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コモンウェルズ・テラス

  アパートは『ファーニッシュド』で借りているから、家具類は一応揃っている。ところが、1週間もしない内に、フォーレン・スチューデント・アドヴァイザーから呼び出しがあり、事務所に行ってみた。
「セントポール・キャンパスにある既婚学生のためのアパートへの入居許可が来ているが、申し込んでいたのかね」
「本当ですか? 日本にいる時に入居を申し込んでいました。1年くらいかかると書いてありましたが、こんなに早く許可が下りるとは予想外でした」
「運が良かったんでしょう。セントポールのアパート事務所に出来だけ早く出向きなさい」
  まさかこんなに早く入れるとは思いもよらなかった。第一、申し込んだのは、こちらに来る1ヶ月ほど前だ。入学案内には『ウェイティング・リストが長くて、入居には1年ほど待たなくてはならない』とあったから、半分諦らめていた。
  フォーレン・スチューデント・アドバイザーの事務所を出たところで、日本人のKさんに会った。TOEFLの結果が充分でないので、留学生向けの英語の講座に出るように言われ、夏の間はキャンパスで過したそうで、住んでいる所も、偶然ユニヴァシティー・アヴェニューのアパートと同じだった。今度、セントポールの既婚学生アパートへの入居許可が下りたので、我々は引っ越すことになったと告げた。
「ぼくは1人で住んでいますが、そんなに簡単に入れるなら、今申し込んで置いて、来年になったら妻子を呼び寄せます」
彼がそう言って別れた。
  インターナショナル・スチューデント・ハウスに飛んで行って、チャーリーに事情を話したら、リックを呼んで相談している。今のアパートをどうするか。リース契約なので一定期間は拘束される。そこで、ここのオフィスに顔を出している中東から来た2人の学生にサブ・レットすることに話しがついた。この2人の学生と再び例の不動産屋の事務所に行き、話し合いの結果、先方も事情を理解してくれて、サブ・レットでなく名義変更ということで決着した。期間は変わらず、名義を変更し、我々の住んだ1週間分の賃借料を日割り計算して2人の学生に払い、そして敷金は返してもらった。
  今度はセントポールのアパートの事務所に行かなければならい。リックが連れていってくれた。『コモンウエルズ・テラス』という名前の案内が出ている。コモンウエルズ・テラスの入り口に小さな事務所がある。日本の公番か駐在所という感じの大きさだ。小柄な中年の女性が対応してくれて、あっという間に書類は整い、「入居おめでとう」といってくれた。家賃はワンベッドルームで月82ドル、先ほどのアパートの月80ドルと大差はないが、こちらの方が圧倒的に環境が良い。敷金は1ヶ月分で、出る時に綺麗に掃除して、チェックを受けて、OKなら戻ってくる。鍵を渡してくれたので、自分達で見に行く。住所はFIFIELD 1170 - N1。敷地のはずれで、コモ通りに面していて、8家族が入居している2階家の1棟である。同じような棟が所々に点在し、その周りは緑の芝生になっている。何とも、環境の良い場所だ。ステート・フェア・グラゥンドに隣接した広い敷地である。建物は全て2階建てで、当時は白と茶のツートンカラーでストアレージだけは薄緑で統一されていた。ワンベッドルームとツーベッドルームがあり、合せて400戸くらいあった。(現在は464戸あり、ツーベッドルームが630ドルである。当時はなかったスリーベッドルームがあり部屋賃は700ドルする。テラスは一種の自治区で学生の代表が運営し、この種の住居としては最も古く、面積も北米一広いそうだ)


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”遠い夏に想いを”- Click here(ヴィオさんの旅行ブログ) も一読ください。
ミネソタ大学留学のあと、パリ大学の夏期講座に妻が受講するためパリへ飛び、3ヶ月滞在したときの思い出を探してのブログ手記です。