HIS VOICE |
「叔父さん。」 仕事を終え、宇宙港に戻ってきた俺が会社への報告を終えると 事務所の入口にリューが立っていた。 「半年見ない間にまた、大きくなりやがったな。」 俺は出迎えた甥っ子の髪をくしゃくしゃと掻き回した。 「痛いよ。」 リューは笑いながら髪を撫で付ける。 その声におや、と思った。 半年前に別れたときと、明らかに声が違っている。 「声変わりしたのか?」 「うん。ここ一週間でね。」 「ふーん。」 俺は甥っ子の顔を見直した。 まだ子供子供していると思っていたが・・・。 「お前、いくつだっけ?」 「14。」 「14、か・・・。」 兄貴が俺と出会った年、か。 じゃあ、あの頃の兄貴はちょうどこれくらいだったってわけだ。 俺は声変わり後の兄貴しか知らなかったんだな。 「何?」 「いや。・・・ほんとに子供の成長は早いと思ってな。たった半年見てないだけなのに。」 「でもみんなにからかわれてるよ。見た目はこれなのに。声だけ男みたいだって。」 そう言ってリューは自分を指差す。 「紛れも無い男なのにね。」 「からかうのは、女か?」 「そう、クラスの女の子たち。」 「そいつらお前に気があるんだろ。」 親子揃ってもてやがって、と俺はまた奴の髪を掻き回した。 「痛いって。」 相変わらず怒りもせずに、リューは髪を直す。 「なあに、何の話?」 いきなり俺たちの間に真っ赤な人影が入り込んだ。 「母さん。」 「お待たせ。リュー。」 ミャオは息子の腕に自分の腕を回す。 「あ、カイ。戻ってたのね。」 息子の手を持ったまま、にっこりと笑うミャオ。 彼女の“息子”は母親よりもまだ小さいが、とてももう親子には見えない。 似ていない姉弟のようだ。 「まったく・・・。」 甥っ子にしたのと同じように編み上げた赤い髪をくしゃくしゃと掻き回すと 「何するの!」と怒った声が返ってきた。 そうだよな、これが普通の反応だ。 「お帰りなさいかお疲れ様だろ。始めに言う言葉は。」 「だってこれから食事に行くんだから、その時に言おうかと思って。」 「今日も俺に飯をおごらせるつもりで来たのかよ。」 「みんなで食事する時に、男が払うの当然でしょ!こっちは女子供なんだから。」 ミャオはぐしゃぐしゃになってしまった髪を梳くと、両手で撫で付けた。 腰まで届く長い髪が、赤い滝のように流れ落ちる。 「俺は疲れて帰ってきてんだぞ。半年も休みなしで。」 「私だって一日働き詰めよ。 あんたは実働2週間程度でしょ。しかも一日4〜5時間労働のくせに。」 「その間、俺は神経張り詰めてんだっての。」 怒って先に行こうとするミャオの首を後ろから回した肘で抑えると 俺はもう一度その髪をくしゃくしゃにする。 「何するのよー!」 傍から見ると俺たちはどう見えているのだろう? 航宙士の男とじゃれ合う、年下の恋人―――そんなところか? 「お前は・・・可愛くない。」 いつものように口げんかから小突きあいが始まった、その時だった。 「こら、危ないよ。」 兄貴の声がした。 俺は凍りついた。 兄貴だ。兄貴がいる。 もう20年近く聞いていなかった、懐かしい声。 首に回していた腕を外すと、ミャオも俺と同様凍り付いていた。 驚きを通り越して、顔が青くなっている。 「二人とも。もう少し右に寄って。」 振り返れずにいる俺たちの横すれすれを宇宙港内を行き来する小さなシャトルが通り過ぎた。 シャトルは俺のジャケットに白い線を残していく。 「叔父さん、平気?」 その言葉にようやく俺は振り返った。 こいつは、リューだ。 俺の兄貴じゃない。甥っ子だ。 呪文のように胸の中で言葉を唱える。 「ああ・・・。」 俺はちらりとミャオの顔を見た。 ミャオも俺の顔を見返した。 泣くまいとする金色の目が何度も瞬きをしている。 強張っていた頬が徐々に赤味を帯びていく。 お前も兄貴の声を聞いたんだろう? そして俺と同じようにあいつは兄貴じゃない、と思い込もうとしている。 でも駄目だ。 お前はあいつの中に兄貴を見つけちまった。 表情も仕草もそれに声も、あいつは兄貴に―――お前の最愛の男になっていく。 それでも、お前は息子だと言い張るのか? 深く息を吐き出すと、決心したようにミャオは振り返った。 見ろよ。そこにいるのは、お前が初めて出会った頃の兄貴の姿だ。 その“男”を息子と言い続けるつもりか? 「母さん?どうかした?」 また自分が何かしてしまったのだろうか。 奴はそんな顔をしている。 「ううん・・・。大きくなったなあと思って・・・。」 我慢し切れなかった金色の瞳から落ちた涙を、手袋をした指がすくい取る。 「大丈夫だよ、まだ。・・・あと2年あるよ。」 「うん・・・。」 手袋についた雫を青い目が見下ろした。 どうやらリューは違う意味に捉えたらしい。 「・・・あんまり急いで大きくならないでね。」 リューはそれを聞いて困ったように微笑んだ。 違うな、これは。 似ていない姉弟じゃない。 恋人を慰める年下の男―――それにしか見えない。 ・・・でも、お前はこいつを息子と言い続けるんだよな。 「意地っ張りだよなあ。」 「何のこと?」 悪口を言われることを敏感に感じ取って、ミャオは俺をきっと睨み付ける。 俺はその耳に口を近付けると小声で囁いた。 「頑固者。」 「何ですって?」 「こらこら。」 また始まりそうになった口げんかをリューが止める。 「・・・リュー。お前、親父くさいよな。」 「仕方が無いよ。僕の周りは大人の外見をした子供ばかりだから。」 くすっと濡れた目のままミャオが笑った。 「笑うな。」 もう一度赤い髪をぐしゃぐしゃにすると、ミャオは俺の頭を持っていたバッグで叩く。 「それだから、子供だって言われるのよ!」 「いてーな。お前だって同じだろ。」 「お前って言うんじゃなーい!」 再び歩き出した俺たちの後ろから「やれやれ」と言う声がした。 きっとリューは昔の兄貴と同じように 半ば呆れ顔、けれど少しの羨望が混じった顔で俺たちのことを見ているはずだ。 頑固者が二人。 同じように熱い目をして相手を見ているのに、気づかない振りをしている奴ら。 俺はミャオの肩に手を回す。 まあ、奴にそれぐらいの嫉妬はさせてもいいだろう? お前ら二人の中に、どうやったって俺は入れないんだから。 今も―――昔も。 |
2006.8.23 |
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