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最後のウィスキー

  話しがそれてしまった。普通、街角の酒屋さんといえば小さい店が殆どなのだが、ここの酒屋はかなり大きい。全国のウイスキーの主要銘柄が棚に並んでいる。アメリカのはローカルものが多く、大抵がバーボンだが、輸入もののスコッチもずらりと並んでいる。値段は日本に比べたら比較にならいほど安い。ジョニーウォーカーの赤ラベルが5ドルくらい、黒ラベルは6ドルくらいと大差はない。当時、日本での輸入酒は酒税とか関税とかその他の税金でべらぼうに高かった。黒ラベルが7千円とか8千円していたと思う。1ドル360円の世界でも、ここでは2千円ちょっとの値段である。しかし、酒飲みでない私には5ドルでも高かった。これで酒は飲み収めと思うから、5ドルでもいいのだが、知らないうちにバーボンの並んでいる棚で安いもの捜してしまう。ロッドが後ろに来て、「ディシジョン!ディシジョン!」と急かせる。結局、2ドルでオールド・クローとかいうバーボンを買ったが、これが臭いの何のって、すごい匂いがする代物で、飲み切るのに4ヶ月はかかった。彼にはスーパーにもよく連れていってもらった。
  ロッドの所はツウーベッドルームで寝室が2つある。子供が2人以上いないと入れない。115ドルくらいの家賃で、2階があるので広い。よくパーティーをやった。椅子やテーブルが足りないから結局居間に座り込んでしまうが結構楽しい。当時の日本では家やアパートが狭いから既婚者の家庭ではパーティーが出来ないと思いがちだったが、形式ばらないで友人が集まり、わいわいやっているだけで楽しいものだ。
  彼等の娘のジルが可愛い。栗毛で丸顔の女の子。人が集まると、本を出してきて、大きな青い瞳をくりくりさせて、読んでくれとせがむ。
「私は日本人だから、本を読んでもあげても、意味が判らないよ」
それでも、せがむから仕方がなく読んであげると、おとなしく聞いている。息子のリチャードも小さいが傍らでじっと聞いている。子供は間違った発音や曖昧な発音をすると、大人のように意味を推測して聞いてくれないからシビアーなのだ。
「私の英語で意味は判る?」
「Yes、yes」
つぶらな瞳を輝かせて答える。
「多分、もう同じ本を何度も読んであげているから、ストリーを覚えているのね」
ジョアンがニヤニヤしながら言う。
  Fifield-N1という棟には1階に4軒、2階に4軒、合計8軒が入っている。1階は半地下で窓のとろまで地面がほりさげられている。我々のアパートは入って左側の階段を降りたところにある。ジョソンソンさんという人がこの棟の世話役に選ばれている。奥さんはおとなしい人で、喋る時も静かである。9ヶ月後の大学院卒業と同時に挨拶に来た。
「ここを出ます」
「何処へ行くのですか」
「アラスカに行きます」
ミネソタの冬を既に経験しているので驚いて訊いてみた。
「うへー、ここより北で、もっと寒いのによく行きますね」
「どうして、どうして、アラスカでもアンカレッジですから、海に面していて暖流が流れてくるので、ミネソタよりずっと温かいのですよ」


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”遠い夏に想いを”- Click here(ヴィオさんの旅行ブログ) も一読ください。
ミネソタ大学留学のあと、パリ大学の夏期講座に妻が受講するためパリへ飛び、3ヶ月滞在したときの思い出を探してのブログ手記です。