心電図診断と画像処理

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 1875年Lippman が毛細管電流計を作った。今日の心電計の基礎となったのは1901年William Einthoven の作った弦線電流計 string galvanometer である。Einthoven は標準四肢誘導を提案し、今日でも Einthoven の三角形として利用されている。

 心電図が心疾患の診断に応用されて、すでに久しい。しかし、心電図診断学を身につけるには多くの知識と経験が必要である。単に波形を見れば何かが分かるというものではない。その心電図診断の困難さから逃避するため、心電図波形は単なる画像であるから目視読影によって診断ができるものと考え、特徴的画像表示に変換すれば素人にとっても心電図診断が可能になるという安易な発想がある。心電図は画像ではないのである。 1+1= は赤色、1×1= は黄色、(aーb)2= は青色 と画像処理すればこれらの数式の答えが容易に得られるという考えと、なんら変わるところはない。あまりにも幼稚な短絡的発想である。そこで初心者のために心電図の基本について述べたい。

 

 基本的注意事項

 心電図によって心臓疾患の全てが診断可能であると、誤って考えている者もいる。そこで初心者に対する基本的注意事項をまず述べる。

 初心者にとって心電図は理解困難な不思議な図形に見えるようである。ベクトル心電図は心臓から発生する電位差を空間における電位差としてとらえる方法であり、その結果として心電図波形に表現されたものが単極誘導波形である。このベクトル的解釈は、心臓から発生する電位差を理解する上で非常に優れた方法である。

 心電図というものは、単に検査法の一つにすぎないのであって、心疾患の診断の際の必須条件ではないということを常に記憶しなければならない。しかも器質的疾患をもった患者でも正常心電図を呈することがあり、完全に健康な人が非特異的な心電図異常を示すこともある。ある種の心電図異常があるというだけの理由で、心臓疾患患者という事にされてしまうことも多い。これに反して心電図が正常だからといって心疾患がないと誤って診断される場合もある。それは心電図波形つまり心臓の発する電位は心筋障害そのものを意味するものではないからである。

 初心者が強く記憶するべきことは心電図というものは単に研究室内の検査にすぎないということである。この事実はいくら強く主張しても、しすぎることはないと考えている。全ての検査所見と同じように異常心電図というものも臨床所見に照らしながら解釈した時のみ意味があるのである。理想をいえば心電図をよむのにもっとも適した人は、その患者の診療にあたっている医師自身である。(Mervin J. Goldman 図解心電図学より)

 心電図で診断可能な疾患とは

 心電図は一般の身体検査では診断することのできない心筋の機能状態を他覚的に知る上で重要な検査法である。しかし心疾患の全てが診断できるものではなく、また現在の心電図自動解析では、心臓の状態や疾患の傾向を正確に判断するには十分ではないと言う者がいる。心電図は心臓の状態や疾患の傾向を表しているわけではなく、心臓が発している電気的ベクトル、電位をとらえているだけであり、その電位は疾患そのものを表しているのではない。したがって、その診断可能な範囲は限定される。

1 不整脈 2 心臓の転位、肥大、拡張 3 心筋障害、心筋梗塞 4 右胸心、先天性心疾患 5 電解質の代謝異常 6 薬物の効果判定 7 疾患の経過、予後、治療判定

 心電図診断の基本

 心筋が活動するとき電気的興奮が起こり、活動電位が生ずる。これが身体の表面に伝わってきたものを2点間の電位差として経時的に記録したものが双極誘導心電図波形である。単極誘導はある局所の誘導軸の電位を表現するもので、電位差を表すものではない。

 単極誘導を臨床心電図学に導入したのはWilson(1932)である。胸部誘導(V)は胸部水平面における電位差を記録している。そしてこの記録は、単にその導子の直下にある心筋の小部分からの電位差のみを記録するのではなく、その導子の位置から眺めての、全周期中に起こる全ての電気現象を全部記録しているのである。したがって、記録された波形が一部の心筋の病変のみを意味している訳ではない。

 心電図診断では、その電位・電位差が何によるものかを診断する。診断基準の要素は各電位の大きさとその時間関連の分析である。digital dataである活動電位をanalogue 表示に変えたものが心電図波形である。したがって波形そのものに意味があるのではないから、胸部X線写真の読影診断とは違い目視読影することはない。

 心電図波形は、X線写真のような単なる画像ではなく、ベクトルである。したがって心電図診断の基本は、経時的に刻々と変わるベクトルをanalogue 表示に変換した心電図波形の  @各区分点を認識し、各波形の全てについて Aその電位(ベクトル)と B時間および C時間的推移を分析し D数値化する。波形の数値化は容易であって特殊な技術経験、熟練を必要としない。 Eこれらの数値の組み合わせによって診断ができる。分析された数値をそれぞれ、すでに確立している診断基準に照らし合わせYES or NOの手順に従って診断する。そしてこの診断は単に「心電図の診断」であって実際の心疾患とは必ずしも一致しないこともある。つまり、臨床所見と照らし合わせて総合的に診断しなければならない。

 心電図自動解析

 1959年Pipberger らにより試みられ、1970年代に実用化された。入力された心電図波形はAD変換され平滑化 smoothing や濾波filtering を受け、電算機へ送られる。電算機でのパターン認識はP、QRS、Tといった区分点を認識してその計測値を求めるまでの特徴抽出過程(receptor)と、これら抽出されたパラメータから診断を導き出す識別過程(categorizer)に大別される。波形診断の理論には、YES or NO で診断を進める枝分かれ方式、情報空間における確立関数を用いる方式が採られている。診断の統一化や定常化、診療業務の省力化、その他種々の面で有用性を発揮している。

 術中患者管理のための心電図

 術中胸壁に電極をおく心電図は有用であるが、この心電図によって何を監視しているのだろうか。循環器内科における心電図診断の目的とは大いに異なるところである。

 術中のモニタ用誘導法は、利用できれば同時多誘導記録を用いればよいが、双極胸部誘導のある種の変法を用いることが多い。術中に多く用いられるCM5でV5に似た波形が得られる。左室の虚血やカリウム異常によるST-T変化を診るには関電極をV5の位置に置くことが望ましいから、CM5が適している。CL1V1に似た波形であり不整脈の診断に有用である。

 心電図が術中のモニタとしてもっとも有用なのは不整脈と心停止の診断である。心筋障害が術中に起こればモニタ用誘導では診断を確定できないので、直ちに標準12誘導による心電図診断が必要である。

 以上、心電図を正しく理解して臨床での患者管理に役立ててもらいたいものである。