可燃物な日々

表紙に戻る/過去の日記

ご意見・ご感想・誹謗中傷などございましたら、感情廃棄物再利用所までどうそお気軽に書き込んでください


3月31日(日)

 昨晩、幼なじみから数年ぶりに電話があった。名前を言われてもしばらく考えてしまうくらい久しぶりだったし、それに彼女と電話で話すことなどほとんどなかったので(家が斜向かいだった)「Sちゃんはこんな声だったっけ?」と違和感を感じまくるが、用件は中学の部活動での友達だったAちゃんのお父様が亡くなられたという訃報であった。
 しかし、土曜がお通夜で、Aちゃんと交流のある子が行ったのだが「中学のときの友達は誰も来てなかったから、こりゃ、私が連絡しないといけないのか?」と気が付いたらしく、家に帰ってから慌てて連絡してきたらしいが、日曜の告別式はなんと8時半からだと言う。なんでそんな早朝なんだ?場所は私の地元なのだが、行くのに2時間かかるし、それに会ったこともない父上の葬儀にわざわざ駆けつけるほど親しくしているわけでもないので「悪いけど、行けないや」と断った。
 好きな人はいないと思うが、私はなるべく「出なくてもいい葬式には行かない」ことにしている。知り合いが亡くなったと聞いても、行かない。今現在、交流のある人で、その人が亡くなったということを葬儀によって自分に刷り込まないと納得いかないというものしか行かない。
 もちろん、友人の親が亡くなったときに葬式に行った場合もあるが、それはその友人と今でも親しくて、側にいて励ましてあげたいからである。
 それにしても、諸外国はどうなんだかしらないが、「亡くなった本人に会ったこともないのに葬儀に出席する」というのも珍しい習慣だと思う。
 私自身が死んでも、自分の息子の会社の取引先の人に焼香してもらってもよ〜とか思うのだが、日本の場合、葬式というものは「亡くなった人を埋葬する儀式」ではなくて、その一族の儀式ということらしい。結婚式もそうだけど。新婦のことをよく知りもしない、新婦の父の遠縁の偉い人などが主賓になってたりする。

 電話が終ってからしばらくして、イメルダ君が福岡で買ってきた「からすみ」と近所で買ってきた日本酒を持ってやって来た。日本酒を空けたらすっかり酔っ払い。午前中に目が覚めて、イメルダ君は花見の集いに出かけてしまい、私はしばらく二日酔い気味でごろごろしてたけど、天気はいいし、部屋にいると「掃除脅迫観念」にとりつかれそうだったので、外出することにした。

●映画でお散歩

 ギックリ腰→鼻水地獄→生理で、体調が優れない日々が続いたが、やっと解放されたので、また恵比寿まで散歩することにした。
 1時くらいに家を出て、2時ちょっと過ぎには恵比寿のガーデンプレイスに到着。念願の「がんばれリアム」を観る。「ヒューマン・ネイチャー」も、もう上映しているのに気が付く。あれも観たい。
 「がんばれリアム」は子供が主役の「お涙頂戴」ものだと思っていたのだが、かなり辛口であった。
 不況の波が押し寄せるリバプールで父親は失業、まだ幼い姉は父が勤めていた造船所の経営者であるユダヤ人家庭にメイドとして働き、兄も働くがどうやら共産党にやや傾倒。仕事が決まらず父は焦り、母も家計が保持できないので神経質になっている。リバプールの町では職にあぶれた人々の苛立ちが安い賃金でも甘んじて働いているアイルランド移民や、失業者を喰いものにするユダヤ商人などに向けられる。父もそういう「右翼」思想に傾倒してしまう。そして人々を救うはずの宗教ですら、子供を「地獄」で怯えさせ、親からは食費を削っての献金を求め、ちっともまともに機能していない。
 そんな中でも「家族でがんばればなんとかなるさ」という「ホームドラマ」が展開するのかと思いきや・・・・・なんだか救いのない結末である。
 人間は弱くて愚かで、自分で自分を救うこともできないが、そんな中でも「小さな優しさ」を失わず、なんにもしてあげられないけど、母や姉の髪を櫛ですいてあげてる主人公の姿には涙してしまうが、「もーちょっとなんとかならんのか?」というわけで、どよ〜んとした気分で映画館を出る。

 ガーデンプレイスの広場に植えられた木が、なんという木なのか知らないが、小さな葉っぱが透き通るような緑色をしていて、それが背景のレンガ色の建物に映えてさらに美しい。と、しばらくぼんやり魅入ってしまうという、「超ダウナー」な精神状態(落ち込んでいるときって風景がいつもより美しく感じる)になってしまったが、起きてから何も食べてなかったので、「一風堂」でラーメンを食べるが、特別おいしいわけでもなく、それになんかあまりにも麺の量が少なくないか?と、かなり不満。

 そんで、そのまま明治通りを渋谷へと歩く。渋谷から恵比寿方面に歩くことは多いが、まだ明るい時刻にこのルートを行くこともあまりなかったのだが、前方に「白い巨塔」がそびえているのに気が付いた。「前からあんなのあったっけ?」と思いつつ、裏道に入って、清掃工場の煙突と思しき塔に近づいてみた。
 やはり「清掃工場」であった。渋谷の山の手線と東横線の間の地域は再開発されたたっぽいので、いつのまにかそういうことになっていたのだろう。そのまましばらく歩くと、クラブの「SIMOON]と「Fura」が現れて、「ああ、この通りだったか」と気がつく。いつのまにJRの改札も出来ていて、あのあたりは前は荒んだかんじのエリアだったが、新しいビルも立ち並んでいる変な場所になってた。

 暗い気分だったので、そんなエリアを通過してたら余計に気がめいってしまい、高架下の暗がりで風浪者が立ちションベンしてたりして、余計に荒んでしまい、その後、渋谷駅前あたりにたどりついて雑踏に巻き込まれると、ますます風景にリアリティーがなくて、「クソったれな消費社会」に対して消極的に心の中で小さく悪態をつきながら、ぼんやりと歩いてやっとスペイン坂を上がり、シネマライズに到着。お口直しに「アメリ」も観ようという作戦。日曜の7時の回は1000円均一セールなのだ。
 
 「がんばれリアム」も「アメリ」も、労働者階級の「幸せの模索」なのだが、現代風の「アメリ」のほうが、生活の心配しなくていいだけお気楽極楽である。
 現代に生まれてきてよかった。えり好みしなけりゃ仕事だってある。カフェのウエイトレスでもアダルトショップの店員でも。
 大不況のリバプールのやるせなさにどっぷりはまった後では、現代のパリはまぶし過ぎる!

 しかし、「アメリ」は口コミでブレイクしたのもわかる佳作である。パリの良さも凝縮されていて、他人の部屋の様子が覗けてしまう造りとか、私も短い期間であるが下町のホテルに宿泊したときには、あきずに隣のアパルトマンでの一般庶民の生活を覗き見していた。子沢山の黒人一家の生活とか、3部屋くらいぶち抜きの広い部屋に住んでいる孤独な老人が夜に部屋を移動するときには、灯りを手で持って移動していたり、ヒッチコックの映画「裏窓」みたいに、それぞれの部屋の様子を観察するのは面白かった。ぼんやり眺めている自分ですら映画の登場人物になったような気分になってうれしかった。地下鉄の通路で音楽を奏でる人を見たときにも、「わーい、映画みたい」と小銭を惜しみなくふるまったし。パリとニューヨークは私みたいな「映画で予習した人」を裏切らない街である。

 「アメリ」は多分、観た人のほとんどが「明日は誰かに親切にしよう」と思ってしまう効果があると思う。そして、日常の些細なことの中に実は面白いことがいろいろあるのだという思想が好きだ。あれがヒットしたということは、多くの人が「自分もけっこうアメリっぽいかも」と思ってることの証明だと思うので、みなさん思っているだけじゃなくて実行してください。
 人から優しくしてもらいたかったら、自分から優しくしないといけないし、他人にかまってもらいたかったら、自分からかまわないといけないし、自分に興味を持ってもらいたいと思うのなら、他人に興味を持たないといけない。
 ああ、結局そーゆーことなんだけど、わかっていてもなかなかできないわけで、またとぼとぼ渋谷から三茶まで歩いて帰る。

 よー歩いた日曜日の映画館ハシゴであった。



3月30日(土)

 同僚が新入社員に業務引継ぎ中であるが、それも昨日で最終日。来月からは、同僚も別部署へ異動してしまい、新入社員はしばらく研修。
 つうことは、4月の前半は私が1人で仕事しないといけないのである。
 なんだかユーウツになってきたので、昨日は家で本を読みつつ酒を飲み、酔いがまわって本が読めなくなってからはテレビを観つつ酒を飲んでしまい、フテ寝してしまった。

 4月は忙しそうだから、今日も出勤予定だったのだが、休んでしまうことにした。しかし、朝は工事の音で目が覚める。でもそれほどうるさくもなかったので、昼過ぎまでがんばってフテ寝を続行させた。
 しかし、昼間家にいると、部屋の乱雑さが気になる。夜の蛍光灯の灯りよりも太陽光線のほうがなぜか埃を目立たせる。よって、渋々起き上がって、まず洗濯機を回して、布団も干す。外は初夏の陽気だ。動いていると汗ばむくらい。
 散らかった部屋も、少しずつ片付けるが、なんだかあんましヤル気が起きない。それでもなんとか掃除機をかけるが、本棚に収まらない本や、ラックに納まらないCDなどが気になるけど、これは収納を抜本的に改善するか、所有物をばっさりと減らすか・・・・・う〜ん。

 ところで、昨日の帰りに夜道を歩いていたら、狭い道を車が通っていたので、そばの家の門のスペースに退避して道を譲ってあげた。車は通りすぎると、小さく「ピ」とクラクションを鳴らした。その先でも自転車が退避してあげていたので、やはり「ピ」と鳴らしていた。あれは「ありがとう」という意味なんだろうか。
 自分で車を運転しないからよくわからないけど、自動車にはそういうサインのようなものがあるらしい。昔、後ろの車がパッシングしたとかで揉めて殺人事件になったということもあったが、あの「車のまばたき」にも意味があるようで、あれが教習所などでも教える「公」なものか「非公式の慣習」なのかもよく知らないのだが、前にも友達の車に乗っていたら、すれ違う車が何台かパチクリとライトを点滅させるので、運転手がしばらくしてから「あ、さっきのトンネルで点けてたライトがそのままだった」と気が付いた。

 あの「まばたき」は、パチパチやると威嚇にもなるらしいが、そういう友好的なことにも使われるらしい。車にどんな種類のライトがあるのかもよく知らないのだが、ひょっとしたら「このライトは威嚇で、このライトだと友好的」とか決まりがあるのかな?
 よく、合流地点などでも「パチパチ」して「入れてくれてありがとう」とかやるみたいだが、多分正式には、前に友達がやっていた「手をかざして挨拶する」のが正しいような気もするけど、夜間だと運転手の動作は見えにくいので、ライトでコミュニケーションしたほうがわかりやすいのかもしれない。

 というわけで、車同士はそうやって挨拶できるし、人間に対しても車を運転する人にはそれが伝わるのかもしれないけれど、私みたいに免許を持っていない人間にはそれがうまく伝わらないと思う。クラクションを小さく鳴らすというのは、普通だと狭い住宅街の道の真中をゆっくり歩いている歩行者に対して「ちょっとよけてもらえないかなあ」というようなときに、ときどき使用されるが、やはり小さい音でもクラクションなので、鳴らされるのはあまり愉快ではない。だから昨日みたいにお礼のつもりで鳴らしていても、そう受け取れない人も多いと思う。

 前から思っていたんだけど、どうして車はいろいろな音を使いわけないのかなあ。業務用トラックだと「バックします」とか「右に曲がります」とか喋るけど、別にあの調子で「ありがとう」と言われても困るが、なんかそういう意味の音を決めてくれれば歩行者ともコミュニケーションしやすいだろう。そして、道をふさいでいる歩行者にも「どけ」という意味にとられがちなクラクションよりも「ありがとう」を先に鳴らしたほうが、「すいませ〜ん、歩行者優先なのはわかっているのですが、ちょっと横に寄ってもらえると助かるんですが」という意思表示にもなるだろうし。

 一度だけ、車にぶつかったことがある。下北の混雑した商店街でぼんやり歩いていたとき。歩きながら「あ、そうだ、あそこのお店も寄ろう」と急に思って、くるりと後ろに方向転換したら、後ろを徐行してついてきていた車とぶつかった。向こうも急ブレーキを踏んだし、そもそも歩行者に合わせたスピードだったので、たいしたことなくて、私の膝と向こうのバンパーがゴッツンコしただけだったので、びっくりして顔を出した運転手にも「大丈夫ですよ」と言って、なんとなくカッコ悪かったので慌ててその場を立ち去ったのだが、途中で軽い打撲から生じるショックで吐き気がしてしまい、「う、やはり相手の連絡先を聞いておくべきだったかな」と一瞬後悔したが、しばらく商店の軒先で座って休んでいたら、吐き気も治まったし、膝も痛みはそれほどでもなかったようなので、また歩くことができた。

 ああいう雑踏の中でも、車というのは本来はクラクションを鳴らしてはいけないらしいので(教習所の道路実習ではクラクションを鳴らしたら減点になってしまうと聞いた)、あの車も我慢してのんびり歩く私の後ろにぴったりついていたのだろう。まさか振り返るとは思っていなかったようだ。
 そういう状況って歩道と車道の区別のない狭い道路がいつも人で溢れ返っている下北沢ではよくあって、タクシーや業務車両などは、「パッパー!」とクラクションを鳴らして、雑踏を掻き分けているが、あれだと「オラオラ!邪魔だ!どけどけ!」というような雰囲気になるので、もっと「すいませ〜ん」な音を作ればいいのにと思っていた。
 電気自動車などは、走行が静かだから余計にそういう問題があるどうだけど、なんかいい方法が考えられているのだろうか?
 それに、ある程度共通の音にしてくれないと、着メロみたいに自由勝手に設定されても困るので、自動車業界全体で決めてもらわないと困るが。

 あ、でも、住宅街の交差点で鉢合わせした車が止まってくれて、道を譲ってくれたときに、車にお礼言うのが難しいんだよね。車が一時停止するのが当たり前らしいが、やはり止まってもらったら「どーもどーも」と表現したいが、やりようがないので、コメツキバッタみたいにペコペコしながら通ったりするが、なんかもっとスマートなお礼のサインってないんだろうか?日本の場合はボディランゲージがあんまし発達してないので、「声なき挨拶」が難しい。



3月28日(木)

 昨日は「月経」について書きまくってしまったので、布団に入ってからも「縄文時代の女性はどうしていたのだろう」とか気になって、なかなか寝付けなかった。
 犬の生理は見たことがあるが、猫のは見たこと無いが、どうなんだろう?
 哺乳類には多かれ少なかれ、あるのだろうか?ああ、でも、人間みたいに「年がら年中発情期」なわけでもないし、野生動物だったらきちんと毎年妊娠するからないのかなあ?
 乳児があまり死なないような先進国では男性の精子が減少しているそうだが、ついでに女性の月経期間も長くなってくれりゃあいいのによ〜

●職場環境天国と地獄

 ドイツ在住の方からメールをいただいた。有給休暇も多いし、仕事もグループ単位ではなくてマイペースでできるみたいで、うらやましい職場環境である。部下に残業なんてさせたら、上司は出世できないんだろうなあ。
 先日、お付き合いというか、「座席埋め」として、とある代議士の講演を拝聴した。マキコ議員の悪口をさらりと語っていて「あの人は、お昼頃出勤してきて、夕方には『私はただの主婦だから』とさっさと帰ってしまい、あれじゃあ、ちゃんと大臣の仕事はできませんよ」とか言っていた。そしてついでに、「私の事務所では、スタッフはいつも議員会館でも一番遅くまで働いていています」と、ご自分の自慢も忘れていなかったが、「人使いが荒いと言われますが」とは言っていたが、スタッフが「いつも残業なの」と自慢するのは自由だが、そこの責任者である人間が、「うちの部下はいつも夜遅くまで働いています」ということを自分の優秀さの自慢話として披露するのもなんだかなあ。

 まあ、間違いなく「残業ばかり」という状況は、働いている人間が無能か、仕事を配分する管理者が無能かどちらかだ。
 そして、「残業が多いのは働き者」という意識がある限り、それが減らないのが事実。昼間は昼寝していていて遅くまで残っている人を見るにつけ、そう思う。
 ヨーロッパなどでは「仕事」と「奉仕」の区別がちゃんとついてそうだ。

 などと、思っていたら、久々にA嬢より電話。どうしているのか気になってメールしたら電話してくれたのだが、それが12時近かったのに、「今、家に帰る途中」
 毎日、11時間くらい働いているらしい。遅番なので昼出勤なのだが、家に帰るのが毎晩終電ギリギリなので、午前中も起きて会社行くのが精一杯みたいで「仕事のある日はほんとに何もできないよ」とのこと。
 私の仕事の場合も休みは少ないが、自分で休みとるつもりで頑張ればある程度は自由になるけど、彼女の場合は厳密なシフト制なので休日(土日は絶対に休めない)も変えることが難しいようだ。

 コールセンターの仕事なのでハードだし、Aが仕事に就いてからまだ2ヶ月だが、そんなんでどんどん辞めていくらしいので、続々と新しい人が入ってくるらしい。しかし、新人には研修を受けてもらわないとならないので、一人前に仕事ができるようになるまで会社は研修中の人間にも給料を支払うわけだから、その定着率の悪さは会社にとって何のメリットがあるのかさっぱりわからない。それで、ギャラがいいのならまだしも、世間並みよりちょこっといい程度だ。(ファイリング事務アシスタントより時給が200円くらい上)

 女工哀史の時代みたいに、農村から売られてきて帰るところの無い人だったらともかく、そんな条件じゃ、皆すぐ辞めちゃうだろうし、なんでそんなシステムなのかさっぱりわからない。
 Aの場合には、去年がキリギリス生活だったので、その禊としてなんとかしがみついているみたいだけど、それにしてもハードそうなので、気合でなんとか持ちこたえていても、また肉体的にダメージを受けるのではないかと心配だ。前もそんなんでベンチャー企業にこき使われて、失明騒動になったわけだし。またきっと、体調崩せば「やっぱりしばらく休む」とか言って、今度は「もうちょっと将来のことも考えて、なんか仕事すれば?」なことになるのかもしれない。

 蠍座の女はアップダウンが激しくて、よーわからん。と、乙女座の「完ぺき主義者」らしいが、自分の仕事のペースをある程度コントロールできないと、すっげえストレス溜まるので、日々ちまちまと工夫して、なんとか残業しないように努力しているという意味では「完ぺき」な私は思うのでした。他人のペースに振り回されるのが嫌だから、他人の仕事を自分の仕事にしてしまって「なんだ!私がちゃんとマメにやれば、たいしたことないじゃない!」と怒ってるんだけどね。



3月27日(水)

 「Web日記で、月経周期まで公開している人も珍しい」と言われた。
 あまり女性の日記をチェックしていないので他人のことはよくわからないが、そうなんだろうか?
 私がまめに「出血記録」を書いているのは、自分のためであるので、ほんとは日付の横あたりになにか印でもつけておきたいのだが、それもあんまりなので文章の中にさりげなく混ぜ込んでいるつもりなのだが、こういうことをさりげなく混ぜるのは難しいし、変な隠語を使用すると、別のことに誤解される恐れもあるので、「体調不良」あたりでやめておけばいいのだが、体調不良になるのはこのときだけでもないので、わかりやすいように「血」の一文字は外せないのである。

 そもそも、この日記では個人的なことばかり書いているので、「出血多量で調子が悪く、眠くて仕事がはかどらなかった」と書くことにはあまり抵抗がないというか、ひどいときには一日中「眠いよ、ダルいよ、早く帰りてー」という思考しかしていなかったりするので、他に書くことが何もなかったりするのだ。でも、やっぱり、なんの恥じらいもなく堂々と書いているのは、「おばさん化して図太くなった」のかもしれないけど、若いころに日記書いてても、こんな風に書いてたと思うけどね。

 というのも、私は日記をこうして書く前までは、システム手帳にこと細かに予定を書いていた。今は手帳を使用していないのは、「予定」自体が減ったことと、待ち合わせの約束などがメールでやりとりされるようになったので、あまりメモしておく必要がなくなったせいである。予定が減ったというのは、友達が減ったというわけでもなく、コンサートのチケットをとらなくなったからだ。前はチケット発売日やコンサートの日付をちゃんと書いておかないと、忘れてしまうくらい頻繁に行っていた。メモする予定といえばそんなもんで、あとは医者の予約くらい。ここんとこ医者にも行ってないのでその必要もなくなってしまった。仕事の予定は会社にある卓上カレンダーで済む。
 手帳にはどちらかというと、「事後」を記録することが多かった。観た映画の題名とか、行ったクラブとか誰と食事したとか。だから手帳の使用済みリフィルは大事にとってある。心理描写の全くない日記なのだ。

 そして、そこには「月経周期」も記録されていた。前に女友達が私が手帳に何か書いているときに横から覗き込んで、「あ、この印、なんのことだかわかるような気がする」と言った。私は矢印代わりに、黒い直角三角形を書いていたのである。「ここから開始」という意味。その友達もやはり、部屋にあるカレンダーに印を書き込んでいると言っていた。リサーチしたわけでもないが、たぶんなにかしらメモしている女性は多いと思う。
 別に「オギノ式避妊法」などではない。いろいろ予定を立てるのに便利だし、準備も必要だからである。

 かなり周期が安定している人でも、多少は誤差が出るが、だいたいの周期を把握していれば3ヶ月くらい先だったら、だいたいの予測ができる。旅行の計画などでは重要である。特に温泉に行くときに「大当たり」してしまったら台無しだし、そうでなくてもなるべく旅行には「身軽」で望みたい。
 それに「そろそろかな」と思ったら、外出する際には「用具」を持って出ないと、慌ててコンビニなどに駆け込むことになる。いろいろと大変なのである。
 若い頃は、かなり周期が不安定な子もいて、「いつ来るか全然わかんなくて、いつも持ち歩いている」という人もいた。

 これの平均的な周期がどのくらいなのかはよく知らないが、私の場合は前の月より3日〜5日早くなる。一月の日数が異なるので、ちゃんと数えればけっこう正確な日数間隔なのかもしれないが、それほど真剣に数えているわけでもない。2月は28日しかないので、「あれ?そろそろのはずなんだけどな?」と思い始めて、用意してからずいぶんかかった。シーザーじゃなくて、クレオパトラが暦を制定していたら、もっと便利だったかもしれない。
 私のような周期だと、1年に「13回」やってくることになるのだが、ある友達はどうやら31日以上の周期らしくて、「手帳を見て数えてみたら、去年は11回だった」と言っていて、そうなると気分的に2回も損しているような気がしてしまう。一生だとずいぶん差が出てくるはずだ。

 周期については、情報交換できるが、「重い/軽い」は判断が難しい。私はまあまあ普通だと思う。ある友達は、「ぜ〜んぜん、痛くなったこもないし、へっちゃらなんだけど、量が多くてねえ」と言っていたが、「痛みゼロ」は羨ましいが、「量」というのも比較ができないので判断が難しい。みんなで出し合って比べるわけにもいかないし、そういう製品の研究所などには平均的出血量などのデータがあるかもしれないが、それで「何グラム」とか言われても、どうやって計るんだ?(笑)
 その気になれば、「使用前」のものの重量を測って、「使用後」の重量も測ればいいんだけどさ。「一日分」とか溜め込んで計るのやだよ。

 「重い」人は、ほんとに見るからに具合悪そうで、会社などで貧血で倒れたりするみたいだし、とにかく辛いので、それでかなり有給を消化してしまう人もいるだろう。鎮痛剤をガンガン飲んでしまうので、さっぱり効かなくなってしまったなどという話もよく聞く。辛いのはたいてい一日か二日なのだが、仕事をしている人にはけっこうな負担だ。私は比較的呑気なOLだから、一日くらい機嫌悪くてもそれほど影響はないが、私がもし外務大臣で、日米首脳会談の当日に「大当たり」してしまったらかなり憂鬱になるだろう。それは大げさだとしても、舞台女優やスポーツ選手などはいろいろ苦労があるのではないかと思う。もちろん精神的なものも影響するので、気合入れればなんとかなったりするが、やはり長時間は持続しないと思うのだ。少なくとも気合でなんとか乗り切ることはできても「絶好調」にすることは難しい。

 「生理休暇」が論争になったこともあるが、あれを作ったのは男性らしい。是非はともかく、昔はやはりあれで助かった人はいたのではいかと思う。「痛い」とか「ダルい」とかではなくて物理的に大変だった人は多いと思うのだ。要するに「量」の問題の方。
 うちの母が私と同じでけっこう「多量」なほうで、前に一緒に第九を聴きにいったときに、コーラス隊の女性が純白のロングドレスを着て、合唱が始まる第三楽章まで舞台上で着席しているのを見て、「あの中の何人かは、アレなはずだから、あんな白い服着て座っているのって落ち着かないでしょうねえ」と言っていた。
 たしかに、今でこそ高機能な製品が店頭に並んでいるが、私が中学生のころなんて、ほんとに今の「軽い日の昼間用」にも手が届かないほどちゃちいものだった。学校に行っていても授業の合間ごとにトイレに行かないとヤバかったのである。しかし、母に聞くと、母の娘時代は「生理用ナプキン」自体が無かったというのだ!どうしていたかというと、脱脂綿を自分でちぎって加工していたそうだ。そんなヤワなもんじゃ、落ち着いて外出できなかったはずだ。ましてや、頻繁にトイレに行けないような仕事だったら、いったいどうしてたんだろう?そうなると「生理休暇」とって、ピークの一日は家に篭っていたほうがいい。

 今の高性能なものだって、「アチャー!!」な事故は多いのです。私も何度もシーツに染みを作りました。女の子の布団にはその痕跡が残っていることが多いです。友達のうちに泊めてもらったときにもネマキを借りたら「でも、アレの染みがついてるけど、いい?」とか言われたし。みんな経験あるんだと思う。 
 あれをやると、ただでさえ具合悪いのに、パンツとパジャマとシーツを手揉み洗いしなくてはならず、ほんとに「真っ暗」な気分になります。家族で住んでいる場合には、洗面所でゴシゴシやっていると、なにもしらない弟などが「ねーちゃん、おねしょでもしたの?」などとからかったりするので、ほんとに殴りたくなります。(でも、普通の勘が働く男兄弟だったら、その鬼気迫る後ろ姿にビビって近寄らないと思うが)

 会社で仕事が忙しくてトイレに行くのも忘れていたら、男性に「スカートが汚れてるよ」と言われ、慌ててトイレに飛びこんだら、「どわー!!!」。仕方ないから、ずっとカーディガンを腰に巻いて隠してました。忙しくて早退もできなかった。そんなスットコドッコイは自分だけだと思ってたら、あるとき同僚が洗面所で「会社で寝泊りするとき用」のジャージを履いて、ズボンをゴシゴシしてました。「もう、女やめたい・・・・・」すごい酒豪で、活発な男の子のようだった彼女が、涙目でそう呟きながら、背中を丸めて洗濯している姿を見て、もらい泣きしそうになりましたが、「Wa are not alone」とも思いました。

 というわけで、いろいろ苦労が多いのであった。こういうことをうっかり男性に言うと、「だったらタンポンにすれば?」とか言うウスラトンカチがたまにいるのですが、君達は甘い!タンポンは「栓」でも「蓋」でもないのだよ。あれは血を吸収するだけなので、吸収力の限界を超えるとやはり溢れてくるのだ!今、国内で手に入る一番吸収力のある商品でも私のピーク時にはたったの2時間しか持たないのだよ!

 女性の出血量と吸収力はイタチごっこ状態で、「いくら護岸を整備しても氾濫する河川」のようであることは、年々巨大化している「生理用ナプキン」の形状を見ればわかります。最近はとうとう、限りなくオシメに近いタイプも出現したようです。たしかに、あのくらいのブツがないと不安で他人のうちにお泊りなんてできません。

 昔は女性は「不浄のもの」といわれ、とくに月経期間の女性は不浄度が高かったらしく、村の外れにある小屋に隔離されていたという話などがありますが、そうでもしておかないと家中血だらけだったでしょう。
 今のほうが、圧倒的に栄養状態がいいので、出血量も桁違いだと思うし、妊娠中の女性の割合も減っているので、日本中で毎日もの凄い量の血が流れているはずなのです。ね?怖いでしょ?平然として座っているように見えても、5人に1人くらいは出血してるんですよ?神聖な職場が汚されちゃいませんか?不浄ですよ、不浄!

 つうわけで、今はあるんだか知らないけど、女性から「生理休暇」を申請するんじゃなくて、男性に「お願いです。不浄だから会社に来ないでください」と言われれば、「ちぇっ、しゃーねーなー、忙しいんだけどなー、そう言われたら行くわけにもいかないしなあ」と渋々休むのはやぶさかではないのだが、また流行らないかなあ〜「不浄のもの」

 というわけで、大量出血のために気になって夜中に2回も起きてトイレに行ってしまい、朝は腹痛で鎮痛剤飲んでなんとか出勤したが、やはりダルダルのネムネムでぼーっとしてたのに、上司がまたメンドイ仕事頼んでくるもんだから、気をつけていても対応が無愛想になってしまい、ピリピリしている自分の姿にさらにブルーになるという悪循環でダメダメだったので、フェミニストには叱られそうだが、「ああ、隔離されたい」と思っていた今日なのでありました。



3月26日(火)

 昨日も夜寒かったし、鼻炎がひどくてイマイチ食欲もなかったので、激辛ラーメンで鼻炎にアタックするという技も使えなくて、仕方なくアルコール療法を試すことにした。もちろん、めんどくさがりなので、「卵酒」など作る気は無い。不精者の風邪薬系アルコール飲料といえば、「ホット・ワイン」だろう。
 会社帰りにスーパーに寄って、300円の安赤ワインを買い、野菜売り場でレモンを買う。ちょうど、「エコ・レモン」と言う、名前は胡散臭いが、形がかぼすみたいにゴツゴツしているのが安かったので一袋購入。

 ちなみに私は単なる「貧乏性」で「ケチ」なだけで、「エコロジスト」ではない。同じようなことはしているが、志が異なるのである。だから、「エコ」と言う言葉は我輩の辞書の中では「エコエコアザラク」が第一で、「エコロジー」は二番目。ちなみに私が中学生の頃、一世を風靡した「エコエコアザラク」はとても好きな漫画だったけど(ずいぶん後になって忘れかけたころに映画だかドラマだかになった)、その語感が不気味な怪獣みたいなので、「エコロジーを熱心に語るうざいやつ」のことをそう表現するときもあるのだが、自分だけの用法なのであまり通じない。

 使用例:坂本龍一も最近はすっかりエコエコアザラクじゃん

 坂本氏といえば、去年のメタモル(日本ランドでやった野外パーティー。私は仕事で行けず。)に出演したときは、こっそり「ヘンプ柄のプリントTシャツ」を着ていたのを私の友達は見逃さなかった。友達曰く、「トークはなんだか、エコロジーがどうのでつまんなかったんだけど、退場するとき楽屋口の前で上着を脱いだら、背中にでっかいヘンプがプリントとされたTシャツ着てたんでバカウケした。あれが一番おもしろかった」
 YMOに青春を捧げた人間としては、複雑な心境である。「未来派野郎」も陥ちたものだ。

 と、坂本龍一に対する愚痴をこぼしている場合ではなくて、その「エコ・レモン」とやらを一個丸ごとブツ切りにして、カップに入れたら、カップがレモンで埋まってしまったので「多すぎるかな?」と思ったが、そこに鍋で暖めて砂糖を加えたワインを注いで、軽くかき混ぜるだけ。レモンが多すぎると心配したが、全然そんなことなくて、程よい酸味であった。あまりにも美味しいので、飲み終わったあとさらにワインを温めてもう一杯飲んでしまった。「薬」と謳うためには、ワインをもっと熱してアルコールをとばしたほうがいいのだろうけど、わざと温めにした。
 2度も「温ワイン」に浸したので、残ったレモンにワインの味がしみて、それをまたバクバク食べた。うまい。

 程よく酔っ払い(結局、ワインはボトル半分飲んだことになる)、体も暖まったので、ヌクヌクと眠る。なんとなく鼻水も治まってきたような心地がしたので、鼻炎薬の投与はやめておいた。
 朝、目が覚めると、鼻が通っていた。まだ多少ぐずるが、昨日ほどではない。鼻のかみすぎで痛んだ耳がまだボワっとしていて、なんとなく聴こえが悪かったが、鼻の調子が良いので気分快調。ホット・ワインを投与するタイミングが絶妙であったようだ。

 というわけで、今日は爽やかな気分で仕事していたのだが、昼前に上司がまだ未入力の伝票を打ってくれと言うのでやり始めたのだが、利息や外為などの面倒なやつばかりが残っている。ほんとは上司の分担なのだが、ここんとこやっている暇がなかったらしい。しかし、毎月ほとんど同じ仕訳なものはいいのだが、明細票を確認しないとわからないものがあったので、「明細ないですか?」とたずねたら、厚さ20センチくらいの封筒の束をあれこれ探しているので、「今度、銀行のそういう明細もファイリングしましょうか?」と、鼻ヅマリから解放されてご機嫌だったので、ついうっかり言ってしまったら、その未開封の束を渡された。

 全部開封するのに30分くらいかかった。しかも、私が探している明細はその中にはない。そう言うと、さらに上司は机の上を検索して、数通を発見し、その中にやっと探していた明細があった。3ヶ月ほど明細のファイルが中断されていたようで・・・・・すごい量だった。マメにやっていれば大した仕事ではないのだが。
 おかげで、ここんとこ定時でキッパリ帰宅していたのに、40分ほど居残ってしまった。
 また仕事増やしちゃったな。利息の伝票は今後私が入力することになる可能性大。

 自分の優秀さを自慢するわけではないが、(けっこう自慢してるけど)上司は私に仕事を振るときにあまり詳しく説明してくれない。説明するのが面倒なのと、たぶん、説明するほど自分も詳しくないと思っているからだと思う。もともと経理畑ではなくて、貧乏クジひいて今の部署にいるようなものだから、地味な伝票処理などはあまり好きではないようだ。「とりあえず、これ見てもらえればだいたいわかると思うから、わかんないとこあったら聞いてください」というかんじで渡されて、そんで、私は時間はかかるが(トロいから)、渡されたものからなんとか解読して、あまり質問しないし、たまに質問すると上司が「それは○○さんに確認して」とか言うので、次回はそのわからない部分は直接その人に聞いちゃうし、「この書類見ればわかると思う」と言われれば、次回からは勝手にその書類を確認するという、あまり手のかからない部下である。しかも、一回やると次回もあるのだろうと思ってちゃんと準備しておいて、勝手にやっちゃうし。
 でも、昔、そうやって勝手にどんどんやっていたら、そのときの上司は、そういう態度が気に入らなかったようで苛められたこともあるけど。その後、その上司の仕事は言われるまでなんにも手伝ってあげなかったけどさ。ついでに半年以上、挨拶以外に喋らなかった。我ながら大人げなかったが、まだ20代半ばで若かったあの頃の話。

 それはいいとして、今は自分の抱えている仕事が煩雑になってしまったので、ある程度他人に手伝ってもらえそうな仕事はなるべく派遣社員に振るようにしている。でも、こういう立場になると、自分の上司の気持ちがわかるのだが、人に仕事の説明するのって超メンドー。私だって「見ればわかると思うから」と言いたいのだが、そうもいかないのであった。それでも同じ仕事を何回かやってもらうと、質問もだんだん減ってきて、不明な部分もいちいち聞いてからやるのではなくて、「多分、こういうことだろうと思ってやっておきましたが、色分けしてマークしてあるので確認してください」というようなかんじでやってくれるようになったので、大変助かっているのだが、彼女が辞めてしまったらまた辛いよなあ。私の上司が酔っ払うと、「ミヤノさん、辞めないでくださいね」と言う気持ちもよ〜くわかるよ。

 今現在、やや不安なのは、前に私がとても苦労した仕事を別部署のやはり事務アシスタント派遣の人に頼み込んでやってもらうことにした。元々そこの部署がやっている仕事の集計なので、その部署にいる人がやったほうがスムーズに行くと考えたのだが、難しくはないのだがけっこう分量があるので、彼女も最初に私が説明したときには顔色が青くなっていたが、なんとか励ましてなだめつつ、3ヶ月くらいやったらかなり慣れてはくれたようで、きちんと集計して見易い表にして渡してくれるので、やはりすごお〜く助かっているのだが、その派遣社員も3月で辞めてしまうという。
 しかし、その部署の上席が彼女がそんな大変な仕事をしているのに気が付いていなくて、「お茶くみと電話番と簡単なファイリング」だと思っていて、ちゃんと引継ぎ期間を設定しておいてくれないと、私がまた出向いて(そこの部署は地理的に電車で30分)「ごめんね〜めんどくさい仕事で〜」と頭下げながら説明したり、「これがわかりませ〜ん」という電話に対応したりしなくてはならないのである。不安だなあ。大丈夫かしら?

 というわけで、自分ではいつまでも下っ端OLのつもりでいても、派遣社員を使ったり、今度は新入社員と一緒にお仕事だし、他人に仕事を振り分けるのがけっこう面倒なお年頃。(中堅ってやつね)
 それに、いろいろ頼んでいると、「手が空いたのですが、なにかありますか?」とか聞いてくれたりするのはうれしいのだけど、「あまり偏らず、適度な間隔で仕事を頼まなければならない」、と自分が派遣で働いていたときには、そんな心遣いを受けたこともないのに、自分が仕事を頼む段になると、仕事の配分のことなど、いろいろ神経使っている自分は、たぶんリーマン社会では出世しないだろうなと思うのであった。
 
 それに、こういう自称「事務職としてはかなり優秀」な仕事ぶりは、日本経済を活性化させる原動力にもならないし、会社を飛躍的に伸ばすものでもないし、他人にあまり評価されるとこもないのだが、それでもちまちまやっているのは、こういう「生ゴミ分解してる微生物」みたいな仕事がわりと好きだからなのだろう。そんで生ゴミ分解するとガスも出るから、こうやって愚痴を書いてガス抜きしてるのである。

 ああ、なんて「エコ」な仕事をしているのかしら、あたしって。(←そーゆーまとめ方?)

 あ・・・、せっかく鼻水止まったとよろこんでいたのに・・・・今度は出血(鼻からではない)。明日はまたダルそうだ。なかなか体調が万全にならない。



3月25日(月)

 やはり昨晩はなかなか寝付けず、鼻水もくしゃみも止まらなくて、鼻をビービーかんでたら、耳の奥がバリバリいって痛くなってしまい、仕方ないからまた鼻炎薬を投与して、布団の中からぼんやりNHKでやっていた「ロボコン」などを観ていた。

 永田町はますますわけわかんなくなってきた。今度は辻本議員が辞職?ほんとに「ワイドショー内閣」ですね。内閣とは関係ないけど。
 それにしても、よくわかんないのは「政策秘書」ってなにやるんだろう?文字通り「政策」を作るためにいるブレーンみたいな役割なのだろうか?でも、国から支給される給与が第一第二秘書よりも高いらしい。一千万くらいだとテレビでは解説していたが、国会議員が全部で何人いるのか正確には知らないが、それだけの報酬を貰うにふさわしい人材が議員の数だけいるのかどうかのほうが疑問だ。そりゃ年収1千万っていうのは珍しくもないが、ほんとにそんな能力あるんなら議員の秘書なんてやってないような気がするし、それにどう安く見積もっても年間数億円が「政策秘書」に投入されているはずなのに、ろくな政策出てきてないような気がするのは私が政治に疎いからなのだろうか。

 それにしても、今日も鼻の調子は絶不調で、朝からやはり薬を投入するが、月曜日のダルさもあるだろうけど、眠くて仕方なかった。会社でも風邪ひきさんが多くて、かなり流行っているようだ。私もこの冬は一度も風邪らしい風邪をひいていなかったのに、桜が咲いたので油断したか。
 それにしても、今日も朝夕は冷え込んだ。桜もせっかく満開になってからこの冷気を浴びて「あれ?ちょっと早まっちゃったかなあ?」と後悔しているかもしれない。夜桜見物をする人も少ないであろう。桜もさびしがっているかもしれないが、ひょっとしたら「今年は静かでいいですなあ」と喜んでいるのかもしれない。北島マヤ(念のため注:「ガラスの仮面」の主人公の天才女優です)じゃないから梅のキモチも桜のキモチもわかりません。

 アカデミー賞は「ブラック・パワー席巻」にしたようだ。ちょっと見え見えのような気がしなくもない。デンゼル・ワシントンが初受賞というのも驚きだ。助演男優賞はとったことあったかな?スピーチするお姿は相変わらずかっこよかった。私は以前、「この人たちが出演すると、映画の格が約0.5流上昇する俳優3人組」と賞賛していたのは、デンゼル・ワシントン、モーガン・フリーマン、サミュエル・L・ジャクソンだった。なぜかアフリカ系ばかり。彼らが出ていると「2流の作品が1.5流になる」のであった。でも、もっと邪悪に考えると、同じクラスの役者でも白人俳優に比べるとギャラが安いのかもしれない。

 しかし、日本では朝鮮系のタレントが美男美女とされることが多くて、昔だれかが、「朝鮮半島でも、この地域出身の顔が日本人の好み」と分析していたし、ヨーロッパ系でも「アングロサクソン系がいい」とか「ユーゴスラビアあたりが美男の産地」と好事家(私の周囲の美青年素人評論家)の間でも意見が分かれるが、アフリカも広いし、人種もかなり多いので、「アフリカ大陸美男地図」などを作成している人はいないのだろうか?いや、単に「デンゼル顔」が多い地域はどこなんだろうと気になるだけなんですけど・・・

 だって、昔初めてドイツを旅行したときに、話には聞いていたが「わあ!ドイツのタクシーは、ほんとにベンツなんだ!」と感激したが(まだバブル黎明期でベンツは手の届かない高級車だった。今でも手が届かないけど)、アフリカのとある国に行ったら「タクシーの運転手が全員デンゼル顔だった!」ら、さらに感動しそうだ。

 などとバカなこと考えてたら、また鼻水が・・・ずずっ(ヨダレではありません)

 公開されたら観に行こうと思ってた「ビューティフル・マインド」が作品賞とってしまったので、混雑が予想される。レディース・デイ狙いだったのだが。 



3月24日(日)

 昨晩は久しぶりにライフ・フォースに行ってみた。
 会場は広々としたスペースで、ラウンジ・スペースもたっぷり。このパーティは場所探しがほんとに上手い。
 私たちが入場した12時半頃はまだ客もまばらだったが、2時ごろにはかなりの客が入っていて盛況であった。
 MZちゃんやN森さんと遊びに行くのも久々だったが、KちゃんYちゃん夫妻も来てたし、Fちゃんにも会ったし、お馴染みのメンバーがかなり顔を揃えていた。
 ニックともう1人の外人DJが交互にプレイしてたけど、どちらもジャジーな選曲で、フロアは大人な雰囲気でまったりと盛り上がっていた。このパーティは当初から変り種だったけど、その後のテクノやゴアトランス・ブームにもあえて便乗しないで、わが道を行っている珍しいパーティである。見かけるスタッフも昔からいる人が多くて、ちょっとホっとする。

 5時くらいには私は疲れてきたが(最近はどこに遊びに行っても4時くらいになるとお疲れ気味)、久々の夜遊びではじけているMZちゃんが「もう、ちょっといようよ」というので、結局6時半までいた。
 外に出るといい天気。やや冷えるが、このまま気温が上昇すれば今日はやっとこさ「お花見日より」であろう。
 三茶に着いて、少し遠回りして桜の木のある通りを通る。桜はやはり晴れた空のほうが色が映える。
 そんないい天気の日曜だったが、そのまま布団に入ってバタンと寝る。意識が戻ったら、もう暗かった。喉が渇いたので起きだして、軽く食事して、また水分補給してからシャワーを浴びて、ぼんやり「鉄腕DASH」を観て、さあ、また寝るかねえ。

 心配していた風邪の調子は、それほど悪くもなっていないようだが、相変わらず鼻水は出る。もう一眠りしたら、少しは良くなることを期待。



3月23日(土)

 薬が効いていたので、ぐっすり眠れたようで、朝はすっきりと工事の音で目が覚める。8時半。なんだよ、工事は土曜もやるのか・・・・・
 壁や床をガンガンと壊していた工事は終了したようなので、飛び起きるほどの騒音でもないのだが、それでもときどき「ギュイイイイン」とドリルの音が響き渡る。鼻は乾いていたが、しばらく横になっていると、またグズグズしてきたので、胃に少し食べ物を入れてからまた薬を飲む。
 
 しばらくすると、また鼻が乾いてきて、眠くなってきたので、うとうとするが、工事の音でときどき起こされる。昼頃、起き上がって昨日の分の日記を書くが、なんとなく集中できない。工事もお昼休みで静かだったので、また横になる。
 結局、夕方までそんなかんじで寝たり起きたり。夕方、いきなり物凄い落雷があったようだが、それっきり。大気が不安定そうだ。全然外に出てないけど、窓から差し込む光も弱弱しく、桜が咲いてからちっとも花見日よりにならないようだ。

 5時前には工事も終了したので、静かになり、ゆっくり眠れた。これだけ寝られるということはやはり具合が悪いのかもしれないが、休日はこんなかんじで一日中寝ていることもあるので、風邪の具合がどの程度悪いのか自分でもよくわからなくなってきた。
 こんな状態で今夜は夜遊びに行くつもりなのだが、大丈夫かね(笑)。前にN君がやはり風邪で具合悪いのに、連ちゃんで遊びに行ってしまい風邪を思いっきりこじらせたという話をしていたが、
 「風邪ってあんなに悪くなるんだ」
 と、遠い目をして言っていたが、そうならないように気をつけよう。



3月22日(金)

 朝から鼻水が止まらない。ブシブシと鼻をかみながら出勤。
 しかし、だんだん状態が悪くなり、席についていてもティッシュが手放せないし、ふと気を抜くと鼻水がタラリタラタラ流れ落ちてくる。
 目のかゆみなどはないので、花粉症ではなく単なる鼻カゼと思われるが、鼻のかみすぎで小鼻周辺が真っ赤になり、応急処置としてハンドクリームを小鼻に塗るが、とうとう我慢できなくなり、午前中に会社を抜け出して薬局に行き、鼻炎薬を買い、ついでに鼻に塗るクリームを探す。やはりこういうときにはメンソレータムがいいかなと思って、売り場を探すと、昔ながらのメンソレータムの小さい缶のとなりには、やはり昔から変わることのないデザインの「オロナイン軟膏」も置いてあって、「うわ!懐かしい!」とどっちにするか迷うが、メンソレの方がスースーしてよさそうなのでそれにする。

 鼻炎薬は「食後に服用」となっていたが、そうも言ってられないので、昼食前に飲む。30分くらいしたら、鼻水はピタリと止まった。
 隣の席に座っていたパートの女性が今日で辞めるので、送別会を兼ねて昼食会。同僚ギャルが上司から予算をせしめてくれたので、各フロアのアシスタント仕事をしている女性なども集め、総務課長引率で計9名で鉄板焼きを食べに行く。
 パートの人は私がこの会社に入る直前くらいに入った人なのかと思ったが、実は私よりも2年も前からいたらしい。美人でおしとやかで鈴のような声で話す人だったのでファンが多く、今日も沢山の人が挨拶に来ていた。

 食事が終って会社に戻るが、丁度薬の効きがピークで、鼻が乾くし、目も乾くし、喉も異常に乾くのでお茶をガブ飲み。鼻水は止まったが、眠気が襲ってくるし、頭痛もしてきて、「鼻水と異常乾燥どっちがマシだろう」とぼんやり考える。
 昔、やはり「強烈な鼻ズマリ」で仕事にならなかったときに、同僚にもらった「強力な鼻炎薬」を飲んだら、鼻が乾きすぎで今度は鼻血が出てしまい、「鼻炎薬なんてきらいだ〜〜〜」と思ったが、どうも鼻炎薬とは相性が悪い。花粉症の方々も大変だろうなあ。

 今日は早く帰りたかったので、いつもより1時間ばかし早く出社していた。4時半くらいになって、引継ぎで忙しい同僚の代わりに現金を締めていたら、なぜか残高が合わず。しばらくあれこれやっていたら、同僚が私に私た領収書の中に預金から引き出したものが混じっていたのが判明。これでなんとか5時半には帰れると、ホッとしながら帰り支度を始めたら、上司が急に「○○に出した請求書のことだけど」と質問してくる。この人いつも私が早くに帰りたいときに、こうやって引き止めるのよね。マーフィーの法則に忠実である。
 結局、上司が指摘した項目は2月分の請求書のことで、該当する「金額が変わる」ものは3月分であることを説明してたら、5時半になってしまったので慌てて会社を飛び出す。

 雨が降っていて、日中の暖かさが嘘だったように冷え込む中、表参道まで行って、セゾン・アート・プログラム。東京ウィメンズプラザホールという場所だった。受付を済ませると、中ではどうやら出演者の紹介をしているようだったので、「おお、間に合ったようだ」と飛び込む。
 会場は、無機質は円形劇場みたいで広々としていて、天井も高かった。椅子もゆったり。

 しかし、座っているうちにだんだん薬が切れてきて、鼻はつまってくるし、頭もぼんやりで、途中で何度が睡魔に襲われる。体調最悪。
 始まる前にトイレに行く暇がなかったので、途中で一回トイレに立つ。トイレに入ると、どこからか山形氏の声が遠くから聞こえる。どうやらトイレ内にあるスピーカーが小さな音量で会場内の音声を流しているようだ。親切といえば親切だが、誰もいないトイレの中で対談の声がボソボソ聞こえるのもちょっと怖い。
 でも、ここに篭って聴いていたほうが、好きなときにビービー鼻をかめて落ち着けるかもしれないと、しばし立ち去りがたかった。

 そんなかんじで、なにしに行ったのかよくわからなかったが、9時には終了したので、その後青山ブックセンターをそぞろ歩いてから、イメルダ君と食事しに行く。イメルダ君が以前とても行きたがっていたスペイン料理店に行ってみた。小さなお店で満席だったが、カウンターに座らせてもらう。「社長」と呼ばれているらしい、スペイン人の「グラッシアス」としか言わないおじさんがなかなかいい味を出しており、私がかつては心に思い描き、実際にスペインに調査(単なる観光旅行)に行ったときも「やはりスペインのおじさんはみんなこういう人ばかり」と確認したような、完璧な「スペインのおじさま」であった。
 前菜をちょこっと食べたところで、また鼻炎薬をチャージ。体調はよくないが、食欲にはなんの影響もないので、二人で食べるにはボリューム満点だったパエリヤもペロリとたいらげる。

 外に出ると、やはり寒い。薬が効いてきて、少し熱っぽいような気がする中、とぼとぼ家に帰る。
 家につくと丁度「アリー」をやっていて、寝支度しながらぼんやり見ていたら、ズティングがゲスト出演していた。ロバート・ダウニー・Jrと「見つめていたい」をデュエット。私のカラオケ得意曲でもあるので、しばし見入る。



3月21日(木・春分の日)

 上の階の工事の音で目が覚める。「土日は工事はお休みです」と大家さんは言っていたが、祝日はやるらしい。しかし、工事の音もさることながら、今日は強風が吹き荒れているようで、どっちにしても騒々しい。せっかくだから花見がてらにお散歩でもしたかったが、まるで台風が通過しているかのような強風を窓から眺めると外に出る気が失せる。

 ポール・アンダースンの「タウゼロ」は読み終わったのだが、イメルダ君が「この人の、クマのお化けが出てくるやつがおもしろいよ」と教えてくれた。しかし、題名は忘れたというので、ネットで検索してみたら、どうやらこれのことらしい。「クマのお化け」ではなくて「テディ・ベアそっくりの愛らしいホーカ人のシリーズ」だった。「ホーカ・シリーズ」ファンに「クマのお化け」などとと言ったら、袋叩きにされそうだが、通勤電車の中で楽しく読むにはよさげなので、今度はこれを読んでみよう。

 そういえば、テレビ放映の際には「ピエロ・ル・フォー」だったか、とにかく「フランス語原題のカタカナ読み」にされていたが、ビデオとかDVDではそのままの題名「気狂いピエロ」で発売されているらしい。(情報ありがとうございました)
 こういう言葉の扱いって、どうなっているのだろうか?よーわからん。
 よーわからんと言えば、話はまた横っ飛びするが、「ラスト・エンペラー」の後にベルトルッチ監督が「シェルタリング・スカイ」という映画を撮影して、音楽も坂本龍一が担当したので、観た人も多いと思うが(「ラスト・エンペラー」があれほどヒットしたので)、非常にわかりにくいストーリーだった。いや、話の筋は簡単なのだが、心理描写がよくわかんなかったのである。

 たまにアメリカ映画を観ていると思うのだが、あっちの「夫婦像」というものが、わかりにくいことはある。ヨーロッパ映画ではあまりそう思ったことがないのに。
 前に誰かが書いていて「ふ〜ん」と思ったのは、西洋人というか特にアメリカ人には「完璧な夫婦像」というものがあって、そこからちょっとでも外れてしまうと「ちゃんと話し合いましょう」ということになり、話し合ってもどうしてもダメそうなときには離婚してしまう、というようなことが述べられていたので、なんとなく納得してしまった。たしかにアメリカ映画で夫婦が延々と話し合っているシーンを見ると、そういう風潮はあるかもしれないと思うのだ。

 日本だと、結婚している友達と話していても「いーこともあるが、悪いこともある。それで、いーことが多いなら御の字で、そう考えられるカップルは多分長続きする」などと語る既婚女性は多い。そしてみんな口をそろえるように「理想の夫婦なんていないよ」と言うし、「そこそこうまくいってれば、それでいいじゃん」ということになる。そして日本だと「結婚する前と、してからしばらくがピークで、あとはゆるやかに下降線。その下降がある程度がまんできることろで止まって、そのあと数十年横這い。旦那が定年退職したときにまた下降の危機が来るが、そこでふんばれれば死ぬまで一緒にいられる」という結婚生活が「フツー」とされており、そうやっているカップルを「なんだかんだいっても幸せそうじゃん」と周囲も評価するという土壌があるような気がする。

 そもそも「恋愛結婚」の歴史が浅い日本では「理想の恋愛結婚」というものも漠然としているし、母親の旧友に「駆け落ち同然で熱烈恋愛結婚」した人がいるのだが、その人の旦那は未だに(うちの母は50代後半)、妻が悪友たちと一泊二日の温泉旅行に出かけるというと強烈に淋しがってしまい置いていくのが大変らしく、その話を語る母も聞かされる私も、その旦那を「珍獣」のように考えてしまうのだ。
 映画「シェルタリング・スカイ」は、ちょっと倦怠期に入ってしまった経済的にも恵まれた若い夫婦が、自分たちの関係を見つめなおすためにアフリカ(モロッコ)を旅するのだが、余計に溝が深まってしまう。「ちゃんと愛し合ってはいるのだが、なんかギクシャクしちゃう」と思っているようなのに、旦那は女買いに行っちゃったりして、よくわかんないのだが、しまいには熱病にかかってあっけなく死んでしまい、取り残された奥さんはますますわけわかんなくなって砂漠をさまようという話だったよな。砂漠の映像は壮絶なまでに美しかったけど。

 この映画は原作がポール・ボウルズの小説でわりと原作に忠実に映画化しているとの話だったので、「映画観ただけじゃ、よーわからなかったけど、原作読めば少しは解決するのかしら」と思ってはいたが、なんとなく読まなかった。
 数年前に日本在住数年で、かなり日本語も堪能なアメリカ人のおうちに遊びに行ったときに、部屋に「シェルタリング・スカイ」のレンタルビデオが転がっていたので、「あ、これ観たの?どーだった?」と問い詰めた。彼は離婚経験もある人だったので、なにかそういう「人生の先輩」として私よりも深い洞察をしたのではないかと期待したのである。

 ところが、彼の答えは
 「前に小説読んで、よくわからなかったから、映画だったらもうちょっとわかるかなと思ったんだけど、やっぱしわからなかった」
 というものであった。
 どうやら小説でも同じらしいということがそれでわかったし(彼は大学の英文科の先生だった)、そして私が「日本人にはわからないが、アメリカ人だとこの話わかるのかな?」と考えていたのも無効になってしまった。

 「そうなんだ〜、じゃあ、この話、誰だとわかるのかなあ?」と私が言うと、その先生も「ポール・ボウルズはよくわかんないよ」とか言っていた。
 別に「シェルタリング・スカイ」の夫婦の心情が理解できなくても何も困らないでいいのだが、いつか「ああ、こーいうことかも」と小説を読みたくなる日が来るかもしれないし、来ないかもしれない。

 そういえば、また関係ないが、文庫本の古典にもなっている「にんじん」という小説がある。主人公の赤毛の少年が、親などに徹底的にいびられているのを淡々を描写した変な小説である。わりと「名作」扱いなので、私も中学生のころ読んだがちっとも面白くなかった。
 ずいぶん後になって、私が成人した後に、母と「昔読んで面白くなかったり、よくわかんなかった小説でも、後で読んでみると面白かったりするよね」という茶飲み話をしていたら、母が「『にんじん』も若い頃は、なんてひどい話なんだろうと思ったけど、自分が子供を持ってみると、あのお母さんは実はけっこう、にんじんを溺愛していて、かわいくてかわいくてたまんない行為の裏返しではないかと思えるようになった」と話していて、「う・・・・おかーさん!かわいかったら、普通にかわいがってくださいよ!」と思ったが、たしかに、今でも親の「結婚しろ攻撃」などは、自分にとっては「虐待」以外のなにものでもないが、それが「愛情」であることもわかっているので、だったら私もやっぱり「にんじん」?だと思ってもう一回読んでみたが、やっぱりこれは純正「いじめ」だよ、やだよこんな扱い、と思ったが、その私も20年後くらいに「にんじん」を読んで「ふっ」と思うことがあるかもしれないし、ないかもしれない。

 夕方になって、外に出てみたが、やはり風が強くて、道を歩いていると吹き飛ばされそうだった。この強風で桜もかなりのダメージだ。



3月20日(水)

 4月から異動になる同僚の代わりに経理担当になる新人の子が、今日から引継ぎのために来ていた。彼女は現在、別部署でバイトとして働いているので、3月まではバイト扱い。働き者です。細かい仕事が多いから、引継ぎも大変そうだ。
 会社帰りに、都心に出ると、電車内には「卒業式衣装」一式で身を固めた女子大生の姿がちらほら。袴姿が闊歩しているのに、桜が満開というのも不思議な光景だ。イメルダ君とまた九段下にあるフレンチでお食事。「会社の花見といえば、新入社員が初仕事として場所とりをするのが恒例のところもあるだろうけど、今年は新人が入ってくるのが間に合わなくて、去年の新入社員がもう一度場所とりをさせられることになってしまうのではないか?」などと話す。
 関係ないが、私の女友達で、「会社の花見のときに、となりに座っていた別の会社のリーマンと仲良くなって、1年後に結婚」した子もいました。

 靖国神社のお向かいにある、そのお店は小さいだけに満席になっており、あとからあとから飛び込みの客がやってきて、そのたびに申し訳なさそうにお断りしていた。いつもはそんなに混んでいない店だと思うのだが、やはり桜のシーズンだけにこのあたりを会社帰りにそぞろ歩いているカップルが多いらしい。
 お料理はいつものように、とても美味しくて、「牛肉のたたきのサラダ」などは絶品。「うしー!」と言いながら食す。やはり牛は好きだ。ゆっくりしていたら、最後の客になってしまったので、シェフご夫妻(二人だけでやっている店。シェフはシブガキ隊のフッ君似のハンサム)が外まで見送りに出てくれて、4人でしばし「桜がきれいですねえ」と立ち話。このお店も開店してから一周年を迎えるそうだ。こじんまりしたいいお店です。

 ついでだから、千鳥が淵にも寄ってみるが、11時近かったので、かなり出来上がったリーマン達がたむろっていた。照明も消えているので、あまり桜が堪能できず。しかも風も冷たく、かなり寒かったので早々に退散した。



3月19日(火)

 今日はちょっと「花冷え」だったようだ。
 しかし、家の近所の桜も今が見頃というかんじになってしまい、ボヤボヤしているうちに散ってしまいそうだが、いつもボヤボヤしているのでいいか別に。
 腰痛に阻まれて、結局未だに「アメリ」も観ていないだが、映画と言えば、あの「ウィークエンド」がユーロスペースで上映されるとの噂。GWくらいらしい。あれが、映画館で上映される日が来るとは・・・・・長生きはするもんである。

 「難解」とされるゴダールの映画の中でも、最も「観客が声出して笑える」というか、唯一「観客が声出して笑える」映画だと思うのだが、たま〜にアテネフフランセでひっそりと上映されることくらいしかなくて、「きっと何か堂々と上映できない理由があるのだろう」と思っていた。版権だとか上映権だとか、オリジナル・フィルムが行方不明だとか。
 ときどき思い出したようにリバイバル上映されていた「勝手にしやがれ」と「気○いピエロ」(←この単語ってIMEからも排除されたのね)は、映画館で2回づつ観たけど、他のゴダール作品で「もう一回観たいのは?」と言われたら、躊躇無く「ウィークエンド」と答えるだろう。

 あの映画を10年くらい前(もっと前か?)に観たときには、「デビッド・リンチの映画ワイルド・アット・ハートは、これのパクリだ!」と気が付いたのが嬉しくて、言いふらしたのだが、誰もわかってくれなかった。誰も観てないから仕方ないが。全部パクっているわけではないが、印象的なシーンがかなりダブっていると思うのだ。話の筋は違うのだが、「男女が主役のバイオレンス・ロードムービー」というのは同じなので、リンチがあの映画をかなり参考にしたような気がする。でも、そのことに触れた評論を見たことがないので(探してもいないが)、私の過剰な思い込みなのか、それとも、それだけ「ウィークエンド」を観た人が少ないのか不明。
 とにかく、リンチの不条理や、タランティーノのバイオレンスが大好きな人には楽しめると思う。わけわかんないんっすよ、とにかく。
 でも、そういうアメリカ映画と違って、やっぱりよくわからない「詩の朗読」みたいのが挿入されたりするが、リンチの映画に挟まる「歌のシーン」みたいなもんだと思えばいいし、退屈だったらアクビでもしてればすぐ終る。

 私はずっとあの映画が観たくて観たくてたまらなかった。なぜかと言うと、当時は総長でも学長でも学部長でもなかった蓮見重彦が著作で長々と取り上げていたからである。蓮見せんせーの書き方では、それが面白いのか面白くないのかイマイチ判別しにくいのだが(車が記号だとかなんとかかんとかというようなことが延々と書いてあるので)、読解力に優れた私は「でも、こんだけページを割くということはきっと面白いのだろう。でも、この映画、全然上映しないじゃん!こんな、フツーに観られないもについて延々と語るなんて、なんて憎らしい」と思いつめること数年後にやっと見ることができた。

 狭いアテネフランセの会場で、私の周りは男子学生ばかり、しかも知り合い同士が多いようで「なんじゃ?」と思ったのだが、聞き耳をたてていたら(一人で暇だったから)、あっちでもこっちでも「駒場」「本郷」という地名が頻出しているところから「なぜか東大生ばかり」だと判明。
 「蓮見せんせいが、コレを観てレポートを書くとか課題を出したのだろうか?」と訝ったが、そーゆー「インテリ映画好き学生さん」たちの会話が変で、「そういうえば、○○君はその後どうしたのか知ってる?」「今、ニューヨークにいるんだって」「あれ?南米は?」「途中で金が無くなったんで、NYで皿洗いして旅費を稼いでるらしいよ」など、なぜか「放浪している人」の話題ばかりで、休学して東南アジアに行ったきりだとかそんな話ばかり。「映画研究会」は「旅行研究会」も兼ねているのか気になった。「猿岩石」が登場する遥か前のお話。

 その後も何回か、レアな古い映画を観にアテネ・フランセに行ったが、上映前に客があんなに和気藹々とお喋りしている光景には出会ったことはない。マニアックな人は友達が少ないのである。私もいつも1人だった。

 そういえば、映画を観に行って客層が気になったと言えば、NYで映画を観たときだ。
 やはり、蓮見重彦が淀川長治と対談している本で、「シュトロハイムは凄いらしい」という情報を得たのだが、今だとビデオやDVDも出ているのだが、当時はそんなものもなく、やはりアテネ・フランセでやっとこさ「愚かなる妻」を観て感激していたし、シュトロハイムが役者として出演している「サンセット通り」(不気味な執事役)もビデオで観たりしていたのだが、「NY5日間」の旅で、真っ先に「MOMA」に行ったら、丁度「MGM回顧」だかなんかで、古い映画が地階のホールで上映されていて、そこで「グリード」が上映する日が丁度滞在3日目だったので、「キャッホー!超ラッキー!」と張り切って観に行った。友達は興味がないようなので、1人で行った。

 会場はけっこう広くて、それほど混んでもいなかったのだが、張り切って会場時間ぴったりに入場したので、「こういう古い映画を観にくるニューヨーカーってどんなだろう?」と観察していたのだが、次々と入ってくる客のほとんどが「君達、これが封切られたときに観たんじゃないの?」という老人ばかり。しかも、1人で来ている「孤独な老人」ばかりである。よろよろとステッキをついて席まで向かっていた。
 日本だと、こういう「オールドムービー上映会」には、学生が圧倒的に多いので、その客層の違いにびっくりした。ただ、老人と言っても、「晩年のバロウズみたいな帽子かぶったジーサマ」とか「晩年のジェシカ・タンディみたいなシャネル・スーツ着たバーサン」などの比率も高く、「う〜む。さすがニューヨーク」とお上りさん丸出しな私は感心してしまった。

 もしかしたら日本でも、そういう古い映画が上映されるときには昼間の回には老人が集まっているのかもしれない。私が日本で映画を観に行くのは会社帰りや休日だから。でも、学生時代にはよく平日昼間に行ったけど、あまり年配客は多くなかった印象がある。
 とにかく、あの光景を見て、「いいなあ、私も70歳くらいになってから、『あら、この映画、昔観ておもしろかったけど、またやるのね』と映画館に行くような老人になりたいわ」と思ったのであるが、ビデオ時代ではその意義もちょっと薄れてしまうかも。便利な時代には得るものも多いが、失うものも多い。

 十数年前に観て「おもしろかった〜」な映画「ウィークエンド」は今の私にとってはどうなんだろうか?ちょっと楽しみ。
 本当に上映するのだろうか?

 そーいや、久々にゴダールのこと書いたので芋づる式に思い出してしまうが、2回目に「・・・(ピー放送禁止用語)ピエロ」を観たあとに、会場を出る途中で学生風の男の子が連れの彼女に「なんかさ〜思いっきり自由ってかんじで、うらやましいよな」と語っていて、彼女のほうも「そうだね、自由だよね」と答えていたが、生返事っぽかったので、代わりに私が相手してあげたかった。だって私には彼の言葉を借りれば「思いっきり不自由」にしか思えなかったのだ。「どこか他のところに行けばなにかあるのかと思っていたが、結局どこにもそんなもんなかった。で、最後までなにもかも思い通りにならなかった」という映画だと思ってた。「あれを自由だと思えるなんて・・・・君達いったいどんな不自由な生活送ってんの?」と食ってかかりたかったが、映画の感想なんて人それぞれですからね。



3月18日(月)

 腰の調子が悪いので部屋の掃除ができなかった。(腰のせいにしてはいけないとは思うが)
 今日はちょっと掃除して、それと同時に春物の服もやっと出した。桜の開花も早いようだが、急に春が来てしまったというのに準備が出来ていないので会社に着ていく服のローテーションが全然間に合わなかったのである。朝の私は開幕直前なのにピッチャーが揃わない野球チームの監督のように悩ましいのであった。

 しかし、天袋から春物衣装を出してみたが、なんだか数が少ない。たしか、去年の冬の衣替えのときに、春夏秋もので古くなったものはずいぶん捨ててしまったのだ。「ずいぶん」と言っても、思いつくのはけっこうヘビーローテンションだった先発投手クラスの2着ほどである。しかし、圧倒的に分母が少ないので、その2着が4割くらいの分量になるのだ。ピッチャーが4割減・・・・ぜったいに、優勝できないだろう。体重が4割減・・・・・いくら私でも、そこまで減ったら生命の危機だ。GDPが4割減・・・・・国会は解散かなあ。

 クローゼット(というより、納戸)を眺めていると、経済が破綻した国家、例えばアルゼンチンなどを思い出す。外貨稼げそうな産業は少ない。(外に着ていける服が少ない。ネマキ予備軍や、スポーツクラブ用ばかり) 以前、そこそこ栄えていた産業は衰退。(古びてしまったが、デザインが気に入っているので捨てられない) 一般市民も生活必需品が足りなくて困っている。 (片方しかない靴下とか、穴の開いたストッキングとか・・・ああ、春用ストッキングをそろえないと!) とにかくなにもかも効率が悪くなっていて、八方ふさがりだ!もっとリストラしないと!雑誌とかでよく特集する「最強着まわし術!定番5着で15パターン」などを学ばないといけないだろうか。

 はー、もーヤダ。あたしって、政治家にも野球の監督にも向かないだろうなきっと。
 とか言って逃げてないで、とりあえず出した服にアイロンくらいかけるべし。
 そんで、巨人ほどではないけれど、金に困っているわけもないのだから、選手を補強すべし。
 自分に喝入れるために、この冬、ぶら下げておいたけど一度も着なかった服を思い切って捨てる。隙間が空くと買う気も起きてくるのだ。本もそうだけど、現在隙間がないので、買う気になれない。これって私だけの特異体質ではないと思うから、個人消費を引き上げるためには、「賃貸1ルームマンションの最低専有面積の最低限度を法律で強制的に決めて、しかも家賃は据え置き」とかの政策、誰かやらない?一坪増えただけで、その空いた空間を埋めるために、必死で物買うんだけどなあ。ブーブー

 そーいえば、今朝のワイドショーで「また、ムネオのアップ映像かよ〜いーかげんにしてくれ、私の朝の目覚めはワイドショーのトップにかかっているのよ!」と、「だったら見なけりゃいーじゃん」な状態だったが、その後に続いたニュースでふと気が付いた衝撃の事実。

 私がずっと「チャゲアスの曲」だと思っていた楽曲こそが、「ケミストリー」のヒット曲だった!

 私の耳は正しいと思う。アレはチャゲアスだ。30代後半100人に聞いてみてくれ。ちなみに昔仕事でチャゲアスの曲を無理やり沢山聴かされたことがあったが、(ドラマの主題歌をどれにするかプロデューサーが悩んでいたので協力させられた。どういうわけか、チャゲアスを使うことが決定していた)「生まれて初めてマジメに聴きましたが、歌詞がものすごっく女々しいというかウェットすぎでこのドラマ(子供が活躍する夏休み中の昼ドラ)には不向きなのでは・・・・もっと楽しい曲はないんですか?」と関係者全員で絶望的な気持になった。



3月17日(日)

 今週はワイドショーまで「ムネオづくし」であった。
 私も鈴木議員は生理的に苦手であるということは前にも書いたが、今の「ムネオ・バッシング」は行き過ぎのような気がして、それはそれでちょっとキモチ悪い。それに、マスメディアや外務省がこぞって「ムネオの悪行」を暴き立てても、私にはそれらが「そこまでバッシングされるほどの悪行か?」と思えてしまうのである。かつての女性誌をにぎわせた「裕木ナエ(漢字忘れた。奈江だったかな?)ムカツク!」くらいのよくわからない「悪」にしか思えない。

 でも、ムネオ氏は法的にも悪いことをしたらしい。テレビでは毎日そのチマチマとした「悪事」や「疑惑」が暴かれていて、ひとつひとつは大したことなくても、あれだけ出てくると「総合点としては相当悪いのかも」とは思うが、でも、それが「極悪」なのかどうか、なんか自分でもよくわからなかったので、ちょっと考えていたら、やっと昨日になって自分が違和感を』感じている理由がわかった。

 彼の「北方領土人道支援」への関わりかた事態は「悪」ではない。ただ、政治家としてはやりすぎてしまったかもしれないし、具体的な施設の建設の入札に介入したことは「悪」なのだろう。
 でも、彼が証人喚問や、その他の発言などで「そんなつもりでやったのではなく、ただ、あそこには施設が必要だと思ったし、交流活動も重要だいう一心でやったことだ」という言葉には嘘はないのではないかと思う。北方領土問題というのが「皇室」くらいに微妙な問題だというのは、今回の報道で再認識できた。私みたいな、首都圏育ちには「あんな離島に金かけるよりも、うちの歩けなくなったバーサンなんとかしてよ」としか思えないが、「北方領土は日本固有の領土である」ということは、会って話もしたこともない家族に子供が生まれると「日本国民全員でお祝いする」というのと同じように、私の意思などには関係なく定められたことのようである。そんでもって「誕生祝い」とは違い「北方領土」には「国益」(←この字でいいのかなあ?自分ではあまり使用しない単語なので自信がない)という私にとっては明確ではない「権威」が存在するようなので、そのあたりもよーわからんのだが・・・・

 ただ、ロシアがあそこをそう簡単には「日本の領土」としてくれないのも、素人にもわかるくらい歴然とした事実である。沖縄返還のようには話が進まないようだ。そりゃ、アメリカとロシアでは日本に対する接し方が違うのは、そのあたりに不勉強な私にだってわかるさ。
 ただ、ムネオ氏の選挙区民である、「北方領土ゆかりの人たち」が、「せめて、あの土地に足を踏み入れたい」というキモチはわかる。そして私がムネオ氏の立場だったら、あそこが日本領になるかどうかよりも、あそこに自由に行き来できるのであれば、元住民の幸福度はかなり上がるわけだから、国のメンツよりも「交流」を重視したくなるだろう。それに、「聖地」がからむパレスチナなんかと違い、北方領土は日本の領土だと行っても、あそこに日本人と呼ばれる人が住んでいた歴史は浅いと思う。地元の人は、墓参りに行ったり、たまに訪れて「ここは昔、うちの爺さんの土地だった」とか語ることでかなり満足するのだと思う。

 それに私みたいな、「心が通じればいつかは理解できるさ」と考えているような平和ぼけニッポン生まれの自称中流階層育ちにしてみれば、「日本の領土です!」と意地を張るよりも、「たまには遊びに行っていいですか?」とちょくちょく行って、行けばいろいろお土産を持っていっていい子にしていれば、「まあ、遊びに来るのはかまわないよ」ということになって、例にはならないかもしれないが、返還前の香港みたいな微妙な立場でも「アジアとロシアの交流地点」になれば、両国の「国益」には反しないし、近隣住民にとってもいいことなのではないかとか思ってしまう。

 あまり関係ないかもしれないが、私の長野の親戚が、戦時中その家が所有していた山を政府に没収されてしまった。どうやら天皇の疎開先としての「大本営」設営計画になってしまい、そこには大規模な防空壕が掘られた。戦後、その山は返してもらえるのかと思ったが、政府はしらんぷりして(いろいろ訴えたらしいが)、今では地下に彫った穴を利用して「地震研究所」になっている。私が子供のころ遊びに行ったら、そこの家族が「うちの山でも見にいくか」と車で連れていってくれたが、ただの山だったし、もちろん「地震研究所」をアポ無しで見学させてくれるものでもない。
 たぶん、あそこも、現「地震研究所」の所長がその家族が来ると挨拶してくれて「親戚のお子さんが来たのですか、どうぞ、中を見ていってください。そちらからお借りしている山なんですから」と言ってくれれば、その一家だって満足するのだと思う。

 だから、ムネオ氏が「人道支援」や「経済交流」を現実的に行ったことに対しては、それが外交上どうのとかいう以前に、住民にとってはかなりのアピールだったのは想像に難くない。そして、たとえあそこが自分の土地だと主張できなくても、地元の業者が工事を受注して潤えば、そして地元業者が工事で出入りしていれば、地元としてはかなり気が済むだろうというのもとてもわかりやすい。
 だから「桜を植樹する」というのをそんな地元住民の気持ちをわかってない外務官僚が「それはできません」と突っぱねたとしたら、理屈はごもっともだけど、そんな杓子定規の考えでどうする!どうしてもっと、住民同士の交流を重視してくれないんだ!と、激怒するキモチもわかる。殴る蹴るがあったのは本当かわからないが、「暴力」はいけないが、怒るのは勝手だ。

 でも、キモチはわかる。と、どこのテレビも言っていないが、なんでなんだろうか?私だけなの?いや、私だってムネオ君にシンパシーなんて感じたくないんだけどさ。
 この話、ムネオ氏がやったから、皆わけもわからずに「悪」と決め付けるが、たとえばこれを「北方領土との交流を深めようNGO」の計画だったらどうだろう?ただ桜の木を植えたかったし、ロシアが「検疫証明書」の提示を求めるのなら、それに従ってもよかったのに、外務官僚が「それは国益に反します」と言ったら、「桜を植えたいだけなのよ〜なぜそれを邪魔する!」と揉めただろう。逆にそれをNGOが告発したら、「小回りがきかない官僚」と外務省側が批難されたかもしれない。

 そう考えはじめると、鈴木議員の「悪行」とされるとことろは、けっこうそれを市民団体がやっていれば「善行」以外のなにものでもないようなことがわりと多い。たいかにそういう「支援活動」の与党の取りまとめ役だった地位を利用して、好き勝手やっていたということは批難されることだとは思うし、税金を投入しての「支援活動」が議員個人の業績と摩り替わってしまい、擦り寄る人間が群がってしまったというのもよくないだろう。

 だからってそれを頭からバッシングしてしまうと、「確かに、国会議員の仕事ではなかったかもしれないが、同じことをNGO/NPOがやっていれば何の問題もなかったのではないか?」と思ってしまうだ。今のことろ、ムネオ氏が「見返り」としての「政治資金」を個人的に浪費していたということは挙がっていないので、ただ、税金を使ったということが問題なのなら、NPOが寄付で集めたお金を根室の業者に委託して「人道支援」を行ったとしたら、誰も文句を言わないだろうし、そのNPOが政府から助成金を受けていたも、文句を言えるようなことなんだろうか?そのへんはよーわからん。

 でも、そう考えると、「国会議員だけど、限りなくNGO/NPOに近い活動をしていて、点数を稼いでいた」ムネオ氏が、アフガン支援会議でNGOを遠ざけたのも、「オレさまと活動がかぶるから」という単純な、NGO同士のなわばり争いであって、「議員がNGOを排除した」と結果的にそうなっても、本人にはそういう自覚はなかったように思う。今の流行は「そういうのはNGO主導で」ということのようだが、ちょっと前までは議員さんが暗躍すべき場所なわけだから、ムネオ氏がNGOをうまく使いこなせなかったという失敗なのだろう。

 でも、私なんかにしても「これからはNGOの時代です」とか言われても、どういう過程でそういうことになって、今後もどういう立場にNGOなどがいるのかよくわからない。政府がこんな風にNGOをコントロールしたということで、こういう批難を浴びた実績を作ってしまったので、変な意味で「聖域」になってしまうのではないかというほうが心配。そういう風潮になってしまうと、オウム真理教があそこまでの暴挙に出なければ宗教団体に手が出せなかったようなことになってしまわないか?

 今回のバッシングでは、ムネオ氏が「外務省にかなりの権限を持っていた」というのが問題なんだろうけど、今になってその内情を暴き立てていると、「そんなよわっちいのか外務省?」と情けなくなるが、いじめっ子が隙を見せたとたんにいじめられっ子たちに逆襲されているみたいで、小学校の揉め事みたいだ。話は違うが、私の子供のころの「いじめ」というのは、「いじめる側」と「いじめられる側」がよく逆転していたので、些細な政治的失策でクラス内の人間関係がドラマチックに再構成されてたもんだ。いつも思うが、永田町あたりの騒動を見ていると、あの頃を思い出して遠い目になる。きかん気が強くて浮いていたけど人気者だったマキ子ちゃんを試しに先生がクラス委員にしてみたら、やっぱり滅茶苦茶やるので、反発されて「嫌われ者」になってしまったりしたよなあ。

 話は戻るが、鈴木議員は、いっそのことNGOをやればいいのではないか?「人道支援」に絞って、施設を作ればいい。政府から活動資金を引き出して、あとは「あの工事やりたいなあ」という建設業者から寄付を募れば問題ないのではないか。そして、その行動が「国益に反する」と役所から物言いされたら、「善意でやっているのに、なんでダメなんだ!」と怒鳴るとか、朝日新聞に「だから政府は信用できない」とか語ればいいじゃん。そうすれば「なんで桜の木を植えてはいけないんだ?」とテレビも味方についてくれたのに。難しいわねえ。
 それともNGOの活動に食い入れるからという理由で企業が寄付してもいけないのだろうか?
 たとえば、今回のアフガン支援に関しても政府がある程度助成金も出しているようだし、そのNGOがたとえば「毛布を配りましょう」とか計画したら、毛布納入業者が出てくると思うのだが(まあ、普通は不要な毛布を募ると思うけど例えとして)、そうなるとその業者とNGOの癒着とかは問題にならないのだろうか?NGOとかは基本的に税金を投入して運営されているわけでもないだろうが、「国としてあまり介入できないところはNGOに」とかいう風潮になっているようなので、そのあたりの線引きがちゃんとされているのか気になる。
 そのうち、NGOが役人の天下り先になったりしないだろーなー。ちょっと心配。だって、NGOだって、外務省との関係が良くないと、今回みたいに「会議に出さないよー」とか言われてしまうので、「外務省のOB」などを囲っておいたほうが活動しやすいだろう。ムネオ議員の後援会の有力者の子女が「NGOとかで働きたい」と言ってきたら、そういうのを雇ったほうが活動しやすいだろうし。

 話は跳ぶが(本読みながら、ときどき書いているので、話題が一貫しないのであった)、今の選挙制度では「国益」よりも「地元の利益」を優先させる政治家が多いのもいたしかたないだろう。
 そーいや、情報源は不明だが、友達がテレビかなんかで観て、「クリントンって特に評価してなかったけど、その話を観て、いい政治家だったのかもと見直した」というのが、退職後にアメリカ国民に「クリントンはどうだったか?」とインタビューしていて、彼の地元であったアーカンソー州の市民が「彼は地元に何も貢献してくれなかった」とボヤいていたそうだ。田中角栄とは対極だったという話。でも、アメリカ人がそんなことを堂々と語っていたのを知ってちょっと安心してみたりして(笑)

 そもそも、私もそうだが、他の人だって「国益」というものが具体的になんなのかよくわからない。「税金の無駄使いはやめよー。地方に助成金をばら撒いて、役にも立たないホールとか作るな」と言っても、「地方の活性化こそが日本経済の活性化を取り戻し、国益につながる」と言われれば、う〜むと思うが、それが外交上の戦略になると「国益」のために情報も制限されているので、どういう国益のために、なにをしているのかよくわからない。

 ムネオ疑惑では、ロシアの旧KGB高官の尾行をやめるよう指示したというのもあったが、あれも「国益に反する」とか言われてたが、そもそも今の日本での「外交機密」というのが、どういうものなのか私にはわからないが、そもそもそう言われたってそれが出来ないのなら「ダメです」と言えばいい話であって、それが出来なかったほうにも問題があると思うが、そもそも「国益」ってなんなの〜〜〜?

 そして、「国益」は直接私の生活を潤す「私にとってのいいこと」ではなかったりする。最近の話だと「サラリーマンの保険料自己負担増額」みたいに、「みんなにとってこの方法しかありません」と言われて、大きく見れば将来的に私の利益にもなるのかもしれないが、そんな器は自分には無いので「え〜値上げ?」なだけである。(ちなみに、私はここ数年医者に罹っていないので、どうでもいいと思っているのだが)

 そもそも「国民一丸となって」というスローガンも、他の国と戦争でもしないかぎり、感覚的によくわからない。日本みたいな小さな国でも、北は北方領土から、南は沖縄までを「ひとつ」として、その領域で「意見を統一する」ということが理解できないのである。だって、従業員数十名の会社でも、各部署の思惑が全然違って、あっち立てればこっちが立たずなわけで、それを取りまとめる私の上司の総務部長の白髪は増える一方だ。

 話は散漫だけど(いつものことですが)、例の同時多発テロの後だったか、日本在住の外国人を集めて、日本人の若者も同席させて討論会をやっている番組をちらりと見たら、「国のために死ねるか」という話題になって、インドあたり(インドではなかったけど、パキスタンとかそのあたり)の青年が「国のために死ねる!」と断言していて、「こわ〜」と思ってチャンネルを換えてしまったのだが、ああいう「国境が不明瞭になっていて、いつ隣の国が攻めてくるかわからない国」では、そういう意見の人も多いのだろう。日本だって北朝鮮があからさまに攻撃してくれば、そういう人が増えるかもしれない。実際に戦時中はそういう人が大勢いただろうけど、戦時中でなければ、普通の庶民が「命をかけられる」と思っている範囲は「家族」が限度だろう。火災にあったときに、母親が子供を救うために炎の中に飛び込んでいったりするが、その気持が納得できる人は多いと思う。
 もし、それが隣の家の火事だったら命をかけても救いに行こうとするかは、けっこう微妙だ。

 そう考えると、アメリカなんかは「敵国」を明確に作るので、「国を守る」という意識が高いような気がしなくもない。「国益」を明確にするためにも「ならず者国家」には頑張ってもらわないといけないので、必死に煽っているような気もする。「ならず者国家」もちょっと話し合って、やり方を代えてみたらどうだろう?「核施設視察?どうぞ、どうぞ、ご覧になってください。」とかやって、ほんとに軍備を減らして、「ぜんぜん脅威じゃない」ことをアピールしまくる。そしたら、アメリカの国防省も腰砕けちゃうし、「犯罪者」がいなくなっちゃえば「世界の警察」の権威も落ちるし(日本の田舎みたいに、鍵もかけないような家が多い地域の警察みたになっちゃう)、軍事産業が没落するのでアメリカ経済にも影響が出るし、「敵」を失ったら、「アメリカ」というアイデンティティー自体がゆらぐぞ!
 と、「いい考えだ」と思ったが、それやると「ならずもの国家」自体の集中力も低下するので、共倒れか?(笑)ダメか・・・・・

 日本もこういう国際情勢の中では「もっと具体的に攻撃されたときのことを真剣に考えないと!」という意見も多いようだが、先日の不審船の対応でもずいぶん揉めているけど、防御に力を入れることはすなわち周辺諸国にとっては脅威になってしまうので、けっこうややこしそうだ。防御力と攻撃力はどうしても一緒にレベルアップしちゃうだろうし。そして、腰砕けの防衛力にイラだったタカ派の人間が「パトレイバー2」みたいな行動に出たりしそうだ。
 ちゃんと「脅威」が明確な国には徴兵制度がきちんとある。イスラエルや台湾なんかだそうだ。そういえば、ウォン・カーウェイ監督の「ブエノスアイレス」では、レスリー・チャンとトニー・レオンという日本でもとても人気のある俳優が競演していて、それもホモ話ということで好事家には評判だったが、その中でちょこっと出てきた台湾の若手俳優がなかなかいい味を出しており、友達とも「あの子は絶対、日本でも人気が出るよ。第2のカネシロを狙える」と盛り上がっていたのだが、彼も兵役に就かないといけなくなったらしい。兵役が2年とか、詳しくは知らないのだが、「今が旬の美青年を軍隊にやってしまったら、出てきたときに余計な筋肉とかついちゃったり、顔つきが変わってしまったりして、売り時を逃してしまうかもしれない!」と心配になった。彼を「第2のカネシロ君」にしたほうが、台湾の国益にはいいと思うのだが・・・・あ、国益ってそういうもんじゃないですよね。

 いやー、でも、「国家」を維持するのって大変なんですねえ。そもそも「国家」というもの自体の歴史も浅いと思うので、みんな実はやり方が上手くわかっていないような気もするし。そんな「国家」がひしめいている状態は、歯並びと同じで、一本抜くとボロボロになったりするわけだから。アフガニスタン周辺だって、歯医者さんが治療の見積もりをするのに途方に暮れるような状態だ。「治療にどのくらいの金額と期間が必要でしょう?」と言われても返事に困るだろう。

 それに、「国のため」に働く議員さんだって、官僚さんだって、やっぱり国よりも身近な人のことが気になるだろうし、企業だと「利益」がはっきり数字で出るからまだ仕事として割り切ってやれても、「国益」って数字で出ないから、そんな漠然としたものを純粋に求めることが人間にできるわけがない。

 要するに「家族のため」「会社のため」「地域のため」「国のため」「地球のため」というのは、それぞれ対立してしまうもので、うまくバランスをとるのは難しいことなんだな〜と、「ムネオ・バッシング」の最中にぼんやり考えてしまったのであった。ぜんぜん、まとまんなかったが。なぜか今ごろ、「ハードSFの代表作」とかいう「タウ・ゼロ」などを読みながら書いていたので頭の中の時空が定まっていないと思われ。

 まあ、外務省もとことんムネオ君を踏み台にして、徹底的に建て直しを図ってくれればいいのですが、「ムネオが悪かったから排除すればよい」というだけの問題でもなさそうだし、あの程度のことを平気でやっている議員は多いと思うし、その全てが悪だとも思えないので、もっときちんとした基準を設けてもらえないと、どう判断していいのかわからない。そして、これはテレビも言っているように「結局、第2、第3のムネオを作ることにならないか?」というようなことにならないように、がんばってほしいです。
 カネシロ君のフォロワーが量産されるのは大歓迎ですが、ムネオもどきが増えるのは私の利益に反するからです。

 うーん、しかし、ハードSFとナンシー関の本を交互に読みながら(お汁粉と漬物を交互に食べるような行為でいいかと思って・・・・)、ムネオ疑惑について考えるのは無理があったなやっぱ。暇だったからゴロゴロしていたのであった。

 うわー、「電波少年」のCSでやってる「世界一難しいクイズ番組」おもしろ〜。誰が考えたのだろう。たしかに過酷なクイズだ。こういうバカバカしいのは好きだ。



3月16日(土)

 今週は月火と休んでしまったので、今日は出勤。
 昨日、人事異動が発表されて、同僚ギャルが他の部署に行くことになった。あまりソリの合う人でもなかったが(ギャルすぎて)、それでも仕事はきちんと積極的にやる人だったので、4月からまた大変そうだ。後任は新入社員なので、一から教えなければならないし、最初から全部やるのも無理なので、必然的に私の仕事が増えるのが予想され・・・・というか、今日、ボチボチと上司と3人で引き継ぐ仕事の話しをしていて、やはり私の仕事が増えることが確定した。
 私は楽天家なので「まあ、新人といっても、すっご〜〜く飲み込みが早くいかもしれないから、逆にそのうち私がやってる重い仕事を渡すこともできるかも」と思っている。

 6時半に会社を出て、六本木へ。乃木坂から行こうかと思ったが、南北線で六本木1丁目で降りることにした。しかし、あの駅で降りたのは初めてだったので、外に出ても方向がよくわからなくてオロオロしつつも、やっと六本木プリンスホテルの場所がわかり、交差点までテクテク歩く。交差点付近は以前にも増して「スーツを着た恰幅のいいブラザー」が多い。なんの客引きなんだろうか。
 そして、念願の一蘭ラーメンへ。ラーメン依存症ケイゾク中。

 1人だったので、待つこともなくすぐに席に案内される。案内の人が「注文用紙」をくれたので、席につくとそれに記入して店員に渡した。ラーメンが来るまでぼんやり待つ。目の前には暖簾がぶら下っているが、カウンターの向こう側の下のほうは見えるし、右往左往する店員や、他の客が替え玉を頼む着メロ風の「チャルメラ」音も聴こえる。
 横の仕切りに貼ってある能書きなどを読んで時間を潰す。店員の応対はかなり徹底的にマニュアル化されているし、注文するときにも客が声を出す必要がないので、「なんだか未来世紀ブラジルみたい」と思うが、別にあの映画にこういう食堂が出てきたわけではない。でも、店員の姿が見えないと、宇宙船で1人で旅をしていて、でも1人だと淋しいだろうと、効果音が流れてラーメン屋にいるようになっているのではないかと疑いたくなる。
 カウンターの向こうは活気もあるし、客席のほうも、土曜日だからカップル客も多く、仕切り越しでもちょっと体を傾ければ隣が覗けるので、お喋りしているのだが、その様子が見えないので、なんとなく遠い世界の出来事のようだ。

 酒を飲みすぎると、周りが遠くなっていくような感覚に襲われることがある。そうなるとかなりの酩酊状態なのだが、なんだかあんなかんじで、周りに人がいるのに、遠くの出来事のように感じるのだ。でも、それだけではない、このかんじはなんだろうと、一生懸命思い出そうとしたが思い出せない。
 ずいぶん待ったような気がしたあと、やっとラーメンが到着。暖簾の後ろに、すだれのようなものが下ろされて、カウンター内の様子が完全にわからなくなる。孤独だ。ラーメンに集中するというよりも、「ラーメンを食べている自分」に集中してしまう。「本当の自分」を探したい人は「ラーメンを食べているときの本当の自分」が探求できていいのかもしれない。

 ラーメンはそこそこ美味しかった。「なんでんかんでん」に、辛味を混ぜたようなかんじ。あの細い麺は好きだけど、スープの味がけっこうしょっぱい。
 麺の量も「替え玉」のある店にありがちだが控えめだったので、迷わず箸袋に追加注文を書いて、呼び鈴を押すと、すだれを開いて店員の現れ(顔は見えない)しばらくして替え玉が来て、またすだれが閉まる。

 なんかこのかんじって、子供のころに「おたふく」や「水疱瘡」に罹り、ソフトに隔離されたときのようなかんじだ。家の前の通りで、近所の友達が学校に行ったり、帰ってきたり、そのあと遊んでいたりする声は聞こえるのだが、会ってはいけないので、ひっそりと耳を澄ます。家からも出られなかったので、回復期にはかなり退屈して、ぼんやりと家の周囲のいろいろな音を聴いていた。

 それに、これは経験がないが、この状況ってなんとなく刑務所の面談室みたいだ、とも思う。
 落ち着くことは落ち着くのだが、落ち着きすぎで色々考えてしまうので、私みたいに「考えすぎ」の人には向かないかもしれないが、でも初回だったから物珍しかったけど、2回目以降は平気で雑誌でも読んでいられると思う。でも、やっぱし変な店。店のコンセプトが面白すぎて、ラーメン自体は平凡だったように感てしまったので、「ラーメンの味に集中してもらうため」というのは眉唾である。

 食べ終わったら、乃木坂方面に歩いて、某ラウンジバーへ。そこを貸しきって友達の誕生会の集まり。2月、3月生まれの合同誕生会という名目。7時から12時だとメールが来ていたのだが、私が到着した9時には、5人くらいしか来ていなかった。おでんが用意されていたので、替え玉まで食べてしまって失敗したと後悔。メールにも「ママさんがおでんを作ってくれる」と書いてあったのだが忘れてた。
 ここに集まる「クラブ系」面子とも最近はあまり顔を合わせなくなったので、もっと大勢来るのかと思いきや、私の知ってる人はなかなか来なくて、Eちゃんの看護実習体験談や、MG氏の首痛の具合の話や、Kちゃんの「アーユルベーダ初体験記」などを拝聴しているうちに、ぽつりぽつりと人がやってきて、しばらく会っていなかったK子さんは金髪になってるし、N君はあいかわらず、落ち着きがあるのかないのか、ぼんやりと傾いで立ってるし、そのうち私が会ったことがなかったが一度会ってみたかったKTちゃんも来て、噂どおりゴージャス美人。ファッション業界でバリバリやっている女実業家である。彼女が連れてきたのが、「ビヨルン・アンデルセンの10年後×0.7」な美青年で、私のとなりに座っていた女の子が「あのハンサム金髪と隣のおでんの土鍋のコントラストを残しておきたい」とそっと写真をとっていた。MHちゃんも来てた。「ひさしぶり〜」「そうだよ、前に会ったのはフジロックだ」
 フジロックで会ったきりと言えば、MG氏が「やっと帽子返せるよ」と車に忘れた帽子をとってきてくれた。ひさびさの帽子との再会。
 11時近くなって小さなラウンジは満席状態。MYRさんとFも来たし、20人以上いたのではないか?やはり久々に会ったM君はママさんに秘蔵のワイン自慢をしていた。やつはロマネとかを所持している。「飲んでみたい気もするんですけど、こわくって開けられないんですよね」などと、和やかに語り合っているのに割って入り、「おねーさんは怖くないから・・・・優しくするから、開けようよ」と言ってみたが冷たい視線でお返しされた。ケチぃ。飲んでみたいよ、ビンテージワイン。(人の金で)私、ずいぶんお世話してあげたじゃん?

 久々に会った友達ともいろいろ談笑できて、初めて会った子達ともけっこうお喋りができたので、楽しかった。皆がいつまでいるつもりなのかわからなかったが、私は仕事帰りだったので、やはり昼間から映画(「ハリポタ」は今だに混んでいたそうだ)を観たのでちょっとお疲れ気味のK子さんと一緒に帰る。彼女も「今年はバイトでもいいから働こっかな」と言っていた。


表紙に戻る / 過去の日記を読む