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例)渡辺美奈子 「宿 Das Wirtshaus  ヴィルヘルム・ミュラー 」Noten zur Winterreise 2008.

   宿  Das Wirthshaus  ヴィルヘルム・ミュラー   訳、記述 渡辺美奈子 ページ公開 2008年
 

Das Wirthshaus.                              Wilhelm Müller  
 
Auf einen Todtenacker
Hat mich mein Weg gebracht.
Allhier will ich einkehren:
Hab' ich bei mir gedacht.
 
   Ihr grünen Todtenkränze
Könnt wohl die Zeichen sein,
Die müde Wandrer laden
In's kühle Wirthshaus ein.
 
   Sind denn in diesem Hause
Die Kammern all' besetzt?
Bin matt zum Niedersinken
Und tödlich schwer verletzt.
 
   O unbarmherz'ge Schenke,
Doch weisest du mich ab?
Nun weiter denn, nur weiter,
Mein treuer Wanderstab!         (註1)
 
 
Das Wirthshaus
宿
 
Auf einen Totenacker
墓地に
Hat mich mein Weg gebracht.
たどりついた
Allhier will ich einkehren:
ここを宿にしたい
Hab' ich bei mir gedacht.
僕はひそかに思った
 
    Ihr grünen Todtenkränze
    おまえたち緑の輪は
Könnt wohl die Zeichen sein,
疲れた旅人を
Die müde Wandrer laden
冷たい宿に迎え入れる
In's kühle Wirthshaus ein.
しるしなのかもしれない
 
    Sind denn in diesem Hause
    なんと 部屋はみな
Die Kammern all' besetzt?
ふさがっているというのか
Bin matt zum Niedersinken
僕は倒れるほど疲れているのに
Und tödlich schwer verletzt.                       [シューベルトの歌曲では Bin..]
死ぬほど傷を負っているのに
 
    O unbarmherz'ge Schenke,
   ああ 無慈悲な宿屋よ
Doch weisest du mich ab?
それでも僕を追い返すのか
Nun weiter denn, nur weiter,
ならばさらに たださらに行こう
Mein treuer Wanderstab!
僕の誠実な旅の杖よ


   「宿」 における誠実の象徴 ― 緑の輪と旅の杖

 
この詩は、4節で構成されていますが、全体的にみれば三部分構成で、第3節が第2部分、第4節が第3部分となります。このような構成はミュラーの詩、特に『冬の旅』に多く、シュトッフェルスはこの構成を「弁証法的」と表現しました(註2)。シューベルトはこの曲を、AABA' を形成する変化有節歌曲に作曲しましたので、詩の構成に合わせたといえるでしょう。
 韻律は、4行詩節、3ヘービッヒ、ヤンブス。脚韻形式は奇数行は2音節で脚韻を踏まず、偶数行だけが1音節の男性韻を踏みます。塡めの自由はなく、規則的なリズムが守られ、全体的に"w" の子音が目立ちます。第2節以降は"w" の子音の後に"d" や"r" が使用されることが多く、第4節では第2,3行において "w" で頭韻による行頭韻が形成されています。以上のことから、詩人は、子音の音響上において "wandern" (さすらう)ないし"Wandrer"(旅人、さすらい人) を意識したものと思われます。『冬の旅』には、同じ母音や子音を、ある一定の詩句の中で多用し、本来意味を持たない母音や子音が詩句から意味を取るものが多く見られます。
 音楽ではこの「さすらいの歩み」が、「墓場」を表す詩の内容から「死」または「葬送」で表現されました。この曲で使われる タン タタ というリズムは、
私が「葬送リズム」"Trauermarschrhythmus"と名付けたリズム(註3)で、シューベルトがたいへん好んだものです。タン タタ| タン タンも同様のリズムです。シューベルトはこのリズムを基本的に「死」ないし「葬送」と関係づけ、数多くの作品に使用しました(註4)。
 以上、詩と音楽において「さすらい」"wandern" が強調されていることについて述べてきましたが、シューベルトの音楽では、そのさすらいの旋律に、ピアノがいずれかの声部において、歌と同じ旋律でずっと伴っていることに気づきます。『冬の旅』で、歌の旋律にピアノのいずれかの声部がほとんど曲全体を通して伴うものは、「鴉
Die Krähe, 「嵐の朝」  Der stürmische Morgen, 「道標」Der Wegweiser 、「宿」Das Wirthshaus、「幻日」Die Nebensonnen で、かなり伴うのが「風見鶏」Die Wetterfahne. と「勇気」です(註5)。「風見鶏」と「嵐の朝」は「強い風」をテーマにした故であり、他は誠実」の象徴と思われます。たとえば「鴉」では、 鴉自体が誠実の象徴であると同時に、詩句の中に「墓場までの誠実」が描かれているからでしょう(註6)。「宿」では、教会の墓地であることを思わるかのように、オルガンが会衆賛美を支えて旋律を弾くコラールも感じさせます。コラールでは節が変わるとオルガニストが和声など何らかの変化をさせるのが普通で、この曲も2度目で変化があります。すなわち詩人も作曲家も「誠実な旅の杖」を韻律と音楽で描写したのです。
 次に詩と音楽における円の形状、ないし円形の動きについて考えてみましょう。『冬の旅』にも『美しき水車小屋の娘』にも、ツィクルスを象徴する円の形状ないし円形の動きが描写されています。たとえば水車、指輪、辻音楽師の弾く楽器のドレー(ハンドル)等。この詩では、「緑の輪」にその形状が描かれており、「緑の輪」は「死」や「墓場」を象徴するだけではなく、ツィクルス特有の恒久なるものも表しているわけです。ではシューベルトはその恒久性をどのように表したでしょうか。この曲では、前奏の後半部分がリトルネロのように繰り返されます。これは『糸を紡ぐグレートヒェン』Gretchen am Spinnrade D 118 を思い起こさせ、いわゆる糸車のような恒久運動が描いているのです。前奏をA として2小節ずつa1a2に分け、第1節の旋律をB1とすると、第2節は歌の旋律が第1節と全く同じですからB1、第3節は変化してC、その後の短い間奏はd、第4節は、音の高さは異なるものの、音型が第1節とほぼ同じですのでB2となります。したがって
A(a1a2) B1 a2 B1a2C d B2a2 となり、これをつなぎ合わせると、a2で繋がれた円が形成され,まるで「緑の輪」のような円の形状が形成されます。円形、円形の動きという恒久運動で表せるのは、永久に代わらないこと、すなわち誠実。「緑の輪」と「旅の杖」によって、「宿」の詩と音楽で最も強調されたのは、死、死の拒否、社会共同体からの疎外だけではなく、永久運動とその象徴である誠実なのです。(2008/8/16)
   
Schubert, Franz: Die Winterreise. Faksimile-Wiedergabe nach der Originalhandschrift. 2. Auflage. Kassel, Basel, Paris, London New York (Bärenreiter-Verlag) 1966.

1) Wilhelm Müller. Gedichte. Vollständige kritische Ausgabe. Mit Einleitung und Anmerkungen. Besorgt von James Taft Hatfield. Mit einem Bildnis und einer Handschriftbeilage. Berlin u. Leipzig (B. Behr's Verlag) o.J. , S.119f. に拠ります。写真は、友人からいただいた唐檜 (フィヒテ)。宿の象徴は地域によって異なりますが、客を迎えるシンボルのひとつとして、ドイツでは緑の輪とフィヒテが挙げられます。いただいてから一輪挿しで17日経ってからの写真ですが、青々とした緑は変わらず、一枚の葉も落ちないので、誠実の象徴にも感じられます。
 
2) Stoffels, Ludwig: Die Winterreise. Bonn (Verlag für systematische Musikwissenschaft) Bd. 1. 1987. Bd. 2. 1991. In kristalline Formen getriebene Reflexion, kokett bis zynisch. In: Schriften der Internationalen Wilhelm-Müller-Gesellschaft.1994. Hrsg. von U.Bredemeyer u.C. Lange. Berlin. 1996, S.155-167. ただし、シュトッフェルスは、テーゼ、アンチテーゼ、ジンテーゼの各部分にソナタ形式に似た提示部、転換部、再現部を使用しているが、再現部は、ジンテーゼに適さない表現です。
3) Minako Watanabe (拙著): Goethes vier "Mignon"-Gedichte aus "Wilhelm Meisters Lehrjahre" - Schuberts Interpretationen als Trauermarsch- GOETHE-JAHRBUCH XL VI. Band Hrsg. von Goethe-Gesellschaft in Japan. Tokyo. 『ゲーテ年鑑』第46巻 日本ゲーテ協会)2004 S.47-62.
4)
前掲拙著論文49ページを参照してください。
5) 拙著
「「道標」に描かれた「誠実な旅の杖」」2008.(サイト)
6)
拙著鴉 Krähe ― 誠実の象徴 」2008.(サイト)

 「宿」で暗示されたキリスト教批判
 
ミュラーは全くの無神論者ではありませんが、キリスト教、教会、信者およびキリスト教に支配された社会に批判的でした。彼の信仰、不信仰は、作品によってさまざまに表現されていますが、彼の日記、手紙、作品を全体的に包括するならば、神はかつて地上のあらゆるものを作り、地上を支配していたが、キリスト教と教会によって天に追いやられたというものです(註1)。知識人なら、キリストを信じていても、当時の教会や聖職者の一部に対して疑問を持つのは、当然だったかもしれません。シューベルトの教会批判は、作曲したすべてのミサ曲に於いて、 クレドの同じ箇所 Credo in unam sanctam ecclesiam catholicam et apostolicam.  を省略したことや、聖職者を批判した内容の手紙に残されています(註2)
 『冬の旅』では、「おやすみ」Gute Nacht. における省察的な神の批判、「勇気」Muth! における地上における神の不在が表れていますが、「宿」においては、教会批判が暗示されています。彼がたどりついたという「墓地」には複数の「緑の輪」があったわけですから、この墓地はキリスト教の墓地、すなわち教会墓地です。あるいは緑の輪を看板にする居酒屋兼業の宿が、疲れ切った主人公には、永遠の安らぎを与えてくれる場に感じられたとも考えられます。ところが部屋はみなふさがっており,主人公は死と安らかな憩いを拒否されてしまいます。教会墓地に永遠に眠ることを拒否された主人公は、傷ついたからだの上に社会共同体からの疎外を受け、旅を続けなければなりません。シューベルトは、聖歌のように敬虔で慈悲に満ちた音楽で、この教会批判を反語的に表現しました。こうした表現は、次の曲「勇気」に引き継がれます。「勇気」では、ボリースが書いたように(註3)、聖職者ないし司祭を表す歌の旋律と、会衆賛美のように奏される間奏とによる交唱いわゆる「アンティフォナ」が、対照的な強弱で交互に描かれています(註4)。シューベルトが「勇気」と「幻日」Die Nebensonnen を入れ替えた理由はいくつか考えられますが、そのひとつは教会音楽の反語的表現といえるでしょう。ただし、誠実の象徴にしてもキリスト教批判にしても、詩句の多層性におけるひとつの層として解釈すべきものです。(2008/8/19 8/20加筆)


1) 「『冬の旅』より「おやすみ」の韻律と分析」(ドイツ語圏文化研究会 2008 )における口述発表から一部抜粋し、表現を変えました。
2) 
Deutsch, Otto Erich: The Schubert Thematic Catalogue. 1951, S. 50. u. Schubert an seine Geschwister Ferdinand, Ignaz und Theresia. Den 29. Oct. 1818. In: Die Dokumente seines Lebens. Gesammelt und erläutert von Otto Erich Deutsch. Leipzig (Breitkopf & Härtel.1964 ) Erweiterter Nachdruck der 2. Auflage Leipzig ( Breitkopf & Härtel) 1980. mit einem Geleitwort von Peter Gülke. 1996,  S.75.
3)  Borries, Erika von: Wilhelm Müller. Der Dichter der «Winterreise». Eine Biographie. München (C. H. Beck) 2007, S.177.
4) Lustig...からは歌にmf の指示がありますが、それまで歌はピアノ(p) 、前奏や間奏はフォルテ(f) です。
右の写真は、池の傍の凛とした方の樹が、旅人を迎える象徴「フィヒテ」で、その隣にある鉢植えの繊細な樹が「リンデ」です。(友人宅の庭)

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例)渡辺美奈子 
 「宿」で暗示されたキリスト教批判 2008.