-やさしさ-

 

  私はバッグの肩紐に腕を通し、電車を降りた。  
そのまま改札を抜け外に出ようとした所で足を止めた。  
構内で、ひょろ長い青年が大声を張り上げていた。  
「やさしさ!売ります。やさしさ!売ります」  
実に奇妙な光景にしばらく見入っていると、一人の中年男性が興味深げに青年に声をかけた。  
「君は何をやっているのかね?」  
「やさしさ!売ります」  
青年はその一言一点張りだった。  
「ふむ」  
中年男性は腕を組み、青年を値踏みするように見たあと財布を取り出した。  
本気か?  
私が傍観する中、実に奇特な男性は四つに折れた千円札を一枚、青年に差し出した。  
「やさしさ一丁!」  
青年はその札を受け取ると自分の尻ポケットにねじ込む。  
そして、  
「アンタはやさしい。こんな俺に金をくれるなんてアンタはやさしい」  
青年は見事にブン殴られた。
 
 
  

 

 

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