笑気麻酔および笑気吸入鎮静法にまつわる危険性について



平成8年 4月


 

わが国では、昭和20年代後半から笑気を主体とする吸入麻酔が広く臨床に応用されるようになった。現在
消費される笑気の量は当時の数倍、いや10数倍に達している。
 この笑気麻酔に伴う医療事故の原因の多くは酸素欠乏で、そのために死亡した患者の数はあまりにも多
く、私の試算によると昭和30年代前半には毎年全国で500人から1000人の患者が麻酔過誤の犠牲にな
ったものと考えられる。  酸素欠乏の直接の原因は、1 酸素ボンベが空になる、 2 酸素を止めて笑気
100%を吸入させる、 3 食道挿管に気づかず換気不全、 4 片肺挿管のまま長時間麻酔を維持、など初歩
的過誤によるものが大部分を占めている。

  他方、歯科領域では昭和40年代から笑気吸入鎮静法が取り入れられ、全国に普及し歯科治療を受ける
患者にとって新しい時代が訪れた。患者に笑気を用いることから笑気を吸入したときの精神状態に興味をも
つ歯科医師が現れてきた。その結果、歯科医師自ら笑気を吸入しその精神状態を体験し、笑気についての
理解を深めることができた者も多数いたに違いない。
 昭和43年、ついに笑気吸入による犠牲者が歯科医師の中に現れ、その後次々と笑気を吸入し死亡する
歯科医師が続いた。マスクを顔に固定し、あるいは袋を頭からかぶり意識を失い、自ら動くことができず死
亡したものである。

 笑気、laughing gas すなわち亜酸化窒素はその麻酔作用が否定され、笑気の麻酔とは酸素欠乏の症状に
過ぎない、といわれた時代もあったほど薬理作用は極めて弱い。したがって副作用も無視できるほど少なく
笑気の中毒によって死亡することは絶対にありえない。

 何故に笑気を吸入して死亡するのであろうか。笑気過誤麻酔の犠牲となった多くの患者と同様に酸素欠乏
を引き起こしたための酸欠死である。

 安全な笑気麻酔を実施するために注意するべき要点はなにか。これが麻酔に携わる者達の重大な研究テ
ーマとなった。その結果麻酔器が改良され、各種のモニター類が臨床に応用されるようになり、麻酔による
死亡事故は激減した。