緊急気管穿刺と気管切開の手順                                                                                                    22, Jan. 1997

                                                                神奈川歯科大学麻酔科

1 緊急気管穿刺

 甲状軟骨の下、甲状切痕と輪状軟骨弓との間の陥凹部の皮膚に1cmの横切開を加え、 経皮的気管穿刺針(トラヘルパR、ミニトラックRや輸血用セットの針)を輪状甲状靭帯(膜)に刺入する。あるいは同靭帯を横切開し、内径5mm以上の気管カニューレを挿入する。カニューレのないときには、ボールペンの軸やテフロン針の外筒でもよい。

 

2 気管切開

 1 患者の体位

 頚部を過伸展位にすると、術野が広くなり操作がしやすい。

 気管軸は体軸に平行ではない。そこで肩の下に枕を入れ頭部を低くして円座を置く。オトガイ部を突き出すように頚椎を後屈させ低頭位にする。これで甲状軟骨と胸骨との距離が広がり気管軸も水平になり、肺尖部を損傷することもなくなる。術野も縦隔から離すことができる。

 

 2 麻酔法

 かなり窮屈な体位を採るので患者は苦しく、また術中の刺激も患者にとって苦痛である。基本的には局麻下に行うが、手術前の切開であれば全身麻酔が患者に苦痛を与えない。

 

 3 気管挿入用チューブの選択

 気管切開用チューブを使用するが、経口挿管用よりも1〜2mm外径の大きいものを用いる。専用のカニューレの代わりに絆創膏を巻き付けたスパイラルチューブを使用してもよい。

 

 4 メス、筋鉤操作

 手術器具の操作のための力の配分は、経験によってのみ身につく。筋鉤による組織の剥離操作には、未経験者の予想を超える力と繊細さが必要である。

 

 5 皮膚切開

 甲状軟骨と胸骨柄上縁の中間の正中で、上は輪状軟骨弓から約3cmの縦切開を加える。頚部郭清を行わない場合は横切開のほうがよい。横切開の場合は輪状軟骨弓の下2cmで、皮膚割線に沿って4cm切開する。横切開は創の治癒がよい。

 通常、皮膚切開には円刃刀を用いるが、切開線が短いので尖刃刀でも代用できる。皮下組織の切離には尖刃刀を使う。切れば出血する。比較的大きい血管は鉗子で止血し切離する。

 小出血は止血鉗子で止血し放置する。結紮操作は無駄であり、時間の浪費である。

 皮下に左右の広頚筋が接しているのが認められる。皮下脂肪組織が多く邪魔なときにときには、筋鉤を用いて縦に排除する。鉤を横に操作して剥離すると、無駄に気管側壁に進入剥離するから、鉤は必ず縦に操作する。脂肪組織をかき回すのは時間の浪費である。

 

 6 皮下組織の解剖

 皮下組織は皮膚の下から1 皮下脂肪 2 広頸筋 3 胸骨舌骨筋(胸骨から舌骨へ) 

  4 胸骨甲状筋(胸骨から上側方へ) 5 甲状腺峡部 6 気管前壁

 

 

 7 気管の露出

 1) 尖刃刀を用い広頚筋の正中で白色を呈している結合織を切離し、広頚筋を左右に圧排する。さらに広頚筋と胸骨舌骨筋との間にある筋膜をわずかに剥離する。この際皮膚と広頚筋との結合を剥離してはいけない。剥離のために Kocher 鉗子や Pean 鉗子、あるいはツッペル(綿撒糸)を使用してはならない。その使用は線状の剥離であり、ツッペルは癒着の剥離には有効であるが非能率的であり時間を浪費する。しかも皮膚と広頚筋との結合を剥離損傷したり、甲状腺を損傷出血させたりすることになる。結合織の剥離には幅がせまく足の短い筋鉤の先端を用い、正中で縦に剥離していく。横に剥離する必要は全くない。

 2) 筋鉤は左右等しい力で操作する。力が不均等であると正中線からずれ、気管の側壁を深く進入し、食道を損傷したり頚椎前面の静脈叢を損傷して大出血をきたすことがある。術野に静脈があり、操作の邪魔になるときは結紮切断する。 

 3)  正中線上で左右の胸骨舌骨筋の筋膜を縦方向に切開し、筋腹を左右に圧排する。このときにも筋鉤を用いる。甲状腺との結合は剥離するが、気管側方にある胸骨甲状筋と気管との結合を剥離する必要はない。剥離は気管の前面のみで、側面を剥離してはならない。

 4) この下に甲状腺峡部が現れる。峡部が大きすぎて邪魔であるときは、結紮し中央で切離する。甲状腺の下縁の結合織を横に切離し、甲状腺を筋鉤で上方へ圧排すると気管前面が露出する。これまでの操作を注意深く進め、鋭的に鈍的にもうまく行い、止血もしっかり施す。

 

 8 気管切開

 輪状軟骨弓を触診し再確認する。

 甲状腺を上方へ圧排したまま、第2以下2〜3個の気管軟骨を縦に切開する(甲状腺峡部の下での切開=下気管切開法)。下部の第4、3軟骨を切開するときメスの刃は必ず頭側へ向けて切開する。切開法には縦切開、十字切開、円形切開などがある。第1気管軟骨は切開してはならない。輪状軟骨弓の感染から軟骨周囲炎を引き起こすことが多い。

 さらに下方の第4、5気管軟骨を切開する下気管切開法では、カニューレが胸骨に近くなり、留置したときに固定性が悪くなる。

 第6気管軟骨以下は切開してはならない。気管の位置が深くなり、操作がしにくく、大きな血管が近くにあり出血の危険が大きい。また、肺尖部を露出させ損傷し気胸を発生させた例もある。

 

 9 気管カニューレの挿入

 挿管患者では気管内腔のチューブを切開孔直上まで引き戻してもらい、カフ付き気管カニューレを挿入する。局所麻酔下での操作のときには、挿入に先立って患者の意識をとるためと bucking を防止するために静脈麻酔薬、筋弛緩薬を投与する。 カニューレ挿入の際、切開孔を開大するには細く長い小筋鉤を用いる。幅の広い筋鉤では切開孔を塞ぎ操作の邪魔になる。カニューレは彎曲方向を気管軸に直角に向けて挿入し、挿入後回転する。

 

 10 換気の開始

 吸入麻酔の場合には、手術野を汚染しないようにYコネクターを接続し直ちに換気を開始する。

 

 11 縫合固定

 長すぎる切開線を縫縮し、皮膚にカニューレを縫合固定する。

 

 12 所用時間

 無駄のない操作であれば、皮膚切開から気管壁切開まで約5分、皮膚縫合完了まで約10分あれば十分である。