真夜中図書館・所蔵図書試用版 


シンデレラ

 

沙風吟

 

 

 二度目の母が家に来てから、ルクレジアの生活は確かに大きく変わった。
 継母とその二人の連れ子は我が物顔に屋敷中をのし歩き、ルクレジアを屋根裏の煤けた小部屋に追いやった。父親が仕事で家庭を離れている間に、継母たちはこの家の小さな娘を女中同然にこき使い、薪を燃やしたり暖炉の掃除をしたりして灰だらけになっている娘をからかってシンデレラと呼んだ。
 娘が不当に扱われた理由の最たるものは、彼女の容姿だった。継姉のアナスタシアとドリゼラはどちらもあまり器量の良い方ではなかったが、シンデレラは灰に塗れてもなお、輝かしいばかりの美しさを放っていたのだ。幼いながらにその差をはっきりと知った姉たちはシンデレラに辛くあたり、彼女を虐待した。
 けれど、娘は平気だった。彼女の最大の美点は、その姿形ではなく内面にあった。広い屋敷を掃除するのは楽しかったし、料理も洗濯も元より好きだったので少しも苦にならなかった。贅沢な事に別段興味があったわけでもないし、綺麗な洋服への執着も無かった。
 彼女は賢い娘だったので、もしもこのような境遇にあるのが自分ではなくもっと内気で不器用な娘だったら、それは辛い生活になっただろうということは判っていた。しかし実際のところ、本当の母が死ぬ以前の甘やかされた暮らしよりも、くるくると一日中働いている方が娘の性には合っていた。彼女は決してへこたれなかったし、いつも元気だった。
 そんな風にして何年かが過ぎ、やがて継母や姉たちは、自分たちがシンデレラを虐げていることをすっかり忘れてしまった。

 

「本当に全然行かないの?  ドレスだったら、あたしのを一日貸してもいいのよ」
 ドリゼラが云った。両手を上げて、鏡の中の自分の前髪のはね具合を気にしている。シンデレラは彼女のドレスの背中をとめる紐をきつく引っ張りながら答えた。
「いいって。あたしは舞踏会なんて興味ないもの。楽しんでおいでよ」
「だって、今度のは王子様の花嫁選びって話なんだよ?」
 オレンジ色のリボンを髪に巻き付けようとしていたアナスタシアが、振り向いて口をはさむ。
「そりゃあ、あんたが来なければライバルが減って助かるけど……」
「ちょっと、駄目だよアナスタシア」
 紐を結わえ終えたシンデレラは、小走りに上の姉の側へ行って、もつれかけた彼女の頭からリボンを取り上げた。
「そのドレスにオレンジのリボンは合わないって云ったじゃないか。ブルーかホワイトのじゃなくっちゃ」
 アナスタシアはちょっと唇を尖らせたが、継妹のセンスの確かさは良く知っていたのでおとなしく化粧棚の小箱から数本のリボンを取り出した。
「そう、その刺繍入りのやつがいい。かして、やってあげるから」
 手際よく癖のある姉の髪をまとめあげると、シンデレラは鮮やかな手つきでそこに青いリボンを結ぶ。ドリゼラは羨望の眼差しで継妹の作業を見ていた。どんなに意識を集中しても、シンデレラのように巧くリボンを結べたことがないのだ。
「別に王子サマと結婚したいとも思わないね……第一どんな人か知らないし」
「そんなの関係ないわよ。見初められればお妃様よ?  お城で毎日美味しいもの食べて、歌ったり踊ったりして暮らせるんだから」
「堅苦しい儀式やらなにやらで疲れちまうよ……はい、出来上がり」
 リボンの位置を軽く手で触って確かめながら、アナスタシアは溜め息をついた。
「あんたって本当に醒めてるんだね」

 

つづく

 

 
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