さよならの日


「あ。リュー、リューじゃない?」
「ほんとだー。リュー!」

女どもの歓声の向こうにいるのは、確かに同じクラスの――違った、同じクラスだったリュー。
何をしてるんだか、歩きながらぼんやりと川を眺めたり空を見上げたりしている。

「おい、リュー。」
「あ、テッド。久しぶり。」
「何やってんだよ、お前。」
「えーっと、散歩かな。」
「散歩ー?」

困ったように曖昧に笑うリューをあっという間にクラスの連中が取り囲む。

「リュー、久しぶりじゃない。」
「元気だった?」
「何で学校辞めちゃったの?」

矢継ぎ早に聞くのはやっぱり女どもだ。
でもリューは男にも女にも同じ表情、同じ落ち着いた口調で言葉を返す。


「辞めてないよ、休学してるだけ。みんなは何でこんな時間に外に出てるの?」

「今日は課外授業なの。
コロニーのシステムで自然に擬態してみせてる所を10ヶ所見つけてきなさいって。」

「ふーん。」

「ねえ、リュー。一緒に探さない?」

「君たちと?」
「リュー頭いいもん。すぐ見つかるでしょ。」
「いいよ。遠慮しとく。」
「忙しいの?」
「うん。明日から旅行するから。」
「旅行?どこへ?」
「他の惑星。」
「えー、いいなー。だから休学してるんだ!」
「そう・・・。」


脇で聞いていた俺は、際限ないくだらない話題にいらいらしてきた。

「お前らいい加減にしろよ。こいつが困ってんだろ。とっとと行けよ。」

「何よー、ひがんでんの?」
「もてない男のひがみだー。」

きゃあきゃあ笑いながら、女どもはそれでもリューの側から離れない。

「早く行け!」
「きゃー!」

さっき拾った蛙の干物を投げつけると、ようやく奴らは離れていった。


「へえこんな蛙、ここにもいるんだね。」

リューは悠長にそれを拾い上げて感心している。


「・・・ようやくお前と一緒にいて比較されることがなくなったのに、またこれかよ。」

「ん?」

「お前ばかり、なんでもててるんだろうな。顔か、やっぱり。」
「もててるっていうより、人畜無害で近寄りやすいだけだろ?」
「まあ、お前って誰に対しても態度変わんないしな。それが、コツか?」

リューはいつもの何て答えていいのかわからない表情をして見せた。

「俺は、女相手だといらつくからなー。だから駄目なんだな。んで、明日から旅行だって?」

「そう。」
「いいよなー。成績のいい奴は休んで旅行してもすぐ追いつくってか?」

「そんなことはないよ。」

「旅行の準備はいいのかよ。」
「準備してるよ。これが最後の準備。」
「最後の準備?どこが。」

「違う星に行ってもこのコロニーを忘れないように、一つ一つ覚えてたんだ。川も、空も。
あんまり冴えない星だけど、やっぱり僕の故郷は ここだからね。」

「忘れないようにって・・・移住するのか、お前!?」

「違うけど、しばらく帰ってこないから。だから、テッドに会えて良かったよ。」

「何だよ。言ってくれれば送別会でもしたのによ。」
「そんなに大したもんじゃないから、いいよ。」

「何だよー。」

俺はがっくりして、肩を落とした。
何だかんだ言っても、一番の友達はこいつだったんだよな。
俺にとって。

「テッド。」

「握手しよう」と、リューが右手を差し出す。俺はそれを握り返した。
昔気持悪いって言っていじめた事のある左手は、やっぱり手袋をしたままだけど。

「ごめん、リュー。」
「何が?」
「色々と、さ。」

リューは少しの間を置いて頷くと、笑って見せた。
いつもみたいに困ったような曖昧な笑いじゃない。満面の笑み。

「ありがとう、テッド。」

こいつがもてる訳がなんとなく、本当になんとなくわかったような気がした。

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「あ、そうそう。さっき言ってたコツだけど。」
「コツ?」
「誰に対しても態度が変わらないっていう、あれ。」
「コツあるのかよ、やっぱり。」

身を乗り出した俺に、リューは顔を近づけた。

「本当に好きな人が出来れば、それ以外の人はみんな同じに見えるよ。男でも女でも。」
「え?」

「じゃあねー。さよなら、テッド!」
「おい、リュー!!」

意味深な言葉を残すと、リューはあっという間に走り去っていく。


本当に好きな人。
いるのかあ・・・あいつには。


「やられたなあ。」


友達が急に大人になって、遠くへ行ってしまった感じがする。

少し寂しい思いを胸に、俺は課外授業のグループを追いかけて走り始めた。

2006.8.22


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