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中古車の購入

  ブルースに電話したら、次の日に会社が終ったら真っ直ぐ我々のアパートに来るとの返事だった。アメリカの会社は大抵4時頃には終るから、その日も夕方に来てくれた。場所はミネアポリスの南西部のセントルイス・パークかイダイナのあたりのオックスフォード通りだったと思う。
  車の持ち主の家は、まわりに樹木が多く、気持ちのよい場所だ。主人と奥さんが出てきて、家の前に停めてあるベージュ色の車を指した。車は確かに前後のフェンダーのあたりが腐食していて、少し錆びが外側にも浮き出ている。北の雪の降る州では、除雪剤に塩化カルシュームを散布するために、どうしても車がやられるのだそうだ。
  我々の感覚からすると、コンパクトカーというには大き過ぎる。実は、日本のブールーバードやコロナなどは、アメリカではサブ・コンパクト・カーと呼ばれていた。コンパクトカーというとクラウンかセドリックの大きさである。いろいろ話しを聞いて、ブルースのOKも出て、値段の交渉に入った。500ドルだが、1週間も売れなかったこと、売れないと新車の保険加入に困ること、錆がひど過ぎること等で、買手市場だと判断し、400ドルではどうか、但し、現金で支払うと言う条件を出した。450ドルまでまけてもよいと言う所を、もう少しと頑張り、結局425ドルで決着した。
  現金を持ち合わせていなかったので、私の口座のあるセントアンソニーの銀行で支払うことにして車3台ですぐ出かけた(銀行は7時頃まで営業していた)。ブルースの車と、購入した車と、売り手の主人の車である。銀行で車の代金を支払い、銀行にいるノータリー(公証人)に書類の手続きをして貰う。そうすると、1週間ほどで、こんどは再度販売する時のためのスリップが郵送されてくるので、これを大切に保管しておく。
  車を買ってみて、気がついたこと。もし貴方が車を持っていなかったら、アメリカでは車を買えないということ。車社会のパラドックスと言うべきか。バスや地下鉄(あればの話しだが)か、自転車で行ける新車ディーラーとか中古車販売店なら話しは別だが、3行広告で車を買おうとする場合は絶対無理である。
  ある日の夕方、隣のエーロンが庭先で牛肉の照焼きを焼きながら言った。
「都市工学を勉強している内に気がついた。アメリカはガソリン税が他の先進国に比べて安い方だが、ユーザータックスとしてその税金は道路の拡張や整備に使われる。公共機関としてのバスとか、電車とか、汽車とか、地下鉄とか、その他の交通機関の新設や整備には税金が行かない。道路網を際限なく広げてゆくから、車でしか生活ができない」
「しかしね」
私が口を挟んだ。
「ヨーロッパは国も狭いし、都市部の人口密度が高いから公共の交通機関でもやっていける。日本は面積がモンタナ州くらいしかないのに、山が多くて、平地面積が18%もないんだ。そこにアメリカの半分の人口が住み着いているのさ。密度が高いから、公共交通機関がなければ、車で町は溢れてしまうだろうよ」
とにかく、アメリカは『車が欲しけりゃ車を持ちなさい』というパラドックスが罷り通る社会であり、当分そこからは抜け出せそうにない。


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”遠い夏に想いを”- Click here(ヴィオさんの旅行ブログ) も一読ください。
ミネソタ大学留学のあと、パリ大学の夏期講座に妻が受講するためパリへ飛び、3ヶ月滞在したときの思い出を探してのブログ手記です。