自選歌集

折笠由利子


朝はふるやさしき風は音もなく甘き香をもて花撫でたまふ

夕月夜暁闇の奥ふかみ花は匂へど姿かくるゝ

ふじの山陽炎燃ゆる夏くれどなほ白妙のゆき残るとや



十和田湖のをとめの頬にふる月のかつて照らせし犬吠の人

水鳥のあをばはゆれてさゝめごと唯いたずらに過ぐ風のもと

吾木香ひらはなけれどそのゆゑに野にまぎれたる花ならなくに



世の常に飛ぶのかなはぬ羽持てば鳥と認めぬ愛かそれとも

たゞ一人霧のまにまに漕ぎ出ずる朽ちたる舟の沈みゆくまで

知らぬ間に増えゆく過去に耐えかねつ夜毎ふかづめ血のにじむまで



鈴虫に問ふか問はぬか夕月夜わがうるはしき花やいかにと

いのち燃ゆ安達太良山は白妙の雪に戸惑ひしばし黙せり

巣を立ちて振り返りまた振り返り戻る子鳥を母は抱きつ



川魚水面に踊る旅の身の生まれも果ても流れながれつ

霧の中浮く舟の穴手で押さえなほ微笑みつ君はありにし

りんりんと風吹けば泣く思ひ草風の凪ぐ日はたゞ悩みつゝ



多摩川のほとりにかの子今は秋川面に浮く葉あんずの匂ひ



声あらげ強く生きよと云ふ兄に親不幸奴と母は云ふなり



とむらひのなき海に満つ玉の緒の乱るゝ浪々果つるともなく



夢枕君恋ひをれば雨の夜半君恋ひをれば君恋ひをれば

夜も更けてなほ眠られぬわが髪に君の声音の今も残るゝ

たくましき天然の美はそのまゝにわが風君は受けて揺られよ



雪の花しんしんしんと降りつもるその音をひとり恋ふ夜なりき

 

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