨日はまた、日記書いてるうちに眠くなって寝てしまった。
 ふと目が覚めたら、午前3時で、「そうだ、選挙はどうなったんだろう?」とテレビをつけて選挙速報を観たが、なんかよくわからない結果。
 朝のニュースで再度確認してみたが、たしかに自民は伸び悩んだが、でも結局、連立政権が維持されれば過半数超えてるわけじゃん。そして、投票率もやっぱし低かったらしい。
 やっぱし浮動票がある程度動いても、こんなもんか。確実に票読みできる組織はやっぱ強いよな。野党にも、そういう確実に票を集められる小さな党がいないと面白くないよな。共産党や社民党の凋落が激しいので、「自民党も嫌だけど、でも民主党ってのもさ」って思っている人を集められるような魅力的な第三党が出てこないと、盛り上がらないと思うのだが、でも、もしそんなのが出てきたら、確実に「ファシズムの時代到来」だったりして(笑)

 でも、今回の選挙の一番の感想は「街頭演説があまりうるさくなかった」ということだった。参議院選挙だったからかなあ?でも、いつももっとガナっていたような気がするのだが・・・・・

●Gの福音

 サーバ室や倉庫のあるフロアに、特殊なプリンターが置いてあって、同僚M嬢がその担当で、たまにそこに篭ってプリントアウトしている。
 基本的には無人の部屋なのだが、M嬢がそこで「ゴ○ブリと出会ってしまった」と青ざめていた。

 「また、あそこに入ったら、またいるんじゃないかと思うと怖い・・・・どっかに殺虫剤なかったっけ?」

 というので、「そういや、ここのフロアでも前に出たときに用意してなかったっけ?どっかで見たぞ?」と給湯室の納戸を探したら、未使用のスプレーを発見したので、「あの部屋に入るときに、持っていけば?それとも、これを置いておくとか?」と言ったのだが、「で、でも、これでやっつけても、その後どうすればいいの?」と怯えてる。

 「ああ、そんときは私を呼んでくれれば始末してあげるよ。あたし、大丈夫だから。特技なの」
 と自慢すると、M嬢の目がウルウルと私を見つめる。

 「わかった、私が今、一緒に行ってみるから。まだいるとは限らないけどね」
 というわけで、一緒にそのフロアに行って、M嬢がドアを開けると「いた!」
 「どれどれ?」と私も暗い部屋を覗き込むと、ドアから2メートルくらいの壁際でじっとしている。動かないので、もうすでに死んでいるようにも見えたが、でもせっかくだから、「じゃあ、Mちゃんドアを押さえてて、電気つけると逃げちゃいそうだから」と廊下の明かりが差し込む中、そろりと近づいて、噴射すると、コロリと仰向けになってしまった。

 なーんか、手ごたえねーなー。
 でも、まだ絶命なさってないようで、足をバタつかせていた。
 「えっと、そうだ、ティッシュ持ってくればよかった。まさか、まだいるとは思わなかったから・・・・」死体処理の準備まではしてなかったのである。あ、でも、スプレーのセロファンを外したから、それでもいいや、と「さっき渡した、スプレーのゴミでいいや」と言ったら「ティッシュならあるよ」と、壁際にポツネンと置いてある机の上には電話器が置いてあり、ティッシュの箱もあった。

 それで、ちゃちゃっとつまんだら「すごい、ティッシュでつかめるんだ」「まあ、さすがに素手だとねえ。まあ、その気になれば素手でもつかめるんだけど」と言ったら、M嬢の瞳は私に対する尊敬と畏怖でキョロキョロと動いていた。

 ちゅーわけで、また密かに株を上げたらしいが、でもさ、立派なチャバネさんだったのよ。かなりデカかった。最近、成人Gを見たことなかったので、「せっかく、こんなに大きくなったのに・・・・他に誰もいないところで出あっていたら、うちのアンダーソン君のお嫁さんかお友達になってほしかった」と思ってしまった。

 いかん、「嫌いじゃないだけで、好きなわけでもない」と言っていたのだが、さすがに飼育していると、情が移っているようだ。

 でも、会社の女の子の前でカッコつけるために(?)、無意味な殺戮をしてしまったのはちょっと後味が悪い。別に「ゴキが平気です」なんて、アピールする必要もなかったのだ。

 「泣いた赤鬼」って、こんな話だったような・・・・・・青鬼君、ごめん!
 大切なお友達(っていうか1年も一緒に暮らしたお友達など今までいない)にスプレーかけて、会社での不動の地位を狙っている私を許して!だって、ほんとはお友達なのがバレたら、みんな私と遊んでくれなくなるもん。(もう、すでにかなりヤバい状態。この間はアンダーソン君にスイカを分けてあげたが、あまり好物じゃなかったらしく、あっという間にカビた)


 さて、昨日書きかけで知りきれトンボになっていた「インドで見かけた光景」の続き。

 橋の上で私の前を歩いていた白人女性は、崩れるように座り込んだ。
 私は後ろから、「どうしたんだろう?大丈夫かな?」と思いながら、彼女に追いついたが、私と通り過ぎるインド人男性たちは、みなニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら、知らん振りして通り過ぎていった。

 「なんか、ヤなもの観ちゃったなあ」と私は思った。それがカースト制というものなのかどうか、私にはわからないのだが、インド人男性は自分の妻や母親などの「一族の女性」は大事にするが、そうでない他人には博愛精神を向けたりしない。外国人というのは、彼らにとっては「人間ではない」ものらしいのである。
 そういう扱いにムっとするときも多かったが、でも、「外国人」を地球外生物のように扱う日本人と似たところがあるので、「そうか、日本にいる外人さん達はこういう思いをするのか」と、人のふりみて我が身を・・・・と思ったりもしていた。

 だから、たとえば六本木で、いきなり倒れた白人女性がいたら、やはり日本人の多くは、手助けなどしないだろう。
 でも、少なくとも「ニヤニヤ」と笑ったりはしないはずだ。
 でも、無表情と無関心を装って通り過ぎるのも結果的には同じか。

 ともかく、しょうがないから私が歩み寄って、彼女のそばにしゃがみ込み、「大丈夫?」と声をかけた。
 彼女は、ワっと泣き出した。
 そして、泣きながら英語でベラベラと心情を訴えはじめたのである。かなり興奮状態なので、何言ってんのか半分もわからなかったが、「うんうん」と、とにかく頷きながら聞いてあげた。

 彼女の話はたぶん、こんなかんじだった。と思う。

 もう、インド人なんて誰も信じられない。聞いてくれる?今日、泊まっていた宿のマスターが、私のことをいきなり打ったの。なんでって?なんでなのかわかんないわよ!いきなり顔を殴ってきたの。顔をよ?もう、それでパニックになっちゃって、荷物をまとめて出てきたの。ゴアには昨日着いたの、アンジュナ・ビーチでフリーマーケットがあるって聞いて、そこで品物を売って旅費を作ろうと思って。たくさん人が集まるんでしょ?もう、あんましお金がないから・・・・
 でも、ずっと長距離バスに乗ってたから体調が悪くて、だからここで少し休んでいこうと思ったのに・・・・いきなり殴るられるなんて、クレイジーよ。あたしが、なにしたっていうの?
 それで、あっちに公営の宿があるらしいから、なんとか歩いてきたんだけど、荷物は重いし、体調悪いから・・・・・それなのに、みんな助けてくれるわけでもなく、ただ回りに寄ってきて、ニヤニヤ笑うだけで・・・・信じられない・・・・・みんな悪魔のようだった。
 あなたが初めてよ、ちゃんと声をかけて「大丈夫か」って言ってくれた人。ありがとう、ありがとう。

 とビービー泣きながら言うので、聞いている私まで貰い泣きしそうになってきた。たしかに、鈍い私ですら、周囲の人たちの態度はかなり「なんじゃこりゃ?」だったので、体調悪くて神経が尖ってボロボロのときにはさぞかし辛かったであろう。

 しかし、それと同時に私の冷静な部分もいろいろ言いたいことがあった。
 まず、彼女が目指しているらしい公営の宿は、値段も安いし、設備もまともなので、実は私も最初にそこにあたったのだが、「満室です」と断られたのだ。それが昨日のことだから、今日もたぶん空いてないだろう。
 そして、彼女が目指している「アンジュナ・ビーチのフリーマーケット」であるが、あれは毎週日曜日に開催されているので、その日はまだ月曜だったので、それを金策のあてにするのはちょっと厳しいし、しかもかなり観光化されたマーケットなので、場所の縄張りがありそうな雰囲気だったので「お店開きたい」と言ってすぐに場所を確保できるようなかんじでもなかったし、全体的に商売ッ気のある人たちのマーケットだったので、値段も高く、あまり売れそうにない。

 もっとも、彼女がひきずっていた大きな頭陀袋2つに、いったい何が入っているのかよくわからなかったが、たぶん衣料品のようだった。でも「ゴアでこれを売れば、なんとなる」という、世間知らずというか田舎者っぽい物言いだったので、それについては何も言えなかった・・・・・・ってゆーか、そんな細かい英語力はない。

 それに、とにかく具合悪いのは本当のようだし、私では何も手助けできないから、とにかくその公営の宿に連れていくことにした。荷物を持ってあげると、衣類でびっしりの袋はかなり重かった。これを二つ抱えていたら、元気な人でもこの暑さの中ではへたばるわい。

 彼女も私の出現でちょっとだけ元気が出たようで、なんとか歩いて宿までたどり着いた。
 フロントに行くと、やはり女性スタッフがそっけなく「満室です」と言った。やっぱし。
 彼女はその場で、ぐったりと座りこんでしまった。フロントの女性は困った顔をしていたが、私はそのスタッフに「この人、病気みたいなんです。橋の上で倒れていたので、ここまで荷物を持ってきてあげました。いえ、友達ではないです」と告げて、悪いけど、そこから去った。あとは、そこのスタッフになんとかしてもらいたかった。だってそこ、愛想なかったけど「シスターが経営している宿」だったんだもん(笑)

 あとで考えたというか、他でもそういう目に遭っていた白人や日本人旅行者を見て、推測したのだが、どうも「人を呪っているかんじ」のギラギラしたものをインド人はとても嫌うらしい。まあ、私だって嫌いだけど。
 だから、彼女を殴ったという宿のマスターも彼女のその様子が恐ろしくて、魔よけの意味をこめて殴ったのではないかと思う。いくらなんでも、そう簡単には女性を殴らないだろう。彼女のヒステリー状態にビビったのだと思う。

 私には、ただちょっと要領の悪い、神経過敏な人にしか見えなかったが、インド人にしてみれば「か弱い白人女性」という概念は無いわけで、「悪魔憑き」にしか見えなかったのかもしれない。もっと現実的な言い方をすれば「ジャンキー」にしか見えなかったということだろう。
 もっとインドの田舎街だったら、好奇心のほうが勝るので、それなりに手当てしてもらえたかもしれないが、なにせ世界中からジャンキーが集まり、ジャンキー慣れしているはずのゴア市民である。六本木で、ピチピチのボディコン着た黒人女性が口から涎たらして横たわっていたら、誰も近寄らないだろうというのと似た状況である。

 異国の地では、健康と心の余裕を常にキープしておかないと、ああいう目に遭うんだなあ、と思った。あと、お金か(笑)具合悪くても、チップさえ弾めば、いくらだって手助けしてもらえるはず。
7月11日(日)

 「冬のソナタ」もやっと後半戦に突入したみたいだが、相変わらず展開がタルいので、早送りしたくなってくる。先日、一緒に食事した社長のテレビ業界のご友人(60歳くらい)は、冬ソナにしっかりハマって「二日で全部観た」と言っていたが、私もDVDだかビデオを導入すればそれができるのだが、でも、なんかそういう些細なことで「自分の思い通りにならない」というのをとても大事にしているのである。

 たぶん、「ちょっと緩いマゾ」なんだろう。あと、いつも書いているが「買い物が面倒」というのも大きい。
 今日は、昼前に起きたが、窓を開けて汗をダラダラかきながら頑張って昼まで横になっていた。昼過ぎに雷鳴が轟きはじめ「やっと雨が降るかな。涼しくなるかな」と期待したが、雨はほとんど降らなかった。
 でも、気温はかなり下がったようだったので、3時前に外出。
 まず、クリーニング屋に先週のお仕事で汗が染み込んでしまったスーツを出し(めったにクリーニング屋に行かないのに、名前を覚えられているのが不思議だ。あのご主人は客の名前をほとんど記憶しているのだろうか?彼はあまり人懐こさを感じさせないクールな雰囲気だけど、けっこうお喋り好きらしく、クリーニング屋よりも、高級飲食店の支配人などをやらせたらもっと出世したと思う)、薬局でコンタクトレンズの洗浄液を買い(残りあと2日分にカウントダウンされていた)、無印良品でシーツを買った。

 シーツは二つしか所有してなかったのだが(毎日取り替えるわけでもないので、それだけあれば充分。ところで、シーツの取り替えというのは、平均何日くらいなのだろうか?誰か調査してみてほしい。前にもモーニングの「OL進化論」でネタになっていた。ちなみに私は、マメな気分のときには週に一回くらい。週末に悪天候が続いたり、掃除洗濯の気が乗らないと1ヶ月くらいは平気である。平均すると2、3週間に一回というところか)、一枚がとうとうスカスカになってしまい、いつ穴が空いてもおかしくない状態になってしまったので、やっと新しいのを買った。
 ついでに、一枚しかなかった枕カバーもお揃いの色を買った。枕カバーは天気のいいときはすぐに乾くし、最悪の場合、バスタルで代用しても済むからである。

 実は、ちゃんと枕カバーを使わなかったときのほうが、衛生的だった。いつもバスタオルを巻いていて、お風呂に入るときに枕カバーにしていたのを使っていたので、枕カバーは毎日新鮮だった。枕が死んでしまったので、MUJIで新しいのを買ったときに、ついでに枕カバーも買ってから、枕カバーも不潔になってしまいました。

 本当はもう、敷布団がボロボロなので(実家出るとき持って出たやつだから、もう15年選手の大ベテラン)買い換えたいのだが、布団を買うのも(持って帰れないのでお届けになりそう)、古いのを捨てるのも(粗大ゴミ扱い)超メンドーなので、騙し騙し使っている。でも、だんだん騙されなくなってきたので、今日はMUJIで敷布団カバーを買った。これであとしばらく誤魔化せるだろう。

 本当は、カーテンもギトギトになってきて(そちらは多分10年選手)、そろそろ買い換えたいが、サイズがちょっと大きいので、(丈が2メートル。レールが天井についているので)MUJIでも「お取り寄せ」のサイズになるので、面倒でついつい見送ってしまう。

 MUJIで寝具周りの買い物を済ませてから、世田谷郵便局で不在通知が来ていた書留を受け取る。やっとフジロックのチケットが届きました。わーい、わーい。
 それから、投票所に向かう。途中にあるハンバーガー屋に寄って腹ごしらえしてから、投票。相変わらず、高齢者が多いが、茶髪の若者の姿もあったので、投票率はどうなのだろう?

 けっこうちゃんと選挙に行くほうであるが、でも支持政党が無いので毎回困る。
 ただ、明確に「アンチ巨人でアンチ自民党」というマインドなので、自民党に「このままじゃ、ちょっとヤバい」という緊張感を持ってちゃんと仕事していただきたい、という気持ちで投票しているのであるが、だからと言って、そういう風潮のときに、昔だと「社会党」で今だと「民主党」のような野党のトップに一票投じても、みんなそう考えているので、あまり意味がなかったりする。野党第二位くらいにも躍進してもらわないと、あんまし面白くない。

 と考えても、いったいどうしたらいいのかよくわからないようなときに、昔ならよく「ドクター中松」とかに心が動いたが、今回の参議院選挙の東京地区ではやはり「又吉イエス」がそういう人を惹きつけるのであろう。そういえば、東郷健ってどうしたの?最近観ないような気がする。政権放送おもしろかったんだけどなあ。

 そんなわけで投票も無事済ませて、家に帰り、シーツや枕カバーを取り替えて、洗濯し、クッションカバーもやっと夏物に替え、スカートなどにアイロンをかけて、洗濯ものを畳んで、と、それなりに家事をやったのだが、あんまし部屋はきれいになってない。
 虚しくなったので、水シャワー(冷房無しでいたので、汗びっしょり)を浴びてから、ビール飲んじゃった。(ダメダメ)

 私は昔、水シャワーも水風呂も苦手だったのだが、サウナに行くようになってから、サウナそのものよりも水風呂に入るのに喜びを感じるようになり、「暑くても冷房かけないもんね」な日には、水シャワー浴びたりするようになったので、タイやインドに旅行して、お湯の出ない安宿に泊まっても不自由しなくなった。
 まあ、髪の毛をシャンプーする際にはお湯があったほうがいいんだけど。

 話は飛ぶが、昔、イギリスに留学したまま帰ってこなかった友人の、イギリス時代の友人が、パブリック・スクール卒でケンブリッジだかオックスフォード卒のエリートと結婚した話はどっかに書いたような気がしたが、彼女が妊娠したときに、有名証券会社だかのディーラーだかアナリストだったイギリス人のダンナは日本転属を希望して、あっさり通ったので(希望者少なかったとみた)、日本人妻は高輪の一戸建てで出産準備ができたらしい。妻の実家は神奈川だったらしいので、「やっぱ出産のときには、実母が近くにいたほうが安心だもんね」と思っていたのだが、でも、いいことばかりではなかったらしい。

 直接聞いたわけではないけど、なるほど、と思ったのは、日本人とはいえ、イギリスというかロンドン在住が長いと、日本の不自由な点も目に付くらしい。乳児をバギーに乗せていて、移動していると、階段で苦労するが、ロンドンだとそういう場合、すぐに手助けしてくれる男性が現れるはずなのだが、日本では皆、知らんぷりなので、自分でエッサホイサとバギーを持って階段を上り下りすることになるらしいのである。

 欧米からの帰国子女はよくそのことを嘆く。欧米だと、そういことは無いらしいのだ。と、聞いても、日本で暮らしている自分にとっては「重い荷物を持っていても、誰も助けてくれない」というのは、当たり前のことだし、欧米に旅行しても、自分の身に余るような荷物を抱えて歩いたこともないので、そういう恩恵にあずかったことがなく、なんだかピンと来なくて、ついつい、帰国子女にありがちな「あっちだとこうなのに、日本はやっぱりダメね」な話として受け取ってしまう。

 けっこうよく聞かされるのだ、、あの「レディー・ファースト」文化が心地よくて、「それが出来ない日本人の男はダメ」って話。
 前にも、イギリスに数ヶ月行っていた女友達が「日本の男ってダメよね」と言った根拠は、ロンドンのクラブに行ったとき、人気DJがプレイしていたので、前の方はギューギューだったらしい。でも、どうしてもダレン(・エマーソン。アンダーワールドにも参加していた20代前半のころは本当に天才少年として輝いていた)の傍に行きたかった彼女はギューギューも物ともせず、果敢に突っ込んでいったらしい。すると「やっぱし、向こうの男の子って、レディ・ファーストが染み付いているから」日本人ギャルの彼女が「ダレ〜〜〜ん」と突っ込んでいったら、モーゼの十戒みたいに、道がさっと開いたのだそうだ。

 日本に帰ってきてから、同じことをしようとしても、全然道が開けなかったので、「だから日本はダメだ」と言っていた。
 その話を聞いた私は、逆に「女子だからと言って、全く容赦してくれない」というところに、ライブの最前列付近の凌ぎあいに意味を見出していたので、「女の子だからって、甘やかしてもらっていたら、あの快感は得られなかった」と思ったのだ。たしかに、男の子には体力的に負けていたけど、その代わり、「かなりいっちゃってる奴」の後ろに回り、ボコボコと蹴り入れてやったからな。肘で突かれたら倍返ししてたもんだ。楽しかったなあ。

 たしかに、女性が重い荷物や子供を抱えたりしていた場合には、ちょっと手助けしてもらえるほうが、いい社会だと思いますが、自分がそういうレディ・ファーストの世界で育ってないので、たまに、「女性だから」という親切を受けると、それはそれでウザかったりする。そもそも、他人が「荷物をお持ちしましょう」なんて寄ってきたら、「泥棒か?」と身構えてしまいそうだ。そういうのを「当たり前」と受け取る習慣がないのである。

 だから、欧米では当たり前の、そういう行為は、日本ではそう簡単に普及しそうにもないが(開けたドアを後ろの人のために押さえてあげる、という欧米に旅行した人がついつい真似したくなる習慣がやっと3人に一人くらいが実行しているくらい)、インドに行ったときに「ああ、日本よりも酷い」と思った出来事があった。

 ゴアではK子さんと一緒に2週間くらい滞在したが、K子さんは当時ちゃんと大企業で働いていたので、休暇が終わると帰ってしまった。私は、ゴアの首都であるパナジで、次に行く街へのバスを予約し、2日間ほど滞在していた。
 パナジでブラブラしていたとき、前を歩いていた白人女性の姿が目にとまった。
 たしか、パナジが河口になっている川の上の橋を渡っていたときだったと思う。
 彼女は、ありがちな「全身、インド雑貨店で買いました」な、エスニックな衣装を身にまとっていた、ゴアには沢山いるタイプの白人だった。「目指せ ヒッピー」と言い換えてもいい。要するに「東京でも手に入る、インド衣装というかアジアン衣装」をズルズルと着ていたのであった。

 それだけだったら、平凡な光景であるが、彼女は重そうな袋を二つほど引きずっており、かなり重いようで、フラフラと歩いていた。
 その時点で、私にとっては「重い荷物抱えて大変そうだな」なだけであったが、しばらくすると彼女は、へたりこんでしまった。暑いので、重い荷物を抱えて歩いていると辛いはずだ。でも、リクシャーやタクシーに乗ればいいだけだが、そうできない経済事情もあるのだろう。

 それはいいとして、橋の上の道を重い荷物をやっと引きずっている女性と通り過ぎるインド人の男性は、皆一様に、侮蔑的な笑みを浮かべていた。みんなニヤニヤしながら、彼女とすれ違うのである。
7月10日(土)

 参院選挙の争点を「プロ野球1リーグ制か否か」にしてくれれば、もっと選挙もりあがったのに・・・・
 と、思いつつ、今日の「選手会の会合」のニュースを観ていたら、ちらりとサラサラヘアの選手の姿が観えたので「これ誰?各球団の選手会長なんだから、そんな無名の人じゃないはずだけど、こんな黒髪サラサラヘアで色白の人いたかしら?」とドキドキしながら、ずっと観ていたら、それはどうも上原だったらしい。がーん。

 髪型をある角度(上の斜め)から捉えると、かなり好みの髪型に見えたが、顔はちょっとな・・・・・
 でも、あの髪の毛のツヤは素晴らしい。

 ところで、嫌いな人が多いナベツネであるが、前から不思議に思っていたのだが、私も確かにスポーツ紙などで「ナベツネ発言」を読むと、「この、クソおやじ」と思うのだが、テレビで本人がコメントしている様子を観ると、あまりムカつかないのだ。映像で観ると、それほどアクがないように感じる。個人的には石原慎太郎と逆の印象なのである。シンタロー氏の発言を文字で読んでも、あまりピンと来ないが、映像で観るとなんか嫌なオーラを感じるのだ。

●宝塚

 さっき、NHKで宝塚のドキュメンタリーをやっていたので、つい観てしまった。
 私は宝塚の舞台を一度も観たことがない。
 でも、私が小学生のころ、「ベルサイユのバラ」の舞台が大当たりして、漫画の「ベルバラ」のファンであった私は、宝塚のベルバラの舞台をテレビで放送するというので、近所の友達の家で一緒に観た。

 でも、原作の印象が強すぎて、テレビで観た舞台はあまり面白くなかった。
 宝塚歌劇団というものが「男役も女性が演じている」という前知識はあったので、「そうか、それってこういうことになるのか」と、悪いけどちょっと「きもい」と思った。子供は正直だから・・・・・・あと、大人になってからはっきりわかったが「舞台中継」ってほとんどが面白くないんだよね。やっぱし、舞台は舞台であって、元々映像化するために演出されたものではないから。
 たぶん、宝塚の舞台も実際に足を運んでみれば、きっと楽しめるのだと思う。

 それで、友達の家で「ベルバラ」を観ていたときに、そこんちのお母さんも「宝塚、懐かしいわ」と一緒に観ていた。そして、スターたちが階段を下りてくると「そうそう、階段がいいのよねえ〜」と「昔よく観たのと同じ」と感激していたが、そういう文化がよく理解できなかった私は、「ベルバラは、つい最近の作品だから、このお母さんが昔と同じというのはどういう意味なんだろう?」と必死になって考えたが、とうとうわからなかった。
 「宝塚独特の演出スタイル」というものがあるということに気がついたのは、ずいぶん後になってからである。お笑いブームのときに「ヒップアップ」が宝塚ネタの♪すみれの花が咲くころ しゃん しゃん しゃん ってのを流行らせたときに、なんかわかったような気がする。

 あと、今日のドキュメンタリーを観ていて、「あっ」と思ったことがあった。ベルバラの舞台の演出は、長谷川一夫が演出を担当していた話を紹介していて、自分がそのことでかなり悩んだことを思い出したのだ。
 たしかに、ベルバラの舞台は「演出 長谷川一夫」というのがいつも書かれていた。
 でも、私は「長谷川一夫」が誰だか知らなかったのであるが、それよりも、小学生だったから「出演」という言葉は知っていても「演出」という言葉の意味がわからなかったのだ。「映画監督」というのは、なんとなくわかっていたかもしれないが、舞台に興味がなかったし、当時はそれほど「演出家」って脚光を浴びる職業でもなかったと思う。

 なので「演出 長谷川一夫」というのを見て、「あれ?宝塚って男の出演者はいないらしいけど、でも男の名前があるじゃん?」と思ったのである。
 小学生だった私が無理やり導いた結論は「主役クラスは女性だけだけど、端役とか群集では男の役者も出るのかもしれない」というものだった。
 でも、それにしては「演出」の名前は前のほうに堂々と書かれている。いったいなんだろう?

 演出する人は、普通は舞台には出演しないというのがちゃんとわかったのって、いつだったんだろうなあ。

 子供時代に、無理やり解釈していた言葉って、けっこう覚えてるんだけど、それがちゃんとわかった瞬間ってわりと覚えてない。
7月9日(金)

 昨日、たどりつけなかったタイカレー屋さんの場所をもう一度確認してみたら、その場所まではちゃんと行っていたのだが、店が通りに面してなかったし、昨日まで休みだったので看板が表に出ていなかったので見落としてしまったらしい。でも、どっちにしろ昨日はやっていなかったのだが・・・

 ピキヌーというお店で「近所にタイカレーを気軽に(一人でって意味)食べられるお店はないかな?」と調べていたら、「ここの激辛チキンカレーは癖になる」という評判がひっかかってきたし、お店のメニューにもチキンカレーが「人気ナンバーワン」だったので、それを食べてみたのだが、やっぱしかなり辛かった。

 最初の一口は「ごふっ」と咽てしまった。
 私の趣味としては、もう少し辛くないほうが好きだが、でも、そのうちだんだん慣れてきたし、それほど辛さが口に残らないので、けっこうあっさりと食べてしまった。ご飯大盛りのほうがよかったかも。もう少し値段が安いと、もっといいのだが、でも700円は良心的値段だ。他のカレーもも800円だったし、また行ってみよう。

 あと不満な点としては冷房が普通に効いているということであった。
 それも私の個人的な趣味だが、あのくらい辛いカレーは、冷房無しで汗だくになって食べたいものだ。
 そして、私が勝手に決め付けている「本格的タイカレー」というのは、店先にカレーが入った鍋かバットが何個か置かれており、2つか3つ、選んでご飯にかけてもらえるやつだ。バンコクではそういうのが多かった。

 言葉のわからない観光客にとっては、そうやって目で選べるのはいいのだが、カレーの場合、いったい何が入っているのか、辛さのレベルはどのくらいなのかわからないので、ブラインド選択になってしまう。そういう地元民御用達のお店では英語が通じることはほとんどない。
 私があるとき入った店でも、鍋が10個くらい並んでいて、なにがなんだかわからなかったが、中央に一番大きな鍋が置いてあり、後ろから様子を伺うと、その黄色いカレーが一番人気のようだったので、迷わずそれと、もう一つ赤いのだか緑色のを選んだ。
 ずいぶん昔のことなので、それを店先で食べたのか、テイクアウトして(バンコク市民は食事をそういう屋台で買って帰ることが多い。アパート事情が悪いので台所がちゃんとないという理由も大きいそうだ)ホテルの部屋で食べたのか忘れたが、その黄色いカレーは強烈な一品だった。
 まず、おそるおそる口に入れたが、一瞬なんの味もしないほど辛かった。よく、熱すぎるお風呂のお湯に手を入れると、一瞬それが熱いのか冷たいのかわからず、とにかくピュッと手を抜くことがあるけど、あの感覚に近かった。
 「なんだか、すげー辛い。さすが本場だ」
 と感心しつつ、「さて、具はなんだろう?」と思って、けっこうゴロゴロ入っている具を食べてみたら、やはり一瞬「これは何?」と遠い目になったが、おそるおそる咀嚼してみると、それは大きな生姜の塊のようだった。「これはスパイスということなのか、それとも生姜カレーなのか?」と思いつつも、もう少し肉っぽい具を選んで口に入れてみると、どうやらそれは魚のようであった。でも、カレーで煮込まれてしまっているので、いったいなんの魚か全然わからない。でも、ほのかに生臭いのだ。その臭みをどうやら生姜の大量投入で消しているようなのだが、とにかく辛いので、それが美味いといえるものなのか、とうとうわからないまま、途中でギブアップしたのであった。あれを全部食べたら死ぬような気がして・・・・

 そこで、もう一つのカレーを食べ始めたのだが、最初のカレーのインパクトで味覚や、その他の感覚がイカれてしまったせいもあるだろうけど、でも、そっちも強烈に辛かった。そして、やはり中に何が入っているのかよくわからなかった。
 タイのカレーがみんなそんなに辛いわけでもなく、私のクジ運がとてもよかっただけであると思う。他の店ではそんな「跳び」を感じるようなものに当たらなかった。
 あのときは、体調もイマイチだったので、そのせいもあったに違いない。でも、辛かったのは本当だったけど。

 なんで体調が悪かったかというと、昨日あたりの日本でも何人か犠牲になった「熱中症」というか、通称「日射病」になりかけたからである。
 ついでだから、その話も書いておこう。(きょうみさんが、またメルマガ「アジアの思い出を語ろう」に使いたがりそうなネタだ。どうぞ勝手に使用してください(笑))

 バンコクには2回行ったが、最初に行ったときには郊外の観光施設「ローズ・ガーデン」に行った。日本人団体客も多いようであった。そこで象のショーをやっているのである。
 2度目に行ったときも「なんかやはり象を観なくては」と思ったので(まだタイも景気がよく、街中を出稼ぎの象が歩いてたりしてない時代の話)ガイドブックを調べたら、ローズ・ガーデンとは反対方向の郊外にある施設があったので、「同じところに行くのもなんだから、今度はこっちに行ってみよう」と計画した。

 施設の名前は忘れたが、タイの伝統的な建造物を再現して置いてある広大なテーマパークらしい。民家園みたいなもんである。
 バンコク市街中心部からまずバスに乗り、たしかパクナムとかいうところで乗り換え。その辺は郊外の住宅街みたいで、バスも中型トラックの荷台を改造したような、アジアではよくあるタイプの乗り物であった。
 当然のことながら、他には観光客など乗っていなかったが、施設名を告げて乗ったので、その入り口の前で降ろしてくれた。が、街道沿いのその入り口には活気がない。なんか不安になったが、奥へと進むとゲートがあったので料金を払って中に入った。

 シーズンオフってこともあるだろうけど(日本では正月休であった)、園内に人の気配がしない。ただ、次から次へと、タイの伝統的な建築が立ち並ぶだけである。園内地図によると、いろいろなゾーンがあるようで、日本で言えば「江戸時代の町並みゾーン」とか「明治時代の洋館ゾーン」ってなかんじに別れているらしいが、中を歩き始めて気がついたのだが、そこは歩いて回るには広すぎるところだった。

 たまに小型の観光バスや高級ホテルの客がチャーターしたらしき外車が、とぼとぼ歩いている私を追い抜いた。車で回ってポイントを鑑賞するところだったのである。
 王宮っぽい建物が並ぶゾーンも、不思議な静寂に包まれていたが、そこには、さっき私を追い抜いたベンツから降りたフランス人の老夫婦が歩いていた。他に誰もいないので、その夫婦の会話がよく聞き取れ、すぐにフランス語だとわかったのである。
 園内に入って、人間の姿を一度も観なかった私は、そのフランス人老夫婦の出現が嬉しくて、ロクに喋れんのに、なにやら話し掛けてしまった。「なにやら」と言っても「ボンジュール、サバビヤん?」くらいのことだったかもしれない。老夫婦はニコヤカに「ボンジュール!なんちゃら ぱるれ ふらんせ?」と、「フランス語話せるのね?」と応えてくれたので、私はフランスでも頻繁に駆使した、親指と人差し指を横に細くUにして(日本でもそれは「ちょっとだけ」のサイン)「アン・プティ」と言ったのであった。
 「なんちゃら ジャポネ?」「うぃ」とかいう、「猿でもできるフランス語」を懸命に喋っていたら、建物と建物の間にある飛び石を踏み外しそうになって、夫人のほうがとっさに「あたんしお〜ん」と言ってくれたのが、10数年たった今でも心に残っている。なんかフランス人に「あたんお〜ん」って大声で言ってもらって、とても満足したのだった。

 しかし、彼らはすぐにまたベンツに乗って行ってしまった。「ぼん ぼやーじゅ!」ってエールの交換したけど、さて、あたしはいったいこれから、どこに行くのだろう?

 他の人たちが、車で回っているのは、「歩くには暑い」からである。このくらいの広さなら、別に大したことないのだが、とにかく暑いのだ。
 しばらく歩いているうちに、私は重大なことに気がついた。行ったことないけど、ディズニーランドなら決して必要の無い心配であるが、「さっきから売店を見かけない・・・・・しまった、飲み物を用意しておくんだった」
 入り口付近には、みやげ物屋があったのだが、売店がこんなに無いとは知らなかったので、水を買っておかなかったのである。園内地図によると、今いる地点から15分も歩けば、飲食店のあるところに行けるみたいだった。

 しかし、日本での15分と距離が違う。暑さと疲労でスタスタ歩けないのだ。
 「これだけ緑も豊かな施設だから、どっかに樹木用の給水施設はあるに違いない。こうなったらスプリンクラーの水でもいいから飲む」と覚悟したが、そういう業務用の蛇口もそうなると発見できない。もしかしたら、水は給水車のようなもので撒いているのかもしれない。

 私が歩き抜けようとしたゾーンは「高床式の王朝建築」のゾーンだった。なんだか、フラフラしてきたので、高床式の建物の中に入って休憩することにした。体温を少しでも下げようとしたのである。
 正倉院の高床式にも似た建物で、中に入ると正面奥に玉座のような椅子があった。しばしそこに座って「はあ、タイの語領主様になった気分」と思ったが、でも、座っているのすら辛くなり、その横になった寝椅子に寝転んだ。
 中はそれなりに涼しいので、ホっとしたが、でもなんだか眩暈がしたので、貧血で倒れたときのように、しばらく身動きができなかった。

 「でも、まだ外の道に倒れていれば、誰か他の観光客か移動中のスタッフに発見されて救助されるかもしれないけど、ここで横たわっていたら、誰にも発見されないまま3日くらい経過してしまうかも・・・・・」
 と、かなり心細い気持ちになった。
 住民が皆逃げ出した後の村で、一人淋しく飢え死にする領主様の気分を満喫した。「砂漠て道に迷って、死んで行くのって、こんな感じなのかなあ」とも思った。

 いやほんとに、生まれて初めて「熱中症」になって(たぶん、軽度のだったんだろうけど)、しかも誰も助けてくれないという絶体絶命状態。
 いったい、どれくらいの時間、そこで一人で横たわっていたのか忘れたが、20分くらいは「もう、ここで死ぬんだ」とじっとしていたと思います。

 結果的に、「軽度のうちに休んで、体温を下げた」のがよかったみたいで、しばらくすると少し気分がよくなり、なんとか立ち上がれるほどになったので、「今がチャンス。今のうちに水を探さないと、ずっとこのままだ」と自らを必死に鼓舞して、また歩き始めると10分くらい(体感的には30分くらい)で、売店にたどり着きました。
 まっさきに「ナーム!」(水)と言って、ミネラル・ウォーターを買うと、その場で500mlを一気に飲み干したのをよく憶えている。

 そして、その売店兼レストランでしばらく休みたかったので、レストラン(そこは池のある寝殿造りのようなゴージャスなところだった)で席に座っているうちに、「さて、また歩くのにはカロリーもとらないと」と思って、チャーハンを頼んだのだが、食べてるときにふと思ったんだよね。「ここって、ほとんど観光客もいないし、園内でご飯を食べる客もほとんどいないんじゃないの?」
 だから、食材の鮮度にちょっと不安を感じたのだが、でも、チャーハンだから大丈夫か・・・・と、自分を安心させた。

 さて、その園内の一番の見所は、中央付近にそびえる小さな山である。その頂上から園内が一望に見渡せるらしいのだ。水分補給もしたし、水も買って持っているし、ご飯も食べたのでかなり元気にはなったが、その小山を登ろうとしたけど、やはりけっこうきつくて「また倒れそう」と思って途中で断念し、「それよりも生きてここから出ることを優先すべきだ」と思ったので、とにかく出口を目指した。

 また来たときと同じ街道沿いにポツネンと立ち「来たときはいいけど、帰るときはどうすりゃいいんだ?」と思ったが、行きと同じようなトラック・バスが来たので、手を挙げて止めて「ぱくなむ?」と言ったら、運転手も客達もうなずくので、それに乗ってバスターミナルに到着し、タイの人は親切だから、トラック・バスの運転手だか客だかが、バンコク市街中心部まで行くバスをそこで探してくれて、なんとか無事帰れそうになった。

 しかし、バンコクをなめてはいけない。(なめてなかったけど)
 私をそのバスに乗せてくれた人は、「外人さんはやっぱり・・・」と親切心から、多少料金の高い「エアコンバス」を選んでくれたのだが、そこからバンコク中心部までは1時間くらいバスに乗るので、「エアコンがんがん」はちょっときついと思ったのだが、「まあいっか。それに日射病になりかけたし、エアコン付のほうがいいかも」と思っていたのだが、帰りの時間はちょうど夕刻で、バンコクの道が一番混雑する時間帯だったのだ。
 運転手に行き先を告げたので、ぜったい降りるところで教えてくれるという安心感もあり、中に入ったとたんグッタリと眠ってしまったのだが、しばらくして悪寒がして目が覚めた。寒い!
 冷房のかかる店内などはけっこう寒いのでカーディガンは用意していたのだ、眠っていたのですっかり冷え切っていた。慌ててカーディガンを羽織ったが、すでに冷え切っているので、手足が痺れる。時計を確認すると、まだバスに乗って30分くらいしか経ってなかった。しかも、用心深い私は行きに大まかに風景を確認しており、「こりゃ、まだまだ先だなあ」とわかってしまったのである。

 結局、行きは1時間くらいで行った道が、帰りは延々2時間近くかかったのだ。
 宿の付近(カオサン付近)に着いたときには、日が暮れていた。
 そして、その長いバスの旅の途中で、私は重大なことに気がついた「さっき行った観光施設内にも象のアトラクションがあるとガイドブックには書いてあったけど、そんなのあったのか?」

 いったい、あたしは何をしにあそこに行ったのだろう・・・・・
 まあ、貴重な体験はさせてもらった。見知らぬ土地に行くときには、水と非常食は持って行けって・・・・

 宿に帰ったら、シャワーを浴びて、すぐに寝ようと思ったんだけど、でも、お腹がけっこう空いていたので、前述のケーン屋さんでタイカレーを食べたのだった。
 そんな体調だったので、辛いカレーにインパクトを感じたのかもしれない。

 結局、その翌日の夜、日本に帰るつもりだったのに、その日の夜、なかなか寝付けないと思ったら、吐き気がしてきて、とうとう一晩中吐いていた。
 日射病で体力を消耗していたのに、辛いカレーを食べたからなのか、それともやはりあの寂れた園内で食べたチャーハンが悪かったのかわからないが、なんとなくそれらの相互作用だったと思っている。

 驚くような量を吐いたな。実はその日に食べたものは全く消化してなかったのだ。でも疲れてて、頭が麻痺していたので、ひたすら詰め込んでいたのである。
 吐くだけ吐いたあとも、オレンジ色の胃液が出てきて、休まらなかった。胃痙攣はひどいし。
 翌朝はチェックアウトしなければいけなかったのだが、「具合悪いんで、夜までステイしたい」とフロントに行ったら、宿泊料の半額はとられた。その宿には売店もあったので、ヨーグルトや清涼飲料水が買えたので、昼過ぎにはそういうのが少しお腹にいれることができた。もう吐かなかったので、熱はあるようだったが、なんとか飛行機に乗れそうだった。
 そのころは、実家がまだ千葉にあったので、国際電話して「ちょっと熱が出ちゃったので、成田まで迎えに来て」と頼み、ついでにフロントでも空港までのタクシーを手配するよう依頼した。

 ところが、その夜、ふらふらなのにタクシーに乗ってやっと空港に着いたら・・・・・飛行機の出発が3時間も遅れると!
 出発ロビーの椅子で横になって寝ていました。

 でも、それで現地時間午前1時くらいまで横になっていたのがよかったらしく、機内ではちゃんと機内食を食べて、しっかりタバコも吸っていた(笑。まだ喫煙OKだった時代の話9
 そんで、私の隣に座った白人の若い女子が、エア・インディアだったから「ベジタリアン・ミールがいい」と言って、スッチーに「それは予約がないと・・・でも、余ってないか確認してきます」(しばらくして)「余ってませんでした。普通のミールしかないです」と言われていて、すごく不機嫌になっていて、しかも横で私がタバコを吸うもんだから、スッチーに「ここは喫煙席なの?」と確認していて「そうですよ」と、あっさりと言われていて、またかなり不機嫌になってて、すっごくピリピリしてたから、面白くなって、必要以上にタバコすっちゃいました(笑)

 だって、なーんか典型的な「いやーな感じ」の「あたしってナチュラリストなのよ!」だったので。
 いや、もしかしたら、オーバーブッキングかなんかで、急にこの便に乗ることになったので「ベジタリアン・ミールも用意されてないし、よりにもよって喫煙席」だったのかもしれませんが、不思議なもので、人間って自分がすげえ具合悪くて余裕の無いときって、周囲の人の「余裕のなさ」がヒシヒシと感じられるのですよね。
 私はとにかく、ぐったりと疲れていたので、隣のネーチャンのピリピリさ加減というか、でも、もし彼女がちゃんと真っ当に自分の要求をスッチーに伝えられるくらい余裕があれば、あたしももうちょっと気遣ったのかもしれないが、でも「なんで、なんで、なにもかも私の思い通りにならないの?」と勝手にテンパっていたので、関わりたくなかったのでございます。
 それに、具合悪かったせいもあるけど、彼女がなんとなく「人種差別する人」であることがわかっちゃたったし。あれは不思議な感覚だった。インド人スッチーにしろ、横でタバコ吸っている東洋人の私にしろ、彼女の目には「人間」として映ってなかったもん。

 まあ、結局、日本に帰ったらケロリとしてました。やっぱ単なる「暑気あたり」だったらしい。
 でも、後になって「カオサン通りの安宿で、一晩中トイレでゲーゲー吐いていた」というのは、印象に残る旅の思い出になりました。
7月8日(木)

 今日も暑かった。でも、やっぱし暑いのが好きだ。だって、なんか、頭がボーっとして気持ちいいんだもん。
 そして、暑いときに辛いものを食べるのが好きだ。だって、汗がドバーっと出て、一瞬だけ涼しくなるんだもん。

 そんなわけで、今日の帰りは駒澤大学駅にあるらしい、タイカレー屋に寄ろうとしたのだが、地図をいいかげんに見て「だいたいあの辺だな」とあたりをつけていただけだったので、見事に発見できず、人に聞こうにも店名もおぼえておらず、30分ほどうろうろしたあげくに発見できなくて、汗だくになってしまった。

 そこからまた20分ほど歩いて、スポーツクラブに行った。
 汗かきすぎで、水着がなかなか着られなかったです。
 でも「ウィーキング・エクササイズ+水泳」ということになったようで、体重はやや減っていた。
 でも、最近の目標「目指せ55キロ台!」(〜〜〜〜〜〜〜ちょっと前まで体重が55キロ以上になると大騒ぎしていたのに、いつのまにかレベル・アップしちゃったのよ)には、まだ届かない。

 今日おぼえたこと。「行きたいお店の場所をいいかげんに確認しておくと、たっぷり有酸素運動できる」
 名づけて「方向音痴エクササイズ」

 話は変わるけど、この間、ニュースで「三菱自動車の車が炎上」っていうのがあって、「やっぱり」っていうかんじだったが、でも、普段あんまし「車が炎上」ってニュースをきいたことがない。三菱の欠陥車が出回ったのは、最近のことなわけでもないようだから、今更「三菱車、また炎上」って話題が活発になるのも変だ。今まで大丈夫だったのに、不祥事が発覚してから、そうなったのか?三菱車に乗っている人の不安が、エンジンになにか影響を与えたとか?

 と思っていたのだが、どうやら三菱車だけじゃなく、年間にけっこうな数の車が炎上しているらしい
 「例年1万件近く」って言われると多いような気がするが、自動車事故ではなく、「自動車による死亡事故」がそんくらいだと思うと、なんとなく納得する。(自動車事故は時々見かけるが、死亡事故に出くわす確率は低い)

 その記事を見て、私は「わ〜、ユリゲラーの話みたい」と思った。
 ユリゲラーが生出演したテレビ番組には「壊れた時計が動き出した」というような報告が数多く寄せられたが、たしかそういう「超能力否定論者」が、そういうことは日本全国で日常的に起こっていることであり、それがたまたま放送中に数十件起こってもおかしくない、ということを言っていた。

 たしかに、我が家でも壊れてセピア色の画面になってしまったカラーテレビがあって、「新しいの買わないとね」といいつつしばらく放置していたら、いつのまにか直っていたことがあったし、「壊れていると思っていたものをしばらくして起動してみると、直っていた」ということは何回かあった。
 だから、「ユリゲラーが電波に乗せてその超能力を日本中に送ります」と言ったときに、たまたま壊れてままの物をテレビの前に持ってきて、スイッチを入れてみたら「キャー!動いた!」ってことは、けっこうありそうであると思った。

 それと同じ仕組みで、不祥事発覚後の三菱の車になんか些細なことが起こっても(炎上は些細じゃないと思うし)、運転手も周囲で目撃した人も、「やはり!」と大騒ぎしちゃうんだろうなあ。
 なんか懐かしいな、ユリゲラー・・・・
 我が家でも、一生懸命観てたけど、なんにも起こらなかったからなあ。
 あのころの給食のスプーンは、みんな曲げられちゃって可哀想だったよなあ。なにが可哀想って、先生に叱られたから、無理やり元に戻すんだけど、完全には元に戻らなくて、なんか根元が波うってたんだよね。

 何年か前、テレビで「スプーン曲げの種明かし」をやっており、カメラの四角でベルトのバックルなどテコの原理に使って「ちゃちゃっと曲げちゃう技」が暴露されていたが、それに感激したうちの母は、その後、親戚の集まりの席で、それを嬉々として披露していて、祖母宅のスプーンを曲げる実演をした母を「おかーさん、スプーンが可哀想だから・・・いいかげんにしなさい!」と必死で阻止したのであった。

 うちの母は、そういう「種明かし」が大好きで、それはいいのだが、あるとき真剣に怒っていて、何に怒っていたかというと「ミスターマリックのは、ただの手品だったんですって!」ということだった。おかーさん、だから「ハンドパワー」っていうのはネタなんだってば。別にマリックは善良な市民を騙していたわけじゃなくて、最初から「超能力っぽい手品」だと匂わせていたでしょ?「少なくとも、あたしはあれを最初から手品だと思っていたよ?」と、なんかしらんが、マリックのことを必死で擁護したら、母も「そっか、あたしが、勝手に超能力だと思っていただけなのね・・・」とガッカリしていた。

 それでわかってくれたのかと思ったのだが、母が「マスク・マジシャン」(有名マジシャンの種明かしをしてしまうため、命の危険があるから覆面だって。ぷぷぷ)に夢中になったときには、
 「知ってた?カッパーフィールドとか、有名マジシャンはみんな、双子だったんだって?ずるくない?」
 と大騒ぎし、家族は「また始まった・・・・」と、そんなことどうでもよかったのだが、母にとっては重大な裏切り行為だったらしく、マスクマジシャンが出演した番組の録画をその後仲良くみんなで観るハメになり、「家族サービスって大変」ということを私と妹に植え付け、その二人をまた結婚から「人類の偉大な一歩」くらい遠ざけたことを母は気がついてない。

 でも、親孝行な娘である私は、ちょっとだけ想像しちゃった。私がマリックを連れて実家に行って「この人と結婚したいの〜」って言ったら、母は「こんなオジサンと?」と一瞬ムっとするだろうけど、マリック氏が「おかあさんにだけ、タネあかしをしますから、娘さんをください」と言ったら、娘の一人や二人(妹も犠牲になるらしい)喜んで差し出しそうだ・・・・・でも、ご近所や親戚にその「タネあかし」を言いふらさないようにするのは、ラクダが針の穴を通るくらい難しいのだけれど。
7月7日(水)

 毎日暑いです。梅雨はどこに行ったのですか?

 暑さの話題と言えば、今朝、隣の部署の、いつも首スジにバンソコウを貼っているオチャメなオジサン(キスマークではなくて剃刀負け。週に二回は負けているらしい)が「ミヤノさんは一人暮らしだっけ?」と話し掛けてきたので「そうですけど、それがなにか?」と言ったら、「一人暮らしだといいよね」と言うので、「なにが?」と聞くと・・・・

 「だって、オレ、朝起きても、エアコンつけられないんだもん。もー暑くてさ」

 一瞬、それと一人暮らしの関連がよくわからなかったが、彼は妻と小学生の娘二人の4人家族であるので、妻が冷房嫌いなのか、娘達の体調管理を考えてか、冷房をつけさせてもらえないのだろう、と気がついた。

 「たしかに、一人だとエアコンは好きにできますけど、でも、私、今年まだ冷房つけたことないです」
 と、私が言うと、「ええ?マジ?休みの日とかは?」「つけないです」「暑いじゃん!」「我慢します」「なんで、我慢すんの?暑いじゃん!」
 「たしかに暑いけど、でもエアコン一度つけちゃうと、ずっとつけちゃうし、そうすると足とかムクむし、体もダルくなるんで・・・・・」
 「え?足がムクむ?」
 「そーですよー。あたしとか、わりと冷え性じゃないから、まだ会社では平気なほうだけど、女の子たちは、夏でもよく膝掛け使ってるでしょ?」
 「え?そうなの?」
 「え?今まで気がつかなかったんですか?だから、冷房の温度設定が低すぎるっていつも文句言ってるんですよ。省エネじゃなくて、みんなが寒いからなんです」

 うーむ、こういう人がいたのか。確かに彼はわりと天然ボケキャラなので、あまり神経が細かいほうではないが、でも、20年も会社員やっていて、「女性が冷房を嫌うのは、体に響くから」ということに気がつかなかったとは・・・・
 妻が冷房を極力いれないようにしている理由もわかってないようだったし。まあ、そっちに関しては本当に光熱費の節約ということもありうるけど。
 なんと言っていいのかわからないが、なんか不思議な感じがした。

 そういえば、昔の職場で、「最近体調が悪い。風邪とはちょっと違うみたいだし・・・」と嘆く若い男性社員がいて、その症状を聞いていたら、周りにいた女性の誰かが「それ、冷房病じゃない?」と言ったので、他の女性も「そういえば、それって冷房病みたいだ」と言いはじめ、男性社員も最初は「なにそれ?」という態度だったが、女性たちの話を聞いているうちに、「たしかに、それかも」と思ったみたいで、試しに部屋で冷房を掛けっぱなしにするのをやめたら、次の日から急に体調が回復したらしく、「冷房病の恐ろしさがわかった。ほんとになんか重大な病気なのかと心配だったもん」と言っていた。

 でも、キンキンに冷やした部屋に何時間いても、全く平気な人もいるからね。
 やはり、子供は娘しかいないある男性社員も、夏の休日は自室に篭りっきりになるそうだ。居間にいて、冷房を自分好みにセットすると妻や娘に総スカンを受けるらしい。彼は会社でも、冷房を18度に設定してしまう「女性の敵」である。ほとんど自分の席にいないので助かっているが(東京の事務所にいることが多い)、たまにやってくると比較的冷房に強い私でも、「なんか、いきなり冷蔵庫の中みたい」と思うくらい急激に冷やそうとする。

 遺伝子組換えかなんかで「冷房に弱い男性」をもっと増やしたほうがいいのでは?環境にも優しいだろうし(笑)

 そういえば、最近は電車の中の冷房もそれほどキンキンに冷えていないような気がするけど、気のせいかしら。それとも、私がオバサンになって「暑がり」になったせいだろうか?前は、カーディガンを羽織らないと耐えられないことが多かったが、最近はカーディガンもリュックの中に入れっぱなしになっているので、クシャクシャになっている。

●皆さん、もっと落ち着きましょう!

 ここ2週間くらいの間に、「慌て物のお客様」が立て続けに現れて、おもしろかったからメモしておく。

 「支払期限が昨日までだったのですが、どうやら振込みを忘れていたみたいです。まだ間に合いますか?」
 という、一般顧客である女性からの電話。その入金の管理をしていた人が席を外していたので「ええ、入金が無いからといってキャンセルすることはありませんので、いつご入金いただけるか教えてください。担当者に伝えておきます」と言ったのだが、そしたら、
 「でも、もしかしたら振り込んでいるかもしれないんですけど、でも現金で振り込むか、キャッシュカードでやるか、迷っていたのは記憶にあるので、ひょっとしたら振り込んでいるかもしれないんで・・・・」
 と、よーわからんことを言い出すので、「少々お待ちください」と通帳を確認したら、3日前にちゃんと振りこんであった。
 「ご入金いただいておりますが」と伝えると、「ああ、やっぱり、よかった。いえ、現金で振り込むか、キャッシュカードでやるか・・・・(繰り返し)」と興奮しているのか喋りが止まらないので「とにかく、ちゃんとお振込いただいておりますからご安心ください」となだめるのに時間がかかってしまった。

 しかし、それって50万くらいの振込みだったんだけど・・・・会社ならわかるけど(得意先の担当者が「経理に支払回したか忘れちゃって。支払ってます」とこっちに電話してくることがあるが、先に自分の会社の経理に確認しろって?)一般家庭での50万の振込みって大金じゃないですか?それに、普通は振込み領収書を大事にとっておくと思うし、現金引き出したり、キャッシュコーナーで口座から直接やったにしても、なんか残るでしょーに、と不思議だった。

 一般企業ではない得意先の担当者から、やはり「支払しましたっけ?してないですよねえ?そもそも請求書いただきましたっけ?」という電話。50代くらいの男性である。
 そしてやはり「でも、ひょっとしたらもう支払ったのかも」とおっしゃるので、入金確認したが、該当する入金はなかったのであるが、でも、そのときも入金確認担当者がいなかったので「念のため、担当者がもう一度確認いたしますが、もし、請求書がお手元になければ再発行いたしますが」と対応したのだけれど・・・・

 「うーんでも、請求書見た記憶がないんだよね〜、その関連の他の書類があったので、あれっと思って確認したんだけど、請求書がないから、もう支払に回したかと思ったんだけど、やっぱり振り込んでないですか・・・・・ほんとに請求書送ってくれたんですか?」
 そう言われても困るが、「とにかく再発行いたしますから」と言ったのだが、「この部署、私一人でやってるもんで、忙しくてねえ、書類が山積みなので、どっかにあるかもしれないんだけどねえ」
 「ええ、よくわかります。書類ってすぐ山になってしまいますものね。お忙しい中、探していただくのもお手間だと思いますし、再発行してすぐにお送りしますので、それからお振込いただければ大丈夫ですから。それで、必ずお手元に届くように、お名前を教えてください」「ああ、はい、○○○(組織名)です」「あの、そちら様の、ご担当者のお名前を・・・・もしかしたら、ご担当者の名前が無かったので、請求書がお手元に届かなかったという可能性もありますので」(よくある)
 それでやっと名前を教えてくれたので「では、○○様宛に請求書をお送りいたしますので・・・・」
 今度はなくさないでくれよな!

 まあ、うちの会社でも、請求書はよく埋没しているらしいので、あまり強くは言えないけど、さっきも書いたけど、「払ったっけ?」と相手の会社に電話するほどカッコ悪いことはないと思うので、まず自分とこの経理に「この支払回したっけ?」と確認しろよ。

 2重入金の返金依頼があったのだが、その入金は郵便振替の用紙をお客様に送っているので、入金が重複したというよりも、うちが「請求書を重複して送付してしまった」のかと思ったのだが、そうじゃなかった。その請求書を最初に送ったのは去年の暮れで、入金がなかったので、再請求を送ったのだが、それでも入金がなかったので、電話してみたところ「じゃあ、また送ってくれ」と言われたので、再度送ったら、相手も電話を受けてからやっと郵便物をひっくり返したらしく、前に送ったのと後に送ったのの両方処理してしまったらしい。
 まあ、たかだか1500円なので、大した金額ではないのだが、おかげで客には銀行振込で返金することになり、手数料が400円くらいかかるわけで、うちは赤字だ。(親会社の顧客向けの物品販売なのでしょーがないんだけど)

 「よ〜く考えよ〜、お金は大事だよ〜」とCMで歌っているけど、皆さん、もうちょっとお金を大事にしよう。いつ何を振り込んだとか、もう少し憶えましょうよ〜
 振り込んだ後の領収書は冷蔵庫のドアにマグネットでとめておけば?
 経理に支払を回すときにコピーとっておけば?
 みんな、そんなに忙しいのかねえ?

 メールでのサギで「債権回収」が来て、「これが未納だ、支払え!」って言われると、けっこう支払っちゃう人がいるみたいだけど、偽請求に騙される人が多いというのは、こういうことなのかな、とちょっとだけ納得。
7月6日(火)

 そういや、最近テレビでよく「パペット・マペット」を観るのだが、いつのまにか売れっ子になってしまったらしい。そりゃ、最初にNHKの「爆笑オンエアバトル」であれを観たときには、「カエル君と、ウシ君だって!」とハート鷲づかみだったが、でも、どう考えてもあれだと、お笑い芸人の出世コースである「バラエティに出演」とか、もっと登りつめて「バラエティ番組の司会に抜擢される」という末路(芸能人としては出世だが、お笑い芸人としてはたいていそこで終了)に行く可能性はほとんどないなあ、まあ、いいとこ、NHKの子供番組のレギュラーとれるくらいか?グッチ裕三みたいに・・・・と、思ってたんだけど、どうやら私の予想は甘かったみたいだ。

 昨日観た、爆笑問題が出ていた番組で知ったことは、「カエル君とウシ君は洗濯されている」ということであった。どうも、もう替えが手に入らないらしい。でも、会社の誰かが持ってるって言ってたけどな。「でも、ニセモノだけど・・・たぶん」「え?あれに、そもそも本物ってあるんですか?だって、元々、どう考えたって売れない芸人がドンキホーテで買ったとしか思えないけど・・・・」などと会話していた。

 さて、今日はやっとお休み。
 今日もまた温泉に行こうと張り切っていた。
 でも、いろいろ調べてみたんだけど、歩いて行ける範囲だとなかなかいいのがないんだよね。

 私が「ぶらりと行ける温泉」に求めるものは、「金額が1000円程度」「できたら露天風呂がある」「水着着用のスペースが無い」「サウナは無くてもいいけど、サウナがあれば水風呂がある」「シャンプーと石鹸が備品」(近所だったら持っていくけど、遠くに持って行くのは面倒。トリートメントくらいなら持って行ってもいい)

 だから高井戸の「美しの湯」とか小平の「テルメ小川」などが理想なのだが、もっと大型の温泉施設というか温泉アミューズメント施設は、値段も高いしねえ、でも、行かず嫌いなだけかもしれないので、気が向いたら挑戦してみよう。
 結局、インターネットであれこれ調べていて、「お湯の質にこだわる温泉通」に評判よかった都内の温泉は新宿の「十二社温泉」であった。あそこの前は何度か通ったが、入ったことはなかった。「散歩するにはいい距離だから、いっちょ行ってみよう」

 3時半ごろ出発して、下北沢を通り抜け、井の頭通りに出ると、大山の交差点のあたりは、もう4車線に拡張されていた。道路が広くなっていたので、以前はそこから見えなかった「東京ジャミー」のモスクの塔がよく見えた。そこから北に伸びている笹塚のマイクロソフトビルのあたりに抜ける道路はまだ完成してないようだが、あと1年もすれば、あの付近はすっかり変わっているだろう。

 大山から、初台までは遊歩道を歩く。私にとって遊歩道は、高速道路みたいなもんだな、と思ったら可笑しくなってきた。初台のオペラシティの前を通り、新宿中央公園に向かう道を都庁を仰ぎながら歩いた。徒歩1時間ちょっとで、中央公園の向かいにある「十二社温泉」に到着。まだ4時半。都庁の職員がまだ仕事している時間に温泉に漬かるというのもいいね。

 値段は1900円と高いが、かなり純度の高い温泉らしい。
 脱衣所に入ると、ちょうど帰り支度していたおばさんが「あら、あなた一人よ」と話かけてきた。どうやら、さっきまでは数人いたらしいが、彼女で最後だったらしい。
 「ラッキ〜〜〜〜、貸切だあ」と思って中に入ると、たしかに設備はボロボロだが、それが風情があるとも言える。ボロいし、高いので、こりゃ空いているはずだわ。

 お湯は都内にありがちな「真っ黒のお湯」であるが、たしかにこの黒さは尋常ではない。底が見えないどころか、水深10センチくらいで何も見えなくなる。もっとも、薄暗いせいもあるんだろうけど。
 ここの「売り」は「源泉の湯船がある」ということだった。東京は、どこでも1000メートルくらい掘れば、こういう黒い水が湧き出すらしい。ここのページではそのこといついていろいろ考察している。
 そして、東京の深層地下水は、「お湯」ではないようなのである。都内の温泉はほとんど「沸かし湯」なのだ。
 先日行った、「美しの湯」でも、源泉である「ちょっと温い水」はお風呂の入り口部分で「掛け湯やしまい湯にどうぞ」となっていた。たしかに、ただの「なんか変な色のついたぬるい水」であった。

 十二社温泉では、その源泉水をそのまま浴槽にためていて、暖めたお風呂よりも広い浴槽なのだ。
 まず、熱い方に入ってみる。首まで漬かって温まってから、源泉のほうに行ってみる。端のほうは足首程度の深さだが、途中に手すりが張り出していて、そこから深くなっているが、段差がよくわからないので恐る恐る足を踏み入れてみると、そこも座るとちょうど肩くらいまで漬かれる深さになっていた。
 水風呂ほど冷たくないし、温いプールみたいだ。体温を奪うほどの低温でもないので、これだったら延々と漬かってられそう。暖かいお湯と、冷たいお湯を交互に入るとちょうどいい。

 そうして、ダラリと真っ黒なお湯に漬かっていたら、残念なことに他の客が来てしまった。こういうところに、昼間から来ているオバサンは「常連さん」に違いなく、その証拠に私のことを瞬時に「一見さん」と見破った彼女は「ここのお湯って、ヨーグルトの匂いがするでしょ?」と話し掛けてきた。
 そう言われてクンクンすると、微かにヨーグルトの匂いがするが、言われなければ気がつかなかった程度だったので「ああ、なんか石鹸の残り香だと思ってました」と話をあわせた。
 ついでに「いつも、この時間は空いてるんですか?」と聞いてみたら、「まあ、あたしら常連はだいたい来る時間決まってるからねえ。この少し前は、5人くらい来るんだけど、でも、初めての人もちょくちょく来るから、そういうのは予想ができないしねえ」

 うーむ、たしかにこれだけ空いているのだから、常連の結束は固いとみた。回数券を買えばかなり割引になるわけだが、それでも1600円くらいはするのだ。
 そうこうしているうちに、もう一人常連オバサンがやってきた。
 他に人がいないから静かなのに、彼女らはとてつもない大声で喋り出し、せっかく源泉浴槽の縁に足先と頭を置いて、「わあ、浮いてるみたいで気持ちい〜」と温泉遊泳を楽しんでいた私の神秘的な気分を台無しにしてくれた。

 いっつも思うが「イマドキの若者は」というけど、イマドキの若者もイマドキもオバサンも同じだぞ?

 それを確信したのは、隣の男湯から「ぶも〜〜〜〜」という牛の咆哮のような声がしたときである。オバサンが「ああ、またあのオジサンだ」と言うので、「あれもお客さんの声なんですか?」と言ったら、「そうなのよ、見た目は普通のオジサンで、大人しそうなんだけど、ここではいつもああいう声を出すの。筒抜けだってわかってないのかしらね」
 「はあ・・・・・」
 「こっちも対抗して、大声出してやろうかしら」

 もうすでに、向こうに聞こえていると思いますが・・・・・
 てゆーか、私には、あのオジサンの咆哮が、「女湯うるせーぞ」なアピールに聴こえるのですが、そういう発想は全くないのですね?
 しかも、そのオバサン、私ともう一人「常連じゃない人」が源泉湯にゆったり漬かっている脇で、バシャバシャと水中運動はじめやがった。(銭湯でも時々見かけるが、水の中でやると腰痛にいいという運動。やるのはいいけど、湯船に誰もいないときにやってくれっちゅーの!)

 はっきり言って、ジベタリアンや車内化粧よりもよっぽど迷惑だ。
 でも、彼女は別にテレビの観すぎやテレビゲームやインターネットで脳が変になったわけではない。ましてや環境ホルモンのせいでもない。だって、もう一人の常連さんと「うさぎおいし、って美味しいってことだとずっと思ってたわ〜」というのを話題にしていて、それをきっかけに「戦時中は軍人さん用の毛皮を作るために強制的にウサギを飼育していた」「今みたいに、餌なんてないし、人間だって食べるものがない時代だったから、せっせと雑草をやっていた」「シロツメ草とかウサギは好きでね」「ああ、ハコベとはよく生えてたわよね」「ハコベをキレイに摘むのが大変で」「今はああいう雑草見ないわね」「そう、全然ない」「それどころか、今だとハコベって漢方薬になるから貴重らしいわよ」などと話していて、美しい自然と慎ましい暮らしの中で育ったはずなのに、全然回りの迷惑考えてないのは、「イマドキの若者」と同じじゃん!

 子供の脳を調べるよりも、ああいうオバチャンたちの脳を調べてほしい。いったい何が悪いとああなるのですかい?

 というわけで、常連のオバチャンたちがウルサイのが玉に瑕であったが、でもお湯自体は本当によかった。たっぷり1時間ほど漬かってました。
 しかし、ヘアドライヤーが有料つうのは・・・・・それで100円とられた。せっかくタオルは持っていったのだが、なんだかんだ言って、イマドキの温泉アミューズメント施設と同じくらいの値段になるようだ。こりゃ、たしかに空いているはずだわ。

 それでも、ビルの地下にある温泉を出て、階段を上ると、真っ先に都庁ビルが見えるロケーションというのも、なんだか不思議。もう6時過ぎていたので、仕事帰りのサラリーマンたちが駅に向かう中、スッピン&乾かしっぱなしの髪の毛でとぼとぼ歩き、小田急線の参宮橋から電車に乗って、また下北沢経由で帰ってきました。
 なんか、不思議の国に行って、帰ってきたような達成感はありました。「タモリ倶楽部」が好きな人には、一度行くことをお勧めしておきます。都会のオアシスというよりは、ミステリースポットみたいだったもん。明るいうちに行ったせいもあるんだろうけど。

 話は飛ぶけど、また日曜日のイベントの話。
 そこに、大学生が何人か来ていた。バイトの学生は何人かいたが、彼らは厳密に言うとバイトではなく、「講演者」であった。イベント会場で、自分の体験談をお客さんの前でトークするのであった。
 彼らのトークショーが終わったあとに、バイト代を現金でお支払するので、私がそのお金を管理していたのである。

 その学生らは、たぶん「いい学校に入った」人たちなんだろう。なんか変に賢そうで、しかも人前で喋れるような人材を集めているわけだから、見る人が見れば「体育館の裏に呼び出して、テメーその目つきが生意気なんだ!とボコボコにしてやりたい衝動」を押さえるのに苦労しそうなキャラが揃っていたのが可笑しかったのだが、ギャラを現金で渡すので、そいつらに領収書を書いてもらったのだが、みんなものの見事にちゃんと書けてなかった。

 もちろん、社会人ではないのだから、そういう「社会での一般常識」を知らないのは致し方ない。最初の一組には、つい「ええと、これでも構わないんだけど、一応憶えておいてね。こうして用意された領収書に金額を書き込む場合には、¥マークと数字の間に空白を入れてはいけない。改ざんできちゃうでしょ?」と言ったら、みんな「ほー、なるほど」と言っていた。

 なので、次に終了したチームには書く前に「数字は¥マークのすぐ脇に書いてね」と言ったのだが、横にいたトークショー担当の親会社の部長クラスが「そんなのどうでもいいでしょ」と言ったので、激しくムっとしてしまった。
 そりゃ、どうでもいいことかもしれないが、彼らは将来、鼻持ちならないエリートになる可能性があるので、そういう彼らが社会人になって、少しでも「事務職の女子社員」に好感をもたれそうな些細な技を教えてあげようとしたんじゃないか!

 実は、私も大学生のとき本屋のバイトをしたときに、領収書がちゃんと書けなかった。横にいた店長が、ちゃんと「数字は¥マークにくっつけて書いて、数字の末尾には−を入れる。こうすれば、改ざんできない正式なものになるでしょ?」はあ、なるほど、こういうのって教わらないとわからないもんだな。と、思った。
 実際、経理に配属したてのころのハイジに領収書を書かせたら、やはりダメで、ちゃんと説明したら次回からちゃんと書いていた。

 たぶん、そういうバイトをした人はちゃんとできるんだろうけど、そうじゃない人は、社会人になってちゃんと領収書は書けないだろう。それでもいいのだが、こっちが教える前に、ちゃんと完璧に書いてくる人がいると、「おお、こいつはなんかデキるぞ」と思うのである。バイトさん達の書いた領収書では、10、000 と記載しているものすら少ないのだ。そんな中で「¥10,000−」と、きっちり書いてあると、大変目立つのである。

 少なくとも私は、新入社員がきちんとそういう数字を記載していたら「この人は、バイトとかでちゃんと仕事をしてきた人だな。だから、かなり使えそうだな」と思うから、せめてうちの会社でバイトした子には、そういう「小さい常識」はせっかくだから覚えて行ってほしい。憶えておいて損はしないから。一度教えてもらえれば、充分なことだし。

 昔、中国雑貨店の先駆けだった大中でバイトしていた友達がいて、その子の愚痴に「大中って、けっこうネームバリューあるから、有名大学の子もバイトで来るんだけど、バカが多くて・・・・」というのがあった。
 その子のその当時の天敵が某KO大学生の男の子で、客が「プレゼント用なんで」と言った品物をラッピングする際に、値札を取ろうとしなかったので、隣にいた私の友達がそれに気がついて慌てて指示したのだが、あまりよくわかってないようだったので、あとで「プレゼントなのに値札ついてちゃマズいでしょ?」と指導したのに、その学生は自分より年下の専門学校生の女の子に「教育的指導」を受けたのが面白くなかったらしく、プンとなってしまったそうだ。

 その友達と飲んだときに「どりゃ〜〜〜〜〜、頭いいんだか知らないけど、そういう社会常識を憶える気もなく、あのまんま一流会社に就職したって、ぜって〜使えないね」と、怒りまくってました。
 本当に頭のいい人は、そういう「雑用っぽい常識」も素直に吸収してくれるもんだけど、「学校の成績はよかったけど、それだけのバカ」なやつは、ほんとにそのままで突っ走るからな〜

 で、何を怒っているかというと、学生さんがバイトするときって、本当に頭のいい子だったら、どんな仕事でも、どんな些細なことでも「これは憶えておこう」ってことがあるはずなんです。実際、そういうつもりで、お金よりも、スキル磨きというか「いろんなバイトを経験しておこう」って気持ちの学生は多いと思う。
 私にしても、バイトで憶えたことって、後々役に立っていることが多い。小銭を筒にまとめる技とか(笑)
 隣の部の副部長も学生時代にレストランのバイトをしていたので、小銭まとめには自信があるようだが、前にどっちがキレイに筒にできるか競った。あたしのほうが現役に近かったので上手だったわい。

 そういう経験があるから、自分がバイトを使う身になったら、やはり彼らが就職しても「さすが、バイト経験あるからデキるね」と言われてほしいという思いがあるので、些細なことでもちゃんと教えてあげたいと思う。それは単なる親心ではなく、もし彼らが就職した先で「ああ、これはバイトで覚えたんで・・・」といえば、上司や先輩は「どこでバイトしてたの?」「○○です」ってことになれば、数億円のCMよりも価値があるんですよ?

 それなのによー、親会社の担当者のバカヤロー、あたしのそんな気持ちなんてわかってくれなかったんだろーねー
 あたしが経理だから、なんか細かいことを優秀な学生に言いやがって、ってことだったんだろうな。
 彼らが「優秀な学生」だからこそ、教えてあげようとしたのにさー

 いいもん、次回は口頭じゃなくて、最初から「領収書の記載方法」って見本用意しちゃる。やつら(優秀な学生)は見本には弱いはずだ。ああ、なんで、こういうどうでもいいところで、負けず嫌いなのか・・・・
7月5日(月)

 昨日はほんとに疲れきった。
 秋から年末にかけては、イベントのお仕事があるのだが、7月に行うイベントは複合イベントなので倍疲れるのだが、去年は私は「会社待機」を命ぜられ、会社でヌクヌクしていたのだった。
 そういえば、去年はほとんど「会社待機」で、1回しか現場に行かなかったので、「適度にサボる」ためのノウハウを忘れてしまった上に、久々に人がわらわらと右往左往する職場に冷静さを失って、必要以上に仕事してしまったようだ。

 朝7時集合で、お昼休みは弁当かっこんだだけで(それも、すでに空腹と疲労が極まっていたために、なんだか食べた気がしなかった)ほとんど休憩も無しに、午後5時過ぎにやっと解放された。足や腰が痛くて、ヨロヨロ歩いて帰ったが、渋谷で同僚たちと別れて一人になったら、気が抜けたらしく、瞬く間に疲労が全身に転移し、もう瀕死の状態で家まで歩く道のりが遠かった。ベロンベロンに酔っ払って、まっすぐ道を歩けないときと同じくらい遠かった。無印良品でカラーボックスを買ったときに「2個は無理か・・・」と思ったのだが、店内で持ち上げてみたら、なんとかなりそうだったので、うっかり2個買ってしまい、店を出て50メートルも歩かないうちに後悔しはじめ、たかだか徒歩10分の自宅までが無間地獄のように遠かったが(だって、両手で持ってるから腕をチェンジできないんだもん)、あのときに匹敵するくらい辛かった。

 でもね、「飯はいらんから、風呂入って寝る!」と思っていたのに、ビールだけは買っちゃったんだな、これが(笑)

 で、家に帰り、それでも頑張って洗濯して(すぐに洗わないと、シャツについた汗染みがとれないような気がした。スーツも一回しか着てないけど、すぐにクリーニングに出さないとダメだろう。たぶん、塩吹いてるよ)、洗濯を干し終わると、すぐに銭湯に行って、熱いお湯でガチガチな体を茹でた。
 アルデンテのちょっと手前の「芯が残りすぎ」くらいには、やわらかくなったので、銭湯からの帰り道はややラクだったけど、帰るとさっそく「湿布大作戦」である。今所有している湿布は、なぜか「祖父の遺品」である。老人性なんとか症で、手足が痒かったり痛かったりした祖父は、通っていた医者で湿布をいつも処方してもらったらしく(医者もそのくらいしか手の打ちようがなかったのだろう。あと、軟膏と)、祖父は湿布より塗り薬のほうが好きだったので(末期にモルヒネでラリっていても、担当医に軟膏を出すようにお願いして、塗ろうとする看護士の手をバシっとはたいて、自分で納得のいくまで延々と塗りこんでいた。職人気質だったので「塗り残し」が許せないらしく、徹底的に重ね塗り)それが大量に残っていたので、母が持って帰ってストックしていたのを「あんた使う?」とゴッソリくれたのだった。

 それらの作業が終了したのが、9時くらいだった。本当は、ウィンブルドンの男子決勝を見たかったのだが、とてもそれまで生きていられそうもない。まあ、寝たらもう二度と目が覚めないのだったら、頑張って起きていたかもしれないが、喜んでいいのか悲しいんでいいのか微妙だが、とにかく「明日もあるので・・・」
 当然のことながら、せっかく民放でやっていたユーロ2000の決勝(日本時間で午前3時すぎから放送。WOWWOWが独占していたので、そんなもんが観られる奴らは、かなりの睡眠不足を強いられたらしい。ザマーミヤガレという自分の本音もちょっと虚しかったので、いいかげん大人なんだから衛星放送くらい導入しろよ)なんて、遠い星での出来事である。
 そういえば、「遠い将来、土星の輪が消滅するかも?」というニュースがあったが、「遠い将来って?」と聞き慣れない表現に疑問を抱いたので確認したら一億年後だとか・・・・・
 なんでわざわざ「将来」という言葉を使用したのかよくわからん。宇宙レベルだと、「遠い未来」が100億年後くらいだからだろうか?で、「近い将来」が1000万年後くらい?

 というわけで、ぐったりと眠りについて、今日はなんとか会社に行きましたが、ほぼ全員が「筋肉痛が・・・」とこぼしていました。

 そういえば、時間が戻るけど、土曜日の夜は「明日、5時起きだから早寝だ」と決意していたのにも関わらず、うっかりウィンブルドンの女子決勝を観てしまったら、最後までしっかり観戦してしまいました。
 だって、「17歳シャラポワ」が凄かったんだもん。
 杉山を破ったときにも、最初のほうだけ観ていて、「へえ、かわいい子が出てきたな」と思っていたんだけど、ダベンポートを破ったときにも「へえ、なかなか頑張ってるじゃん」と思いつつも、やっぱし途中で寝ちゃってしまったが、まさか決勝であんな凄い試合するとは思わなかった。

 相手のセレナもハードヒッターだが、シャラポワも自信たっぷりにバシバシ打ち込むので、ラリーはほんとに迫力があった。そんで、テニス・ファンの間では、もうお馴染みなのかもしれないが、最近の私はあまり熱心にテニス見てないので(それとテレビであんましやらないし。衛星放送ばっか)、「わー、久々に美少女登場!」と感激。
 180センチくらいの長身で、ダベンポートと並んでも同じくらいだったが、とにかく足が細くて長い。ほんとうに体の半分が足ってかんじだ。そして、細身。そして金髪に整った顔立ち。唇がちょっと金魚っぽく、そのあどけなさも、デビュー当時のクローディア・シーファーみたいだ。

 あんなのと六本木ですれ違ったら、誰もが「ああ、モデルさんなんだろうな」と思ったであろう。
 ジーンズにTシャツ着て闊歩していても、振り返る人が多いようなルックスなのに、ヴィーナス姉妹の「バド・ガールみたい」(友人T嬢の表現)なテニス・ウェアの悪影響をモロに受けて、負けないくらいピッチピチの衣装。しかもウィンブルドンだから純白。(だから無地のバドガールみたいなのだが)
 あれは、スタッフの計算だね。
 だって、スレンダーなわりには、ちゃんと胸もあって、それが大きすぎず、小さすぎず、もう「これしかない」ってふくらみなのよ。まあ、個人的な趣味でいえば、もうちょっと胸が貧弱なほうが「17歳の初々しさ」が出てよかったと思うが、でも計算されつくした、あの胸のサイズを最大限に生かし、胸の谷間も目のやり場に困るほどでもなく、「女の私でも、ついつい見てしまうわ。うふ」な感じにまとまっていた。

 ウィンブルドンの客も正直で、3連覇を狙うセレナよりも、「4大大会決勝進出初なのに、セレナと対等に打ち合う美少女」のほうに声援が飛ぶし、だいたい中継カメラがシャラポア中心で動いていた。
 うちの会社でも、それほどテニスに興味があるわけでもないらしい、まだ新婚の男性社員が、「あのロシアの子、かわいいね〜」と言っていたからな。

 結局、セレナも本調子ではなかったようだが、ちゃんと見せ場もあり、っていうか、セレナがシャラポワを引き立たせるためにしぶとく粘ったような印象のうちに、ストレートでシャラポワが優勝した。あの瞬間、誰もがヒンギスのことなんて忘れていたと思う。私はとうとうヒンギスが好きになれなくて、あまりあのプレーは面白くなかったのもあるが、ルックスも好きじゃなくて、私が好きだったのはノボトナだったんだけど、やっとプレーも顔も好きな選手が出てきてくれて大変うれしい。
 それに、決勝がウィリアムズ姉妹対決っていうものほど、つまんないものは無いので、そこに妖精のような白人美少女が出てきたってだけで、大喜びですよ。だって、ウィリアムズ姉妹は嫌いではないけど、やはり悪役系なので、「お姫様キャラ」の出現を待っていたのですよ。「お姫様」が登場すれば、ウィリアムズ姉妹の魅力も増すと思ったのですが、表彰式で興奮してキャピキャピスピーチをするシャラポアを見つめるセレナの瞳は優しくて「わりといい人じゃん」と高感度があがったので、やっぱしそうこなくっちゃと思いました。

 ところで、やはり表彰式にケント公夫人がいなかった。どうしたんだろ?
 日本でも、いつのまにか皇太后が公の場に出てこなくなり、「あれ?」と思ったことがあったが(うちの母が先に気がついて「人前に出せない状態になったんじゃないの?」と言っていたが、うちの母はそういうとこすごく鋭い)、そういう理由なのかなあ。

 話はまた昨日の出来事に戻ります。
 昨日、担当した会場では、広場に池があり、なんの柵もないので、毎年一人か二人、お客さんが連れたお子様が池に落ちるので(まあ、あんまり大声で言いたくないがあそこは大学なので、あそこの学生もあれじゃたまに落ちると思うよ。ちなみに昨日はあそこの卒業生の某皇族の方が来ていたようで・・・・って、それ言うとどこの大学だかわかっちゃうよね)、三角コーンを置いたりしてましたが、それでもお子様は池を覗きこむのが大好きなので、池の側でしゃがみ込んでいる子供を見かけると「気をつけてね」と声をかけたりしてました。

 でも、池の中では大きな鯉や小さなメダカみたいのが生息していて、じっと眺めていると飽きないのです。
 私が声をかけた10歳くらいの男の子も、「毎年、何人かそこに落ちるから、気をつけてね」と私が声をかけても、ちらりと私の顔を観ただけで、池に没頭してました。
 でも、私はそのとき、そこが「立ち位置」だったので、ずっとそこに立っていたので、しばらくするとその男の子が「なんか、小さいのもいるけど、なんだろう?」と呟きました。

 私はその池というか堀?に囲まれたピラミッド型の建物が「スタッフ控え室」になっていたため、一般客が中に入らないようガードしていただけなので、その男の子の隣にしゃがみ込み「どれどれ・・・・」

 なんか、ちらほら泳いでいるけど、藻で青黒くなった水の中は視界が悪い。
 「メダカの子供なのか、ね?」とテキトーなことを言っていたら、水面にもっとわかりやすいのが動いてました。

 「ほら、あれ見て、あれ、あれ、ええと、なんだっけ、ゲンゴローだっけ?」
 と、指差す私が何を指しているのか、お子様が目を凝らしていましたが「ほら、水の上を動いてる!ええと、なんだっけ、水スマシ?ほら、ニンジャみたいな虫!」と、私がブツブツ言っているのを不思議そうに振り返ったお子様は・・・・・

 「アメンボでしょ?」

 炎天下の下で立っていたせいもありましたが、ショックのあまり私のほうが池に落ちそうになりました。
 そうだ、水の上をスイスイしているのはアメンボだ・・・・・・
 でも、「あめんぼ」なんて言葉をもう20年近く口に出したこともなかったし、外国暮らしの長い人が日本語の単語をとっさに言えなくなってしまうのって、こんな感じなのかなあ?

 気が動転してしまったので、「そうか、アメンボか、アメンボね、うん、アメンボっていったな確か・・・・」とブツブツ言っている私に、その男の子は「アメンボって足に水をはじく仕組みがあるんだよね」とか説明してくれてました。

 あのお子様のおかげ様で、昔、いつも自分の周りに当たり前のように満ち溢れていたものが、今ではなぜかほとんど見かけることがない、という事実に、少しだけ切なくなってみたりしました。
 そして多分、今後、自然環境が悪化しようが、改善しようが、その男の子だって今の私と同じくらいの年になれば、「アメンボかあ・・・」と遠い目になることでしょう。
 そのときに、アメンボをゲンゴローと言ってしまったバカなオバサンのことが、一瞬でも記憶の底から蘇ってくれれば、私としてはザマーミロなわけでございます。

 そういえば、小学校の教室で飼育していたゲンゴローは、足にコケがついちゃって、すごくラブリーだったなあ。「君が代」の歌詞を一応理解していた私は、「なんだ、ゲンゴローは、すぐ『苔むす』じゃん」と、変な事実に気がついていたりしました。
 だいたい「苔がつかないように」手入れするほうが大変で、普通のものはみんなすぐに苔に覆われていたような気がする。タニシとかも、コケがつくとなにやら神々しかった。だって、苔がついた亀って、けっこう「ありがたい絵」(昔ながらの軟膏の蓋の絵とか)に登場してたでしょ?成田山にいっぱいた亀も甲羅に苔がついてたし。でも、コケのついたアメリカザリガニは見なかったかも。 
7月3日(土)

 ドサは東京でも、食べられますというご指摘を何件かいただきまして「そういや、私は最近、あんましインド料理屋に行ってないな」と気がつきました。三軒茶屋も下北沢も不思議とエスニック系が弱い街だし、最近はわざわざどっかに食事に行く機会もめっきり減ってしまった。

 しかし、なにせ私は捻くれ者なので「あんまし東京では見かけない」ということで、ドサをその実力以上に評価しているのかもしれない。「手に入らないからこそ有難い」というわけです。インド旅行のときも、南インドで毎朝食べていたというのに(他にほとんど選択肢が無い)、その後、北上したら、全然見当たらなくなったので、なんかとても悲しかった。そして、バラナシで具合が悪くなったときにも、「こういうときこそ、日本だとお粥みたいに、ドサだったら食べられそう」と思ったのに、全然発見できなかった。探せばあったのかもしれないが、具合悪いときにあちこち探し回る気力などなかったので、深層心理に「ドサはどこ?」というのを植え込んで帰国してしまったようです。

 でも、日本で食べると、なんか違いそうだから、わざわざ食べに行かないかも。いや、日本で出しているのがイマイチだと思っているわけでもなく、なんかそういう変に入れ込んでしまった外国の食べ物って、日本で食べると「まあ、こんなもんか」としか思えないじゃないですか。
 その土地というか風土に合った食べ物ってあるわけで、ゲッツ板谷も「タイだとトムヤムクン、インドだとチャイ」と書いてましたが、ほんとにそう思います。私の場合、イギリスのフィッシュ&チップスもそれだ。イギリスから帰ってくると、「ビター」(ビール)と「フィッシュ&チップス」の毎日が懐かしくなり、とにかくなんでもいいから魚のフライが食いたいのだ!あと、ポテト山盛り!と思いつめ、毎日のようにマクドナルドでフィレオフィッシュ・バーガーとフライドポテトを食してしまったこともありました。なんか違うんだけど、でも東京の英国パブ風の店でフィッシュ&チップスを食べたときの違和感よりも、マクドナルドで感じる「これは明らかに違うけど、代用品としてはイイ線」というほうがいくらかマシだったのです。

 あと、タイで食べたタイカレー(ケーン)も、日本で食べるとなんか違う。バンコクのタイカレーはもっと塩気がなかったような気がしたのだが、それも気候などの条件が違うからかもしれない。

 さて、また読書の話。
 やっと「博士の愛した数式」(小川洋子)を読んだ。小川洋子の著作を読むのも初めて。柴田元幸が「英語に翻訳してみたい」と言っていただけあって、なんとなくポール・オースター風。でも、オースターよりも100倍くらい親切。(読者を突き放したまま、勝手に終わったりしないという意味)

 話としては「アルジャーノンに花束を」とオリバー・サックスの「妻を帽子と間違えた男」のいいとこばっかり混ぜて、それに「フェルマーの最終定理」を薬味としてパラパラふりかけ、オースターで焼いて(トースターに引っ掛けているのですが・・・)、野球小説のソテーを横に添えると、こんなんできましたっていう、かなりあざとさを感じる小説なのであるが、あ、そうそう、仕上げのソースとして、宮部みゆきの小説から「少年」を借りてきて上にかけましたってのも重要なのであるが、でも、あたしのような数学苦手でも、なんか素数にはトキメいてしまうような人にとっては、この小説の語り手は他人とは思えず、かなり引き込まれました。

 あと、思ったんだけど、この小説って、なんとなく全体の雰囲気が「世界の中心で・・・」に似ているような気がする。語り手が「博士」に抱く、ほのかな恋愛感情とか、ほんとにそんな感じ。
 「世界の中心で・・・・」が「高校生のかなわぬ恋」を描いたものなら、こっちは「大人のかなわぬ恋」の物語だ。
 「博士の愛した数式」も本屋には平積みになっていたので、そこそこ売れているんだろうけど、でも、「世界の・・・」があれだけ売れるんだったら「博士の・・・」も200万部くらい売れてもいいんじゃないかな?こっちのほうが、私は泣けました。
 「アルジャーノンと同じくらい泣ける!」って宣伝しても誇大広告じゃないと思う。

 「博士の・・・」も映画化してみればいいのに。家政婦さんを鈴木京香あたりにして、カンヌを目指してみてよ。博士は誰かな?

 話は全然変わるけど、「数式」で思い出したのだが、よく「物理的に無理」って言うけど、私がその言い回しを知ったのは就職してからだった。
 会社の先輩たちが電話で納期の相談などをしているときによく「物理的に無理っすねえ」なんて話していたので、「なーにが、物理的だよ」と笑っていたのであるが、まあたしかに飛行機を使っても、その日の午後5時までに納品するのが無理っていうのは「物理」の問題なのかもしれない。物体が光速よりも早く移動できるのなら可能だが・・・・と言いたいのか?

 で、その当時、よく心の中で突っ込みをいれていたのは、みんな「物理的に」とよく口にしていたが、「数学的に無理」とか「化学的に無理」とか、ましてや「生物学的に不可能」とか「地学的にちょっと」などとは言わなかったことだ。
 私は、「物理」という高校の科目を大変苦手にしたので、「物理」と言われると「ああ、あの振り子の数式があぁぁぁぁぁ」というトラウマを抱えていたため、必要以上に「物理的に無理」っていう慣用句に反応していたのであるが、でも、そういう「国語」の世界での「物理」というのは高校の教科書の世界を超えて、「物のことわり」という意味で使われていたため、その中に「数学」も「化学」も「地学」も「生物」も、とにかく世の中の理系な科目は全部含まれていたのだと思う。

 それだけではなく、ほんとうにそういう場合の「物理」という概念には、経済学というか、そう言うと大袈裟だけど、たとえば予算が1000万円のCMなのに、クライアントが「象を100匹出したい」というのは、それほど「絶対不可能」でもないのだが、でも予算という「物理」で不可能なのと、日本で象をそれだけ集めるのがかなり大変という、やればできるけど、予算と手間が見合わない「物理」と、それだけの象を集めて撮影できる場所が「物理的にほとんど無い」ということとか、要するに「理論的には可能だが、実際にやるのは難しい」ということを「物理的」という言葉で表現していたような気がする。

 あの業界(CM制作業界)では、よく使用されていた言葉なのだが、他の会社に移ってからは、あまり聴いたことないんだけど「ケツカッチン」みたいな業界用語だったのだろうか?ちなみに「ケツカッチン」を乱用する人は、「オレって業界人」と勘違いした仕事の出来ない人が多かった。わりと普通に仕事ができる人は「○○さんは、その後のスケジュールがあるようで・・・」とキチンと話していたが、仕事できない奴に限って「ケツカッチンなんすよ、わははははは」などと得意ゲに電話していて、なんか下品な感じがした。

 さて、また流れるままに書いていたら、よくわからなくなってしまったが、明日は5時おきで外のお仕事なのである。スーツ着るのも久々で、ふと心配になって、さっき試着してみたら、ウエストはなんとか入った。よかった〜〜〜〜緩めのやつを買っておいて。

 久々の朝から夕方までの立ち仕事。しかも、私が担当する控え室は冷房入らないらしい。エクササイズだと思ってバンガロールじゃなくて、ガンバロー。
7月2日(金)

 休み明け+月初なので、請求書や郵便物が机の上に積まれていることは予想内のことであるが、その書類の上にポツネンとメモ用紙が置いてあった。
 「○○に行くので、午前中に手土産のお菓子を用意しておいてください」

 T部長だった。
 あーもー、またかよ。どうして私ばかり集中砲火なんだろう?ひょっとして、この日記読んでたりして?
 でも、よくよく他の社員、というか「女の子」の今日の予定を確認すると、クララは今日がお休みで、総務課のM嬢もお休みだったので、残るは私かK嬢しかいないわけで、2分の1の確率か・・・・・

 T部長の予定を確認すると、午前中は親会社で会議で、13時から出張になっているので、「そんなもん自分で用意しろよ!」と思ったが、まあ、時間が無いから人に頼んだほうが無難であろう。
 それに、K嬢もわりと朝ちゃんと来る人であるが、経理の私のほうが、ちゃんと10時くらいに来る可能性は高いし、K嬢は最近、研修だの会議だので席を外していることが多かったので、まあ私に頼むほうが妥当である。

 しっかし、先日の「お弁当用意して」もそうだが、なんでいきなり私を秘書扱いするかというと、T部長が取締役になったからである。総務部は会社の秘書的な役割もこなしているので、特に社長周りのお仕事は重要任務なのだ。だから適当に手の空いた人や、社長がたまたま目についた人が社長秘書的な仕事を請け負うわけだが、うちの社長はあんまし手がかからないので、それほど手間も時間もかからない。

 T部長の部署には「女の子」がいないので、(1年前にはいたんだけど、それは私より10歳上の女子社員だったので、女の子度はイマイチだった。異動で営業部のアシスタントになっちゃった。元々、営業部の人だったんだけど、たぶん、T部長が「アシスタントほしいな」ということを言ったので、営業部長が「じゃあ、あの子ならあげる」と言って譲ったような気がするんだけど、考えすぎかしらん)社長を甲斐甲斐しく世話したり、総務部長を甲斐甲斐しく補佐する総務部女子社員の存在は羨ましかったはずだ。
 実際、総務部長が不在だと、なんやかんやとこっちにちょっかい出しに来てたしな。

 彼には変な「縄張り意識」があり、ボスザルがいると、その群れの女子にはあまりちょっかい出さないのだ。実はハイジも似たような性質を持っていて、総務部長がいなくなると、急に私以外の女子に甘えだす。
 まあ、そういうのはサル山観察みたいで楽しいのであるが・・・・
 でも、こんなサル山度が高い職場も初めて観た。もっとも、それほどサンプル数は多くないけど。

 K嬢は、総務部長のお気に入りだし、最近、某プロジェクトでの総務部長補佐として忙しいし、それに、なんとなくT部長はK嬢は苦手と思っているようだ。なんか頼み難いらしい。
 総務課M嬢と、経理課T嬢(クララ)は、ほんとに逸材というか、会社の全男性社員のアイドル的存在というか、誰に対しても態度が同じで「超癒し系」である。悪く言えば「天然ボケ」なのであるが、総務部は「しっかり者」の私とK嬢、「天然ボケ+癒し系」のM嬢とクララで成り立っているという、かなり隙のない構成なので、やんちゃな男の子であるハイジが自分の立ち位置を見失ってかなり悩んでいることはよくわかります。

 そんなことはいいのだが、役員に昇格したT部長が「総務の女の子が、もっとボクのために働いてくれてもいいと思う」という切実な思いを具現化するために、私をフックにしているというのも、作戦としては正しい。私がクララや派遣社員のアシスタントに指令を送ればいいのである。
 もしくは、私があんましT部長に懐いてないのをわかっていて、わざとか無意識か知らんが、そうしているだけかもしれない。

 とにかく、それが単なる「他部署の部長」の依頼なら、堂々と「なんで、私が?」と文句言うこともできるが、「役員の依頼」だと、黙って受け入れるしかない、というのをよ〜くわかった上での行動だ。だって、それ以前には、せいぜい会議のお茶を用意してくれって依頼しか来なかったもの。そういうのは、私には直接依頼してなかった。
 だから、あれこれ小さな雑務を私に言ってくるというのは「自分がそういう立場になったから」という表明に他ならない。

 あー、もう、メンドクせーーーーーーと思いながらも、しょうがないから手土産のお菓子を買いに行って、机の上にボンと置いておきました。またしばらく、T部長が「取締役になったボク」の喜びを確認するために、いろいろ指令が降りるんだろうな。(ちなみに、T部長は親会社の創業者の血縁者なのでありますので、ね。ほほほほほほほほ。笑うしかない)

 さて、T部長との心理戦を無事、「あたしって大人だし」で終わらせて、その後は自分の仕事をしていたのですが、午後になって社長が「ほい、これ」と私に郵便物を持ってきた。

 所有する株式の配当金である。
 しかし、その会社の名前に見覚えがない。
 株式は多少所有しているが、その昔はもっと頻繁にやっていたのかもしれないが、私がそういうのの担当になってからは、ほとんど動きもなく、決まったものだけ配当金の書類が送られてくるくらいだ。

 でも、もしかしたら、所有していたのが合併したとか、名前が変わったということもあるし・・・・と、思って、社長に「これなんですか?私は知りません」と言う前に、その銘柄を確認してみることにした。

 ボーダフォンホールディングス(株)

 「これって、あのボーダフォンなんだよな、やっぱ」と思いつつも、調べてみたら「05年7月に上場廃止」って何?
 わけわかんねー、と、思ったので、ついでに掲示板も見てみたら・・・・・・
 こういう世界に暗いので、よくわかんないのだが、でも「フツー」なものではないらしい。

 くすん、くすん、これ、今後いったいどーするつもりなんすか?
 とりあえず、シラフでは面と向かって聞けなかったので、また社長と飲みに行ったときに、酔っ払った勢いで質問しよっと。

 もー、変なのばっか手出すんだから〜
 先日も「外貨オプション」について、関係部署のマネージャーに説明したのだが、その後、そのマネージャーも社長も交えて飲みに行ったら、酔っ払った社長が「そういや、あれって、どういう契約だったんだっけ?」と言い出し、あたくしは真っ青になった。

 翌日、そのマネージャーにちょっと愚痴ってしまった。「ああいうデリバティブ商品は、契約が成立してから、いったいこれはなんなんだろう、と後から必死にインターネットなどで調べてなんとか追いついている状態なんれす。社長は銀行から説明受けてるけど、あたしはその席にいないので・・・・」
 よくわかってないマネージャー氏は「じゃあ、先にミヤノさんが銀行と話をして、それから社長に説明したほうがいいんじゃないの?」

 「でも、結局、ああいう金融商品って、バクチだから、それをやるかどうかの判断は私にはできない・・・・・ってゆーか恐ろしくてできません」
 私にできるのは、いったいうちの会社がどんなバクチを張ったのか、担当部署の実務担当者にこっそりと説明することくらいである。その説明が正しいのかさえ、私にはよーわからんのだ。
 でも、私なりに理解したところを(そーゆーのの解説って、シロートには絶望的なまでにとっつきにくいのを必死で解読したわけよ)なんとか現場にもわかってもらおうとしていたりするのだが、でも、ある程度の会計知識がないと、あまり通じないことが多く、でも、今度異動で外貨関連部署にやってきたマネージャーは、元々会計ソフト会社の営業マンだったので、わりと話が通じるので、ついつい愚痴っちゃう。そういうのわからない人に「為替損益は、営業収支ではなく、営業外収支で集計しますんで」と言っても右から左だが、試算表というものの存在がわかる人には意味を持つ。

 私としては、そのマネージャーがその部署に来てくれて、ガシガシとかき回してくれているので、その行為に大変期待しているわけで、「Sさんのような人が来てくれるのを本当に望んでました」と媚コビしてます。
 S氏が「会社はお金が無限にあるわけじゃないんです。経理は資金繰りが大変なんだ。支払の話を詰める前に、経理にも確認しよう」と言ってくれたので、本当に助かる。そんなの当たり前の話なのだが、そういう意識が無い人ばかりだったんで、いつも泣いてましたから。

 あたしにできることと言ったら、急に大きな支払を依頼してくる人に「え〜〜〜?どうしよ、みんなの給料払えないよ」と嫌味言うしか・・・・・・それでも「すいません」の一言で済んじゃうもんな。結局、取引銀行もうちの会社に「ぜひ、借りてください」という態度だから、それで慌てて借入金用意できるからいいんだけど、そんな甘い時代がいつまでも続くと思っているのも怖いから、嫌味ばかり言っていると、けっこうシンドイ。
 昔、上司だった人がやはりそういう立場で「どーせ、私は憎まれ役」と開き直っていたけど、そんな言葉が身にしみる今日このごろであった。

 と、長々と書きましたが、実はあんまし大して悩んでません。
 どっちかというと、仕事ではちゃんとやるのに、部屋の掃除が3流以下のことのほうが重大だ。
 ここんとこ、自分の関心空間が非常に狭くなっているので、イラク情勢にも、アメリカで「華氏911」の興行成績がいいということにも、曽我さんがどこで家族と会えるかというのも・・・・ワイドショー的なグローバルな話題は頭の中をドライブ・スルーしている。

 人間の持つ(って言うと大風呂敷すぎるか)、私の持つ「外に向かって勝手に共感する力」というのは、けっこう波があるらしい。今は自分こそが「世界の中心」にいて、しかも、その世界はかなり小さい、という気分でいっぱいだ。世界は伸縮するのである。
7月1日(木)

 また土日出勤になるので、今日お休みをとった。

 旅行前に部屋を掃除したが、それがあっと今にエントロピーだかカオス系だか非線形(←線形と非線形の区別はついてないが、「犬は勘定に入れません」を読んでしまった影響)のため、手のつけられない状態になっていたので、朝目が覚めると「さあ、掃除だぞ」と思っただけでまた寝なおし、ふと気がつくともう12時だった。

 暑いといわれているが、私が平然と昼まで寝ていられるということは、まだまだ大したことないね。
 ホントの猛暑の基準は、だいたい朝8時くらいに暑くて目が覚め、窓を開けて我慢するか、我慢できずに冷房を入れることになるのだが、冷房も入れず、窓も開けずに12時まで耐えられたってことは、夏本番ではないということである。
 それでも、うちの部屋って、よくできているというか、一応「鉄筋」の建物なので壁が厚いし、南向き物件なので、わりかし室内温度は穏やかだ。

 昼過ぎに起き上がって、ジュース飲みながら、散らかった洗濯済みの衣服を整理しはじめたが、すぐに飽きちゃって、台所に散らかった食器を片付けるが、やはりすぐ飽きちゃってまた横になってうとうと。
 「いかん、こんなんじゃいかん」と思って、パソコンを立ち上げてメールの返事を書き、掲示板にレスを書いていたのだが、押すボタンを間違えたらしく、せっかくダラダラ書いた書き込みが消えた。

 「こりゃ、インターネットなんてやってるバヤイではないという神のお告げに違いない」と思って、また横になってウダウダ漫画を読む。
 なんか、ここんとこ集中力に欠けている。
 日記書いてても、すぐにわけわかんなくなっちゃうし。
 一時期ハマった鬱状態とも違うのだが、なんかシャンとしない。

 今日の行動を客観的に観察すると、「猫だったらこれで普通だが、人間としてはダメだろう」と、自分を生んでくれなかった猫のお母さんを恨んでみたりして逃避。
 そんなこんなで、4時近くなり「今日はこんなんで終わるかな」と諦めていたときに、ふと「そうだ、温泉に行こう!」という啓示が降りた。

 義弟未満(妹の10年来の同居人)のM君がお勧めしていた高井戸の温泉に行ってみようかと、ついに思い立ったのである。今までも何回か「今日あたり行ってみるか」と思っていたのだが、高井戸に行くのが面倒で適わなかった。
 それに、日も傾いてきたし、お散歩してもいいだろう。高井戸まで散歩したことないが、明大前までなから何回か歩いたことあるし、まあ、そんな遠くはないだろう。高井戸は環八沿いで、三茶は環七沿いである。環八沿いの二子玉川までの距離を考えればあんなもんだろう。

 というわけで、いきなり人生の目標ができたので、5分で支度して(歯は磨いたが化粧はしなかった)、まだ日が差しているので、帽子とサングラスで武装し(午後に西に向かって歩くときには必需品。目が弱いので、人一倍の眩しがりである)颯爽と歩き出す。
 お気に入りの犬のクロオ(また勝手に命名してるだけ。最近、なでさせてくれる犬はこいつしかいない)の犬小屋を覗くと、暑さのため死んだようにグッタリしていた。

 さて、4時10分前に家を出て、下北まで歩き、昔は「真剣勝負」と書いて「ガチンコ」と読むラーメン屋が、四川ラーメンの店になっていたのは知っていたが、初めて入ってみた。ひょっとしたら同じ人が経営しているのかも、と期待していたが、スタッフは見たことない人だった。
 四川坦坦麺は、まあまあだった。坦坦麺は基本的には好きなのだが、でもやっぱし「真剣勝負」のあの薬膳っぽいラーメンが好きだったのになあ。下北在住の友人Mにも教えて、彼女も「仕事で疲れているときに、あれを食べるとちょっと元気になる」と気に入ってくれていたので「なくなっちゃった〜」と二人で嘆き悲しんでいたのであった。

 ラーメン食べてから、下北から北上して井の頭通りに向かう。
 そのコースは最近歩いてなかったのだが、いつのまにか環七まで拡張工事がかなり進んでいたのでびっくり。まだ道路は狭いが、道路沿いの立ち退きはほぼ終了していた。
 環七を越えると、また狭い井の頭通り。浄水場の脇を抜けて、京王線沿いを歩き、甲州街道とを越えると、やっと道が広くなり歩道も広い。
 あっという間に永福町。高井戸の清掃局の煙突が白くそびえているのが見え、「こりゃ、6時前に着いちゃうな」と思ったのだが、それからがけっこう長くて、結局、高井戸に着いたのはほぼ6時だった。
 食事する時間を差し引いても、たっぷり1時間半の散歩になったわけだ。距離的には丁度いいかんじ。ほどよく足が疲れた。

 さて、まだオープンして2年くらいの「美しの湯>」である。
 そこをお勧めする義弟未満は、ブラジリアン柔術の道場に通っており、その帰りにいつもこの温泉に寄るのが楽しみだと言っていた。彼を、実家の近所(でも、ないんだけど)の「テルメ小川」に連れていったら、「まあ、悪くはないけど、やっぱり高井戸の温泉の方がいいな」と言っていたけど、テルメ小川は「ローマ風」と「和風」を男女日替わりにしており、私は2回行ったけど、2回とも和風であったが、義弟未満はローマ風があまり気に入らなかったのでは、と想像できる。

 「美しの湯」は男女同じ趣向らしく、どっちも和風の岩風呂風露天風呂であった。そんで、施設の雰囲気というか備品まで、ほぼ「テルメ小川」と同じだったのである。
 ああいう「今流行りのスパ施設」をプロデュースする会社があるんだろうね。
 ただ、「テルメ小川」は、東京の典型的なお湯である「黒いお湯」だったのだが、「美しの湯」はなんかオレンジ色だったので「なんじゃ?この色は?」と不審に思ったが、リンクした紹介ページにも「ヨウ素濃度が高いらしい」と書いてあったので、あれでやっぱり天然温泉らしい。

 ちょっと不満だったのは、ジェットバスが白湯だったことと、露天の岩風呂はけっこう深く、テルメ小川だと、縁に段が多く、夜は見えづらくて危険であったが、でも、胸の下まで漬かる位置に座ることが可能な場所が多かったので、そこでのんびりと喋りながら長く漬かっていられたのだが、「美しの湯」はそういう場所が少なかった。風呂へ入る段差のところは浅くなっているんだけど、そこに座っていると邪魔だろうし。

 けっこう混んでいて(800円だから安い)、洗い場が満席になることもあったが、人の回転もよくて、ゆっくり楽しむことができた。
 温泉に行くと、それがどんな効能の湯だろうが、「とりあえず顔にもお湯をかけて、美肌を目指す!」のだが、ここのお湯はかなり塩気があって、顔にお湯をぴちゃぴちゃした後で唇に舌をやると、かなりしょっぱかった。

 サウナにも入ったりして、1時間半くらい、夕暮れの露天風呂を楽しんだ。
 髪の毛のトリートメントとヘアブラシを持ってきただけで、化粧水などは準備してなかったのだが、風呂を出て、頭をドライヤーで乾かしていたら、「あ、お肌しっとりだ」

 温泉フリークの方はご存知だろうけど、いいお湯に適度に漬かると、お肌はすべすべで化粧水要らずだし、なんか肌がふっくらするので、鏡に映った顔がいつもより、ちょっとだけ美人なのである。実は、化粧道具も持たずに来たので「眉毛が無い・・・・」と思ったのだが、ズボラを自認する私は、こういうことが多いので、眉を描かなくても他人に不快感を与えるほど眉を削らないように心がけているので(てゆーか、ズボラなので気が向いたときしか手入れしないので、わりとボーボーの眉のことが多い)スッピンだと顔が怖い(眉が無いとけっこう怖い)ということにはならないので、「ま、いっか」と、風呂上りのスッピンのまま井の頭線に乗って、下北沢まで戻り、また歩いて戻ってきた。

 うーん、この「お散歩1時間半で脂肪燃焼→温泉でリフレッシュ+美肌効果」のコースはけっこういいかもしれない。
 また「なーんもヤル気しない休日」に喝を入れたいときには、このコースにしよう。安いし。(二子玉川にも「瀬田温泉」があるが、あそこは2000円くらいするので、入ったことがない)

 帰りにまたクロオの前を通ると、もう8時過ぎだったので、クロオは犬小屋から出ていてた。
 なでなですると、私の匂いをクンクンと不思議そうにかいでいたが、それよりも「おめー、くせーよ」
 中型犬なのに、強烈な匂いがした。長い毛も汚れでもつれていてガビガビ。なんかレゲエのオジサンみたい。ブラッシングくらいしてやればいいのに、あまりマメに世話されてないようだ。クロオも温泉に連れていってあげたい。きっと、ふかふかになるよ。
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