セーラー服の謎
セーラーといえば水兵さんだよね?


 セーラー服のセーラーの部分っていうか襟のトコロのアレってどうしてあんなデザインなんだろうか?それと、そもそも水兵の服なのにどうして女子高生も着ているの?なんて考えたことはないだろうか....あれ?もしかして俺だけ?
 まぁ、俺だけじゃないことを祈りつつ襟のデザインとセーラー服に関するうんちくを語ってみよう。

 セーラー服の原型は1628年のイギリス海軍と以外と古い。現代的なデザインのいわゆる「セーラー服(ただし、スカートじゃなくてズボンね。念のため!)」は1857年にイギリスで採用された水兵服とされています。あのセーラーの部分はスカーフを巻いていたのがデザイン化されてあんなかたちになった説が有力。
 その後、18世紀末にイギリス海軍幼年学校で軍服(水兵服)以外の服装としてセーラー服が採用され、子供の普段着としても定着。イギリス海軍力の強さ、国力の強さも手伝って19世紀から20世紀にかけてアメリカなどにも広がっていくのでした。
 実は公の場で子供が着る服としても通用するくらいフォーマルな服だったのだ。

 しかし、各地の植民地が独立を果たしてイギリスの海軍力および支配力も低化すると、それとともにセーラー服の人気も低下していきます。
 日本では1921年、福岡女学院のエリザベス・リー校長が、体操の時にも動きやすいようにと、過去に自分が着ていたセーラー服をモデルに現代的なセーラー服をデザイン。それが元となり、全国に普及したセーラー服は戦後に女子中高生の制服として普及していくこととなります。
 そんなわけで日本のセーラー服は水兵さんの服から流れていたわけではなく、あくまで「セーラールック」の服が改めて動きやすい服として採用されたようなのだ。

 軍服とは関係ない流れでありながらもその特徴あるデザインの襟、学生の制服としてはそんな使われ方はないだろうが、この襟のデザインには立派な理由がある。
 このデザイン、風の強い海上で号令に使われる笛の音が風で流されないようにあのセーラーの襟で水兵は耳を覆い、聞き取りやすくするという用途があったというのだ。
 下士官までいくとセーラーじゃないのはたぶん命令をする側になると聞き取る必要がないからセーラー部分は必要ないからなんだろうな。この辺は想像だけどね。

 軍服としてではなく動きやすい服としてデザインされた日本のセーラー服ではあるがその特徴ある襟が残っている以上この襟を本来の用途としても使ってほしい。つまり....



「ものすごく風の強い日にじょしこーせーが全員セーラーの部分を上に上げて少しでも校長先生の聞き取ろうと....」

 こんな使い方をしてみるのはどうだろうか?全国の教育関係者の方...

 くっくだらーん!ながながとまじめな説明しておいてコレかーっ!と腰砕けになった方。この「みりさばでGO!」はそういうくだらんコンテンツなんで怒らないように。

 そういえば、ものすごく昔のセーラー服が流行ったときにも同じことを女友達に言っていたような気がする。進歩のないやなヤツだなぁ...俺。