詐害行為取消権の効果

〇、本稿の要旨

 詐害行為取消権の効果は取消である。
 債権者Aが債務者Bに対して債権を有しており、Bが債務超過の状態にあったが、BはCからある物件を不当に高値で購入したとする。Aはこの売買を詐害行為として取り消した。この場合、BC間の売買は取り消され無効になるので、Cが売買代金として得た金銭は、なんら法律上の原因のない、不当利得となる。BはCに対して不当利得返還請求権を有する。また、AはBの債権者であるので、Aも債権者代位権を行使してCに対して請求することができる。このように、取消無効、不当利得返還請求権(場合によっては物権的請求権)、債権者代位権を組み合わせる説明は、単純かつ明快であり、なんら複雑でも迂遠でもない。
 そして、ある契約が未履行のうちに詐害行為取消権が行使された場合、その効果は取消としか考えられない。
 また、いわゆる価額賠償についても、詐害行為取消権の効果を取消と考えることによって民法の体系の中で説明できるようになる。債務者Bが詐害行為者Cにある物件を売却し、その売却が詐害行為として取り消されたが、Cがその物件を消費してしまっていた場合、Cは当該物件の価値を金銭で支払うことになる。これは、売買契約が詐害行為として取り消された結果、売買契約は無効であり、なかったものとして扱われるのであるから、当該物件はBの所有物であったことになり、本来は、BはCに対して物権的請求権を持つはずである。しかし、Cがその物件を消費してしまったため、物権的請求権は不当利得返還請求権に転嫁するのである。すなわち、詐害行為取消権の価額賠償とは、物権的請求権と不当利得返還請求権の適用問題にほかならないのである。
 さらに、詐害行為取消権の効果を取消とした場合の結論は、本稿で詳しく検討するように、おおむね妥当なものであると筆者は判断する。

一、問題設定

 民法第四二四条以下に規定される詐害行為取消権の効果については、さまざまな議論がある。本稿の目的は、実定法解釈の問題として、この詐害行為取消権の効果を明らかにすることにあるが、その中で立法政策論的妥当性の問題も検討していく。

二、結論

 詐害行為取消権の効果は「取消」である。

三、証明

 詐害行為取消権の効果が「取消」である根拠は、民法第四二四条において、「債権者は・・・・・・法律行為の取消を裁判所に請求することを得」と規定されていることにある。明文で「取消」が効果であると定められているからである。

四、批判に対する反論

 以上で、結論と根拠を述べた。まったく反論の余地はないと考えるが、これまで他説に対してなされてきた批判等が、本稿の結論についても寄せられるともありえなくはないので、以下では、それらの批判について検討をおこなっておく。
 まず、詐害行為として法律行為を取り消すことによって、債権者から詐害行為者に対してなんらかの請求が可能になるべきだと考える論者がありえるだろう。そして、詐害行為取消権の効果が単なる取消であるとすると、害された債権者が詐害行為者に対し実質的にはなんらの請求もおこなうことができなくなるので、詐害行為取消が無意味になる、という批判がなされる可能性がありえるであろう。次の事例にそくして説明しよう。
 [事例1]債権者Aは債務者Bに対して債権を有しており、すでにBは債務超過の状況にある。このとき、BがB所有の物件sをCに売却し、この売却が詐害行為であったとする。このような場合に、Aがこの売却を取り消した。
 さて、この[事例1]において、たんに売却を取り消しても、Cが不動産の登記を有し、占有しつづけるのでは無意味ではないか、というのが、ここで検討する批判である。無論、このような批判は結論の妥当性を論じるものにすぎず、実定法にその根拠をおくものではないので、「詐害行為取消権の効果は取消である」という実定法解釈に対する批判とはなりえない。しかし、立法政策論的妥当性の問題として以下で検討しよう。
 詐害行為取消権を債権者が行使できる場合には、当然のことではあるが、債権者Aは債務者Bに対し、なんらかの債権を有しているはずである。そして、取消により、債務者Bから詐害行為者Cに対する物権的請求権(民法第二〇六条)が発生する(なお、返還の根拠はいわゆる物権的請求権の場合と、民法第七〇三条以下の不当利得請求権の場合とがあるが、詐害行為取消権の効果を論じる本稿では当面その違いを詳しく論じることはしない)。したがって、債権者Aはこの物権的請求権を、民法第四二三条に規定される債権者代位権によって代位行使することができるのである(C占有の当該物件sをBの所有物として差し押さえる、あるいは当該物件sの引渡請求権を差し押さえるといった手続も問題となりえるのであり、むしろ債権者代位権よりも差し押さえ等の執行手続のほうが重要であると思われるが、本稿においては執行手続については立ち入らず、民法上の債権者代位権に注目して論じることにする)。詐害行為取消権の効果が取消であるとしても、決して詐害行為取消が無意味になるわけではない。
 なお、このように詐害行為取消権を行使した後に債権者代位権を行使するという論理構成は非常に簡単かつ明瞭であり、なんら複雑でも迂遠でもない。
 次に、詐害行為取消権を行使した債権者が不当に優先弁済を受けるべきではない、と考える論者がありえるだろう。この問題について、次のような事例を考えてみよう。
 [事例2]Cが債務超過にあるBに対して不動産を売却し、金銭の授受と登記が完了している。その後、Bの債権者Aがこの売買について詐害行為取消権を行使した。
 この事例において、詐害行為取消権を行使した結果、債権者AがCに対して不動産の売却代金を請求できるとすると、この売却代金は本来はBの財産であるから、AはBにその売却代金を返却しなければならないはずである。しかし、AはBに対して債権を有しているのであるから、この債権と返却すべき売却代金とを相殺することができれば、結果的に優先弁済を得ることになる。それも、最も早く債権回収の努力をおこなったCよりも、後から詐害行為取消権を行使したAが優先してしまうのである。そこで、このような処理は不合理だと考え、公平な(債権者平等の原則にかなった)解決をはかるべきだとする主張がありえよう。また、Aが優先弁済を受けるのが不合理だということについては、民法第四二五条が詐害行為「取消は総債権者の利益の為に其効力を生ず」と規定しているという、条文の規定上の根拠もある。したがって、Aが結果的に優先弁済を受けるということの是非は、立法政策論的妥当性の問題だけでなく、実定法解釈の問題にもなるのである。
 では、詐害行為取消権が取消であるとすると、どのような結果になるのであろうか。詐害行為取消権を行使した債権者が不当に優先弁済を受けることになりはしないのだろうか。やはり[事例2]にそくして、以下で検討しよう。
 債務超過にあるBにCが不動産を売却し、金銭の授受と登記の移転が終了しているという場合において、Bの債権者Aがこの売買について詐害行為取消権を行使したとする。詐害行為取消権の効果が単なる取消であるとすると、この取消権行使によって売買は取り消され、BはCに対して、不当利得として、その売却代金の返還を請求することができる。Aはこの不当利得返還請求権を債権者として代位行使できることとなる。そして、債権者代位権を行使した結果、AがCから売却代金を受け取ったとすると、Aは相殺により事実上優先弁済を受けられることになる。しかし、このAが優先弁済を受けられるという結果は、詐害行為取消権の効果として発生するものではない。債権者代位権を行使した結果なのである。取消の効果自体は債権者全員のために生じているのであり、Aは積極的に債権者代位権を行使したために、優先弁済を得ることができたのである。したがって、ここでAが優先弁済を受けるのは、民法第四二五条の規定に反するものではなく、実定法解釈としてはなんら問題はない。なお、実定法解釈から離れて立法政策論的妥当性の問題として考えてみても、積極的に債権保全のために活動したAが優先弁済を受けるのは、ある程度の合理性がある。それでもAが優先弁済を受けるのは不当だと考えるものがあるかもしれないが、それは債権者代位権の効果の問題として考えるべきである。詐害行為取消権の効果を取消と考えることに対する批判とはならない。
 なお、[事例2]において、Cは売却代金回収の努力をしてすでに代金を受け取っているのであるから、Aよりも積極的に自らの債権を保全すべく努力しているといえる。したがって、AがCよりも優先して弁済を受けるのは不合理であり、詐害行為取消の効果をたんなる取消とすると、Cが不当に害されるので、妥当ではないと考える者もあるかもしれない。これは実定法に基礎をおかない立法政策論的妥当性にかんする議論であるが、以下で検討することにしよう。結論から言えば、詐害行為取消の効果を単なる取消と解しても、Cが不当に害されることはない。なぜなら、売買が取り消された結果、Cは売却代金を返還しなければならないが、売却した不動産は遡ってCの所有物であったことになる(民法第一二一条)。そして、当該不動産はCの所有物であるのだから、Bが破産したとしても、Cは当該不動産を取り戻すことができるのである(破産法第八七条)。したがって、Cは誰よりも強く保護されることになるのである。結局、Cが害されるという批判は妥当しないのである。ところで、Cが最も強く保護されるというのは、CがBに物件を売却し、その売買が取り消されたという事例に限られるものではない。以下では、いくつかの事例について、Cの保護についてさらに詳しく検討しよう。
 [事例3]債務超過にあるBがCに対して不動産を売却し、Bの債権者Aがこの売買について詐害行為取消権を行使した。
 この場合、売買が取り消されることによって、BはCに対し物権的請求権を有することになり、これにもとづいて、当該不動産の引渡を請求することができる。これに対しCは売却代金の返還をBに対して求めることができる。その根拠は不当利得返還請求権である。そして、この売却代金の返還を得るまで、Cは留置権(民法第二九五条)(筆者は、不動産留置権については、既存の議論を見直す必要があると考えている。不動産留置権にかんする物権変動についても、不動産にかかる物権である以上、当然登記をしなければ対抗できないはずだからである。しかし、本稿の主題とは離れるのでこれ以上は立ち入らない。また民法第二九五条の留置権については「其物に関して生じたる」という文言が問題になりえるが、この文言の検討についても本稿では立ち入らない。なお、同時履行の抗弁権の規定(民法第五三三条)の適用についても、、立法政策論的妥当性の観点から、検討する余地があると筆者は考える)によって、不動産の引渡を拒むことができる。ゆえに、Cは確実に売却代金の返済を受けることができる。したがって、やはりCが不当に害されることはなく、Cは強固に保護されるのである。
 [事例4]債務超過にあるBが自己所有の物件sを、C所有の物件tと交換した。この交換についてBの債権者Aが詐害行為取消権を行使した。
 この場合、BはCに対し、物権的請求権によってsの引渡を求めることができる。逆に、CはBに対し、やはり物権的請求権によってtの引渡を求めることができる。この場合でも、Cは、Bがtを返還するまでは、Sについて、留置権(または同時履行の抗弁権)を主張して引渡を拒むことができる。やはり、Cは強固に保護されるのである。
 [事例5]債務超過にあるBに対し、Cが金銭を貸付け、その返済を受けた。その後、Aがこの返済について詐害行為取消権を行使した。なお、詐害行為取消権の対象となるのは「法律行為」とされており、「弁済」が詐害行為取消の対象となるのかどうかは問題があるが、貸付の利息が不当に高額であったために、金銭消費貸借契約自体が詐害行為とされることは考えられるので、そのような事例を想定して考えることにしよう。
 この金銭消費貸借が詐害行為として取り消された場合、Cが返済として受け取った金銭は不当利得となる。他方、CがBに対して貸付として交付した金銭も、Bの不当利得となり、CはBに対してその返還を求めることができる。したがって、返済として交付された金銭の返還をBがCに迫った場合、またはAが債権者代位権を行使してその返還を迫った場合、Cは、これと、貸付として交付した金銭の返還請求権とを相殺することができる。結果的にCが支払わなければならないのは、不当に高額とされた利息部分のみであり、そのほかの部分についてはCは保護されるのである(なお、このような事例では逆に詐害行為者Cを強く保護しすぎているという批判も予想されるが、不当に高額とされた利息部分についてはCは保護されないのであるから、筆者の立法政策論的価値判断によれば妥当な解決である)。
 以上のように、詐害行為取消権の効果を取消と考えることにより、むしろCが不当に害されることはなくなるのであり、立法政策論的妥当性の観点からも、望ましい解決が達成できると筆者は考える。

五、他説の問題点

 ここまで、詐害行為取消権の効果が取消であること、そして、そのように解することによって他説に対してなされてきた批判をむしろ払拭できるということを述べてきた。以下では、他説が有する問題点を、詐害行為取消権の効果を取消と考える筆者の視点から、指摘したいと思う。
 まず、他説が有する最大の問題点は、実定法を無視していることである。詐害行為取消権の効果が「取消」であることは、民法第四二四条に明定されている。
 次に、他説では、未履行契約を取り消す場合と、履行済の契約を取り消す場合とにおいて、一貫性のある説明ができない。次の事例にそくして検討しよう。
 [事例6]債務超過にあるBにCがある物件を売却した。しかし、Bの債権者Aがこの売買について、金銭の授受と物件の引渡がまだ済んでいない段階で、詐害行為取消権を行使した。
 この場合、詐害行為取消権の効果は、取消であるとしか考えられない。しかし、他説は、引渡が済んでいる場合のみを念頭において議論をおこなってきた。そのために、未履行の場合との整合性を欠いているのである。
 最後に、他説では、いわゆる価格賠償による処理を説明できない。次の事例にそくして検討しよう。
 [事例7]債務超過にあるBがCに所有物を売却した。その後にこのBC間の売買についてBの債権者Aが詐害行為取消権を行使した。しかし、Cはすでに当該物件を消費してしまっていた。
 このような場合、結局、AはCに価額賠償を求めることになる。物件がない以上、物件を返却することはできず、その物件の価額を支払うことによって物件自体の返却に代えるわけである。しかし、他説では、この価額賠償の根拠を示すことができていない。ところが、詐害行為取消権の効果を取消と考えれば、価額賠償を民法の枠組の中に位置づけることができるのである。詐害行為取消権の効果を取消と考えれば、BC間の不動産売買が取り消されれば、本来は、BはCに対し、物権的請求権として、当該物件の返還を求めることができる。しかし、Cがその物件を消費してしまった場合には、物件が存在しないという事実から物権的返還請求権を行使することができなくなり、不当利得として、Cにはその利益を金銭で返還する義務が生じるのである(不当利得返還請求権への転嫁)。このように、詐害行為取消権の効果を取消と考えることによって、価額賠償の問題も、物権的請求権と不当利得返還請求権の適用問題と考えることができるようになるのである。詐害行為取消権の効果を取消とみる筆者の見解が、民法全体の構造と整合性を持つということの一例である。

六、結びにかえて

 以上、蛇足と知りながら延々と議論を重ねてきた。再度結論を述べ、結びにかえる。詐害行為取消権の効果はたんなる「取消」である。

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