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スリーエム

  3Mは、更に、多様化路線を推し進めた。セロファン・テープの発売で消費財市場にも進出し、売り上げを広げていった。セロファン・テープは産業材と全く違って、ユーザーが自分達でいろいろな使い方を開拓してくれる。セロファン・テープの成功で、接着剤の販売も拡げていった。

  接着剤は自動車産業から始まったが、これはユーザーの要求に一つ一つ答えなければならないビジネスだった。3Mのセールスマンは工場の購買部だけでなく、直接、工員の所まで行って製品のデモや優れた性能を売り込んでいた。営業部門は3Mの製品がどこで売れるのか、工場を廻りながらアプリケーションを考え、市場を探しながら歩く毎日だった。

  1944年には磁気テープの開発を始め、1951年に発売にこぎつけた。当初、市場ではワイヤー式のテープレコーダーしか発売されておらず、アンペックスがテープ式の機械を開発して、3Mのテープが販売されたのだ。このテープはラジオ放送の様相を一変した。それまで生放送が大半を占めていたが、このテープはダイナミックレンジが広く、録音放送が可能になり、放送業界に革命をもたらした。

  1949年には、表面を樹脂で覆った画期的な反射シートが売り出された。ガラスビーズが表面に露出した露出ビーズ型の反射シートは雨が降ると、表面に水滴がたまって反射しなくなる。標識は、本来、政府需要のため、市場の開拓には大変な歳月を要しする。しかし、モータリゼーションとともに徐々に需要が伸び、品質の高さから世界中で使用されることになる。

  その後も、製品開発に努力を傾注し、新しい製品の導入と市場の創造を続けた。それと共に、会社の体制も変えて行った。3Mの成功はどこにあるのか。基本的には不屈のチャレンジ精神だと思う。1902年の設立以来、幾度も倒産の危機に立たされてきて、倒産しなかったのが不思議なくらいだ。少し言い過ぎかも知れないが、3Mでなかったら諦めていたと思う。

  多様化することで製品ラインが増え、小さな市場にも対応できるようになった。そのためには、絶え間ない製品の開発が必要である。3Mの商法はニッチビジネスのお手本などといわれるが、ポートフォリオが広く豊富で、リスクが分散できるメリトがある。一つ一つの開発にもリスクが小さくなる。失敗しても影響が少ないからだ。市場の趨勢をよく見分ける。創業者の大きな利益を得た後に、少額の利益が見込まれても、これをあっさりと切り捨て、新しい製品やシステムの開発に邁進するのである。市場の変動が急変するまえに製品ラインを変更して、既存の製品を市場から引き上げる。まだ赤字でないのに、いさぎよいというべきか、先見の明があるというべきか、判断は皆さんにお任せします。

  失敗した製品の数は無数にあるが、失敗を恐れず、挑戦してゆく。ポストイットもそんな製品の一つである。開発者が教会で賛美歌を歌うとき、いつも栞が落ちてしまう。「簡単にくっ付いて、剥がせる栞があったら便利なのに」と思ったのがきっかけで、以前に接着剤の開発中に失敗した素材を思い出し、更なる開発に励んで成功した。これは不思議な糊で、糊を塗った面は塗っていない面と厚みが変わらない。

  組織を縦割りにして、権限を分散する。1948年にマックナイトが事業部制を採用したのも、それ以前にデトロイトに自動車産業事業部門の成功例があったからだが、多くの製品を持つ会社としてはどうしても必要だった。中央集権的な組織では機能しないからだ。

  1970年代後半になって、さすがの3Mも行き詰まり、80年に組織の大改革を敢行している。セクター制の導入である。中央研究所の機能も基礎開発だけを残し、それ以外はセクターに分散する。開発の遅れをなくし、事業部の発展に直接寄与させるようにした。技術のプラットフォームが決められ、開発が急がれた。

  3Mが成功したのには幾つか理由がある。その幾つかを挙げてみよう。

● 決して諦めないこと。
● 顧客のニーズを徹底して聞くこと。
● 他社の製品の真似はしない。独自で開発すれば、創業者の利益が
  得られるのだから。
● 開発は基軸を外れないこと。
● 常に新しい市場を開拓する。
● 価格競争を避け、談合は絶対にやらない。
● 正しいと信じることには、失敗を恐れない。特に、技術開発、
  製品開発には失敗の中から成功をつかむこと。
  (3Mには失敗の中から生まれた製品が実に多い)
● マネジメントは高い数値の目標をもつこと
  (営業も財務も研究開発も、その他のスタッフ部門も)。
● 従業員を大切にし、人事は極力社内から登用すること。
● 3Mの企業文化を何よりも大切にする。
● 社員は企業倫理を遵守し、マネジメントは政治に関与しない。

  会社の役員になったら、身内の社員は在籍できない。婿養子といえども駄目で、その当事者のどちらかが辞めなければならないというルールがあるからだ。少々馬鹿げているかも知れないが、本当である。それほどに企業倫理に厳しい。

  企業の中で習慣になっていること、明文化されていないことなど、挙げたら切りがない。かと言って、規則がやたらと多い訳ではない。規則は単純で、あとは企業文化がやってくれる。例えば、「ブートレッギング」といって、上司から中止を言い渡された開発を、こっそり秘密に続ける、などということも暗黙のうちにおこなわれる。

  多義に渡った多くの製品をコントロールして行くのは決して易しくない。だから、ビジョンや理念を大切にする。社員がそれらを理解することが何よりも必要だ。それらに沿って正しいと判断したら、行動は各々独自でも、全体として同じ方向に進むものである。3Mとはそのような企業である。


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”遠い夏に想いを”- Click here(ヴィオさんの旅行ブログ) も一読ください。
ミネソタ大学留学のあと、パリ大学の夏期講座に妻が受講するためパリへ飛び、3ヶ月滞在したときの思い出を探してのブログ手記です。