秋の夜長に |
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「ふう・・・。」 弟たちがようやく寝静まった夜、ミゲールはテラスの長椅子にどさりと腰掛けた。 その気配に一旦は鳴き止んだ秋の虫たちが、再び鳴き始める。 おかしい。 満天の星を見上げてミゲールは首を傾げる。 こんな筈ではなかった。 記憶を失っているロサが病院で働いていると、“彼”から聞いて訪ねて行ったあの時。 (俺が世界で一番姉ちゃんを必要としている。)と言う自分の言葉で ずっと執着していた“姉ちゃん”に対する想いが、一人の女性への想いだったのだと気がついた。 そう、一世一代の告白のつもりだったのだ。 愛する女性はあの後すぐ記憶が戻り、農場に来てくれた。一緒に暮らすと言ってくれた。 夢じゃないかと思うほどの幸せ、天にも昇るような暮らしの筈が・・・。 ロサに朝から晩まで付きまとい、今まで育ててやった恩も忘れて自分を足蹴にする弟たち。 二人っきりになるなんて、夢のまた夢。 ましてや、それ以上の事なんて―――。 大きくミゲールは溜息をついた。 「あいつら、本当に悪魔なんじゃないか?」 「そうか?」 いきなり後ろからした声にミゲールはバランスを崩し、長椅子から落ちかけた。 「ね、ね、姉ちゃん!」 「そんなに驚いたか?ごめん。」 「い、いや。姉ちゃんはあいつらに捕まって一緒に寝てるんじゃないかと。」 「抜けてきた。」 ふっと微笑んで、彼女はミゲールの横に腰掛けた。 「何で?」 「ここに来てからミゲールと話す機会が無かったから。」 「あー・・・。」 彼女も同じ事を思っていたという事実が嬉しくて、ミゲールも笑い返した。 「それにゆっくりと星空を眺めるって事も無かったしな。」 「うん、そうだな。」 秋の澄んだ夜空を見上げる彼女の横顔をミゲールは見つめる。 そうだ。一緒に暮らし始めたというのに、こんなに近くで顔を見ることも無かった。 黒い瞳の中に星が映っている。 すごく・・・きれいだ。 「姉ちゃん。」 「ん?」 夜風が高潮した頬を撫でる。 「あ、あのさ・・・。」 「うん。」 「姉ちゃんは・・・好きな人いるのか?」 (違うだろ!こんな事言ってる場合じゃないだろ! あの悪魔たちが起きてきたら、せっかくのチャンスも台無しだっていうのに!!) 自分の言った台詞に、ミゲールは頭を抱えた。 「いるよ。」 ロサは突然の言葉にもまったく動じず、彼を振り返る。 「そうか。そうだよな。」 ミゲールの脳裏にとある人物の姿が浮かんだ。 すべての悲劇を引き起こした憎むべき人物。 この農場を手に入れるのに力を貸してくれた、大恩人でもあるが――どうしても恨みや嫉妬が先に立ってしまう。 「ミゲールこそ、村の連中に聞いたぞ。娘達の憧れの的なんだってな。」 「若い男がこんな農場持ってりゃ、もてるに決まってるだろ。」 それに―――自分一人の力で手に入れた訳ではない農場だ。 いつまでも、彼に負い目を感じ続けるだろう。 「いや。憂いを帯びた横顔が魅力的なんだそうだ。」 ロサはそう言ってくすくすと笑った。 悲しげな顔にもなるだろうさ。せっかく手に入った幸運も悪魔に邪魔されてばかりなんだから。 だから、こんな話をしている場合じゃなくて―――。 「姉ちゃん!」 「何だ?」 「姉ちゃんが嫌じゃなかったら・・・。」 「うん。」 「俺と・・・農場を一緒にやってくれないか!?」 「―――もう一緒にやっていると思うが。」 「あ・・・そうか。」 次の瞬間、ロサは噴き出すと腹をかかえて笑い出した。 (馬鹿か、俺はー!!) ミゲールは再び頭を抱えて俯く。 「ああ、ごめんごめん。」 笑いすぎて涙の浮かんだ瞳を瞬かせると、ロサは俯いたミゲールの肩を抱きしめた。 「それは、私と一緒になりたいってことだろ?」 「・・・ごめん。」 「なぜ?」 「姉ちゃんに好きな人がいるってわかってんのに、こんな事言って。 二人きりになれる機会がもう無いんじゃないかと思って、先走っちまった。」 「何、言ってるんだ?」 「そんなに笑っちまうくらい―――俺の事、弟だとしか思ってないんだろ?だから、忘れてくれよ。俺どうかしてたんだ。」 「弟だなんて思ってないよ。」 「え?」 ミゲールが顔をあげると、ロサは真剣な瞳で自分を見つめていた。 「私がどうしてここに来たと思う?」 「それは・・・兄弟と一緒に暮らすため・・・。」 「少し違う。」 「何が?」 「“世界で一番私を必要としてくれる人”と暮らすためにやってきたんだ。」 「じゃ、じゃあ・・・。」 ロサはこくりと頷いた。 「お前のことが好きだよ。 第一、私を姉ちゃんと呼び続けているのはミゲールじゃないか。」 そうだった。 ずっと自分で“弟”を強調していたのだ。 でも今さら名前で呼ぶのは―――気恥ずかしい。 「私の名前はロサだ。ほら、言ってみろ。」 「う・・・もう少し時間をくれよ。練習するから。」 「練習しなければ呼べないのか?」 呆れたようにロサが言うと、負けじとミゲールは言い返した。 「姉ちゃんだってその男言葉、いつまでも抜けないだろ。」 「ああそうだな。やっぱり、いけないか?」 「何か―――女を口説いてる感じがしない。」 「そうか。じゃあ、練習する。」 一瞬の間の後、二人は顔を見合わせて噴き出した。 お互いの目の中に、お互いの姿が映っている。 ロサの肩に手を置くと瞳に映った自分の姿を見るために、ミゲールはそっと顔を近づけた。 けれどそれはすぐに長い睫毛で隠され、そして―――。 「あー!」 ばたん!と扉が開くと弟たち3人が飛び出した。 「姉ちゃん!ここに居た!!」 「いないからどこに行ったのかと思った!」 (あ、悪魔・・・。) ミゲールはロサの肩に手を置いたまま、がくりと首を落とした。 せっかく・・・せっかく・・・せっかく、いいところだったのにー!! 「一緒に寝ようよ!姉ちゃん!!」 「はいはい。」 苦笑いしながら、子供達に手を引かれロサは立ち上がった。 ミゲールは俯いたまま「はあ・・・」と溜息をついた。 全然進展しない。 ロサは子供達を先にやり振り返ると、頭を抱えているミゲールの耳元にそっと囁いた。 (まあ、そうがっかりするな。秋の夜は長いんだから。) ミゲールの耳にほんの少し唇を付ける。 (続きは、また後で・・・ね。) へ? 慌てて顔をあげるミゲールに、目の端をほんのりと朱に染めたロサは嫣然と微笑む。 後には、耳を抑えて真っ赤な顔をしているミゲールだけが残った。 |
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2007.3.5 | ||
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