「―――で、リューは今日、どうしたの?」
「しらなーい。なんだかすごく慌てて出て行っちゃった。」
リージャは横で料理の下ごしらえを手伝いながら口を尖らせる。
「そうなの。残念ねえ。」
「そ。せっかくお祭り案内してあげようかと思ったのに。」
「ふふ。」
トニオは思わず含み笑いをする。
それで相変わらずうちの手伝いに来てるわけね。見かけによらず寂しがりやなんだから。
「何なの、その笑い。」
気持悪い、と姪は毒づく。
こういうところが可愛くないのよね、この子は。
トニオは眉をひそめた。
顔だけじゃなく、口調も姉さんに似てきたみたい。
口の悪いところは間違いなく姉さん譲りだわ。
「ねえ、リージャ。あんた気付いてる?」
「何を?」
「今日、あたしの店に来てからあんた、リューの話ばっかりよ。」
それを聞くと、リージャは少し赤くなった。
「だって、昨日荷物運んでくれたし。お客さんだしね。」
「ふーん。」
ん、もう。手強いわ、この子ってば。
素直じゃないところも、姉さんに似てるんだから。
「・・・叔父さん。」
「なあに?」
「リューのお父さんってどんな感じの人だったの?」
「昨日話したじゃない。」
「叔父さんが話すのはいい男だったって事だけでしょ。本当にリューにそっくりだったの?」
「本当よぉ。それじゃなきゃリューを見た瞬間に親子だってわかるはず無いじゃない。」
「そうね・・・。それで、リューのお父さんやお母さんとどんな話をしたの?」
「うーん、もう20年前の事だしねえ・・・。」
目をつぶるとトニオは昔の記憶を探ってみた。
思い出すのはリューにそっくりな、穏やかな微笑みだけ。
―――いい男だからいい男だったっていうだけじゃ駄目なのかしら?
「あ、そうそう。
リューの叔父さん、カイっていうんだけどあの子もリューに似てたわよ。
性格は違ってたけど。
今頃、渋めの男になってるんでしょうねえ。
リューが来たらその辺り聞いてみよっと。」
「叔父さん、結局自分の趣味に走るんだから!」
「いけないかしら?」
「あたしは今、リューのお父さんについて聞いてるの!」
「叔父さんだって身内でしょー。」
「もう、いい。トニオ叔父さんにはもう何も聞かない。」
「どうしてよ!?」
「どうしても!!」
「きーっ!」
その時、店の扉が勢いよく開いた。
「おーす。」
「あら、イバン。どうしたのそれ?」
イバンは右肩の上に樽を載せ、左手には山ほど酒瓶の入った袋を抱えている。
「そこで酒屋の親父に会ったら、トニオの店に持ってってくれって言われてさ。」
「あらー、ありがとう。」
トニオはその袋を受け取った。
「リージャ、酒屋の親父が早く注文に来ないと今日は早仕舞いだって言ってたぞ。」
「うそ!!酒屋の小父さんも今日は飲む気ね。叔父さん、ちょっと注文してくるー!」
「はいはい、行ってらっしゃい。」
どしん、ばたん、がっしゃーん。
色々な音をたててリージャが店を出て行くと、途端にシーンとした空気が店を包む。
トニオはそっと溜息をついた。
・・・いやね、あたしったら。
あの子がいないと寂しいのはあたしの方じゃないの。
「イバン、飲んでく?」
磨いていたコップを差し出すと、イバンは慌てて首を振る。
「この店で飲むなって言われてるからな。」
「いやねえ。変なデマ流して。」
「デマぁ?特に祭りの日は気をつけろって言われたぞ。
酒屋の親父だって、俺に押し付けたのは祭りの日にこの店に寄りたくないからじゃないか?」
「嘘よ、嘘。だからたまにはうちの店も手伝ってよ、ね。」
「いやだね。」
「あんたが店を手伝ってくれれば、お客さんも増えるのになあ。」
「どんな種類の客がだよ。」
じりじりと逃げるように扉に近づくイバン。
(面白くないわね。)
トニオのいたずら心がむずむずと騒ぎ出す。
「イバン。リューって子に会った?」
「・・・ああ。」
ぴたりとイバンの体が止まるのを見て、トニオはにやりとした。
「リージャ、リューにお熱みたい。ライバル出現ね。」
意地悪な光がきらめく視線を向けると、イバンは肩をすくめて見せた。
「リージャが好きなら、それでいいだろ。」
「あら。いいの?」
「ああ。」
少し考えてから、イバンは言葉を繋いだ。
「だからって俺の気持が変わるわけじゃない。」
「え・・・。」
そう言うと「じゃあな。」と手を振ってイバンは出て行った。
・・・もう、面白くない。
でも―――。
いつの間にあんなにいい男になったのかしら、あの子。
思わずドキッとしちゃったじゃない。
ほんとにうちの店に出てくれたら・・・お客、増えるのに。
使われなかったコップを元に戻して、トニオは「あーあ」と呟いた。
「あー、あたしも恋がしたーい!!」
誰もいなくなった店で、トニオは思い切り叫んだ。
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