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ロスからの訪問者

  翌日、車があるのだから、何処かへ行こうということ決まった。空模様は良くない。曇りがちで、時々小雨が降る。チャオは前日よりは具合がよいみたいだ。熱はまだ有るが、殆ど平熱だから、暖かくしていれば何とかなるだろう。弟が地図を眺めている。ミネソタはこうゆう時に困る州である。何処へ行っても湖や森などの自然が溢れている。だが観光地と呼べるところがない。セントポールもミネアポリスも当時の市街地は廃れるだけ廃れた状態で、観光で見て歩ける街ではなかった。街の様子が変わり始めたのは1980年以降だ。さて、北の5大湖までは日帰りできる距離だが、チャオの具合を考えて途中のテーラーズ・フォールへ行って見ることにする。
  赤いレンタカーは280号線を一路北へ向かった。アメリカの道路はインターステート・ハイウエイが全国を網の目のように巡っている。南北に走るルートは奇数番号、東西に走るルートは偶数番号が付いている。ツインシティではインターステート35号線が南北に、インターステート94号線が東西に走る。更に、州道があり、都市部はインターステートと重なる場合が多く、地図上は州道番号を優先して表記する。だから、94号線はツインシティの部分では12号線と州道の番号になる。35号線は途中で州道の8号線と合流する。欧米の道路は路線表示だから、全ての道に番号か街路名がついている。そして、これらが地図に載っている。
  街路名には住居番号が付いているからすごく便利だ。道路を挟んで片方が偶数番号、もう片方が奇数番号という風に決まっているから、例えば、インターナショナル・ハーヴェスター・ビルが目的地なら、ユニヴァーシティ通りの同じ方向だけ見ていればいい。日本のように迷子になって同じ所をぐるぐる廻ってしまうこともない。日本の町名はまさに迷路である。京都とか札幌の市街地などの区画整理されたところは例外だろう。札幌の市街地は、南北に『条』、東西に『丁』という風にある意味で路線名方式なのだが、『条』と『丁』に囲まれたブロックとして意識する場合がおおい。明治時代の札幌には道庁周辺の道路には通り名が付いていたらしい。多分、アメリカの影響だと思う。しかし、今は『条』と『丁』だけになってしまった。
  8号線を北に進むこと50キロ、更に西に25キロほど行くとテーラーズ・フォールの町がある。ウイスコンシンとミネソタの州境に、St.Croix Riverというフランス語名の川が流れている。ここの人達はセント・クロイクスと呼んでいる。5大湖の1つであるスペリオル湖のそばから流れてきているのだが、南に下ってツインシティの北西のプレスコトという大変美しい場所でミシシッピー川と合流する。この川は大変変化に富んでいて、渓谷あり、急流あり、ゆったりと流れる浅瀬があり、低いながらの滝もありといった風情のある川だ。
  ミネソタの地名には英語の他にフランス語とインデアン語が多い。インデアン語はこの一帯にスー族が住んでいたことでも判るが、ドイツ系や北欧系の人達が多いミネソタでフランス語とはどうゆうことだろう。この辺りは町が出来る以前に、フランスの猟師とか皮商人がやってきて、インデアンと皮の取引をしていた。ミネソタのニックネームは『エトワール・ドゥ・ノール』というフランス語なのだ(ノース・スター・ステートと英語でも言う)。北の方に、ミル・ラックス(Mille Lacs Lake)という大きいが風情に欠ける湖があるが、お菓子のミルフィイーユのミルに、湖のラックである。フランス語の『千の湖』に英語の湖をつけて呼ぶようになったのだろう。中西部はもともとフランス領だったことと関係がある。これについては後で述べることにしよう。
  この時期はまだ雪が積もっていない。木々の葉は落ちてしまっても、まだ緑が残っている。35号線の左右にはゆったりとした起伏の丘が広がり、どこまでも続いている。時々雨が止み、雲の間から一瞬太陽が顔を出す。黄色や緑の丘陵に光が射し、ほっとする間もなく太陽が雲の中に隠れる。車は高速道路を快調に走る。途中、ローカル道を入って、西に25キロほど行くと、一段と低くなった処にテーラーズ・フォールの町がある。付近を廻ってみたが、滝などみあたらない。やもう得ずガソリンスタンドの若い男に聞いた。
「テーラーズ・フォールですか? みんなテーラーズ・フォールは何処ですかと聞くんだよ」
「そう、テーラーズ・フォールです」
「テーラーズ・フォールは町の名前で、気の利いた滝なんかないんですよ」
  小雨のセント・クロイックス川に沿って車を走らせる。ここの滝は滝といっても単に川に落差があるだけで、ミネアポリスのセント・アンソニー・フォールと同じだ。日本で滝といえば、高いもので華厳の滝の100メートルくらい、低いものでも袋田の滝のように10数メートルくらいあり、風情のあるものではないと滝とはいわない。カスケードというのがあるが、日本人の滝の概念からするとカスケードは日本語にならない。カスケードも滝の一種で『段々滝』とでもいうのかもしれない。欧米のゆったり流れる川に比べれば、日本の川はみんなカスケードみたいなものである。山坂の多い日本では、滝に対するイメージが固定しているが、アメリカで『フォール』といえば、Fall、即ち、落差を指すに過ぎない。丁度、日本で『湖』というとカルデラ湖のような大きなものを連想するが、アメリカの『Lake』は水が自然に溜まった水溜まりで大きさには関係ない。
  この川が州境をなしているから、ミネソタとウイスコンシンを結ぶ橋がかかっている。わりと小さな橋だが、この橋の100メートルくらい上流にちょっとした落差がある。橋の上から見えるが、よく見ないと落差があるとは判らない。Fallの手前の景観は豊かな水量を湛えてとうとうと流れる川で、この川の美しさが何ともいえない。しかし、小雨まじりで、もう直ぐ冬という季節では来る人も少なく、土手を歩いていても寒さに凍えてしまいそうだ。


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”遠い夏に想いを”- Click here(ヴィオさんの旅行ブログ) も一読ください。
ミネソタ大学留学のあと、パリ大学の夏期講座に妻が受講するためパリへ飛び、3ヶ月滞在したときの思い出を探してのブログ手記です。