番外編〜たまが語る、チャコのこと〜
あたしが数えられないくらいの季節をこえたことだから、もう頭の片隅にしか残っていないけど、思い出しながら書くわ。
その日、家の人たちはみんな仕事で、あたしとチャコと、ふたりでお留守番していたの。お留守番っていっても、それぞれがお気に入りのところで昼寝してるだけなんだけどね。
あたしは、熟睡してて知らなかったんだけど、チャコったらたんすかなにかの上から、足を滑らせて腰からおっこちちゃったらしいの。だって、その日の夜からチャコの歩き方がおかしくなっちゃったのよ。いつもはうるさいチャコが、ずっと寝てるのもおかしかったんだけど、歩くとね、なんていうの、腰を落として背中を丸めてね、ひょこっひょこって歩いてて。家の人たちも帰ってくるとすぐに、チャコがおかしいことに気づいたわ、まあ、あんな歩き方してたら、誰でも気付くわね。
で、「足をぶつけたのかな?」「折ったのかな?」なんて、とんちんかんなこと言ってた。
あたしは"違う、腰打ったのよ"って言いたかったけど、みんなチャコの世話で手一杯だし、もちろん話したところで、あたしの言葉があの人たちに分かるわけないわよね。
結局、2,3日たってもあんまり良くならなくて、チャコは動物病院に連れていかれたの。(余談だけど、あたしもチャコも、普通のねこたちと同じできらいなのよね、病院って。)
でね、まあさすがお医者さんね、ちょっと触診しただけで、「原因は腰だ」って診断してくれたって。
チャコが言ってたわ「痛いとこさわんのよーもぉー」って。当たり前じゃないの。けどまあ、いやなものよね。
チャコは元々薬をいくつか飲んでたんだけど、これでまた飲む薬が増えて、ちょっとかわいそう・・・。でもね、その薬を飲み始めたら急にもと通りに歩くようになったの。人間ってたまにはいいことするのね。
それから少し日が経ったころ、またチャコが足を引きずっているの。それに、あんまり歩かなくなって、ほとんど寝てるのよ。それで、また家の人が動物病院に連れて行ったの。そうしたらこう言われたらしいわ。
「老衰が進んでるんですね」って。
老衰って、チャコは顔が童顔だったせいかピンと来ないんだけど、あのこもあたしと同じ年か、ちょっと上のはずだから、老衰でもおかしくないわね、確か・・・12,3歳だったのかしら。正確には分からないのよ、チャコがうちにきたときは、たぶん、子供ではなかったから。
家の人の落ち込み方ったらなかったわ。お医者さんにね、「こうして段々順調に(っておかしな言い方ね)老衰して行くものなんですよ。年齢が年齢だけにこれで普通です」って。老衰=死っていうことらしいわ。わたしにはよくわからないことなんだけどね。
これは、前に家の人が言っていたんだけどね、チャコが怪我をする何年も前からあたしの方が老化していたから、たまのほうを心配してた、って。失礼よね。でも確かに、ちょっと足が悪くなってびっこも引いていたし、歯も割りと早くに片方抜けちゃったしね、みんなあたしが今にも老化して死んでしまう、って何年か前から思っていたみたい。だから余計に、チャコがどんどん老化していくのが、納得いかないみたいだったわ。
怪我をしたのがたぶんまだ暑いころだった。それから涼しさが増すにつれて、だんだん、チャコは歩けなくなっていったの。あの食いしん坊のチャコが、ご飯もあんまり食べなくなってね。
家の人は、チャコの好きなものを買ってきて食べさせようとしたり、一生懸命いろんなことをしていたわ。病院からもらったお薬も飲ませていたしね。でもね、チャコとわたしは思っていた、そういうことは本当は必要ないのよ、って。
暑い空気も消えて、過ごしやすくなってきたころには、チャコはほとんど寝ていたわ。トイレに行くのもよろよろだったらから、家の人はチャコをダッコしてトイレに連れて行ってあげたりしてた。ご飯も普段食べているものじゃなくて、ヨーグルトとかミルクとか、そういうもの。あたしは毎日カリカリしたダイエットフードだったから、それがちょっとうらやましかったけど、チャコは「無理やり飲ませるからいや」って言ってた。そんなものかしら。
そのころには、ちょっと早いけどこたつを出してくれて、チャコはお布団をかけてもらって、日がな一日寝ていたわ。同じ体勢で寝ていたら辛いだろうからって、家の人がちゃんと、向きを変えてくれてるの。まったくいい老後ね。
それで、ろくに歩けもしないのに、ある時あたしが寝ているイスの上に”ぴょこ”って登ってきたの。びっくりしたあたしは、「あんた怪我してるんだから、おとなしくしてなさい」ってしかったわ。
チャコがあたしのそばに来たのはそれが最後。
そうやっているうちに、みるみる、チャコは老化していって。怪我した日を境にチャコは悟ったんだわ、きっと。病院の先生はそれを見透かすように、「こうして順調に老化して行くものなんですよ」ってまた同じことを言ったらしいけど、家の人はたまらなかったみたい、何とかしてあげたい、って、がんばっていたもの。みぃさんはチャコはきっとまた元気になる、って信じていたのよ。今だから言うけど。ほんと、楽天家ね。
チャコが寝込んでしまってからしばらくたつとね、歩くこともできなくなっていた。怪我してるし、食べないんだから当然だけど、立つのがやっと。そうするとね、チャコはほとんど歩けない足でよろよろしながら、もう夏じゃない、冷たい台所の床の方に行ってしまうの。それもイスの下とかね。あたしはそっとしてあげればいいと思った。だって、本能なんだもの。でも、家の人は、泣きながら言ったわ「チャコ、そんな寒いところに行ったら、ダメ」って。その気持ちも分かるから、あたしは何も言えなかった。けど、もう食べ物も受け付けないんだもの、チャコの自由にさせるしかないのよ。人間には分からないのね。人間はこういうときどうするのかしら、あたしたちみたいに、できるのかしら。
チャコが寝込んでいたのはなんと人間用の布団よ。お父さんは一日ずっと看病してあげていたの。夜も昼も無くね。
その日は、みぃさんが朝、体調が悪いから会社に遅刻していくって言って、午前中はチャコと一緒に寝てたのよ。何か話していたけど、あたしは聞こえないふりをしたわ。耳がいいから全部聞こえるのよ。でも、いちいち覚えていられないもの。
それから、お母さんもみぃさんもお昼過ぎには会社に行って、そのあとお父さんがチャコを病院に連れて行ったの。後で聞いたんだけどその時先生に「ここまで良くがんばってますね」って言っていたらしいわ。言われた方は褒められてるのかなんなのか分からないわね。でも、いいお医者さんなのよ、注射は痛いけどね。
ここから先はみぃさんにバトンタッチするわ、あたしちょっと昼寝する。猫は寝るのが仕事なの、珍しくいっぱい話したら疲れたわよ。
その日、会社に行ったはいいけれど、仕事がなくて暇な日だった。
4時ころ内線が鳴って、家から電話だって言う。何の電話か分かっていたけど。
「チャコがいったよ、今さっきね」
父からだった。
会社帰りに私はいつも行く花屋さんで花束を買った。
「全部白でお願いします」って言ったら、「菊は入れますか?」って聞かれた。菊はチャコのイメージじゃないから、もっとちっちゃくてかわいいのばっかりを選んで、ぎっしり詰まった小さめの真っ白い花束を作ってもらった。
その花束は、とってもチャコに似合っていた。季節は秋だったから、家の庭に咲いていたたくさんの花と一緒に。
だからきっとチャコは今でもお花が大好きなはず。私の記憶の中でチャコのまわりにはいつも、カラフルなお花でいっぱい。