12years ago

他の女が皆嫉妬するほどの美貌と永遠の若さを持ってるっていうのに。
宝の持ち腐れって言うのはこのことね。


ベビーシッターに手を引かれてやってくる息子へ、どんな男にも見せたことの無い極上の笑顔を見せる同僚に
サラは呆れたような溜息をついた。


「あら、リュー。迎えに来てくれたの?」

未だに死んだ彼を忘れられないんだもの、他の男が迫ったところで・・・駄目だわ。
おまけにいつも死んだ彼のミニチュアが側にいるんじゃあね。

「こんにちは、サラさん。」

帰っていくベビーシッターに手を振った後、彼は彼女を見上げた。
きっちり躾けられているせいか礼儀正しく、にっこり笑う小さな男の子は確かに成長したときの姿が楽しみではある。

「ほんとに、食べちゃいたいくらい可愛い子よね。」
「でしょ?」

ミャオは当たり前のように頷く。

そのうちにこの親子はどう見ても姉弟もしくは恋人にしか見えなくなるだろう。

危うい親子関係ね・・・。

「こんにちは。どうしたの、今日は?」
「おじさんが帰ってくるでしょう?だから出迎えようと思ってきたんです。」
「カイを?」
「あら、今日が帰ってくる日だっけ?」
「そうだよ、かあさん。忘れてたの?」
「覚えてないわよ、カイの事なんか。」
「ひどいなあ・・・。」

「そういえば、カイがいたじゃない。」
「何のこと?」
「あんたのお相手。」

「―――は?」

「だから、カイよ。あんたたち付き合ってんじゃないの?」
「私と、カイが!?」

冗談はやめてよ!と笑うより怒りつつミャオは同僚に向き直った。

「あいつとだけは絶対にいや!」

「なんで?いい男じゃない。確かにスペースマンは嫌われるけど、あんたはいいでしょ。
年取らないんだもの。リューとカイはそっくりだし、並んでたら親子だって言ってもおかしくないわよ。
リューはカイとお母さん、お似合いだと思わない?」
「え?・・・うん、そうですね。僕、おじさん好きだし。」

「リュー!!」

ミャオは、がしっと息子の小さな肩を掴んだ。

「リューは私が結婚してもいいの?あんな奴と!」

甘えているような言い方で目をうるうるさせて自分を見つめる母親に、小さな息子は苦笑いする。

「あんな奴って、僕のおじさんだし・・・。かあさんこそ何でそんなに嫌なの?」
「あいつはね、ひどい事したんだから!」
「ひどいこと?」
「ひどいことって何?」

二人が興味津々でミャオの顔を覗き込んだ。

「うっ・・・。」
「ねえ、ひどい事って何よ。」

逃がさないわよという顔でサラがにやりとした。

「・・・・・・物凄い度数のお酒を普通のソーダだって飲ませたの。私の結婚式に。」
「気づかなかったの?」
「冷えてたし、私も舞い上がってたから。」
「それで?それだけでひどい事って言わないわよねえ。」
「―――おかげで、倒れちゃったの。結婚式だっていうのに・・・。これでもあいつと私がお似合いだって言う?」
「ふうん。どうしてそんな事したのかしら?」
「知らないわよ。子供の頃から意地悪だったんだから!一生に一度の結婚式を―――。」
「一生に一度かどうかわからないじゃない。あんたはフリーなんだから。」
「でもあいつとだけはありえない!!」
「好きな子はいじめちゃうって事じゃないの?」
「知らない!」

どんどんむくれてきたミャオにやれやれと肩をすくめて、サラは早々に立ち去ることにした。







「かあさん。」
「なあに?」

カイが帰ってくるまでの小一時間二人はラウンジで肩を寄せ合ってお茶を飲んでいた。

「あの人たち――。」
「どの人?」

リューの目線を追うと、そこにはこれから出発するのであろう一団が搭乗手続きを終え
小型の宇宙船に乗り込んでいるのが見えた。

「みんな、死んじゃうよ。」
「え?」

一瞬息子が何を言ったのかわからず、ミャオは黙って彼の顔を覗き込んだ。

「僕、言った方がいいのかな。あの船に乗ったら死んじゃうって。」
「――死ぬって?どうしてわかるの?」
「見えるんだ。あの宇宙船、ここを出たらすぐ爆発するよ。」
「見える?どうして?どうやって?」
「わからないけど、見えるんだ。僕が死ぬところは見えないけど。時間はわかるよ。」

ミャオの顔がさっと青ざめた。

「時間?」
「僕はあと12年で死ぬんだって。」









3ヶ月の任務を終え、カイは久しぶりに地上へ降り立った。
地上では3ヶ月経っているとはいえ、カイにとってはほんの1週間ほどの感覚だ。
報告書を提出しに空港内にあるオフィスへ立ち寄ると、メッセージが届いていた。

〈ラウンジでかあさんと待ってるね。    リュー〉

帰ってきて一番に俺を待っているのが男とはね。
その拙い字に微笑むと、カイはラウンジへと向かった。

ラウンジには見慣れた後ろ姿が二つ。
可愛い甥っ子と――この世で一番愛しい女性。

「よお、リュー。」

カイはそこに近づくと小さな体を肩の上に抱き上げた。

「しばらく見ない間にまたでかくなったな。」
「あ、おじさん。」
「どうした?」

いつもなら笑っておかえりと言う甥っ子が、困惑した表情を見せた。
ミャオは俯いた顔を上げもしない。

「ミャオ?・・・リュー、あいつどうしたんだ?」
「えーっと・・・。」

ゆっくりと顔を上げ振り向いた顔を見て、カイは愕然とした。

「カイ・・・。」

ミャオは泣いていた。

何かひどい事があったのだろうか?顔を覆っていた手が小刻みに震えている。

「どう・・・したんだ?」
「あと12年で僕は死ぬんだって言ったら―――。」
「あと12年?誰がそんなこと言ったんだ。」

思わず語気が荒くなるカイに怯えた目をしてリューは「見えたんだ。」と小さく言った。

「見える?」
「そう。数字が。頭の中でちかちかしてる。13、12って。
初めは何かと思ってたけど、その先の僕は消えてしまうんだっていうことがなんとなくわかったんだ。
―――数字は僕のカウントダウンなんだなって。」
「カウントダウン・・・。」
「階段を降りて行くみたいに、残りの段がすくなくなっていくんだ。僕の命。」





「食わないのかよ。」
カイがテイクアウトの食事にフォークを刺して寄越したのに、ミャオは首を振った。
帰りの車の中でも涙が止まらず、小さな甥っ子はずっと母親の肩に手を置いて「ごめんなさい。」と言い続けていた。
車の中でニュースの速報が爆発した宇宙船の話を始めるとカイは帰りがけに食事をするのを諦め、
すぐにテイクアウトの食事を買出しに行った。


「・・・悪いのは私なのに。」

ようやくベッドに入ったリューの部屋を出ると、ミャオはぽつりと言った。

「俺だって共犯だよ。」

あまり手を付けられないまま冷えていく食事を尻目に、カイは酒のグラスを傾ける。

「で、どうするんだ。今からあいつを消しちまうか?」
「そんなことできるわけない!!」

叫んだ金色の目に新しい涙が浮かぶのを青い目が見返す。

「幸せになってほしいのに・・・。」
「だったら幸せにしてやれ。」
「――どうやって?」
「知るかよ。あいつが生まれてきて良かったと思えるようにしてやるしかないだろ?」
「ねえ、ひょっとしたらルシアスも子供の頃から知っていたのかしら・・・それで―――。」
「やめとけ。」

手のひらに顔を載せて、ミャオはまた静かに泣き始めた。
カイは彼女が顔を上げるまで、黙って見つめていた。



「・・・一つ聞きたかったんだけどな。」
「―――何?」

ひとしきり泣いた後、ようやくミャオは顔を上げた。

「あいつが成長して兄貴くらいになるとするな。」
「うん・・・。」
「あいつがもし他の女を好きになって結婚したら、お前はどうする?」
「・・・祝福するわ。」
「できるか?お前は年を取らないし、あいつはどんどん成長するんだぞ。」
「できるわ、母親だもの。母親として育てるために、もう一度会いたかったんだもの・・・。」
「理屈ではな。だけど難しいだろう?現実問題。あいつは兄貴と同じ姿になるんだぞ。」
「・・・・・。」
「酷な様だが、もしあいつの寿命がそれで尽きるなら―――辛いことが少しは無くなるんじゃないかと俺は思う。
リューとお前、二人にとって。」
「――でも・・・あと12年で終わってしまう人生を歩ませたかったんじゃない・・・。」
カイはグラスをテーブルに置いた。
「俺はまだ信じてない。子供の妄想かもしれないしな。だからお前も信じるな。」
「うん。」

ミャオはこくりと頷いた。

「あいつにその話を禁じたのに、お前が言い続けたら元も子もないだろ。」
「――うん。」

「兄貴の子供時代、母親はいなかったけど、あいつにはお前がいるんだからな。
それだけでも幸せなことじゃないか?」

しばらく二人は黙ったまま、テーブルの上を見つめていた。
グラスの中で溶けていく氷が2つ、カランと音を立てて沈んでいく。
カイはテーブルの上に輪を作っていたそれを持ち上げると、一気に飲み干した。

「あと足りないもんは、父親だろうけど―――。」
「何それ?」

途端、濡れた金色の目がカイを睨み付けた。

「いや、あいつに普通の家庭を味あわせてやりたいなら父親も必要じゃないかと。」
「例えば?」
「お前の目の前にいるやつ。」
「冗談!」

飛んできたクッションを顔の前でキャッチして、カイは投げ返した。

「あんたとだけはぜったい!お断り!」
「何でだよ。人によっては俺たちが付き合ってると思ってるぜ。」

本当はキスの一つもさせない女なのにな、と心の中で溜息をつく。

「今日サラにも同じことを言われたけど、あんたとだけは絶対にいやー!!」
「だから何でだって。」
「結婚式にしたこと忘れたわけ!?」
「何だよ、あれくらい。」
「あれくらいって―――自分の結婚式で倒れたのよ!“あれくらい”じゃないでしょー!!」
「お前が結婚式の前にあんなこと言ったから、ほんの仕返しだよ。」
「私が何を言ったのよ。」
「“お兄さんを取っちゃってごめん”とかなんとか言ったんだお前は。――お前を好きな俺に対して。」
「本当にそう思ったんだもの。それなら言ってくれれば良かったのに。」
「俺だってまだガキだったんだ。言えるかそんな事。」
「だからって、結婚式本番にあんなことしなくても――。」
「いいじゃないか。おかげであの後すぐに二人きりになれただろ。しかも翌日まで部屋から出なくて済んだんだからな。」

それを聞くとミャオは体中火がついたように赤くなった。

「そ、それとこれとは・・・。」
「結果的に良かっただろうが。俺に感謝しろよ。」
「やっぱり最低!」

ミャオの投げたクッションは今度はカイの頭に命中した。


(ほんとに―――俺はどうしてこんな女が好きなんだろうな。)


投げられたクッションを頭の上から取りながら、カイは乱れた髪を更にくしゃくしゃとかき回した。
金色の目の魔力にかかってしまうのが血筋なのだとしたら、今はまだ小さな甥っ子も同じ金色の目を好きになるだろう。
金色の瞳をした女を。
そんな予感がする。
それが彼にとっていいことなのか、悪いことなのか―――まだわからないが。



「かあさん。」

不安げな顔が小さく開いた扉からひょっこりと覗いた。

「リュー、ごめんね。うるさかった?」
「ううん。」

パジャマから出た手が瞼をこすっている。

「かあさんがまた泣いてるんじゃないかと思って・・・。」
「リュー。」

広げた手に息子を閉じ込めると、ミャオは彼を膝の上に抱き上げた。

「もう、大丈夫。ごめんなさい、リュー。」

それでも頬に残る白い跡に、小さな指先が伸びる。
傷つけないよう、右手でそっと・・。

「僕も、ごめんなさい。」
「いいの。」

ミャオはゆったりと微笑んだ。

「―――愛してるわ、リュー。」
「僕も愛してるよ、かあさん。」

母親の笑顔に安心したのか、小さな頭が急に沈み始めた。
ミャオは膝の上に息子を横たえて、静かに髪を撫でる。

「かなわねえよな。」
「ん?」
「お前を泣かせるのもこいつなら、笑わせるのもこいつなんだから。」
「うん・・・。」


忘れかけていた涙が一つぶ頬を流れる。
胸に湧き上がる想いはいつまでも変わらない。
彼に初めて会った時から。
青い瞳に恋をした時から。
ずっと。


ミャオは息子の髪に顔を埋めると、カイにも聞こえないくらい小さな声で囁いた。
小さな息子はもうすっかり寝息を立てて、そんなささやきも聞こえていなかったろうが。

「愛してるわ・・・。永遠に、愛してる。」


2008.03.29
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